学位論文要旨



No 215245
著者(漢字) 細田,眞司
著者(英字)
著者(カナ) ホソダ,シンジ
標題(和) C型慢性肝炎に対するインターフェロン治療に伴う精神症状の臨床精神医学的研究
標題(洋)
報告番号 215245
報告番号 乙15245
学位授与日 2002.01.23
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第15245号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 金澤,一郎
 東京大学 教授 栗田,廣
 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 教授 木村,哲
 東京大学 助教授 森田,明夫
内容要旨 要旨を表示する

1.目的

 ウイルス性慢性肝炎に対するインターフェロン(以下IFN)治療は、インフルエンザ様症状をはじめとする様々な副作用が報告され、その中でも精神症状がIFN治療の中断に至る副作用として問題となり、精神科コンサルテーションの重要な課題となっている。

 しかし、慢性肝炎に罹患したことへの喪失体験・性格傾向・IFN治療前の心理状態と精神症状の発現の関連性、精神症状の早期発見のための方策、抗うつ薬などの向精神薬の効果と安全性、IFN治療の中止の判断基準、IFN治療による精神症状の予後について、その詳細は不明な点が多い。

 以上の問題を明らかにするために、第1研究:IFN治療による精神症状を呈して精神科治療を要した症例の検討を通して、精神症状の特徴とその予後に関する調査、第2研究:慢性肝炎の患者に対し、IFN治療開始前に肝炎に罹患したことをどのように感じているか、ストレスへの対処行動の特性、性格傾向と病的傾向、これらと精神症状発現の関連、および、心理テストを利用した精神症状detect率の調査、第3研究:IFN治療によるうつ状態に対する抗うつ薬の治療効果の調査を施行し、精神科コンサルテーション活動の観点からの考察をおこなった。

2.第1研究

 対象は、C型慢性肝炎の為にIFN治療を施行した943人(男性663人、女性280人、平均年齢48.5才(±10.5、20-70)である。内科スタッフが精神的な変調もしくは精神科既往歴があるものと考えた症例を、精神科医1人が診断・評価した。精神症状を認めた43人(4.6%)のうち、IFN治療前からの精神症状(パニック障害、心気症、うつ病性障害)が悪化したものが3人(0.3%)あった。40人(4.2%)がIFNによって精神症状が発現したものであり、不安状態(A群):13人(1.4%)、うつ状態(B群):21人(2.2%)、その他の精神障害(C群):6人(0.6%)あり、C群中で幻覚妄想状態が4人(0.4%)、躁状態が1人(0.1%)、せん妄が1人(0.1%)であった。

 精神症状発現群は男性21人、女性19人(男性/女性=1.11)であり、精神症状非発現群(男性:639人、女性:261人、男性/女性=2.45)と比較すると女性の比率が高かった(p=0.012)。6人(15.0%)に精神症状の既往があったが、精神科的関与によってIFN治療を終了することが可能であった。精神症状発現の時期は、C群がA群に比して有意に遅い時期に発現していた(p=0.042)。IFN治療を中止したものは、B群:5人、C群:5人でC群はA群と比して有意に中止するものが多かった(p=0.001)。精神症状の予後では、寛解までの期間が24週以上要したものが、12人(30.0%)あった。本研究調査終了時まで精神科治療を要していたものは、A群1人、B群4人、C群2人であり、その残遺症状は不安、不眠、軽度意欲低下であった。寛解までの期間とIFNの種類に関連がみられ(p=0.016)、IFN-αと比してIFN-βが有意に長期間の精神科治療を要した(p=0.047)。また、C群はA群と比して有意に長期の精神科治療を要したことが示された(p=0.011)。

3.第2研究

 虎の門病院消化器内科入院しC型慢性肝炎に対するIFN治療をおこなう予定の109人の患者に、IFN投与開始前2週間以内にC型肝炎に罹患したこと及びIFN治療に対する考えをみるために調査者が独自に作成した質問票(以下質問票)、Minnesota Multiphasic Personality Inventory(以下MMPI)、Coping Inventory for Stressful Situations(以下CISS)、ZUNG Depression Self Rating Scale(以下SDS)を施行した。IFN治療開始後、内科医はSDSを適宜使いながら何らかの精神的変調を疑われた患者を、精神科医一人に診断・診察を依頼した。すべての質問項目に対しもれなく回答した79人の中でIFN投与後に精神症状を示したものは14人(有効調査対象者の17.7%)で、治療前の精神症状が悪化したもの:2人、うつ状態:7人(8.9%)、不安状態:5人(6.3%)であった。治療前の精神症状が悪化した2人を除いた12人をIFNによって精神症状が発現した群(精神症状発現群),残り65人を非発現群として、77人(男性53人、女性24人、年齢平均:46.1±10.9才;22-65才)の結果を統計学的解析した。第1研究対象者を心理テストを利用した第2研究対象者109人(心理テスト利用群)とそれ以外のもの834人(心理テスト非利用群)に分け、精神症状のdetect率および年齢、性別、肝生検、IFNの種類を比較した。

 診断告知時に、悲嘆反応(否認反応、不安反応、怒り反応、うつ反応、依存反応)が高率に認められた。IFN治療開始前には、不安反応、怒り反応、うつ反応は低下していた。精神症状発現群に診断告知時「不安でじっとしていられなくなることがあった」と答えるものが有意に多かった(p=0.004)。MMPI、CISS、SDS得点は、精神症状発現群と非発現群で素点平均において有意な差を認める項目はなかった。心理テスト利用群の精神症状detect率は、非利用群のdetect率と比して有意に高かった(χ2=24.0、p<0.0001)。

4.第3研究

 C型慢性肝炎に対するIFN治療によるうつ状態と診断された17人(男性10人、女性7人、平均年齢48.6才(±10.6、21-61才))を対象とし、抗うつ薬(塩酸トラゾドン:以下TRZ)を投与した。症状の経過観察には、ハミルトンうつ評価尺度(以下HAM-Dと略)を用いた。TRZ治療開始前の重症度は、HAM-Dの平均は20.3(±5.6)であった。HAM-Dにおいては抑うつ気分、仕事と興味の喪失、精神運動抑制、精神的不安、身体についての不安の平均得点が高く、身体症状では入眠障害、熟眠障害、消化器系の身体症状、一般的な身体症状が高かった。HAM-D最終得点は、0-5点;11人(64.7%)、6点-10点;4人(23.5%)、不変;2人(11.8%)で平均6.2(±6.7)であり、HAM-D得点が50%以上減少したものは、14人(82.4%)であった。投与前および投与後の得点平均はp<0.001で有意の差を認めた。

 HAM-Dの症状では抑うつ気分、仕事と興味の喪失、精神運動抑制、精神的不安、身体的不安の改善率が高かった。HAM-Dで悪化項目はなかった。

5.結論

 (1)IFN治療導入患者は、慢性肝炎を診断された後、悲嘆反応を通して再適応をしていることが明らかになった。

 (2)診断告知時に不安を強くもった体験があるものにIFNによる精神症状発現が有意に多いことが明らかになった。IFN治療に伴う精神症状発現と性格傾向、ストレス対処行動および治療前の抑うつスコアの間には相関がないことが示唆された。

 (3)IFN投与に伴う精神的変調を早期発見するために、内科スタッフがSDSなどの評価尺度を使用し精神症状の発現に注意をむけると、精神科医による前方視的研究と同程度の精神症状detect率を示し、精神科コンサルテーションをスムースにおこなうことができることが明らかになった。

 (4)943例のretrospective studyでは、女性が男性と比して、精神症状発現頻度が有意に高い結果を得たが、77例のprospective studyでは有意な差を認めず、今後の課題として残された。

 (5)IFNの種類、一回投与量は精神症状の発現との関連性はなかった。

 (6)精神科既往歴を有していても精神科医の関与によってIFN治療が終了できることを示した。

 (7)精神症状の特徴として、IFN治療のどの時期でも発現し抑うつ気分、精神運動抑止とともに不安・イライラ感を示す群が多く、その他に、IFNによる身体症状への反応としての不安をIFN治療初期に呈する群、IFN治療の比較的中期以降に気分障害を先行して幻覚妄想状態、躁状態、せん妄に至る群があった。

 (8)各群に支持的な精神療法をおこなう他に、不安を呈する群にはbenzodiazepine系抗不安薬・睡眠導入薬投与が、うつ状態の群にはセロトニン再吸収阻害の強い抗うつ薬trazodoneが有効であった。うつ状態はIFN終了・中止だけでは改善しない場合が認められるので、積極的な抗うつ薬治療が必要である。

 (9)自殺念慮が強い場合、自殺企図が認められた場合、躁状態、幻覚妄想状態、せん妄が認められた場合がIFN治療の中止の要件となり、不安状態、うつ状態では精神科的な関与によりIFN治療が継続できる症例が比較的多いことが明らかになった。

 (10)IFN治療による精神症状に対して長期に亘る精神科治療を要する症例があることが明らかになった。せん妄、幻覚妄想状態、躁状態を呈する群において、精神症状の寛解までの期間が長く要する傾向が認められた。

 (11)IFN治療による精神症状発現をより早期に発見できる明確なrisk factorを見いだす研究が今後の課題として残された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、C型慢性肝炎に対するインターフェロン(以下、IFN)治療に伴う副作用の中で、IFN治療の中断に至る最も大きな理由となる精神症状について、多数例を対象とした臨床精神医学的研究である。

 慢性肝炎に罹患したことへの喪失体験・性格傾向・IFN治療前の心理状態と精神症状の発現の関連性、精神症状の早期発見のための方策、抗うつ薬などの向精神薬の効果と安全性、IFN治療の中止の判断基準、IFN治療による精神症状の予後について、調査研究し、下記の結果が得られている。

 (1)IFN治療導入患者は、慢性肝炎を診断された後、悲嘆反応を通して再適応していることを明らかにしている。さらに、診断告知時に不安を強くもった体験があるものにIFNによる精神症状発現が有意に多いことが明らかになり、精神症状発現の危険因子である可能性を見いだした。

 (2)IFN投与に伴う精神的変調を早期発見するために、内科スタッフがツングうつ自己評価尺度などの心理テストを使用し精神症状の発現に注意をむけると、精神科医による前方視的研究と同程度の精神症状detect率を示し、IFN治療による精神症状の早期発見の方策として、自己記入式うつ評価尺度の利用を提言している。

 (3)本研究は母集団943例のIFN治療者を対象としており、IFN治療に伴う精神症状を多くの症例から総括的に検討されている。精神症状の特徴として、IFN

治療のどの時期でも発現し抑うつ気分、精神運動抑止とともに不安・イライラ感を示す群が多く、その他に、IFNによる身体症状への反応としての不安をIFN治療初期に呈する群、IFN治療の比較的中期以降に気分障害を先行して幻覚妄想状態、躁状態、せん妄に至る群があることを明らかにしている。そして、IFN治療による精神症状が24週以上持続するものが30%程度あることを示し、予後に関する分析を行い、せん妄、幻覚妄想状態、躁状態を呈する群において、精神症状の寛解までの期間を長く要する傾向を認めている。予後に関する多数例からの検討はなかったので、貴重な報告である。

 (4)IFN治療に伴う精神症状の中で最も多いうつ状態の群に、セロトニン再吸収阻害の強い抗うつ薬trazodoneの効果をハミルトンうつ評価尺度を用い評価し、その有効性を明らかにしている。うつ状態はIFN終了・中止だけでは改善しない場合が認められるので、積極的な抗うつ薬治療が必要であることを提言している。

 (5)自殺念慮が強い場合、自殺企図が認められた場合、躁状態、幻覚妄想状態、せん妄が認められた場合がIFN治療の中止の要件となることを提言している。不安状態、うつ状態では精神科的な関与によりIFN治療が継続できる症例が比較的多いことも明らかにしている。

 以上、本論文はIFN治療に伴う精神症状の多数例を詳細に検討し、これまで不明であった臨床的特徴、治療及び予後の諸点を明らかにしており、学位の授与に値するものと考えられる。

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