学位論文要旨



No 215251
著者(漢字) 中島,孝
著者(英字)
著者(カナ) ナカジマ,タカシ
標題(和) 衛星観測による雲微物理特性推定のための解析システムに関する研究
標題(洋) Development of a comprehensive analysis system for satellite measurement of the cloud microphysical properties
報告番号 215251
報告番号 乙15251
学位授与日 2002.01.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第15251号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 住,明正
 東京大学 教授 中島,映至
 東京大学 助教授 松田,佳久
 東京大学 助教授 今須,良一
 気象庁気象研究所気象研究部 室長 内山,明博
内容要旨 要旨を表示する

 将来の気候予測を不確定にしている原因のひとつといわれるエアロゾル間接効果と密接に関係がある、雲粒の有効半径や雲の光学的厚さ等の微物理特性および光学特性を、衛星搭載の可視赤外イメージャーから推定するための解析アルゴリズムの研究を行い、その解析アルゴリズムを利用した広域の水雲の解析や、これまで行われてこなかった複数チャンネルを用いた水雲の解析、そして非球形粒子による電磁波散乱を考慮した氷晶雲の解析を行った。

 衛星リモートセンシングは中程度の時間空間分解能を持つため(例えば1回/日、1〜2km)、雲の微特性をグローバルスケールで観測するのに最適な方法といえる。このような研究モチベーションの元、雲粒の有効半径や雲の光学的厚さ等の雲特性を可視赤外センサーから推定する解析アルゴリズムの研究(Nakajima T.Y. and Nakajima 1995他)、将来型の衛星搭載センサーを用いて高精度に物理量を観測するための搭載波長の最適化手法の研究(Nakajima T.Y. et al. 1998)、そして暖かい水雲だけでなく、冷たい氷晶雲の雲特性を推定するために必要な非球形粒子による電磁波散乱問題に関する研究(Nakajima T.Y. et al. 1997他)を主に行ってきた。可視赤外を用いた雲の解析アルゴリズムでは、歴史的な理由から0.64, 3.7, 10.8μmの3チャンネルが使われる事が多いが、本研究では3.7μmの代わりに最近の衛星センサーがしばしば搭載する2.1μmを使用する解析、そして可視赤外イメージャーとマイクロ波スキャナーとを複合的に解析するアルゴリズムの研究(Masunaga et al. 2001)も行った。

(Chapter 2)

 可視赤外イメージャーが観測する太陽光の雲反射成分を用いる雲解析アルゴリズムを開発し、そのアルゴリズムを用いてFIRE(First ISCCP Regional Experiment, by NASA)観測実験期間中のNOAA衛星搭載AVHRR(0..63,3.7,10.8μm)データを解析したところ、画像に光学的厚さと有効半径に正もしくは負の相関が現れることを示した(図1に1000km×1000km程度の画像領域を16に分割した相関図を示す)。負の相関を持つ領域は、大気中にエアロゾルが大量に含まれることが予想される領域で、エアロゾルが雲凝結核(CCN)として働いた結果雲粒径が小さくなり降雨が抑制される、いわゆるエアロゾルの間接効果の発現と考えられる。FIRE観測実験では、観測精度の見積もりのために衛星観測の結果とNASA及びワシントン大学による航空機観測の結果を比較し、光学的厚さはほぼ一致、有効半径は約1ミクロンの精度で推定できることが判った。このように、衛星観測では衛星データから得られた結果の検証も重要な研究事項である。

 次に、1999年12月に打ち上げられたNASA/Terra衛星搭載のMODISという可視赤外イメージャーが装備している2.1μmチャンネルを利用した雲有効半径の全地球規模の解析を、同様に搭載されている3.7μmチャンネルによる雲有効半径と比較してみたところ、海洋以上では両者はほぼ一致していたが、陸上で差異がfactor=2にもなる領域が認められた。このような解析や報告は本研究が初めてである。異なる波長から求められた雲粒有効半径の差異に関する検証作業が今後の課題のひとつである。なお、2.1μm波長の利用は3.7μmを使用したアルゴリズムでは必須である熱放射補正が不要なので、その点で有利といえる。さらに、可視赤外イメージャーとマイクロ波スキャナーを複合的に利用し、水雲の降雨性に関する情報の抽出にも成功した。

(Chapter 3)

 衛星リモートセンシングでは、物理量を推定するための解析アルゴリズムを作成する場合に、放射伝達計算を陽に用いる。その放射伝達計算は、将来型センサーの波長設計にも同様に用いることが可能である。2002年に宇宙開発事業団が打ち上げるADEOS-II衛星搭載の可視赤外イメージャーGLIを対象に、仮想大気を観測した場合の観測輝度のシミュレーションを、放射伝達計算を用いて数多く行い、観測目標の物理量に感度を持たせつつ軽微な大気補正ですむような最適波長を調べる手法の研究を行った。その結果、可視域の海色観測チャンネル、0.753μm酸素吸収チャンネル、水蒸気吸収チャンネル、雲有効半径の推定等に使用される3.7μm窓領域チャンネル、6.7μm水蒸気プロファイリングチャンネル、赤外スプリットウィンドウチャンネルについて波長位置や波長幅を最適化することが出来た。この手法や結果は、あらゆる将来型の可視赤外センサーに適用することが可能であり、その応用範囲は広い。

(Chapter 4)

 これまでの雲解析アルゴリズムは水雲の雲特性のみを対象としていたが、氷晶雲についても同様に推定を行う必要がある。Chapter2で開発した解析アルゴリズムに幾何光学近似の散乱特性を適用することにより、可視波長(0.64μm)から光学的厚さが推定されることがNOAAのAVHRR画像の解析から判明した。ところが、近赤外波長(例えば3.7μm)においては氷晶に対して幾何光学近似法が要請する大粒子近似が成立していないため、有効半径を推定することができなかった。この問題を解決するために、有限要素法の一種である境界要素法を用いて、近赤外領域に適用できる非球形粒子の散乱特性アルゴリズムに関する研究を行った。本研究では、混合型表面積分方程式を用いた数値計算を行った。本研究では、サイズパラメーター(2πr/λ:r半径、λ波長)=20程度の非球形粒子の計算が可能になっている。粒子にランダム回転を与えた散乱位相関数には、幾何光学近似法では必ず発現するハロと呼ばれる光学現象が弱いながらも現れることが判った(図2)。

 今後の研究課題としては、2.1μmと3.7μmの有効半径の差異を説明するための検証を行うこと、境界要素法の計算効率化を図ることにより、近赤外波長(3.7μm)を用いた氷晶雲の有効半径の観測が可能となるようにする事項がある。さらに、本研究で得られた一連の成果を、2002年に打ち上げられるADEOS-II衛星GLIのデータ解析に適用する予定である。

Nakajima T.Y. and T.Nakajima, 1995 : Wide-area determination of cloud microphysical properties from NOAA AVHRR measurement for FIRE and ASTEX regions. J.Atmos. Sci., 52, 4043-4059.

Masunaga, H., T.Y.Nakajima, T.Nakajima. M.Kachi, R.Oki, and S.Kuroda, 2001 : Physical properties of maritime low clouds as retrieved by combined use of TRMM microwave imager and visible/infrared scanner. I.Algorithm. J.Geo. Res., accepted.

Nakajima T.Y., T.Nakajima, M.Nakajima, H.Fukushima, M.Kuji, A.Uchiyama, and M.Kishino, 1998 : Optimization of the Advanced Earth Observing Satellite II Global Imager channels by use of radiative transfer calculations. Applied Optics, 37, 3149-3163.

Nakajima, T.Y., T.Nakajima, and A.A.Kokhanovsky, 1997 : Radiative transfer through light scattering media with nonspherical large particles : direct and inverse problems. Satellite Remote Sensing of Clouds and the Atmosphere II, eds.J.D.Haigh, SPIE, 3220, 2-12,(London,UK)

図1 FIRE観測実験領域の光学的厚さ(横軸)と有効半径(縦軸)の相関。

正と負の両相関がある。

図2 境界要素法による六角柱の散乱位相関数(上)とMie(球形散乱)の散乱位相関数(下)。

サイズパラメーター20程度でハロ現象が20-30度付近に現れた。

審査要旨 要旨を表示する

 本博士論文は申請者がこれまで9年余にわたって研究をしてきた、地球大気中の雲の微物理構造に関する、人工衛星からの定量リモートセンシングに関する研究をまとめたものである。中島氏は1994年3月に東京大学大学院理学系研究科地球惑星物理学科修士課程を修了後、宇宙開発事業団において人工衛星による地球観測の実務と研究に携わってきた。その間、分光放射計による雲のリモートセンシング・アルゴリズムの開発、解析システムの構築、衛星搭載センサーの仕様設計等に関する研究を行っている。本論文は、その中の特に雲のリモートセンシングに関する4編の査読付き論文(うち3編が第一著者、1編が第2著者)を中心に構成されている。

 第1章のGeneral Introductionにつづき、第2章では、著者が開発してきた雲の光学的厚さと有効粒子半径のインバージョン・アルゴリズムの詳細と、それに基づくNOAA/AVHRR衛星搭載イメジャーのデータを解析した結果が述べられている。本アルゴリズムは0.64ミクロンの赤色チャンネルと3.7ミクロン近赤外チャンネル、および11ミクロン熱赤外チャンネルで測られた放射輝度を放射伝達方程式に基づいて解析することによって、雲の光学的厚さと有効粒子半径を推定するものである。このようなアルゴリズムの研究はそれまでに数件報告されているが、イメジャーによって得られる広範囲の領域を放射輝度の角度依存性を補正しながら解析する手法としては論文発表当時、初めてのものであった。このような工夫によって著者は、夏季のカリフォルニア沖に発達する海洋性層積雲の微物理構造の広域分布を得ることができた。その結果、大陸気団の影響を受ける雲と海洋性気団の影響を受ける雲では、光学的厚さと有効粒子半径の統計が顕著に異なることを定量的に示すことができた。このような雲の微物理構造の違いは、特に、船舶から排出される煤煙によって活性化される航跡雲の中と外では顕著である。本研究では、煤煙による雲核の増加で引き起こされる粒径の減少に反比例して起こる雲の光学的厚さの増加(これをエアロゾルの第一間接効果と呼ぶ)以上に、雲の光学的厚さが増加する第二間接効果が観測領域で起こっていることを定量的に示すことができた。

 さらに著者等は、このような近赤外波長を利用した雲微物理構造の推定アルゴリズムを、マイクロ波放射輝度解析に組み合わせることによって、多量に霧雨粒子を伴う雲の同定に世界で初めて成功した。このような検知アルゴリズムを利用することによって、エアロゾルによって霧雨粒子が消滅する領域を全球規模で特定することができた。このような手法と知見は、現在問題となっている人為起源エアロゾルによる日傘効果の大きさ評価のための強力な研究手段になるものと思われる。

 第3章では、著者が宇宙開発事業団において携わってきたADEOS-II/GLI衛星搭載イメジャーに関する研究成果が示されている。GLIやTERRA/MODISと言った新しい多波長イメジャーは、3.7ミクロンばかりでなく、1.6ミクロンや2.2ミクロンの近赤外窓領域のチャンネルも有しており、AVHRRに比べると画期的に多くの大気情報を提供することができる。しかし、一方でそのチャンネル仕様は、多くの大気放射伝達現象を考慮して決定する必要がある。著者は様々な状況を想定した放射伝達計算を利用して、36チャンネルもあるGLIのセンサー仕様をGLIサイエンスチームの他メンバーと協力して決定し、解析システムを構築する作業で指導的役割を発揮した。著者の主要な貢献は、第2章で行った研究を基礎として雲のリモートセンシング・チャンネルの仕様決定と解析システムの作成であった。それによると、ある程度波長幅のあるセンサーでは3.9ミクロンよりも3.7ミクロン帯の方が良いことなどが示された。著者は作成されたGLI解析システムを運用中のMODISのデータに適用できるように拡張して、2.2ミクロンの波長と3.7ミクロンの波長からそれぞれ低層雲の有効雲粒子半径を導出した。その結果、主に陸域で2.2ミクロン波長からの有効粒子半径が系統的に大きくなる現象を発見した。このような現象は雲粒子の粒径分布の鉛直プロファイルが海陸で大きく異なる場合に引き起こされる。その検証には今後の詳細な現場観測が必要であるが、学会の議論を喚起する問題提起ができたことは評価できる。

 第4章では、以上のような研究を温度の低い雲にも適用する手法を論じている。このような雲は非球形の氷晶雲粒子を含んでいるために、非球形散乱理論が必要となる。著者はまず幾何光学散乱理論を基礎に、様々な形状の粒子の光散乱を計算するツールを作成した。それを可視波長に適用することによって氷晶雲の光学的厚さの全球分布を求めた。しかし同時に、有効粒子半径の推定に必要な近赤外窓領域波長では幾何光学近似が使用できないことも明らかになった。そこで、著者はマクスウェル方程式を任意の3次元粒子による光散乱問題に適用した第2種フレッドホルム型拡張境界要素法に基づく数値解析コードを作成した。このコードによって六角柱に対する散乱解を調べたところ、サイズパラメーターが20程度でも22度ハロー現象が存在することを発見した。

 結論として、著者の長年の研究成果の基づいた本論文は、雲のリモートセンシングの理論的基礎から衛星搭載センサーの仕様設計に到るまでの多くの成果を提供しており、高いレベルにあると言える。今後、作成された非球形粒子散乱コードが大粒子に適用できるようになれば、氷晶雲の解析も可能になるので将来性も大きい。従って、博士論文として十分なレベルに達しており、博士(理学)の学位を授与できると結論する。

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