学位論文要旨



No 215234
著者(漢字) 石井,光教
著者(英字)
著者(カナ) イシイ,ミツノリ
標題(和) 遮熱ターボコンパウンドエンジンの性能とNOx排出特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 215234
報告番号 乙15234
学位授与日 2002.01.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15234号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河野,通方
 東京大学 教授 荒川,義博
 東京大学 教授 長島,利夫
 東京大学 助教授 畔津,昭彦
 東京大学 助教授 津江,光洋
内容要旨 要旨を表示する

 現在の自動車用内燃機関として,ガソリンエンジンおよびディーゼルエンジンなどが広く用いられている.一般にディーゼルエンジンは,ガソリンエンジンに比べ比出力や排気エミッションなどの面で劣るものの,熱効率が高いなどの優位性がある.したがってディーゼルエンジンの研究開発においては,比出力向上と排気の低減をはかりつつ,熱効率の更なる向上が要求されている.ここで,まず始めにディーゼルエンジンの熱バランスを考えてみると,一般にエンジン有効仕事として回収できるのは燃料の持つ全エネルギーの内の1/3程度であり,残りの約1/3は冷却損失,および約1/3は排気損失として捨てられている.これら今まで利用されていなかった冷却損失と排気損失を有効仕事として回収できれば更なる熱効率向上および比出力向上が期待できる.これを達成する一つの方法として,遮熱ターボコンパウンドシステムが考えられる.これは,高過給化とタービンなどによる排気エネルギーの回収システム,さらにセラミックスなどを用いた燃焼室壁面の遮熱化を組み合わせたシステムであり,これにより大幅な熱効率向上と比出力向上が期待されている.一方,排気エミッションの観点から考えると,燃焼室壁面の遮熱化や高過給化をはかると燃焼ガス温度が上昇するため,炭化水素やススなどの低減も同時に期待されるが,窒素酸化物(NOx)は大幅に増大することが懸念される.しかしながら,その遮熱化などによる熱効率の改善効果については必ずしも明確になっているとは言えず,また高温燃焼時での有効なNOx低減技術もまだ確率されていないのが現状である.

 そこで本研究では,まず始めに一次元非定常熱伝導解析を行い,エンジン燃焼室壁面温度の上昇と冷却損失低減との相関を理論的に明らかにするとともに,完全断熱(瞬間々々壁面とガスとの熱交換が全くない理想的な状態)と完全遮熱(瞬間々々は壁面とガスの間で激しく熱交換されるが,エンジンーサイクルの平均としては冷却損失がゼロとなる)の物理現象の相違を明確にした.また燃焼室壁面の表面温度は,エンジンーサイクル中激しく変動する燃焼ガス温度の変化には追従できず,実在のセラミックス材料を用いたとしても,燃焼ガスの温度変化に比べるとほぼ一定と見なせることがわかった.次に遮熱ターボコンパウンドエンジンの性能予測のためのサイクルシミュレーションモデルの開発を行い,エンジン燃焼室の遮熱化による冷却損失の低減効果と熱効率改善効果などについての理論的な考察を行った.また過給機,タービンおよびレシプロ部などの最適化をはかり遮熱ターボコンパウンドエンジンによる熱効率の改善効果などについての解析を行った.その結果,遮熱化と熱効率改善効果の関係を理論的に解明することができ,エンジン熱効率の改善には高過給化と高遮熱化が効果的であることがわかった.一方,高過給・高遮熱化をはかるとエンジン内の燃焼温度が上昇するため排気エミッションのうち特にNOx排出量が大幅に増大する.そのため高過給および高遮熱時でも精度良くNOx排出量が推定できるシミュレーションモデルを開発し,最終的な排出量のみばかりでなく実機エンジン内でのNOx生成過程も推定するとともに,高過給・高遮熱時の各種NOx低減化手法についての考察を行った.その結果,燃焼ガスと余剰空気の急速混合(希釈)により,実機においても,燃焼室形状などの多少の工夫でNOxを効果的に低減できることが実証できた.

 エンジン燃焼室の遮熱化により冷却損失を低減した場合の熱効率への影響の計算結果一例を図1に示す.参考として同図には完全断熱の場合も示す.これによると,遮熱化(ここでは燃焼室壁面温度を高めることと等価)して冷却損失を低減していくと熱効率は改善され,壁面温度が1400℃に達するとサイクル平均の冷却損失がゼロになり完全遮熱となる.その時のベースの水冷鋳鉄エンジンに対する熱効率の改善率は約4ポイント弱となる.またベースの水冷鋳鉄エンジンの冷却損失はもともと約25%であったが,この冷却損失のうち軸出力として回収できるのは1/4程度であり,残り3/4は排気損失となることがわかる.但し,実現可能な実在のセラミックス材料を適用し無冷却仕様としたエンジンを考えた場合は,その改善効果は完全遮熱の場合の3〜4割程度となり,熱効率は1〜2ポイント改善される.

 遮熱化のみをして冷却損失を低減した場合,熱効率の改善効果は比較的少ないが,遮熱化すると排気損失が増大するため,この増大した排気損失を有効仕事に変換する遮熱ターボコンパウンドエンジンの場合について調べた結果を図2に示す.これによると実現可能なセラミックス材料と無冷却仕様の遮熱ターボコンパウンドエンジンは,ベースの水冷鋳鉄仕様のエンジンに比べ,全負荷の場合(部分負荷の場合),冷却損失は9〜11ポイント(9〜11ポイント)程度低減し,正味熱効率は2〜3ポイント(4〜5ポイント)程度改善できる(改善率としては約10%程度).

 以上,高過給・高遮熱化により熱効率は改善できるが,エンジンの燃焼温度も大幅に上昇するためNOx排出量の大幅増大が懸念されるため,まずNOx排出量および生成過程を推定できるシミュレーションモデルの開発を行った.シミュレーションモデルとして,燃焼室内ガスは,未燃領域(空気のみ),燃焼領域(理論空燃比で燃焼),既燃領域(燃焼したガスは余剰空気に希釈され最終的に筒内の平均空気過剰率に至る)の3つからなるとした三層マスモデルを用いた.またNOxの生成反応には拡大Zeldovich機構を用い,燃焼領域と既燃領域で生成されるとし,既燃領域での余剰空気による希釈過程に一次元拡散モデルを適用した.その結果,いずれの運転条件でもNOxは燃焼開始から上死点後クランク角で約30度以前に生成され,その後は反応が凍結され生成が見られないことがわかった.また同時にこの間に燃焼ガスを急速に希釈することにより,高温燃焼場においてもNOxを効果的に低減できることが示唆された.この急速混合(希釈)を実現する一手段として,図3に示す燃焼室形状を試作し実測をおこなった.燃料は主室のみに噴射され,そこで燃焼した燃焼ガスは上死点後10度以降に周囲に設けられた副室に急激に噴出する構造とした.この燃焼室形状を用いて実測した結果の一例を図4に示す.同図より,主室容積比を小さくするとNOxが低減することがわかる.またこの時,スモーク排出量や他のエンジン性能への影響は比較的少なく,NOxのみを効果的に低減できることがわかった.この実測結果をもとにNOx生成過程を推定する数値解析をおこなったところ,拡散モデルのパラメータである混合時間は主室容積比の減少とともに短くなっていることがわかった.このことから主室で燃焼した燃焼ガスを副室の余剰空気に急速に希釈して反応を凍結させる急速混合が実機においても可能であることが確認できた.

図1 燃焼室壁面温度を変えた場合の熱バランスへの影響

図2 実現可能なセラミックス化,完全断熱化した場合の,ターボコンパウンドエンジンの熱バランスへの影響

図3 副キャビティー付きピストンの燃焼室構造概略

図4 副キャビティー仕様の実測NOx排出量

審査要旨 要旨を表示する

 工学修士石井光教提出の論文は,「遮熱ターボコンパウンドエンジンの性能とNOx排出特性に関する研究」と題し,5章から成っている.

 近年の地球温暖化およびエネルギーセキュリティなどの観点から,自動車用エンジンの更なる熱効率向上が望まれている.現在用いられている自動車用エンジンは,ディーゼルエンジンとガソリンエンジンに大別できるが,ディーゼルエンジンはガソリンエンジンに比べ,比出力などの面で劣るものの,熱効率が高いなどの大きな優位性を有している.ディーゼルエンジンのエネルギーバランスを考えると,エンジンの有効仕事として回収できるのは,一般に燃料の持つ全エネルギーの1/3程度であり,残りの約1/3は冷却損失,および約1/3は排気損失として捨てられている.このように今まで利用されていなかった冷却および排気損失を,有効仕事として回収する一手段として,遮熱ターボコンパウンドシステムが考えられており,その研究開発が盛んに行われている.これは高過給化,タービンなどによる排気エネルギーの回収システム,さらにセラミックスなどを用いた燃焼室壁面の遮熱化を組み合わせたシステムであり,これにより大幅な熱効率および比出力の向上が期待されている.しかしながら,遮熱化およびターボコンパウンド化による熱効率の改善効果は,必ずしも明確になっているとは言えない.また,排気エミッションの観点から考えると,燃焼室壁面の遮熱化や高過給化は燃焼ガス温度を上昇させるため,未燃炭化水素やススなどの排出低減が期待できるものの,窒素酸化物(NOx)は大幅に増大することが懸念されている.このような高温燃焼場での有効なNOx低減技術は未だ確立されておらず,これがシステムの実用化を妨げる大きな要因の一つとなっている.

 このような背景から,本論文では,遮熱ターボコンパウンドシステムによる熱効率の改善効果を,エンジンサイクルシミュレーションモデルを用いた解析により明確にするとともに,過給機,タービンおよびレシプロ部などの最適化を行うことにより,このシステムの有効性を検証している.また,エンジン内でのNOx生成過程を推定するシミュレーションモデルを開発し,各種のNOx低減手法について検討を行うとともに,実機エンジンに適用可能な新たなNOx低減手法を提案している.

 第1章は序論であり,本研究の背景を述べ,関連する研究の成果とその問題点を検討し,研究の意義と目的を明確にしている.

 第2章は,ターボコンパウンドエンジンシステムによる熱効率の改善効果について述べている.まず,サイクルシミュレーションモデル,実験装置および測定法について説明している.また,実測結果との比較から,本シュミレーションモデルの妥当性を検証している.さらに,ターボコンパウンドエンジンの各種設計パラメータの感度解析とシステムの最適化を行い,このシステムによる熱効率改善効果について詳細な考察を行っている.

 第3章は,エンジン燃焼室の遮熱化による熱効率の改善効果について述べている.まず,非定常熱伝達解析モデル,およびエンジンサイクルシミュレーションに適用する熱伝達モデルの妥当性について説明している.また,非定常熱伝達解析によるエンジン燃焼室壁面温度と冷却損失低減との相関を明確にするとともに,エンジン燃焼室の遮熱化による熱効率改善効果に関する考察を行っている.さらに,燃焼室の遮熱化と,第2章で述べたコンパウンドシステムとを組み合わせた遮熱ターボコンパウンドエンジンによる熱効率の改善効果について,詳細な検討を加えている.

 第4章は,NOxの低減手法について述べている.まず,NOx生成モデル,実験装置および測定方法を説明し,実測結果との比較からモデルの妥当性を検証するとともに,遮熱ターボコンパウンドエンジン内でのNOx生成過程を明らかにしている.また,種々の解析結果に基づき,エンジン内での効果的なNOx低減手法として,燃焼ガスと余剰空気の急速混合手法を提案している.さらに各種エンジン実験から,提案されたNOx低減手法の妥当性を検証し,本手法が実機エンジンに適用可能であると結論づけている.

 第5章は結論であり,本研究において得られた結果を要約している.

 以上要するに,本論文は遮熱ターボコンパウンドエンジンについて,遮熱化およびターボコンパウンド化による熱効率改善効果を,実験および数値解析により明らかにするとともに,高過給高遮熱時におけるNOx低減を行うための新たな手法を提案し,その手法の有用性を実証したものであり,内燃機関工学および燃焼工学上貢献するところが大きい.

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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