No | 215246 | |
著者(漢字) | 有賀,誠司 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | アルガ,セイジ | |
標題(和) | ラット腎臓におけるクエン酸transporter NaDC−1の遺伝子,蛋白発現の検討 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 215246 | |
報告番号 | 乙15246 | |
学位授与日 | 2002.01.23 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 第15246号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【研究目的】 尿中クエン酸はカルシウムを尿中でキレートすることにより腎結石の生成を抑制することが知られており、現に再発性尿路結石の患者の約半数は低クエン酸尿症を示すと言われている。これらの患者の多くでは低クエン酸尿症は代謝性アシドーシス、体内での酸の過剰産生、低カリウム血症が原因であると言われている。クエン酸は腎糸球体で100%濾過された後、近位尿細管でその75-85%が再吸収され残りは再吸収、分泌されることなく尿中に排泄されることから近位尿細管での再吸収がその尿中排泄量を調節している。近年、クエン酸のtransporterが家兎腎近位尿細管よりクローニングされNaDC-1(Sodium-dicarboxylate cotransporter-1)と命名された。本研究では慢性代謝性アシドーシス、低カリウム血症ラット、慢性アルカリ摂取のラット腎近位尿細管管腔側刷子縁上のNaDC-1の遺伝子発現、蛋白発現への影響を検討した。 【方法】動物 本実験では雄Sprague-Dawley rats(180-350g)を用いた。 [慢性酸投与]酸投与ラットには0.28M塩化アンモニウム溶液、コントロールラットに蒸留水を飲水として投与し両群において食餌摂取量を同量とした。両群のラットは酸投与後1、2、4、7、14日目に麻酔後、動脈血を採取し腎臓を摘出(sacrifice)した。[急性酸投与]ラットに2M塩化アンモニウム(1ml/100g体重)を、コントロールラットには2M塩化ナトリウムを強制投与し、1、2、3、6、16時間後にsacrificeした。[アルカリ投与]コントロールラットには塩化ナトリウム6mmol/kg.体重/日、アルカリ投与ラットには炭酸水素ナトリウム6mmol/kg.体重/日を含む合成餌を投与しpair feeding 7日後にラットをsacrificeした。[低カリウム血症ラットの作成]コントロールラットには合成餌、低カリウムラットには合成餌の塩化カリウムを同量の塩化ナトリウムで置換したものを与え、pair feedingとした。ラットは3、7、14日にsacrificeした。 以上の実験では24時間尿をsacrificeする前日に採取した。ラットは麻酔をかけた後に大動脈より動脈血を採取し、両側腎臓を取り出した。 Western blot腎皮質管腔側刷子縁を抽出し、SDS-PAGE後、家兎NaDC-1の164-223アミノ酸に対するpolyclonal anti-rabbit NaDC-1抗血清でプロービングを行った。バンドが複数出現したためブロッキング(antiserumとfusion proteinをニトロセルロース膜と反応させる前に4℃で1時間インキュベートした。)、Deglycosylationにより糖蛋白を除去したのちwestern blotを行った。Immunohistochemistryラットを麻酔した後、腹部大動脈より5分間、固定液を灌流することにより腎臓を固定した。固定液を洗浄した後、腎臓を5μmの厚さに切りスライドにのせた。抗NaDC-1抗体と一晩インキュベートした。Northern blot腎皮質よりRNAを抽出し、20μgのtotal RNAを電気泳動しナイロン膜にトランスファーした。ランダムヘキサマー法により核標識した家兎NaDC-1,ラット18srRNAを用いプロービングを行った。Nuclear runon assay酸を1日負荷したラットとコントロールラット(蒸留水を負荷)の腎皮質より核を分離した。核を[32P]UTP, ATP, CTP, GTPとともに20℃のwater bathにて振盪させながらインキュベートした後RNAを抽出し、ラットNaDC-1, PEPCK[phosphsenolpyruvate carboxykinase], 18SrRNAのcDNAを含むプラスミドDNAとコントロールとしてのプラスミドベクターpGEM(promega)を付着させたナイロンメンブレンとハイブリダイゼーションを72時間行った。 【結果】 酸負荷ラットでは血中重炭酸イオン濃度は時間の経過と共に正常化した。低クエン酸尿症は全てのタイムポイントで見られ、血中重炭酸イオン濃度が正常化後も見られた。重炭酸ナトリウム投与ラットではコントロールと比較して血中重炭酸イオン濃度に変化は見られず、尿中クエン酸排泄はコントロールに比較して著明な増加を示した。K欠乏食投与ラットでは時間の経過と共に低カリウム血症を示し、尿中クエン酸排泄量の減少を示した。 Western blotでは家兎NaDC-1 antiserumによりラット刷子縁(BBM)に5つのバンド(105,76,67,60,46)が現れた。ブロッキング、deglycosylationにより60kDaのバンドがラットNaDC-1蛋白と判断した。酸負荷ラットではNaDC-1蛋白の発現が時間の経過と共に増加し、低クエン酸尿症の程度と一致していた。7日間アルカリを投与したラットではNaDC-1蛋白の発現量には変化がみられなかった。低カリウム血症ラットにおいては、血清カリウム値の低下とともにNaDC-1蛋白発現が増加した。この場合でもこの蛋白発現の増加の程度は低クエン酸尿症の程度と一致していた。 抗家兎NaDC-1抗体を用いた免疫組織染色の結果、NaDC-1は近位尿細管のS1、S2、S3 segmentの刷子縁に発現しており発現の程度はS2>S1>S3の順であった。酸負荷ラットにおいて、NaDC-1蛋白は近位尿細管の全ての部位にてコントロールラットに比較して強く発現しており、特にS2においての強発現が著明であった。 NaDC-1 mRNAのシグナルはnorthern blotにて2.4kbの位置に確認され、mRNAの発現量は慢性代謝性アシドーシスでは酸負荷1日目最大の増加がみられ、血中重炭酸イオン濃度の変化も最大であり血中重炭酸イオン濃度の変化の程度とNaDC-1 mRNAの発現の程度には有意な負の相関関係がみられた。急性代謝性アシドーシスにおいてもNaDC-1 mRNAの発現増加がみられアシドーシスの程度と時間差をもって相関した。低カリウム血症ラットでは無カリウム食を投与して時間の経過に伴いNaDC-1 mRNA発現量が増加した。アルカリを投与ラットではNaDC-1 mRNA発現量には差がなかった。 酸負荷1日目においてNaDC-1 mRNAの発現が最大であったことより、このタイムポイントでの酸負荷のNaDC-1転写率への影響をnuclear runon assayにて検討した。酸負荷ラットではコントロールに比べ60±29%の増加を示したものの、両群間に有意差はなかった。一方陽性コントロールとしてのPEPCK mRNA転写率は有意な増加を示した。 【考察】 管腔側Na+/citrate cotransporterの活性はラットを用いた実験で慢性アシドーシス、低カリウム血症において上昇することが証明されており、本実験は慢性の酸投与下、無カリウム食摂取で腎尿細管NaDC-1の蛋白、mRNA発現量が増加することを証明した。慢性酸負荷ラットでは血中重炭酸イオン濃度の最低下時にmRNAの増加が顕著であったこと、また急性酸投与においてもNaDC-1 mRNAの増減は血中重炭酸イオン濃度の変化にある程度時間差をもって動くことより血中重炭酸イオン濃度の変化がNaDC-1 mRNAの発現量に関与していると考えられた。nuclear runon assayでは酸負荷ラットにおいてコントロールに比べて有意な増加は示さなかったことよりNaDC-1 mRNAの酸負荷に対する増加は転写率の増加によるものより、転写後のmRNAの安定性等によると考えられた。一方、酸負荷ラットではNaDC-1蛋白発現量も増加した。しかしながらmRNAとは違い、蛋白発現の程度は時間の経過とともに、すなわち血中重炭酸イオン濃度の変化が見られなくなったにもかかわらず増加した。持続的なNaDC-1蛋白の増加には血中重炭酸濃度以外の因子も関与していると考えられた。低カリウム血症ラットでは血中カリウム値がコントロールに比べ低下するにつれNaDC-1蛋白、mRNAの発現量が共に増加した。ここでは血中カリウム値がNaDC-1蛋白、mRNAの増加に関与していると推測される。代謝性アシドーシスと低カリウム血症との共通点として細胞内のアシドーシスが挙げられ、NaDC-1の活性化、蛋白、mRNAの増加には細胞内のpHがkey factorであると思われる。 慢性アルカリ投与ラットではNaDC-1蛋白、mRNAに変化がみられなかったにもかかわらず尿中クエン酸排泄が有意に増加した理由として、1)NaDC-1はcitrate2-のみを輸送するがアルカリ尿ではcitrate3-が増加すること、2)慢性アルカリ投与ラットでの近位尿細管細胞内のクエン酸の代謝の低下による細胞内のクエン酸濃度の上昇が考えられる。クエン酸は近位尿細管細胞質内の2つのpathwayにより代謝されるが、慢性代謝性アシドーシス、アルカローシスではこれらのpathwayの酵素活性、蛋白、mRNA発現が変化ることが証明されており、これらの一連のtransporter、酵素等が酸負荷により協調して反応していると考えられた。 | |
審査要旨 | 尿路結石の生成の抑制因子であるクエン酸の尿中排泄が代謝性アシドーシス、低カリウム血症において減少し、慢性アルカリ負荷において尿中クエン酸排泄が増加することが知られているが、本実験ではラットを用い上記3状態において近位尿細管管腔側の刷子縁上に存在するクエン酸トランスポーターNa+-citrate cotransporter(NaDC-1)の遺伝子、蛋白レベルの検討を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1.ラット慢性酸負荷においては尿中クエン酸の低下が酸負荷投与後2日目より認められその後も続いた。低カリウム血症ラットでは無カリウム食開始後血清カリウム値の低下に伴い尿中クエン酸排泄の低下が認められた。また、慢性アルカリ負荷ラットにおいては尿中クエン酸排泄量の増加が認められた。 2.Western blotを用いた実験では慢性酸負荷ラットにおいて酸負荷後4日目以降にNaDC-1蛋白発現量の増加が認められ、7日、14日後ではコントロールに比べて有意に増加した。低カリウム血症ラットでも7日、14日後にコントロールに比べてNaDC-1蛋白発現の増加が認められた。慢性アルカリ負荷ではNaDC-1蛋白量に変化は見られなかった。 3.Northern blotを用いた実験では慢性酸負荷において、NaDC-1mRNAが負荷後1日目より増加し、4日目までコントロールに比べて有意の増加を示した。低カリウム血症においても有意な増加が無カリウム食投与開始後7日後より認められた。慢性アルカリ負荷ラットでは蛋白同様NaDC-1mRNA発現量はコントロールに比べて変化がなかった。 4.NaDC-1 mRNAの発現の増加が1日目からみられ、また発現量も最大であったことより、この変化がtranscriptionalな増加によるものなのかを調べるためにNuclear runon assayを行った。ポジティブコントロールのPEPKCKは酸負荷にて増加を示したものの、NaDC-1は増加を示さなかった。以上より酸負荷におけるNaDC-1 mRNAの増加はtranscriptionalな増加によるものではないと考えられた。 以上、本論文は代謝性アシドーシス(慢性酸負荷)、低カリウム血症において、尿中クエン酸排泄が減少する機序として近位尿細管管腔側刷子縁上のNaDC-1が遺伝子、蛋白の発現増加する結果、尿中でのクエン酸の再吸収の増加,尿中クエン酸排泄の減少につながることを証明した。本研究は尿路結石生成の抑制因子であるクエン酸の尿中排泄が代謝性アシドーシス(慢性酸負荷)、低カリウム血症においてクエン酸のトランスポーターNaDC-1の遺伝子、蛋白レベルでの変化に起因していることを明かにした。尿路結石の生成のメカニズムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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