学位論文要旨



No 215232
著者(漢字) 岩本,勝美
著者(英字)
著者(カナ) イワモト,カツミ
標題(和) スイングパッドジャーナル軸受の力学的特性
標題(洋)
報告番号 215232
報告番号 乙15232
学位授与日 2002.01.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15232号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田中,正人
 東京大学 助教授 金子,成彦
 東京大学 助教授 畔津,昭彦
 東京大学 講師 鈴木,健司
 独立行政法人産業技術総合研究所 総括研究員 加藤,孝久
内容要旨 要旨を表示する

 スイングパッドジャーナル軸受は、セグメントタイプのジャーナル軸受の一種で、ゴムと金属が交互に積層された支持構造の上に金属製の軸受パッドが固定されている。軸の回転により流体潤滑膜が形成されて油膜反力、摩擦力が発生すると、弾性体であるゴムの変形によりパッドは半径方向、回転方向に変位する。パッド背面の曲率半径を適切に設計しておけば、パッドの変位、特に回転方向のスイング運動により軸回転方向に先せばまりのすきまができるので流体潤滑膜を容易に形成できると期待され、これが本軸受の名称の由来である。

 スイングパッド軸受に関する従来の研究として以下の研究がある。

 J.Greeneは、ゴムと金属が交互に積層された支持構造をもつ従来のスイングパッド軸受タイプのジャーナル軸受、スラスト軸受を用いて摩擦係数を測定した。その結果、通常の軸受ならば油膜形成が困難で摩擦係数が高くなる高荷重、低速度の運転条件下でも、パッドのスイング運動により油膜形成が比較的容易であるので摩擦係数を低く保つことが可能であることがわかった。Greeneは高荷重、低速時の摩擦特性に重点をおいており、通常の回転機械が使用される高速領域でのスイングパッド軸受の研究は行っていない。

 Y.P.Chiuはゴムと金属の積層構造で構成されたスイングパッドジャーナル軸受において、偏心率を与えてパッド部の変形と油膜厚さ、発生圧力、摩擦係数を計算する手法をまず提示した。次にこの手法を用いて5種類の条件のもとで上記性能を計算し、実験結果との比較を行っている。摩擦係数は比較的良く一致しているが、荷重に対する軸心の垂直方向変位の一致度はあまり良くない。この研究におけるパッドの力学モデルでは、パッド背面には、軸の回転によってパッド表面に作用する摩擦力によりせん断変形を行なうせん断層があり、これによりパッドは軸回転方向にスイングする。せん断層のせん断変形抵抗は実験的に求めたせん断ばね係数を用いて表されている。また、パッド表面の油膜圧力によるパッド部の半径方向の変形は、単一の線形ばねKprを仮定して表現している。しかし、実際にはパッド部の半径方向変形は、ゴム層の圧縮変形が円周方向に必ずしも一様ではないために円周方向に分布すると考えるのが一般的であり、実際の油膜形状は単一の線形ばねKprを仮定するChiuのモデルでは十分に表現できない恐れがある。また、Chiuは計算モデルの実験的確認を行なったのみで、軸受設計変数を広範囲に変化させたときのスイングパッドジャーナル軸受の性能を明らかにしていない。

 従来の研究において計算結果と実験結果の一致度が必ずしも良くないのは、ゴム層でささえられたパッドの2次元変位を表すのに極めて単純なモデルを用いて解析しているためであろうと推測される。また、性能計算は特定の実験条件での実験結果と対比するために行われているだけで、スイングパッドジャーナル軸受の性能を広範な運転条件に対して理論的に明らかにしたものは提示されていない。

 そこで本研究では、単層のゴムで金属製の軸受パッドを支える簡単な構造のスイングパッドジャーナル軸受を対象として、実測値との高い一致度が得られる軸受性能予測理論モデルを構築し、実験を行ってこのモデルの妥当性を検証した。次に、検証された理論モデルを用いて、広範な運転条件下でのスイングパッドジャーナル軸受の静的、動的な性能を求め、この軸受の使用に適した運転条件、およびこの軸受の性能をできるだけ高めるような設計指針を明らかにした。

 本研究で対象としたスイングパッドジャーナル軸受は、従来型のスイングパッドジャーナル軸受に比較してパッド支持部の構造が簡単化されており、製造コスト、製造工程は大幅に低下するものと考えられる。また、パッド背面の曲率半径とゴム層の厚さを適切に選定することにより、軸の回転に伴ってくさび油膜形状を自然に形成する能力についても従来型と比較して遜色ないように設計することは可能と考えられる。

 本論文は第1章の序論から第7章の結論までの7章から構成される。各章の記述内容は以下の通りである。

 第1章では、まず、スイングパッド軸受の構造について述べ、更に、この軸受についての従来の研究内容および問題点をスイングパッドジャーナル軸受だけでなく、軸受パッドを弾性体支持したすべり軸受一般にまで拡張して述べる。最後に、研究目的を達成するための研究の方針について述べる。

 第2章では、単一パッドスイングパッドジャーナル軸受の力学的性能の解析方法を提示する。パッドを支えるゴム層全体に有限要素法を適用して、パッド面の油膜圧力および摩擦力によるパッドの2次元変位を厳密に求める解析手法を提示する。これにより、従来の研究において用いられた、過度に単純化されたモデルの欠点をなくすることができる。

 第3章では、第2章で提示された単一パッドスイングパッドジャーナル軸受の力学的性能の解析方法の妥当性を検証するため、単一パッドのスイングパッドジャーナル軸受を製作して各種運転条件の下で油膜形状と油膜圧力を計測し、理論モデルの予測値と比較することにより、第2章で提示した解析方法の妥当性を示す。

 第4章および第5章では、第2章で提示された単一パッドスイングパッドジャーナル軸受の解析方法を拡張して、複数枚パッドスイングパッドジャーナル軸受の性能の解析方法を示し、その性能と固定ボア多円弧軸受における性能とを比較、検討し、複数枚パッドスイングパッドジャーナル軸受の性能の特徴点を明らかにする。次に、この軸受の性能に対する各種設計変数および温度の影響について述べる。

 第4章では、複数枚パッドスイングパッドジャーナル軸受における偏心角、最小油膜厚さ比、ゾンマーフェルト数、軸心軌跡、摩擦係数の特性について述べる。

 複数枚パッドスイングパッドジャーナル軸受ではパッド潤滑面に作用する油膜圧力と摩擦力によりゴム層が弾性変形して、軸受全パッドは軸受半径方向外側と回転方向に変位し、固定ボア多円弧軸受と比較してジャーナルの偏心率が大きくなり、また偏心角は小さくなる。その結果、予圧係数が0.3以上の場合、同一運転条件(荷重、回転速度、潤滑油粘度)、同一寸法(軸受の直径、幅、すきま)の固定ボア多円弧軸受の場合と比較して、負荷側パッドの油膜のくさび形状が強まること、全パッドの油膜厚さは全体的に厚くなり、そのために、最小油膜厚さ比が大きくなること、および、油膜厚さが全体的に大きくなることにより摩擦力が小さくなることを示す。

 第5章では、複数枚パッドスイングパッドジャーナル軸受におけるばね係数および減衰係数、この軸受で支持された水平軸の安定限界速度、不つり合い応答振幅の特性について述べる。

 複数枚パッドスイングパッドジャーナル軸受では、固定ボア多円弧軸受と異なって、ばね係数の連成項が主対角項よりも小さくなり、その結果、固定ボア多円弧軸受よりも高い安定性が得られることを示す。また、軸受温度および潤滑油温度の一様な上昇は、概して軸の安定限界速度を高めることを示す。

 第6章では第4章、第5章の考察から、弾性変形のほとんど生じない固定ボア多円弧軸受に比較して、より大きな最小油膜厚さおよびより小さい摩擦係数が得られるゾンマーフェルト数領域を示し、スイングパッドジャーナル軸受の使用に適した運転条件について述べる。更に、軸受設計上の制約条件を満足し、この軸受の性能をできるだけ高める設計変数の選定指針について述べる。

 第7章は本研究の結論を述べる。

 以上

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「スイングパッドジャーナル軸受の力学的特性」と題し、7章からなる。

 スイングパッドジャーナル軸受は、薄いゴム層と金属板が交互に積層された上に軸受パッドが固定されたセグメントタイプの軸受である。軸の回転により軸受油膜内に発生する圧力と軸回転による摩擦力を受けてゴム層が変形し、軸受パッドが半径方向、円周方向に変位して、流体潤滑油膜の形成を容易にする。したがって、通常のすべり軸受では流体潤滑モードの運転が困難な高荷重、低回転速度の運転条件であっても、十分な流体潤滑油膜厚さと低摩擦を確保して安全な運転が可能なすべり軸受である。しかし、このタイプのすべり軸受についてはその静的、動的な性能が十分明らかになっておらず、設計基準が確立していない。

 そこで本論文では、スイングパッドジャーナル軸受の静的、動的性能を明らかにして同軸受の設計指針を確立すべく、理論的、実験的研究を展開している。

 第1章「序論」では、スイングパッドジャーナル軸受の構造、本研究の背景、関連する従来の研究成果を述べ、次いで本研究の目的と研究方針を述べている。

 第2章「単一パッドスイングパッド軸受の力学的特性」では、流体潤滑方程式とゴム層の変形方程式を連立させて単一パッドの同軸受の静的、動的性能を理論的に求めるモデルを構築し、性能解析方法の詳細について述べている。なお、対象とする軸受は金属製パッドをささえるゴムが一層のみに簡単化されているが、スイングパッド軸受の特長を失っていない。

 第3章「実験および解析結果」では、第2章で述べた理論モデルの妥当性を検証するための実験方法、実験装置の詳細について述べ、本実験装置を用いて計測した静的性能が理論モデルの予測と妥当な一致を見たことから、単一パッドの場合の理論モデルを複数枚パッドの軸受性能解析に展開することの妥当性を確認している。

 第4章「複数枚パッドスイングパッド軸受の理論的静特性」では、複数枚パッドのスイングパッドジャーナル軸受に拡張した理論モデルを用いて、同軸受の静的性能、すなわち油膜厚さと油膜圧力の分布、偏心角と軸心軌跡、摩擦係数などを、運転条件の広範な領域にわたって求め、固定ボア多円弧すべり軸受の静的性能と比較しつつ、各種設計変数の値が性能に与える影響について論じている。

 第5章「複数枚パッドスイングパッド軸受の理論的動特性」では、同軸受の動的性能、すなわち油膜のばね係数、減衰係数、オイルウィップ安定性、不つりあい振動応答特性を、運転条件の広範な領域にわたって求め、固定ボア多円弧すべり軸受の場合の動的性能と比較しつつ、各種設計変数の値が性能に与える影響について論じている。

 第6章「スイングパッド軸受の使用に適した運転条件および設計指針」では、第4章、第5章で得られた知見に基づいて、同軸受の性能が有効に発揮される使用条件、運転条件を明らかにし、また同軸受の性能を高める設計指針を提案している。

 第7章「結論」では、以上の成果を総括している。

 以上を要するに、本研究は従来明らかにされていなかったスイングパッド軸受の静的、動的性能を、その妥当性を実験的に確認したモデルを用いて理論的に明らかにし、工学上の新しい知見を得るとともに、同軸受を実際の機械に適用する際の運用指針と設計指針を明らかにしたものであって、工業ならび工学に対する寄与が大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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