学位論文要旨



No 215233
著者(漢字) 内田,誠之
著者(英字)
著者(カナ) ウチダ,セイシ
標題(和) ヘリコプタ用ターボシャフトエンジンの開発と実用化に関する研究
標題(洋)
報告番号 215233
報告番号 乙15233
学位授与日 2002.01.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15233号
研究科 工学系研究科
専攻 機械情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉識,晴夫
 東京大学 教授 小林,敏雄
 東京大学 教授 荒川,忠一
 東京大学 助教授 加藤,千幸
 東京大学 助教授 谷口,仲行
内容要旨 要旨を表示する

 我が国における航空用ガスタービンエンジンは、戦後の長い空白の後、軍用機用エンジンのオーバーホール、ライセンス国産から始まり、国産開発については一部軍用機用エンジンの開発が行われてきたものの、民間機用エンジンについては、1970年代の通産省大型プロジェクトとしてFJR710ターボファンエンジン等の実験機用の開発例はあるが、実用化に至ったエンジンは一例も無い状況であった。

 本論文では、このような状況の中で、平成9年6月に民間航空エンジンとして国内初の運輸省航空局の型式承認を取得し、平成11年10月より実運用が開始された民間ヘリコプタ用MG5シリーズエンジンについて、先ずそのプロトタイプエンジン開発段階での、エンジン構想の設定、主要要素の性能・強度設計、要素試験、プロトタイプエンジンの設計、試験等開発の流れを明らかにし、各々のプロセスの中で実施された各種設計、最適化検討の結果を示すと共に、性能、強度、寿命、コスト、部品点数、重量等それぞれ相反する特性のバランスをとりつつ、全体システムとして統合した航空エンジンの開発・設計の結果を明らかにする。

 次に実用化段階として、国内初の民間航空エンジン型式承認を取得したMH2000ヘリコプタ用MG5-100/-110ターボシャフトエンジン(図1に断面図、表1に主要諸元を示す)について、その技術内容、試験結果等を通じて、民間航空エンジンの安全性・信頼性実証に基づく実用化の結果を明らかにする事により、航空エンジンの構想設定から実用化に至る一連の開発の考え方、及びその実際を明らかにする事を目的とする。

 尚本エンジンは、平成11年度に、国内初の純国産民間ヘリコプタMH2000Aとして機体と共に日本航空宇宙学会賞技術賞、またエンジン単独で日本ガスタービン学会賞技術賞を受賞したものである。

 本論文の対象である出力800〜900馬力クラスのヘリコプタ用ターボシャフトエンジンの開発経緯は以下の通りである。

(1):先ず、本エンジンの最大の特徴である高圧力比単段遠心圧縮機(世界最高の単段圧力比11:1)に付いては、1982年〜1986年の間に圧力比12:1の単段遠心圧縮機(小型モデル、400馬力相当)の研究開発を実施した。

(2):次に、この高圧力比単段遠心圧縮機の研究開発成果を生かして、1987年〜1991年にMG5プロトタイプエンジンの開発が行われた。

 このプロトタイプエンジンの開発成果を元に、ミリタリーヘリコプタ用TS1エンジン及び民間ヘリコプタ用MG5シリーズへと発展したものである。

(3):最後に実用化として、民間ヘリコプタ用MG5の開発は1992年から開始され、1997年に−100エンジン、1999年に−110エンジンの型式が承認され、同年10月から実運用が開始されたものである。

 本論文の概要は、これら一連の開発・実用化という流れの中で、特にプロトタイプエンジン開発期間中に実施された各種設計、最適化検討について、

(1):エンジンの構想設定、システムとしての最適化検討、

(2):エンジン全体設計に先立つ高圧力比単段遠心圧縮機、燃焼器、高遷音速タービン等主要要素の性能最適化検討、空力設計、設計の為の翼素データ取得試験(翼列特性、冷却特性等)、更には性能確認のための要素性能試験、

(3):高圧力比であるが故の圧縮機、タービンの強度最適化検討、振動、応力等の強度設計、低サイクル疲労(LCF)寿命、クリープ寿命等の検討、

(4):更には航空機特有の機能として、エンジン出力応答性向上、インレットディストーション、圧縮機サージ余裕等の検討

等の各プロセスにおける設計の流れ、最適化検討のポイント及びその結果について考察したものである。次にエンジン全体として、

(5):上記設計、最適化検討の結果を、最終的にMG5プロトタイプエンジン全体設計結果として集約。試作エンジンによる地上性能、高空性能、耐久等の試験結果と、その設計の妥当性実証。

(6):最後に民間ヘリコプタ用エンジン実用化として、MG5-100/-110エンジンの型式承認取得の為の試験等を通じて、信頼性・安全性の実証。

等を明らかにしている。

 本論文で明らかにする開発・設計結果は、プロトタイプエンジン開発及び民間ヘリコプタ用エンジン実用化の中で実施したものであるが、その開発・実用化の流れと、設計における最適化検討のポイントの概要は以下の通りである。

(1)先ず外国のエンジン技術動向調査として、燃費率、出力重量比、圧縮機圧力比、タービン入口温度等の主要パラメータの動向調査を行い、目標とするエンジンの狙うべき方向を定めた。

(2)次にシステム最適化の観点から、先進ヘリコプタに必要な特性、又その特性から得られるエンジンヘの要求事項、最後にその要求を満たす為にはエンジン設計はどうあるべきかという検討による、エンジン概念構想の設定を実施した。

(3)又、この構想に合致する国産エンジンを開発するに当たり、自身の技術力と外国との技術ギャップを認識した上で、技術課題つまり開発重点項目を特化、逆に従来技術で対応して開発リスクを軽減する項目を明確化した。

 本エンジンの場合具体的には、単段で世界一の圧力比という事から高圧力比遠心圧縮機、高遷音速で世界最小サイズの冷却翼という事から空冷高圧タービン、更に圧縮機と可変入口案内翼を組合わせたエンジン出力応答性向上に重点を置き、出力タービン、減速機については、従来技術で対応した。

(4)同時に、エンジンシステムの最適化という観点から、エンジン全体性能と熱サイクルのパラメトリックスタディー、エンジン全体構造、形式の比較検討、コストと性能、更には性能と強度の最適化検討を実施した。

(5)以上の各段階での検討結果を統合して、エンジン全体構想を固めた。

(6)次の段階として、各主要要素にブレークダウンした要素性能の最適化、具体的には、圧縮機、燃焼器、タービンの目標効率の設定と空力設計、タービン冷却設計、更には設計の為のデータ取得試験及び要素性能確認試験を行なった。

(7)また同時に、主要要素構造・強度の最適化、具体的には圧縮機、タービンのディスク、翼部、翼根部の強度設計と低サイクル疲労、クリープ等の寿命推定の他、強度の観点からインペラ、ディスク等形状の最適化検討を実施した。

(8)更には、航空エンジン特有の機能として出力応答性、ディストーション、水吸込み、及びこれらの影響を受ける圧縮機サージ余裕の検討等を実施した。この内、エンジン出力応答性の向上については、遠心圧縮機と可変入口案内翼の組合せによる、世界に類を見ない高応答化アイデア(国内外特許取得済)を適用し、プロトタイプエンジンを用いた試験によりアイドル〜定格出力間で1秒レベルの高速応答を実現した。

(9)以上の各要素の性能・強度・機能最適化検討の統合としてプロトタイプエンジン全体設計が確定し、更にはプロトタイプエンジンとしての各種試験を通して、設計の妥当性確認が行われた。

(10)最後に実用化という意味で、上記プロトタイプエンジンをベースに、民間航空エンジンとして型式承認を取得したMG5-100/-110エンジンの設計結果、更には安全性・信頼性の実証方法,結果について示す。この実証試験の結果として型式承認が発行されたものであり、これにより開発・設計の妥当性実証が行われ、実用に供する事への信頼性・安全性が確認されたものである。

 以上

図1 MG5-110エンジン断面

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,「ヘリコプタ用ターボシャフトエンジンの開発と実用化に関する研究」と題し,8章からなっている.

 我が国における航空用ガスタービンエンジンは、戦後の長い空白の後、軍用機用エンジンのオーバーホール、ライセンス生産から始まり、国産エンジンの開発生産は一部軍用機用エンジンで行われてきたものの、民間機用エンジンでは、実用化に至ったエンジンは一例もなかった。このような状況で、平成9年6月に民間航空エンジンとして国内初の運輸省航空局の型式承認を取得し、平成11年10月より実運用が開始された民間ヘリコプタ用MG5シリーズターボシャフトエンジンについて、構想立案から実用化に至る一連の開発の考え方及びその実施結果を明らかにしている。すなわち,プロトタイプエンジン開発段階におけるエンジン構想の設定、主要要素の性能・強度設計、要素試験、プロトタイプエンジンの設計、試験等開発の流れを明示し、各々の過程で実施された各種設計、最適化検討の結果、及び性能、強度、寿命、コスト、部品点数、重量等それぞれ相反する特性のバランスを取りつつ全体システムとして統合した航空エンジンの開発・設計の結果を明らかにしている。さらに,民間航空エンジン型式承認を取得した実用エンジンについて、その技術内容、試験結果等を通じて、民間航空エンジンの安全性・信頼性実証に基づく実用化へ至るまでの結果を明らかにしている。

 第1章「序論」では,本研究の目的を明らかにし,エンジン開発・設計の流れの中で重点項目と最適化のポイントを示し,本論文の構成を説明している。

 第2章「エンジン全体構想の設定」では,小型ターボシャフトエンジンの技術動向について,燃料消費率と出力重量比,圧縮機圧力比とタービン入口温度,エンジン出力応答性について調査している。この結果を基に,エンジンシステムとしての最適化検討をエンジン性能と熱サイクル,コストパフォーマンスと性能・強度,エンジン全体構造と形式について行い,プロトタイプエンジン全体構想に集約している。すなわち,圧縮機とタービンの全ロータは単段構成,出力850馬力,圧力比11,タービン入口温度1,100℃としている。

 第3章「エンジン要素の性能」では,単段で圧力比11という世界最高の圧縮機の設計について,空力性能及び構造・強度の最適化ポイントを明らかにした上で、三次元流動解析を一部利用して設計を行った。この試作機の単体性能実験を行い,定格点ではやや目標値を下回ったものの,ほぼ満足できる性能が得られている。さらに,可変入口案内翼付き遠心圧縮機の特性を測定し,サージ余裕の増大を確認している。次に,燃焼器は従来技術の調査と流動試験等で出口温度不均一率の小さい燃焼器を設計し,性能試験の結果目標値を上回っていることを確認している。また,高遷音速タービンの設計について,圧縮機同様に設計手順と最適化ポイントを明らかにし、高圧タービンは断熱効率86%,出力タービンは90%と,小型タービンとしては非常に高い目標を定めている。この目標達成のため,準三次元流動解析により翼高さ方向の速度三角形及び翼型を決定した。性能確認のため,二次元の翼列試験,環状翼列試験及び回転翼列試験を行い,ほぼ目標値を達成していることが分かった。高圧タービンは1,100℃と高温のため翼冷却が必要であるが,翼高さ及び翼弦長が約20mmの世界最小の動翼への冷却構造を設計し,性能試験によりほぼ満足できる冷却効率を確認している。

 第4章「エンジン要素の構造・強度」では,圧縮機,タービンの回転機部分の低サイクル疲労寿命,翼振動,タービン動翼のクリープ寿命等の検討を行っている。圧力比11を単段で実現する圧縮機は周速が約680m/sと速く,出口温度も400℃を超えるため,材料の選定,形状,回転数,温度・応力分布,翼振動等について繰返し解析を行い,設計している。タービンも圧縮機同様の手順で繰返し解析を行い,設計している。また,航空エンジンでは過回転や過温度に対するロータ保全,ディスク破断,ディスク保護,動翼飛散時の貫通防止が必須条件であり,これらの安全確認を行い,評定値に対する余裕値を示している。さらに,このエンジンでは出力軸が高圧軸の中を貫通して減速機に結合される長軸であり,しかも出力タービンがオーバーハングする構造であるため,危険速度が定格回転数以下の領域にある。作動時の異常振動を抑制するため,油膜ダンパの効果を解析により確認している。

 第5章「航空エンジンとしての機能」では,出力応答性,入口ディストーション及び水吸込み特性,圧縮機サージ余裕,耐環境性を論じている。すなわち,可変入口案内翼付き遠心圧縮機の採用により,圧縮機回転数を一定にしたまま案内翼の角度を急変させ,出力を急変させることが可能になった。一例として,回転数51,000rpm(定格の98%)で翼角度を4度と55度の間を約1秒で変化させた時,出力は220馬力(定格の25%)と810馬力(定格の95%)の間を約1.3秒で応答することを実証した。軸流圧縮機ではこのようなことは不可能で,この結果は世界でも例のない貴重なものである。また,航空エンジンでは機体の速度,姿勢,気象条件等による入口ディストーションや降雨時の水吸込みによる圧縮機特性の変化を調べ,サージ余裕の変化は約2%と小さいことを確認している。さらに,可変入口案内翼の採用により最大22%のサージ余裕が得られ,加速余裕を最大13%確保でき,従来エンジンよりかなり大きい値を得ている。その他,耐環境性として,高・低温条件,速度,高度,鳥吸込み,氷吸込み,砂吸込み,着氷環境,外部荷重,姿勢等の検討項目を整理している。

 第6章「MG5プロトタイプエンジン全体設計と試験結果」では,高圧力比単段遠心圧縮機及び高遷音速タービンの試作研究結果を基に,プロトタイプエンジンを設計し,性能試験,基礎耐久試験,応答性向上試験,高空基礎試験等を実施した。エンジンは,減速機部分,高圧回転部からなるコアエンジン部分及び出力タービン部分からなるモジュール構造とし,分解・組立及び整備・点検の容易化を図っている。エンジン仕様は,30分定格850馬力,連続定格750馬力,圧力比11,タービン入口温度1,100℃,空気流量2.9kg/sである。基礎性能は,海面静止状態のベンチ試験で始動時間,再始動試験,出力と燃料消費率の関係,圧力比,タービン温度,空気流量等と回転数のマッチング等,目標をほぼ達成していることを確認している。また,高空性能として,高度20,000ft,速度0条件における始動で,着火まで4秒,アイドルまで34秒の結果を得ている。定常状態の性能については,高度30,000ftまで10,000ft毎にマッハ0.5までの結果を示している。さらに,耐久試験では,6時間を一つのパターンとし,25回繰返す総計150時間耐久試験の実施が求められている。2台のプロトタイプエンジンでは,この耐久試験を含んで総運転時間は約3年間で850時間に達している。連続運転時間は1台が350時間であった。以上の試験結果により,プロトタイプエンジンの性能が確認され,実用化が可能となったことを示している。

 第7章「民間ヘリコプタ用エンジンとしての実用化」では,プロトタイプエンジン及び要素の開発試験結果を反映して設計した実用エンジンの全体システム,燃料系統,補機・潤滑系統,制御システムを示している。さらに,エンジンの型式承認取得のための安全性・信頼性の実証方法及び試験結果を明示し,型式承認を得るまでの経過を述べている。

 第8章「結論」では,以上を総括するとともに,プロトタイプエンジンの構想設定段階における計画値とプロトタイプエンジンの性能及び実用エンジンの試験結果をまとめて比較して,本設計手法の有効性を明らかにしている。

 上記のように本論文は,ヘリコプタ用ターボシャフトエンジンの開発に際し,構想段階における開発目標の設定方法,開発段階における設計手順及び要素性能・構造・強度の試験結果等を明らかにし、その結果を実用機の設計システムに適用して,国産エンジンとして初めて航空エンジン型式承認を得るまでを明らかにした点から,機械工学,特にガスタービン工学の発展に寄与するところが大きい.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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