学位論文要旨



No 215253
著者(漢字) 平野,茂
著者(英字)
著者(カナ) ヒラノ,シゲル
標題(和) 木造軸組構法の耐震性能に関する実大構造試験と免震住宅の開発
標題(洋)
報告番号 215253
報告番号 乙15253
学位授与日 2002.02.04
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15253号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 安藤,直人
 東京大学 教授 有馬,孝禮
 東京大学 教授 太田,正光
 東京大学 助教授 佐藤,雅俊
 東京大学 助教授 信田,聡
内容要旨 要旨を表示する

 木質構造の耐震性を知るために大切なことは、実際の震災から学ぶことである。地震による災害の歴史は木造住宅にとって構造変遷の歴史ともいえる。しかし、いつの時代においても地震の度に木造住宅は多くの被害を被ってきた。本研究では倒壊したり大きな損傷を受けた木造住宅について過去に指摘された留意点や成果を生かしていたか否か、また、現代の尺度からみて新たな問題点があるのか、それらの被害要因を明らかにすることを目的とし、平成5年「1993年北海道南西沖地震」、平成7年「1995年兵庫県南部地震」、平成12年「鳥取県西部地震」、平成13年「2001年芸予地震」の4つの地震調査を実施した結果をまとめた。その結果、地震の被害要因として、建物の構造計画、材料、施工管理、維持管理、地盤条件の5条件により被害の傾向に違いがあることが明らかになった。

 木造住宅用の屋根葺材として、我が国では屋根瓦が古くから多数使用されている。しかし、地震による瓦の被害は多数発生している。特に兵庫県南部地震では、土葺工法で施工された瓦屋根の重さが木造住宅の大被害の要因として指摘された。屋根の重量に対応した耐震設計が構造安全性を確保する上で必要であり、さらに地震調査結果から構造計算に立脚した合理的な瓦屋根の耐震設計・施工法の整備も重要との結論を得た。即ち、瓦葺き仕様であっても同時期に同地域に建設された建物の中で、被害を受けていない屋根も多く存在していることは、瓦屋根に耐震的な構造と施工の配慮がなされれば被害を未然に、あるいはより小さくすることができることを示している。そこで、各種の留め付け釘・平瓦・棟瓦の補強法の強度性能について主に5種類の加力実験及び振動実験を実施し、地震の際にもっとも被害を受けやすい棟瓦において、「棟木緊結」や「大回し」は補強効果が明確でないこと、「ボルト」や「一体棟」は耐震効果が高いことを明らかにした。

 次に、1985年より実大建物を用いた一連の実験・研究を実施してきており、その結果、近年の地震においても全半壊が全く無い成果をあげてきた。しかし、それまで行ってきた静的な加力試験だけではいまだ不明な点も多いことから、振動台によって実大建物の振動実験を行い安全性の検証を加えた。振動台による実験は水平2方向と上下方向の3次元同時加振により、兵庫県南部地震で観測した実地震波や人工地震波を用いてその大きさを変えながら建物に入力し、建物の振動性状や損傷の度合いを調査した。建築基準法施行令第46条の地震力に規定される必要壁量の約1.8倍を有し、柱と土台をホールダウン金物で緊結した建物は、構造体としての損傷は認められず、仕上げ材に軽微な損傷を生じただけで高い耐震性を有していることが認められた。なお、加速度レベルより換算して、震度6以上で約1/200radの建物の変形を境に建物内装仕上げ材にクラックなどの軽微な被害が発生し始める傾向が看取された。そして、神戸海洋気象台波レベルの地震動を複数回受けても、大破・倒壊しないこと。また、主要構造部に損傷を受けなければ、被害のあったボード等の二次部材を修復すれば、耐震性能が初期の状態まで十分に回復することも判明した。ホールダウン金物の設置個所については建物の隅角部と外周部の一部のみの施工であっても、柱が引き抜かれる事はなく十分にその拘束効果があることを実証した。

 さらに、地震による木質構造物の被害を防ぐ対策の一つである免震装置を建物に取り付け、木造免震住宅の開発を行った。しかしながら木造住宅のように軽量で小規模な建築物では免震化に対する技術的・経済的制約が厳しく、従来それが木質構造の免震化を阻害する要因の一つになっていた。本研究では免震装置として、建物の全荷重を低摩擦の滑り支承で支持し、復元力として超低弾性による積層ゴム支承を活用する方法を開発した。実大建物を供試体として、実地震波や模擬波による多次元の振動実験を実施した。この免震木造住宅は兵庫県南部地震において神戸海洋気象台で観測された800galを超える入力加速度に対して、最大応答加速度は200gal前後と約1/4程度の揺れに低減されており、高い免震効果が得られた。また、建物の構造体だけでなく仕上げ材や室内の家具についても損傷が認められないことが判明した。

 また、振動実験結果に基づいた滑り系木造免震住宅の地震応答評価手法として、応答変位、応答層せん断力係数、2方向加振の影響、捩れ応答量、上下動の影響などの評価を行った。主な結果として、入力最大速度が100kineで免震層の最大変形では約40cmであったが、建物及び内部被害は認められず、最大層せん断力係数は第1層で0.1〜0.25、第2層で0.15〜0.28で必要性能を満足していることが明らかになった。2方向加振の影響として応答主軸と入力速度の主軸の方向は概ね一致し、水平2方向入力による免震層の最大応答変形は入力主軸方向の水平1方向入力による値とほぼ一致することを確認した。また、免震層の水平方向応答変位に対する上下動の影響は無視できることが判明した。試験体上部架構を1質点系とした簡易な振動モデルによる応答解析法によれば、重心位置の免震層変形量や2方向加振の影響についての解析値は実験値とよく一致しているものの、捩れ応答の影響はやや過少評価となることが明らかになった。

審査要旨 要旨を表示する

 研究論文は木質構造の耐震性に関するもので、調査研究と実験研究の両面から検討がなされている。先ず、実際の震災において倒壊や大きな損傷を受けた木造住宅について調査研究を行い、過去に指摘されていた問題点や研究成果が生かされていたか、また、現在の技術水準からみて問題点があるのか、被害とその要因を検討している。平成5年「1993年北海道南西沖地震」、平成7年「1995年兵庫県南部地震」、平成12年「鳥取県西部地震」、平成13年「2001年芸予地震」の4つの地震被害調査から被害要因として、建物の構造計画、材料、施工管理、維持管理、地盤条件の5条件により被害の傾向に違いがあることが明らかにされた。

 木造住宅の被害数の中で屋根瓦の被害が大きく、特に兵庫県南部地震では、土葺工法で施工された瓦屋根の重さが木造住宅の大被害の要因として指摘されたが、本論文では瓦屋根自体の耐震設計・施工法を研究している。各種の留め付け釘、平瓦、棟瓦の補強法の強度性能について5種類の加力実験及び振動実験を実施し、地震の際にもっとも被害を受けやすい棟瓦において、「棟木緊結」や「大回し」は補強効果が明確でないこと、「ボルト」や「一体棟」の耐震効果が高いことが明らかにされた。

 申請者は1985年より実大建物を用いた一連の実験・研究の中で中心的な役割果たしており、従前の静的加力試験から、近年の振動台を用いた実大建物の振動実験にいたるまで、構造安全性の検証を加えている。振動台による実験は水平2方向と上下方向の3次元同時加振により、兵庫県南部地震で観測した実地震波や人工地震波を用いてその大きさを変えながら建物に入力し、建物の振動性状や損傷の度合いを考察している。建築基準法施行令第46条の地震力に規定される必要壁量の約1.7倍を有し、柱と土台をホールダウン金物で緊結した建物は、構造体としての損傷は認められず、仕上げ材に軽微な損傷を生じただけで高い耐震性を有していることが確認されたが、加速度レベルより換算して、震度6以上で約1/200radの建物の変形を境に建物内装仕上げ材にクラックなどの軽微な被害が発生し始める傾向も看取しており、今後の研究に有用な知見が得られている。神戸海洋気象台波レベルの地震動を複数回受けても、大破・倒壊しないこと。また、主要構造部に損傷を受けなければ、被害のあったボード等の二次部材を修復すれば、耐震性能が初期の状態まで十分に回復することも判明させている。

 さらに、木質構造物の地震被害を防ぐ対策の一つである免震装置に着目し、木造免震住宅の開発研究を行っている。木造住宅のように軽量で小規模な建築物については免震化に対する技術的・経済的制約があるために今まではあまり普及していなかった。本研究論文では免震装置として、建物の全荷重を低摩擦の滑り支承で支持させ、復元力として超低弾性による積層ゴム支承を活用する方法を開発し、実大建物を供試体とし、実地震波や模擬波による多次元の振動実験を実施しその性能を検証している。実験の結果、免震木造住宅は兵庫県南部地震において神戸海洋気象台で観測された800galを超える入力加速度に対しても、最大応答加速度は200gal前後と通常の約1/4程度の揺れに低減されており、高い免震効果が得られている。また、建物の構造体だけでなく仕上げ材や室内の家具についても損傷が認められないことが示された。

 また、振動実験結果に基づいた滑り系木造免震住宅の地震応答評価として、応答変位、応答層せん断力係数、2方向加振の影響、捩れ応答量、上下動の影響などを検討し、解析値は実験値によく一致しているものの、捩れ応答の影響についてはやや過少評価となること等が明らかにされた。

 本論文は、木造軸組構法による住宅に関して耐震性能向上について行われたものであり、研究内容は地震力に対する建物の応答を明らかにすることによって構造安全性を解明し、さらに木造免震住宅の手法が有力であることを明らかにした。

よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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