学位論文要旨



No 215261
著者(漢字) 原田,栄二
著者(英字)
著者(カナ) ハラダ,エイジ
標題(和) 都市開発における都市設計業務体系に関する研究
標題(洋)
報告番号 215261
報告番号 乙15261
学位授与日 2002.02.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15261号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西村,幸夫
 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 助教授 北沢,猛
 東京大学 助教授 城所,哲夫
 東京大学 助教授 小泉,秀樹
内容要旨 要旨を表示する

 「都市の再構築」の推進にあたり、一体的かつ全面的な土地利用の更新を可能にする都市開発プロジェクトの役割は決して小さくない。しかし、都市開発総体[註:都市開発のプロセスを通じて参加または関与する多元的な主体の行う活動の全体]の機構は包括的かつ複雑であり、今後も更に一層複雑化する傾向にある。というのも今日の制度改革の影響から、都市開発においても、多様な主体の参与に伴う主体相互の関係の複雑化や、市場型資金導入など再開発資金の仕組みの変化に伴う利害諸関係の複雑化などが見込まれ、その機構は一層複雑になることは明らかだからである。

 しかしながら、参加または関与する多元的な主体の関係が構造化され、より多くの主体にとっての公益を実現するような都市環境に近づける事が、都市建設の理想であるならば、上記のような状況において都市開発総体の管理の問題は益々重要な課題となるであろう。都市開発の価値は都市開発総体の機構の運営管理により規定されるとしても過言ではないからである。

 それゆえ、本論では、都市開発総体の機構の有効な運営と都市開発プロセスの管理を図る上で、都市設計業務[註:市民の生命、健康及び財産の保護を図り、もつて公共的福祉の増大に資するような発展的な都市空間像を構想し、その具体化及び普及化を図る専門的かつ固有の行為の体系]の重要不可欠な役割に注目する。

 都市開発の実務における都市設計の関連領域としては、これまでに制度環境の整備や専門的な業務領域の体系化等が徐々に図られてきてはいる。だが、都市設計業務は未だ一般的に確立されたとは言い難く、都市開発の推進には困難を伴うのが現状である。というのも、既成市街地の中心的拠点における都市開発の多くは、権利諸関係が複雑に絡み合っているため、それらの間に妥当な調合点を見出し適切な市街地像を構想することは容易なことではないし、また、多元的な主体が参与するプロセスでは各段階での合意形成や情報管理、作業調整なども容易ではないからである。それゆえ、開発事業者や建設実務に携わる専門集団ばかりでなく、地域の行政組織や周辺住民・一般市民をも包含するような新しい都市開発における都市設計業務体系を確立することは、「都市の再構築」の推進にあたり切実な問題と言わなければならない。

 斯かる意図から本論では、今後の「都市の再構築」にあたり増加の期待される、市民のパートナーシップによる都市開発の具体事例をもとに、固有の専門領域として成立しているにも関わらず、未だ業務内容が確立されていない都市設計業務の機能・役割を明らかにした上で、都市設計業務の内容を定義し、その内容構成について提案することを目的とする。

 第一章においては、市民のパートナーシップによる都市開発の具体的例証として東京都世田谷区三軒茶屋での都市開発プロジェクトを取り上げるが、その特性を、従前・従後の土地利用や立地、規模等の物理的条件、および社会的条件−ここでは都市開発の様態[註:都市開発総体の各時間断面での代表的な参与主体により構成される系]の複雑性−についての考察などから明らかにする。

 第二章においては、具体事例のプロセスを都市設計活動を軸として観察する。都市設計者や様々な異なる組織に属するキーパーソンらで構成される集団は、相互に連携関係を築き、都市設計図書や場などを運用して、プロセスの管理・運営に尽力した。彼らがプロセスで生じる種々の困難を克服し、参与者の大半の賛同と協働とを以てプロジェクトを実現に至らしめ、またプロジェクトの積極的な影響が地域に波及した過程を見る。

 第三章から第五章までは、具体事例の分析と理論的考察とにより都市設計業務の体系化に向かう。

 第三章においては、都市設計業務を体系的に把握する前置として、この業務の対象となる都市開発総体に注目し、3つの視座−プロセス、都市開発の様態、場−から都市開発総体を理解するための適切な枠組みを仮設する。都市開発のプロセスを都市空間の形態が確定するまでの段階的な意思決定の過程とみると、イメージ化段階、機能ダイアグラム段階、施設ブロック構成段階、空間形態段階の4段階に区分することが可能である。また、都市開発の様態を構成する代表的な主体として、行政組織等、民間事業者、一般市民・近隣住民、議会、最終利用者、建設実務に携わる専門集団に整理することが可能だが、これらの主体の役割や参与の形態はプロセスの進展に伴い変様する。また、プロセスにおいて設置される場は、その機能に注目して意志決定の場、作業の場、市民参加の場に区分することが可能だが、現実にはこれらの機能を重複して担う場合もある。

 第四章においては、具体事例における都市設計者の活動に注目して、都市設計業務の内容とその機能とを明らかにする。都市設計業務は場との関わりでみれば、設計業務、調整業務、普及業務の三つに類別することが可能である。各業務は、プロセスの各段階や各場面を通じて一貫して遂行されることが望ましい。その場合、各業務は次のような機能を果たす。すなわち課題収集、問題提起、情報形成・情報管理、目標設定、合意形成、指示伝達、部門統括、広報である。

 第五章においては、業務遂行にあたり有用な道具として活用される都市設計図書に注目し、都市開発のプロセスにおけるモデルとしての都市設計図書の役割と図書作成上の諸要点についての考察に入る。都市設計図書は、図と書とにより都市空間の構想を表現し説明するが、目標やイメージの視覚的な提示により、多元的主体にプロジェクトへの理解を促し関心を喚起して、延いては都市開発の意志の醸成を促進することが期待される。これらの図書は、プロセスにおいて、一方では設計業務の進展にあわせて事業区域を対象として進化・具体化し、他方では、主に普及業務の進展にあわせて事業区域周辺も含めた地区を対象とした波及化が図られる。図書の内容は目的に応じて変化するが、プロセスの各段階に共通して、少なくとも施設設計図書、計画調査情報図書、地区整備構想図書、アセスメント関連図書から構成されると考えられる。

 結章においては以上のまとめとして、まず、都市開発のプロセスにおける都市設計業務の役割を総括する。都市設計業務は、都市開発の意義を十全に全うするための重要不可欠な役割を果たすことが期待されるが、主として設計・管理・運営を目的とし、第一により多くの主体を対象とした公益を実現するような発展的な市街地像を創造し、第二にその実現に向けた建設活動のみならず社会活動のイニシアティブをとることが期待される。また、都市設計者の役割や管理に伴う諸困難を解消する重要不可欠な手段としての図書と場の役割について、簡単ではあるが考察している。

 次いで、地権者による事業化の発意を前提とした都市開発における都市設計業務を提案する。ここではプロジェクトの進展にあわせて荒設計業務、企画設計業務、計画設計調整業務の三段階とする。

 最後に、他の具体事例におけるイメージ化段階の都市設計図書をいくつか提示し、それらの表現形式と内容とを確認している。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、都市開発における関係当事者総体の機構を管理運営し、当該開発における都市空間増を構想し、その具体化及び普及化を図る専門的な行為の総体である都市設計業務の体系のあり方とその諸類型、都市設計図書の役割とその内容に関して総合的に考察し、都市開発における都市設計業務の新しい役割とその可能性を明らかにしたものである。

 論文は7章からなっている。

 研究の背景と目的、用語規定及び既往研究のまとめをおこなった序章に続いて、第1章では、幅広く総合的な都市開発事例を網羅的に検討し、その特徴、特質を論じ、本論文で扱う典型事例の抽出が客観的になされていることを注意深く論じている。

 第2章では、典型事例として抽出された東京都世田谷区三軒茶屋の都市開発プロジェクトの概要を解説し、詳細な未公開資料をもとに、各段階における計画構想のあり方とその変遷の動きを詳述し、そのプロセスにおいて都市設計業務の果たした役割を客観的に明らかにしている。

 第3章から第5章まで、都市設計業務の体系化のための主要な視点を提起し、それぞれの視点ごとにその意義を論じている。

 第3章では、都市開発総体をイメージ化段階、機能ダイアグラム化段階、施設ブロック構成段階、空間形態段階の4段階に区分できることを示し、それぞれの段階において都市開発に係わる組織や団体がいかなる役割を演じ、どのような場が設定されたかを論じている。諸組織間を融合する場は、作業の場、市民参加の場、意志決定の場の3つの類型に分けられ、その中間に多様な形態の作業グループが位置づけられることを示している。

 第4章では、具体的な都市設計者の活動に着目して、その業務を設計業務、調整業務、普及業務の3つに分類し、事業化のそれぞれの段階ごとにいかなる業務及び機能が要請されるのかをマトリックスによって明快に示している。

 第5章では、業務遂行にあたって不可欠な手段としての都市設計図書に注目し、進化・具体化系統の図書と波及化傾向の図書とに二分し、その具体的な表現と果たすべき役割を詳細に分類している。とりわけ都市開発初期のイメージ化段階においては都市設計図書の果たす役割が決定的であることを論じ、いかなる表現によって図書を描くべきであるかについての指針を示している。

 最終の結章においては、都市設計業務の役割及び機能に関して全体のまとめをおこない、業務遂行上の留意点を列挙している。また、設計・調整・普及の各業務の類型化を進め、これと都市開発の段階との関連をまとめている。最後に都市開発における望ましい都市設計業務のあり方について提言をおこなっている。

 従来、日常実務に近い都市開発プロジェクトにおける都市設計業務に関しては、学問的にその位置づけが検討されることはなかった。都市開発の多様なプロジェクトを総体として概観する視点を提起し、これをもとに典型事例を抽出する道を拓き、さらに、開発プロジェクトの段階ごとに変貌する都市設計業務の内容を両者のマトリックスをもとに簡潔に表現し、都市設計業務の役割に学問的な考察を加えることを可能とした本論文は、都市計画において実務と研究との境界領域に新しい分析の視座を提供するものとして有用である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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