学位論文要旨



No 215255
著者(漢字) 望月,恵美子
著者(英字)
著者(カナ) モチヅキ,エミコ
標題(和) ニンニク健康食品の分析および判別法に関する研究
標題(洋)
報告番号 215255
報告番号 乙15255
学位授与日 2002.02.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第15255号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 今井,一洋
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 海老塚,豊
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 助教授 三田,智文
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに

 ニンニクは古代エジプト時代より,滋養強壮薬また香辛料として用いられてきた.近年では,がん予防効果が報道されるなど注目を集め,ニンニクを素材とする健康食品が種々販売されている.しかし,これら製品の中にはニンニク類似植物を原料としながら,ニンニクの効能効果を謳っている場合があり,ニンニク健康食品の判別が消費者から,また業界からも強く望まれてきた.以上のような背景のもとで,社会的要請にも鑑み,ニンニク健康食品の判別法の確立を試みた.なお,本研究は広く健康食品の判別評価の方法論という観点をも視野に入れながら実施したものである.

2.基本方針

 ニンニク健康食品とは,(財)日本健康・栄養食品協会の規格基準(案)でも,「ニンニク(Allium sativum L.)を使用した製品」とする方向にある.そこで,まず,ニンニク健康食品の原料植物判別のための指標成分の分析法を確立した.次に,ニンニクと近縁のAllium属植物を選択し,これら植物中の指標成分値を把握した.また,ニンニクを加工してその処理に伴う指標成分の変動解析を行い,市販製品での指標成分の動向を予測した.以上の結果に基づき原料植物判別法を提案した.最後に,提案した判別法を市販製品に適用して,製品の実態と判別法の妥当性を検証した.

3.指標成分の分析法の確立

 判別指標は,これまでの研究報告を基に,ニンニクに特徴的な成分としてアリイン,アリインから生成する揮発性硫黄化合物のスルフィドとジチイン,およびサポニンの3成分を選択した.また,一般成分から,食品の判別分析に汎用されている蛋白質,DNA,遊離アミノ酸の3成分を選んだ.

 ニンニクに特徴的な成分の分析法を以下に要約する.なお,一般成分の蛋白質とDNAについては既存の分析法に若干の改良を加え,遊離アミノ酸については既存分析法を用いた.

1)ニンニク中のアリインについては,アリインの酵素的分解生成物であるアンモニアやピルビン酸から間接的に定量する方法があるが,特異性や感度の点で問題がある.一方,製品中のアリイン分析法の報告は見当たらない.そこで,製品中のアリインの直接分析法を4種類確立した.このうちLC/MS法は,夾雑物のピークもなく,簡便性,迅速性,感度のいずれの点でも最も優れていた.

2)ニンニク中の揮発性硫黄化合物の分析法を応用改変し,製品中の揮発性硫黄化合物にも適用できる分析法を確立した.本法は硫黄化合物に特異性が高いGC-FPD法を採用したことにより,試料量のミクロスケール化,抽出時間の短縮,高感度検出が可能であった.

3)ニンニク中のサポニン分析については,唯一薄層クロマトグラフィーによる報告例があるものの,機器による分析法の報告は見当たらない.そこで,製品中のサポニン分析法としてEruboside Bを対象としたPNBC誘導体化HPLC法とサポゲニンを対象とするGC-FID法を確立した.

 上記,アリイン,揮発性硫黄化合物のジアリルジスルフィド,サポニンとサポゲニンの各定量法の併行精度試験の結果は,何れの分析法も相対標準偏差5%以下(n=5)と良好であった.

4.ニンニクと近縁植物の指標成分値の把握

 選択した近縁植物は,ニンニク類似植物であるムシュウニンニク(俗称)とギョウジャニンニク,ニンニクと同様リン茎を食用とするタマネギとラッキョウである.ニンニクと近縁植物の分析を通じて明らかになったことは,各指標ごとに以下の点である.

1)アリインは,ニンニクに圧倒的に多く,ギョウジャニンニクにもニンニクの1/7程度が含有されていた.ラッキョウにも微量含有されていたが,その他の植物については検出限界以下であった.

2)揮発性硫黄化合物の一種であるスルフィドの主要置換基は,ニンニクではアリル基,ムシュウニンニクではメチル基,プロピル基,1−プロペニル基と植物によって特徴が見られ,これら揮発性硫黄化合物のパターン認識による植物の判別が可能である.

3)サポニンは,ニンニクにはEruboside Bが,ムシュウニンニクにはAginosideが検出されるが他の植物ではこれらのサポニンは検出されない.

4)蛋白質のSDS-PAGEでは,各植物に特徴的なパターンが示された.

5)DNAのRAPD法による分析では,各植物に特徴的なフィンガープリントが得られ,さらにニンニクの日本産と中国産の判別も可能であった.

6)遊離アミノ酸組成は,アルギニンがニンニクとムシュウニンニクで際立っているほか,植物によって特徴が見られた.

 総合すると,6種類の指標の特異性と補完性を組み合わせることにより植物相互の識別が可能である.例えば,アリインによるニンニクとギョウジャニンニクの識別は不可能であるが,ギョウジャニンニクには,サポニンのEruboside Bが検出されないことから,両者の識別が可能である.また,ギョウジャニンニク,ムシュウニンニクは,成分的にもニンニクとは異なる植物である.

5.ニンニクの加工処理に伴う指標成分の変動解析

 ニンニクの加工処理は,市販品を模して,乾燥処理とエキス処理に大別したが,これらはさらに低温(-20℃),中温(室温〜60℃),高温(100℃)処理に分けられる.原料ニンニクは中国産を用い,生ニンニクを比較の対照とした.加工処理ニンニクの分析を通じて明らかになったことは,各指標ごとに以下の点である.

1)アリインは,乾燥および加熱処理群からは検出されたが,水,エタノールエキスでは不検出であった.これは,アリインがホモジナイズの際に酵素分解し,アリシンへと変換されたことによるもので,酵素活性が発現されるような製法では,ニンニクを原料とした製品でもアリインは検出されない.一方,アリインが検出された製品の原料は,ニンニクあるいはギョウジャニンニクと判断される.

2)揮発性硫黄化合物については,凍結乾燥や60℃程度の乾燥,水抽出エキスでは対照の生ニンニクに匹敵する量の揮発性硫黄化合物が生成されたが,加熱処理群では微量であった.これは加熱により酵素が失活し,アリシン生成が抑制された結果,揮発性硫黄化合物の生成も抑制されたものと考えられる.以上から,乾燥製品や水抽出エキスについては揮発性硫黄化合物のパターン認識による原料植物の判別が可能である.

3)サポニンのEruboside Bはいずれの処理においても確認されたことから,製品判別の指標として極めて特異性が高いことが明らかとなった.Eruboside Bが検出された製品の原料はニンニクと判断される.

4)蛋白分析では,凍結乾燥や60℃程度の乾燥処理では鮮明な蛋白パターンが得られた.このような乾燥製品については本法が有用であるが,溶媒抽出や強い加熱が施された製品についてはその適用に限界がある.

5)DNAフィンガープリントは乾燥処理では得られたものの,エキス処理では全く得られなかった.本法は,繁用されているニンニクの熱風乾燥処理温度である60℃程度までの乾燥製品については有効であるが,エキス製品への適用は困難である.

6)遊離アミノ酸については,加熱処理群でアスパラギン酸が著しく増加していた.遊離アミノ酸は,製品中の組成を判別に利用することも可能であるが,製品によっては他の原材料に由来する遊離アミノ酸の影響を受ける可能性を考慮に入れる必要がある.

 以上,ニンニクの加工処理に伴う指標成分の変動解析から,ニンニクを原料とした場合でも,指標成分値は処理によって変動の幅が様々であることが示された.

6.ニンニク健康食品の原料植物判別法

 上述の分析結果に基づいて,ニンニク健康食品の原料植物判別法をFig.1で提案した.まず,ニンニクに最も特徴的なアリインを分析する.アリインが検出されれば,ニンニクまたはギョウジャニンニクが原料であると判断されるが,水抽出エキスのように,ニンニクを原料としながら,アリインが不検出の場合もあり得る.そこでアリインの検出の有無に拘らず,次にサポニンの有無,種類で判定する.オイル製品のように製法によってアリインもサポニンも不検出の場合は,さらに揮発性硫黄化合物のパターン認識を行う.また,蛋白質とDNAによる確認が可能な場合は,これらの判別結果も総合して判定する.遊離アミノ酸組成は参考として活用する.

7.市販ニンニク健康食品の分析と判別法の評価

 提案した判別法を市販製品に適用した結果,全製品(n=55)について判別が可能であった.これらのうちニンニク製品と判定されたものは39であり,ニンニクのほかにムシュウニンニクを原料とする製品が流通していることが示唆された.判別法は,アリイン,サポニン,揮発性硫黄化合物を指標とする分析法が有用であったが,製品中のニンニクとムシュウニンニクの判別には,サポニン分析法が最も有効であった.

8.まとめ

1)原料植物判別のための指標成分の分析法を確立した.

2)ニンニクと近縁植物の指標成分値を把握し,植物相互の識別が可能であることを明らかにした.

3)ニンニクの加工処理に伴う指標成分の変動解析から,6種類の指標を適宜組み合わせることにより,市販製品の判別が可能であることを明らかにした.

4) 2)および3)の検討をもとに,ニンニク健康食品の原料植物判別法を提案した.

5) 4)を市販製品に適用した結果,ニンニクのほかにニンニク類似植物であるムシュウニンニクを原料とする製品が流通していること,また両者の判別には,サポニンを指標とする分析法が最も有用であることを明らかにした.

 健康食品は,科学的検証に基づいてその原材料に何らかの生理活性が認められた場合でも,有効成分が特定されていない場合が多い.それ故,現状での健康食品の評価は,製品に表示された原材料の判別とその多寡を判定することと言えよう.従って,健康食品の評価法の確立には,原材料を特徴づける成分の特定と分析法の確立が必須である.しかし,ニンニクにおけるアリインの例のように特徴的な成分が特定されても,製法によってはその成分が減少あるいは消失してしまう場合もあり得る.そのような場合,ニンニク中のサポニンのように成分上特異的で,なおかつ加工処理による変化を受けにくい成分が最も有用な評価指標となり得ることを本研究で示した.

Fig.1 Decision diagram for the identification of the botanical origin of commercial garlic products.

審査要旨 要旨を表示する

 市販ニンニク健康食品の中には,ニンニク類似植物を原料として使用しながらニンニクの効能効果を謳っている場合があり,ニンニク健康食品の判別評価法の確立が求められている.このような社会的情勢に鑑み,本論文はニンニク健康食品中の起源植物の同定・判別法の確立を目的としている.

 本論文において検討したのは以下の4点である.

 1.原料植物判別のための指標成分の分析法の確立

 2.植物中における指標成分値の把握と加工処理に伴う指標成分の変動解析

 3.上記結果に基づく原料植物判別法の提示

 4.製品の実態把握と提示した判別法の妥当性の検証

 第1項「原料植物判別のための指標成分の分析法の確立」では,ニンニクに特徴的な成分であるアリイン(含硫アミノ酸),揮発性硫黄化合物,サポニンを指標として選択し,GC, HPLC, GC-MS, LC-MSなどの機器分析手法を取り入れ種々条件の詳細な検討を行い,特異性,感度,再現性,精度の高い分析法を確立した.さらに,PCR法を用いた分子生物学的分析手法も取り入れている.

 第2項「植物中における指標成分値の把握と加工処理に伴う指標成分の変動解析」では,原料植物の加工処理前後での指標成分の変動を検討している.近縁植物としては,ニンニク類似植物でありながら,成分的にはニンニクとは異なるムシュウニンニク(俗称)とギョウジャニンニク,また,ニンニクと同様リン茎を食用とするタマネギとラッキョウを選択した.確立した分析法を用いて,ニンニクと近縁植物,および加工処理を施したニンニクの分析を行い,植物相互の識別が,指標と分析法を組み合わせることにより可能であることを明らかにした.また,ニンニクを原料とした場合でも,指標成分値は加工処理方法によって変動の幅が様々であることを明らかにした.

 第3項「上記結果に基づく原料植物判別法の提示」では,上記実験結果に基づいて,ニンニク健康食品の原料植物の判別法を提示した.判別法は本研究において最も重要である.これはニンニクを原料としていても製法によっては指標成分が検出されない場合もあり得ることから,数種の分析法を用いて起源植物を同定・判別する必要があるためである.

 第4項「製品の実態把握と提示した判別法の妥当性の検証」では,提示した判別法を市販製品に適用し,ニンニクのほかにムシュウニンニクを原料とする製品が流通している実態を明らかにし,判別法としての有用性を実証した.また,判別法は,ニンニクに特徴的な成分であるアリイン,サポニン,揮発性硫黄化合物を指標とする分析法が有用であることを明らかにしたが,製品中のニンニクとムシュウニンニクの判別には,サポニン分析法が最も有効であることを見出した.

 以上,学位申請者は本論文において,ニンニク健康食品中の起源植物の同定・判別法を確立し,その有用性を実証している.本研究内容は,他の健康食品中の起源植物同定・判別法の確立にも重要な示唆を与えるものであると考えられる.これらの研究成果は,分析化学,食品衛生学,また薬事および食品衛生行政にも広く貢献するものであり,本研究は博士(薬学)の学位に値するものと判定した.

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