学位論文要旨



No 215260
著者(漢字) 白石,靖幸
著者(英字)
著者(カナ) シライシ,ヤスユキ
標題(和) 高温多湿気候下におけるボイドを利用した環境負荷低減型住居に関する研究
標題(洋)
報告番号 215260
報告番号 乙15260
学位授与日 2002.02.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15260号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 教授 野城,智也
 東京大学 助教授 曲渕,英邦
 東京大学 助教授 大岡,龍三
 慶應義塾大学 教授 村上,周三
内容要旨 要旨を表示する

 本研究は、人口増加、集中化が顕著な高温多湿気候下(アジアのモンスーン地域)において環境負荷を低減するために、ボイドを介して外部環境のポテンシャルを有効に利用した住居形態及び環境調整技術を提案し、その有効性を実験及び数値シミュレーションにより検証することを目的とする。

 1999年、世界の人口は既に60億人に達し、更に2050年には94億人に達するものと予想されている。この人口増加、集中化は高温多湿なアジアの巨大都市を中心に生じており、また今後、高温多湿なアジアにおける都市化率の上昇は世界的に突出すると予想される。このような都市部における人口増加と集中化は、種々の環境問題を引き起こす。まず、都市のスケールにおいては、無秩序な過密化に伴ったエネルギー消費量の増大や土地被覆状況の変化等も相俟って、ヒートアイランド現象や大気汚染を始めとした問題が生じている。一方、建物や室のスケールでは、寒冷地域を対象とした欧米型の住居形態や環境調整技術、例えば、1)高気密化、2)外表面積を最小化した住居形態、3)ダイレクトゲインを重視した日射制御等を高温多湿地域にそのまま転用することが、更に室内環境を悪化させる大きな要因となっている。また、それにより室内空気質汚染、冷房負荷及びエネルギー消費量の増大といった更なる問題を引き起こすに至っている。従って、建築・都市計画分野においてもこのような複合的な問題に早急にかつ多面的に対処することが要求されている。

 これら環境問題に対処する具体的な方法として、まず都市・街区スケールにおいて(1)都市・建物の効率的な集約化を行い、集約化の利点(例えば、緑地の増加、移動・輸送の効率化によりエネルギー消費量の削減等)を最大限に発揮するような都市・街区形態を採用することが考えられる。その際、都市・街区スケールにおける風による移流効果を促進させるようにボイドを配置した都市・街区形態とする必要がある。次に、建物・室スケールにおいては、(2)ボイドを利用した開放型の住居形態とすることにより、室内空気質の向上や室内環境調整用のエネルギー消費量の削減等を目指す。また部位スケールにおいては、日射が高温多湿地域における最大の熱負荷要因となることに留意し、(3)ボイドを利用した日射遮蔽技術を積極的に利用することにより、室内の熱負荷削減及び温熱環境の向上等を図る。

 本研究ではまず、上記(1)〜(3)の3つの環境問題に対処する具体的な検討事項を「ボイド」という概念を導入することにより体系的に捉え、整理する。即ち、(1)に関しては「風の経路(オープンスペース、街路、隣棟間隔)」としての都市・街区スケールのボイド、(2)に関しては「開放型住居の室内と屋外の連結部」としての建物スケールのボイド、(3)に関しては、「日射遮蔽のための緩衝空間」としての部位スケールのボイドと定義する。

 従って、本研究では、人口増加、集中化が顕著な高温多湿気候下において環境負荷を低減するために、上記の階層化されたボイドを介して外部環境のポテンシャルを有効に利用する住居形態及び環境調整技術を提案し、その有効性を実験及び数値シミュレーションにより検証することを目的とする。

 具体的には、ボイドの階層化に対応し、以下の3つのスケール(街区スケール、建物スケール、部位スケール)において検討を行う。

(1)風の経路(街区スケールのボイド)による外部環境の導入可能性の検討として、街区・住居形態の変化に伴った街区スケールボイドへの周辺の空気環境の導入可能性および室内への住棟周辺の空気環境の導入可能性(自然換気、通風性状)を検討する。

(2)開放型住居の室内と屋外の連結部(建物スケールのボイド)による外部環境の導入可能性の検討として、建物スケールのボイドを内在させたポーラス型住棟モデルを提案し、住居形態の変化(建物スケールボイドの変化)に伴った室内への外部空気環境の導入可能性(自然換気性状)を検討する。

(3)通気層(部位スケールのボイド)による日射遮蔽効果の検討として、屋根面に通気層を設けた二重屋根構造及び壁面に通気層を設けた二重壁構造の遮熱性能を対流・放射連成解析により評価する。

 最終的に、建物スケール及び部位スケールのボイドの導入効果((2)、(3))に関しては、室内冷房負荷、運用段階及びライフサイクル全般にわたってのエネルギー消費量及び環境負荷(CO2排出量)に与える影響に関して定量的に評価する。

 本論文は以下のように構成される。

 1章では、本論文の研究背景及び目的を示す。

 2章では、人口増加や都市への人口集中化によって生じるヒートアイランド現象に代表されるマクロスケール(都市、街区)の環境問題、並びに過密居住によるストレスや室内空気質汚染等に代表されるミクロスケール(建物、室内)の環境問題を提示する。これらの環境問題を踏まえ、人口増加、集中化の顕著な高温多湿地域において居住環境水準を維持しつつ、環境負荷を低減しうる住居形態及び環境調整技術に関する研究の意義、必要性を示し、高温多湿気候下におけるボイドを利用した住居形態及び環境調整技術の計画方針を示す。また良好な環境を維持するための日本の居住水準並びに世界各国の居住水準を比較・検討し、居住密度を考慮した建築・都市計画の基本方針も示す。

 3章では、近年急激に都市部において人口が集中し、その高密度化が進行している高温多湿気候下の都市の典型例として、ベトナムのハノイ旧市街地における町屋の温熱環境の実態および高温多湿気候に適応するために町屋に取り入れられた建築的工夫などを示す。

 4章では、2章にて示した以下の3つの「高温多湿気候下におけるボイドを利用した住居形態及び環境調整技術の計画方針」の具体例として階層化されたボイドの重要性を示す。

(1)ボイドを利用した効率的な集約化(建物集合体としての住居形態)

(2)ボイドを利用した開放型の住居形態(建物単体としての住居形態)

(3)ボイドを利用した日射遮蔽技術(環境調整技術)

 即ち、(1)に関しては風の経路としての「ボイド(空き地)」、(2)に関しては開放型の住居形態を容易にするための「ボイド(空隙)」、(3)に関しては高温多湿地域において最大の熱負荷となる日射を遮蔽するための「ボイド(通気層)」である。4章では、これら階層化されたボイドを建築空間に導入することが環境工学的、建築計画的にどのような利点があるのかを示す。次に、これらのボイドと多様な居住空間を創出、設計することを可能とする「スペースブロック設計法」に関して説明する。最後に、階層化されたボイドの建築空間内への導入が居住区もしくは住棟の環境工学的特性に与える影響を検討するため、東京都23区の低層密集市街地を対象として設計された「ポーラス型居住区モデル」及び「ポーラス型住棟モデル」の一例を示し、そのモデル化の概要を示す。

 5章では、高温多湿気候下におけるボイドを利用した集合体としての住居形態の計画方針((1))の具体例として、風の経路としての「ボイド(空き地)」、即ち、街区スケールのボイドによる外部環境の導入可能性に関する検討を行う。まず、Purging Flow Rateという局所換気効率指標を用いて街区スケールボイドの変化が建物周辺の通風性状に与える影響の検討を行う。次に、風洞実験により街区スケールボイドの変化が建物表面の風圧係数及び建物内の通風性状に与える影響の検討を行う。街区スケールボイドの変化が地表面及び室内の天空率に与える影響の検討も行う。

 6章では、高温多湿気候下におけるボイドを利用した単体建物としての住居形態の計画方針((2))の具体例として、通風経路としての「ボイド(空隙)」、即ち、建物スケールのボイドによる外部環境の室内への導入可能性に関する検討を行う。まず、建物スケールのボイドを挿入した建物の具体的な設計例として4章にて提案した「ポーラス型住棟モデル」を解析対象として、CFD解析及び換気回路網解析に基づき建物スケールボイドを挿入することによる自然換気量の変化をソリッドな住棟モデルとの比較により検討を行う。また、建物スケールボイドの典型例として「縦穴ボイド」を採用したポーラス型住棟モデルを対象として、風洞実験により評価した風圧係数に基づき自然換気・通風性状の検討を行う。更に、この「縦穴ボイド」を採用したポーラス型住棟モデルに対して、風洞実験により換気量を評価し、建物スケールのボイドの自然換気・通風面での有効性を検証する。自然換気・通風時のボイド内及び室内の風洞可視化実験結果も併せて示す。

 7章では、高温多湿気候下における日射遮蔽技術の計画方針((3))の具体例として、日射熱をパッシブに屋外に排出する「ボイド(通気層)」、即ち、部位スケールのボイドを導入することによる日射遮蔽効果を検討する。まず、屋根面に通気層を設けた二重屋根の遮熱性能を対流・放射連成解析により評価し、遮熱性能を有効に発揮するための形状的要因及び外部環境要因の具体的条件を系統的な解析により示す。次に、壁面に通気層を設けた二重壁の遮熱性能を対流・放射連成解析により評価し、日射強度、通気層内の放射率と遮熱性能に関する検討を行う。また上記の2つの解析は全て定常状態を対象としているため、非定常環境下における二重屋根及び二重壁の遮熱性能評価を熱・換気回路網理論に基づく非定常解析により行う。

 8章では、6章及び7章にて示した建物スケール及び部位スケールのボイドの導入効果が、高温多湿気候下の室内冷房負荷、運用段階及びライフサイクル全般にわたってのエネルギー消費量及び環境負荷(CO2排出量)に与える影響を評価し、ボイドを導入することによるそれらの削減効果の検討を行う。

 9章では、本論文全体のまとめを行っており、本研究の成果と今後の課題を総括している。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、人口増加、集中化が顕著な高温多湿気候下(アジアのモンスーン地域)において環境負荷を低減するために、ボイドを介して外部環境のポテンシャルを有効に利用した住居形態及び環境調整技術を提案し、その有効性を実験及び数値シミュレーションにより検証したものである。ここで定義する「ボイド」とは一般的な定義よりも幅広く、多面的に捉えている。

 近年、人口増加及び集中化は高温多湿なアジアの巨大都市を中心に生じており、また今後、アジアにおける人口増加及び集中化は世界的に突出すると予想されている。このような都市部における人口増加と集中化は、種々の環境問題を引き起こす。都市のスケールにおいては、ヒートアイランド現象や大気汚染を始めとした問題が生じている。一方、建物や室のスケールでは、寒冷地域を対象とした欧米型の住居形態や環境調整技術を高温多湿地域にそのまま転用することが、更に室内環境を悪化させる大きな要因となっている。また、それにより室内空気質汚染、冷房負荷及びエネルギー消費量の増大といった更なる問題を引き起こすに至っている。

 このような背景から本研究では、前半部分の第2章から第4章において高温多湿気候下の住居形態及び環境調整技術の計画方針、高温多湿気候下の温熱環境の実態、ボイドの階層化とボイドを導入することの利点等を示している。後半部分(第5章から第8章)のうち、第5章から第7章では、マクロなスケールにおける集約化(効率的な高密度化)を前提とし、各種スケールに応じたボイド(街区スケール、建物スケール、部位スケールのボイド)による外部環境の導入可能性に関する検討を行っている。第8章においては、建物スケール及び部位スケールのボイドの導入が環境負荷に与える影響に関する検討を行っている。各章の内容の詳細は、以下に示す通りである。

 第1章では、本論文の研究背景及び研究目的を示している。

 第2章では、人口増加や都市への人口集中化によって生じる種々の環境問題を示している。これらの環境問題を踏まえ、人口増加、集中化の顕著な高温多湿地域において居住環境水準を維持しつつ、環境負荷を低減しうる住居形態及び環境調整技術に関する研究の意義、必要性を示し、高温多湿気候下におけるボイドを利用した住居形態及び環境調整技術の計画方針を示している。

 第3章では、近年急激に人口が集中している高温多湿気候下の都市の典型例として、ベトナムのハノイ旧市街地における町屋の温熱環境の実態把握を行い、また高温多湿気候に適応するために取り入れられた建築的工夫を示している。

 第4章では、本論文で定義するボイドの階層化(街区スケール、建物スケール、部位スケールのボイド)を行い、それらのボイドを導入することの利点について解説を行っている。

 第5章では、街区スケールのボイドによる外部環境の導入可能性に関する検討として、Purging Flow Rateという局所換気効率指標を用いて街区スケールボイドの変化が建物周辺の通風性状に与える影響の検討を行っている。また、風洞実験により街区スケールボイドの変化が建物表面の風圧係数に与える影響の検討も行っている。

 第6章では、建物スケールのボイドによる外部環境の室内への導入可能性に関する検討として、建物スケールのボイドを導入した「ポーラス型住棟モデル」を解析対象とし、CFD解析及び換気回路網解析により建物スケールボイドを導入することによる自然換気量の増加をボイドのないソリッドな住棟モデルとの比較により検討している。

 第7章では、部位スケールのボイドを導入することによる日射遮蔽効果に関する検討として、屋根面及び壁面に通気層(部位スケールのボイド)を導入した二重屋根及び二重壁の遮熱性能を対流・放射連成解析により系統的に評価している。上記解析は全て定常状態を対象としているため、非定常環境下における二重屋根及び二重壁の遮熱性能評価を熱・換気回路網理論に基づく非定常解析により行い、その有効性を示している。

 第8章では、第6章及び第7章にて示した建物スケール及び部位スケールのボイドの導入効果が、高温多湿気候下の室内冷房負荷、運用段階及びライフサイクル全般にわたってのエネルギー消費量及び環境負荷(CO2排出量)に与える影響を評価し、ボイドを導入することによるそれらの削減効果を示している。

 第9章では、各章の結論を総括し、今後の課題示している。

 以上を要約するに、本論文は、人口増加、集中化が顕著なアジアのモンスーン地域を中心とした高温多湿気候下において環境負荷を低減するために、種々の階層化したボイドを介して外部環境のポテンシャルを有効に利用した住居形態及び環境調整技術を提案し、その有効性を実験及び数値シミュレーションにより検証したものである。本論文は、高温多湿地域における住居形態及び環境調整技術に関する重要かつ有益な知見を数多く示しており、高温多湿地域における建築関連分野の環境負荷低減に寄与するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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