学位論文要旨



No 215242
著者(漢字) 雨宮,三千代
著者(英字)
著者(カナ) アメミヤ,ミチヨ
標題(和) SREBP−1による脂肪酸合成系遺伝子群の転写調節機構
標題(洋)
報告番号 215242
報告番号 乙15242
学位授与日 2002.01.23
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第15242号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 助教授 岡崎,具樹
 東京大学 助教授 横溝,岳彦
 東京大学 講師 吉栖,正雄
内容要旨 要旨を表示する

 SREBP(sterol regulatory element binding protein;ステロール応答エレメント結合タンパク)は、コレステロールや脂肪酸合成系酵素遺伝子の発現を調節する膜結合型の転写因子であり、3つのアイソフォームから成る(SREBP-1a、-1c、-2)。

 核型SREBP-1a、-1c、-2をそれぞれ高発現させたトランスジェニックマウス(Tg)の研究によれば、導入した遺伝子のアイソフォームの違いにより肝臓では脂肪酸とコレステロールの合成に違いがみられた。SREBP-1a Tgマウスはコレステロール、脂肪酸合成が増加し、著しい脂肪肝を呈したが、SREBP-1c Tgマウスでは脂肪酸合成が、SREBP-2 Tgマウスではコレステロール合成が亢進した。

 肝臓のコレステロール合成系およびリポジェニック酵素群のmRNAの発現も同様な傾向を示した。SREBP-1a Tgマウスはコレステロール合成およびリポジェニック酵素群のmRNA量が共に増加したが、SREBP-2 Tgマウスではコレステロール合成系酵素の発現が顕著に増加した。SREBP-1c Tgマウスは発現量は低いが、リポジェニック酵素群のmRNAが野生型マウスより増加した。

 また、マウスを絶食後、高炭水化物食を再摂食させた実験では、肝臓ではSREBP-2の発現に変化がなかったのに対し、SREBP-1cの発現は著しく増加し(オーバーシューティング)、これに伴いFAS、ACC、SCDの発現も高まった。

 以上の結果は、肝臓ではSREBPはアイソフォームの違いにより機能分担しており、SREBP-2はコレステロール合成系遺伝子の、SREBP-1は脂肪酸合成系遺伝子の転写活性を制御している可能性を示唆する。

 肝臓におけるコレステロール合成の制御因子がSREBP-2であることは既にGoldsteinやBrownにより詳細に解析されている。しかし、栄養代謝をシグナルとするSREBP-1cの活性化機構は研究の途上にある。そこで我々は、細胞内の余剰な糖を脂肪酸や中性脂肪合成へと導く転写調節機構を理解するためにりポジェニック酵素の包括的な転写因子であるマウスSREBP-1cプロモーターの解析を行った。

マウスSREBP-1c遺伝子のプロモーター解析

 マウスSREBP-1cプロモーター領域を2600bpまでシークエンスし、種々の長さのルシフェラーゼコンストラクト(2600,550,350,150,90,85-Luc)を発現ベクターとして作製した。プロモーターの基本転写活性領域を特定するため、作製したルシフェラーゼコンストラクト、較正用SV-β-ガラクトシダーゼプラスミドを共に293細胞に遺伝子導入したところ、-90bp付近にあるSRE-complex(逆向きCAT-box, E-box, SRE3配列,GC-box)が基本転写活性を形成することが明らかとなった。

 次にSREcom plex(90bp-hc)の各配列の欠損体、変異体を作製し、SREBP-1aに対する転写活性を比較したところ、SRE3配列がSREBPの標的配列であり、逆向きCAT-box欠損または変異で活性は完全に消失し、GCbox変異では著しく活性が低下した。また、SREBP-1a,-1c,-2のいづれもSREcomplexを同程度に活性化し、アイソフォームによる特異性の違いはみられなかった。

 ゲルシフト法により各配列に結合する因子を同定したところ、SRE3配列にはSREBPが、GC-boxには内因性SP1,SP3が、E-boxには内因性USF1,USF2が結合することを確認したが、逆向きCAT-boxに結合する因子は同定できなかった。

 SREBPは細胞内ステロールの低下により、切断活性が上昇し、膜結合型から核型に移行することが知られている。しかし、本プロモーターの-400〜-150bpには、ステロールで活性が誘導される領域の存在が明らかとなった。この領域は共同研究者である吉川らにより同定され、LXR/RXR(Liver X Receptor/Retinoid X Receptor)の標的配列LXREaとLXREbであることが判明した。

 以上の結果から、本研究ではマウスSREBP-1cプロモーターのステロールによる相異なる調節機構が明らかとなった。低ステロール下では内因性SREBPの誘導によりSREBP自身が転写を活性化する「ポジティブフィードバック機構」が働き、一旦SREBPが細胞内で発現されると、膜切断が続く限り自らの遺伝子を作り出すオートループ機構が作用する。これは絶食から高炭水化物食再食時に、マウスの肝臓では脂肪酸の合成が著しく亢進する現象を支持するものである。一方、ステロール存在下ではオキシステロールで活性化されるLXR/RXR系が作用する。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は,マウスを絶食状態から高炭水化物食再摂食させたときにおこる脂肪肝のメカニズムを解明するため、肝臓において栄養状態の変化に応答し、脂肪酸の合成を著しく高める転写因子SREBP-1c(Sterol regulatory element binding protein)のプロモーター部位の解析を行い、下記の結果を得た。

1.293細胞にマウスSREBP-1cプロモーター最長2600bpのコンストラクトをルシフェラーゼをリポータージーンとしてトランスフェクトした所、マウスSREBP-1cプロモーターは4つの配列からなるSREcomplex(逆向きCATbox、E-box、SRE3配列、GCbox)が基本転写活性を形成することが明らかとなった。

2.SREcomplexに結合しうる内因性因子は、E-boxにはUSF1、USF2、SRE3配列にはSREBP-1a、-1c、-2、GCboxにはSP1、SP3が結合することが示された。

3.SREBP-1c遺伝子のプロモーター活性化機構は、細胞内ステロール量の減少により膜結合型SREBPが切断され核内へ移行すると、成熟型は標的配列であるSRE3配列に結合して転写を活性化し、更にSREBP-1cの発現により自分自身の遺伝子が活性化されるオートループ機構を形成することが示された。

4.ある種のステロール(22-OH-Cholestero1)は、LXRのリガンドとしてSREBP-1cの転写を活性化することが示された。

5.SREBP-1c自身によるオートループ機構のスイッチをオンにするメカニズムは不明であるが、本プロモーターのSRE3配列は全てのSREBPアイソフォームで同程度に活性化されるため、初めにスイッチをオンにするのはSREBP-1cに限定されず、また、SREBP-1cはリポジェニック酵素の転写因子であるため、余剰ゲルコースから脂肪酸への転換過程における仲介因子や糖代謝の中間産物、あるいはSREcomplex中のGCboxやE-boxに結合するSPファミリー、USFが、コファクターとしてだけではなく糖応答性メディエイターとして機能している可能性が示された。

 以上、本論文は293細胞におけるSREBP-1cプロモーターの解析から、絶食から高炭水化物再摂食時にみられるオーバーシューティング現象がSREBP-1c自身によるポジティブフィードフォワードループ機構の形成による可能性を明らかにした。本研究の成果は、今後、脂肪肝や肥満の病態メカニズムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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