学位論文要旨



No 215238
著者(漢字) 中野,英俊
著者(英字)
著者(カナ) ナカノ,ヒデトシ
標題(和) 光による超音波の励起・検出技術の開発と材料評価への応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 215238
報告番号 乙15238
学位授与日 2002.01.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15238号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 澤田,嗣郎
 東京大学 教授 高木,堅志郎
 東京大学 教授 北澤,宏一
 東京大学 教授 尾嶋,正治
 東京大学 教授 高木,英典
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は,近年著しい進歩を遂げつつあるレーザ技術を十分に活用し,遠隔からの計測性に優れたレーザ光と,内部透過性をもつ超音波を融合させた計測技術の構築により,材料化学を始めとする広範な材料研究開発の分野において,高温材料の開発,材料特性の評価,プロセス中での材料検査等に資する新たな計測手法を提示し,その有効性について検討した結果をとりまとめたものである.

 益々高度化,精密化する最近の材料の開発・製造プロセスにおいて,計測技術は従来以上に重要な位置を占めつつあり,同時に極限環境への対応,in-situ性の付与,材料内部のモニタリング等の高度な機能が求められている.本論文において取り上げる超音波技術は,材料内部への透過性に優れ,安全であることから,材料評価技術として古くから注目され,これまでの十分な知見の蓄積により信頼性の高い計測技術として重要な位置を占めている.しかし,超音波技術は接触型のセンシング技術であり,高温,移動物体,in-situ等の最新の計測要求に十分に応えることができない.このため,レーザ光を用いた非接触の超音波技術(レーザ超音波)が近年活発に研究され,優れた研究成果が生まれている.以上のような背景の下で,本研究では歴史の浅いレーザ超音波技術について,現在までの知見を整理するとともに,より高度な計測技術へ展開するために必要な要素技術の開発を積み重ね,実証実験により本技術の可能性を明らかにした.

 第1章では,本研究の主テーマであるレーザ超音波技術の特長,有用性に関する考え方を整理し,次に本技術開発により可能となる物性評価技術,超音波計測技術についての意義を明確にして,本研究の目的を明らかにした.

 第2章では,材料化学における高温材料の開発や評価の観点から,高温状態にある固体の音速を非接触で測定する手法を提案し,特にレーザ光による超音波の励起手法について検討を加えた.はじめに,音速測定の時間分解能を向上させるため,超音波の位相情報を積極的に利用することを検討した.この実現のため,複数台のパルスレーザによる励起用光学系を構成し,特定周波数の超音波を励起する装置を試作した.これにより,従来法と比較して測定分解能が1桁改善されることを見いだした.また,無機材料等について1000℃程度までの高温音速測定を行い,耐熱高温材料の物性評価手法として非常に有効であることを実証した.次に,光パルスの空間的変調により,同様の超音波励起が実現できることを示した.特定周波数の板波を利用することにより,従来測定が困難であった薄板状脆性材料の力学特性評価手法を提案し,セラミックスやアモルファス薄板の高温力学特性評価に応用した.

 第3章では,前章で示した材料評価手法の高度化を目的とし,さらに将来の可能性として材料製造プロセスでのin-situ計測やプロセス制御への利用も視野に入れながら,より困難な環境での超音波検出技術を取り上げた.ここでの技術課題は,試料表面に影響されにくい測定の実現であり,フォトリフラクティブ結晶を用いた波面変換に着目した.波面変換の要件として,1)検出帯域が広いこと,2)外乱振動に強いこと等の条件を設定し,この条件をほぼ満足する検出法としてMPPC(mutually pumped phased conjugation)による波面変換が適切であることを指摘した.本章で提案した波面変換の方式は,フォトリフラクティブ結晶の応答時間より速い振動環境にある試料についても,波面変換が可能である特長を持つ.これは2光波混合等の他の波面補償方式にない利点であり,この特長を結晶内回折格子の形成メカニズムの違いから説明した.さらに,振動へのロバスト性を実験にて定量化し,振動振幅が数100nm以内であれば,十分な波面変換ができることを明らかにした.さらに,提案方式は低周波から高周波域に至る位相情報をすべて忠実に変換するため,検出の周波数領域をどこに設定するかは後段の検出系により決定できることを示した.この特長により,正確な超音波波形の検出が可能であり,材料物性の評価手法として非常に重要であることを指摘した.これらの考察および実験結果をもとに,波面変換効率の高いBaTiO3結晶を組み込んだ独自の光干渉計を考案した.

 試作した干渉計を溶射膜や溶融金属の音速測定に適用して,装置の有効性を実証した.溶射膜の測定では,BaTiO3結晶と外部振動に強い検出法の採用により,微弱光でも位相共役光が形成され計測が可能であった.これらの実験結果は,開発技術の特長を顕著に示す例と言える.また,極限計測の例として,固体から融液に至る連続的な音速測定を示した.従来は異なる測定装置により計測されていた固体と液体の音速測定を,レーザ超音波の適用により連続的に計測できることを実証し,融点近傍の固体や融液の力学的挙動を精密に測定できる可能性を示した.

 第4章では,材料製造プロセスでの不良品検出,欠陥検出への技術展開を目的として,材料検査で求められる遠隔からの計測について,必要となる計測条件を整理した.始めに,散乱表面をもつ材料を遠隔から検査することを想定して,従来用いられてきた数100mWのレーザ光源では光強度が不十分であることを示すことにより,連続発振レーザによる測定感度の限界を指摘した.これに代わるものとして,高出力レーザ光源の使用が不可欠であることを量子雑音との関係から明らかにし,この実現のため干渉性の高い種光源をパルス的に光増幅して,計測時間のみ発光するパルス発振レーザ光源を開発した.開発した光源は等価的に1kWの出力を持ち,また干渉性も高いことを実験により確認した.さらに,実環境で安定した測定能力を持つ共焦点ファブリペロー干渉計を基本として,偏光を利用した差動型の干渉計を新たに考案した.差動型干渉計の同相除去比は1MHzで40dB以上であり,パルス光源の強度変動を差動により相殺して超音波信号だけを検出することができた.

 これらの試作装置を,いくつかの材料検査に適用し,装置の有効性を実証した.遠隔からの模擬欠陥検査では,1m程度離れた距離において厚さ10mmの試験片にあけた直径1mmのドリル穴の超音波イメージが明瞭に得られた.さらに,材料の製造・加工で発生しやすい細い欠陥の計測手段としても有効であることを示した.ここでは,疲労き裂を欠陥と見なして,き裂近傍での超音波計測を行った結果,き裂表面を伝播する表面波により,き裂のイメージングが可能であることを見いだした.水や油を音響結合媒体として使用する接触センサでは,媒体がき裂に浸透するため本実験で示した表面波の利用は困難であり,レーザ超音波の適用により初めて可能となる計測法である.さらに,高温での測定においても常温と遜色のないき裂像が得られ,高温環境でも測定できることを見いだした.

 第5章では,第3章,第4章で検討した光干渉計の絶対感度の向上を図るため,高強度のレーザ光と干渉の暗フリンジを利用する干渉計について検討した.感度の向上には高出力レーザの使用が不可欠であるが,現実的には光検出器の飽和が検出感度を制限することを指摘した.そこで,光干渉縞の暗フリンジを作動点とする干渉計を,超音波の検出に用いることを初めて提案し,この結果を基にマイケルソン干渉計を構成した.暗フリンジに制御した干渉計から超音波信号を取り出すにはレーザ光の変調が必要であり,始めに等価雑音変位と変調の関係について検討した.この結果,レーザ光の最適な変調深さは電気雑音や干渉のビジビリティに影響されることを示した.開発装置を用いて超音波の検出を行い,信号平均なしに10pm程度の超音波信号の検出が可能となることを示した.これは,暗フリンジ干渉計の効果を顕著に示すものであった.さらに,より高い汎用性を得るため散乱光についても暗フリンジ干渉を適用することを目的として,共焦点ファブリペロー干渉計による暗フリンジでの検出を検討した.通常の共焦点ファブリペロー干渉計では,暗フリンジの実現が困難であるため,新たな光学配置を考案し,原理的には共焦点ファブリペロー干渉計を用いた暗フリンジ干渉が可能であることを示した.しかし,散乱光に対して十分な暗フリンジを実現するのは,光学系の歪み等が原因となり容易でないことも判明した.

 以上要約したように,本研究ではレーザ超音波技術の技術開発と応用に関する研究を行った.古典的ともいえる超音波を,先進的な光技術から生み出すことにより,計測の範囲・可能性が格段に広がることを示した.これにより,材料化学を始めとする多くの分野で,材料開発,製造プロセス,品質管理の高度化に寄与する新たな超音波計測法の道が開かれるものと確信する.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,遠隔性に優れたレーザと,内部透過性をもつ超音波の技術融合により,材料化学を始めとする広範な材料分野について,高温材料の開発,材料特性の評価,プロセス中での材料検査に資する新たな計測手法を提案したものである.特に,本論文では遠隔計測の十分な活用を検討の中心課題として位置づけ,高温等の極限環境での応用を想定した技術開発についてとりまとめた.

 益々高度化,精密化する最近の材料の開発・製造プロセスにおいて,計測技術は従来以上に重要な位置を占めつつあり,同時に極限環境への対応,in-situ性の付与,材料内部のモニタリング等の高度な機能が求められている.従来の超音波技術が,高温,移動物体,in-situ等の最新の計測要求に十分に応えることができないため,レーザ光を用いた非接触の超音波技術(レーザ超音波)が近年活発に研究され,優れた研究成果が生まれている.しかし,現状のレーザ超音波は,測定対象の表面性状や遠隔距離により著しく測定感度が悪化し,これにより応用範囲が制限されていることが多い.このような背景の下で,本論文では現状の欠点を克服し,遠隔計測を十分に活用するための要素技術の開発を積み重ね,実証実験により本技術の可能性を明らかにした.

 第1章では,本研究の主テーマであるレーザ超音波技術の特長,有用性に関する考え方を整理し,次に遠隔計測により可能となる物性評価技術,超音波計測技術についての意義を明確にして,本研究の目的を明らかにした.

 第2章では,従来の接触超音波技術と比較して劣っていた測定精度の向上を図り,材料化学における高温材料の開発や評価への応用を意図した高温固体の精密音速測定手法を提案した.ここでは,超音波の位相情報を積極的に利用することを提案し,位相情報を付与するため複数台のパルスレーザによる励起用光学系を構成し,特定周波数の超音波を励起する装置を試作した.これにより,従来法と比較して測定分解能が1桁改善されることを実証した.また,無機材料等について1000℃程度までの高温音速測定を行い,耐熱高温材料の物性評価手法として非常に有効であることを示した.さらに,測定対象を薄板や薄膜に拡張し,位相情報の利用により特定周波数の板波から音速を測定する手法を提案した.これにより,従来測定が困難であった薄板脆性材料であるセラミックスやアモルファス薄板の高温力学特性を評価した.

 第3章では,前章で示した材料評価手法をより多様な材料に適用するため,光学的に粗い表面をもつ試料を遠隔から光計測する技術を課題として設定した.ここでは,フォトリフラクティブ結晶を利用した非線形光学手法を用いて,光波面を任意に変換する技術に着目した.超音波検出に必要な波面変換の要件として,1)検出帯域が広いこと,2)外乱振動に強いこと等の条件を示し,従来の波面変換手法では,これらの条件を十分に満足できないことを示した.そこで,新たな検出法としてMPPC(mutually pumped phased conjugation)による波面変換が適切であることを初めて指摘し,これらの考察および性能実験の結果をもとに,波面変換効率の高いBaTiO3結晶を組み込んだ独自の光干渉計を考案した.

 試作した干渉計を溶射膜や溶融金属の音速測定に適用して,装置の有効性を実証した.溶射膜の測定では,微弱光でも位相共役光が形成され計測が可能であった.また,極限計測への適用例として,半導体の固体から融液に至る連続的な音速測定を示した.レーザ超音波の適用により初めて可能となる計測法であり,融点近傍の固体や融液の力学的挙動を精密に測定できる可能性を示した.

 第4章では,十分な遠隔距離を保って必要な測定感度を得るための計測条件を検討した.始めに,遠隔距離の確保には高出力レーザ光源の使用が不可欠であることを量子雑音との関係から示し,この実現のためパルスモードレーザ光源を開発した.開発した光源は等価的に1kWの出力を持ち,また干渉性も高いことを実験により確認した.しかし,パルス光源自身の強度変動が測定感度に影響することも判明した.そこで,実環境での計測性に優れた共焦点ファブリペロー干渉計を改良し,偏光を利用して新たに差動機能を付与した干渉計を考案した.これにより,パルス光源の強度変動を差動により相殺して超音波信号だけを検出することを可能とした.

 これらの試作装置を,いくつかの材料検査に適用し,装置の有効性を実証した.遠隔からの模擬欠陥検査では,1m程度離れた距離において厚さ10mmの試験片にあけた直径1mmのドリル穴の超音波イメージが明瞭に得られた.次に,疲労き裂を欠陥と見なして,き裂内を伝播する表面波により疲労き裂が検出でき,さらに高温環境でも測定できることを見いだした.これらの結果から,材料の製造・加工で発生しやすい細い欠陥の計測手段としても有効であることを示した.

 第5章では,第3章,第4章で検討した光干渉計の絶対感度の向上を図るため,高強度のレーザ光と干渉の暗フリンジを利用する干渉計について検討した.感度の向上には高出力レーザの使用が不可欠であるが,現実的には光検出器の飽和が検出感度を制限することを指摘した.そこで,光干渉縞の暗フリンジを作動点とする干渉計を,超音波の検出に用いることを初めて提案し,この結果を基にマイケルソン干渉計を構成した.試作装置を用いて振動子とレーザにより励起された超音波の測定を行い,信号平均なしに10pm程度の超音波信号の検出が可能となることを示した.これは,暗フリンジ干渉計の効果を顕著に示すものであった.さらに,より高い汎用性を得るため,共焦点ファブリペロー干渉計による暗フリンジでの検出を検討し,原理的には共焦点ファブリペロー干渉計を用いた暗フリンジ干渉が可能であることを示した.

 以上要約したように,本研究ではレーザ超音波技術を主に高温等の極限環境で利用するための技術課題について検討し,課題解決を目的とした新規の計測手法を提示した.本論文において示した,位相情報を利用した音速測定,位相共役技術による光波面の変換,高強度レーザと差動干渉計の併用は,遠隔計測において共通的に有効な手法であり,歴史の浅い本技術の技術基盤に資するものである.また,論文の最後に提案した検出感度の向上手法は,本技術のさらなる高度化への指針を示したものと考えられる.

 以上のことから,本論文は工学博士の学位にふさわしい内容を持つものと判断した.

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