学位論文要旨



No 215262
著者(漢字) 鈴木,正己
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,マサミ
標題(和) 空気タービンを用いた波浪エネルギー変換システムの構築
標題(洋)
報告番号 215262
報告番号 乙15262
学位授与日 2002.02.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15262号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 荒川,忠一
 東京大学 教授 笠木,伸英
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 木下,健
 日本大学 教授 前田,久明
内容要旨 要旨を表示する

 波浪エネルギー利用の研究が本格的に実施されるようになったのは,1973年の石油危機以降であり,多くの研究者の参加も相まって飛躍的に発展した.他の自然エネルギーと同様に,石油に代わるエネルギー開発の必要性から研究が進展したが,近年はさらに環境問題とともに自然エネルギーに期待する機運が高まって来ている.エネルギー利用に際し,特定のものに集中するのみでなく利用できる種々のエネルギーを活用することが要求され,目先の経済性のみに捕われない新エネルギー開発も必要となっている.

 図1に示す空気タービンを用いた波浪エネルギー変換システムは波の上下動を空気の往復流に変換する空気室と空気タービンにより構成されている.この空気タービンとしては図2に示すウェルズタービンが主に用いられている.このタービンは往復流中でも常に一方向に回転でき,構造が簡単であるなど波浪エネルギー変換用空気タービンとして優れた特徴を有している.空気室とタービンの研究は研究分野の違いもあり,基本的には個別に行われているのが現状である.このため,タービンと空気室を総合的に扱った基礎研究は少なく,波浪エネルギー変換システムの設計方法も十分に確立しているとは言えない.そこで,波浪エネルギー変換用の空気タービンとして,最も有望なウェルズタービンの特性および空気室特性に精通し,各特性の評価方法を確立,実験や理論的解析により特性の解明を行うことが必要である.そして,空気室とタービンを総合的に取扱うことが可能な設計方法の創出が望まれている.

 本研究はこのような状況を踏まえて,波浪エネルギー変換システムの設計法を確立することを目指している.このため,ウェルズタービンについては空気室に与える影響を考慮しながら研究を実施,性能を評価している.具体的にはソリディティや翼端すきまなど諸因子の影響を調べるために性能試験,ガイドベーンの効果を究明するために理論解析や性能試験,流れ場を通して特性の解明を行うために動翼面上の可視化実験と数値解析を実施して設計法の構築に反映させている.空気室特性については従来の理論に基づいて,ウェルズタービン特性との融合を図っている.これら波浪エネルギー変換システムに重要な要素特性を十分に把握した後,総合的な設計方法を構築している.これは基本設計と詳細設計からなる.基本設計では起動性を確保しながら同一出力のもとで空気室およびタービンサイズを小さくし,コストを低減するように空気室サイズ,タービンサイズ,平均タービン回転数,平均出力を選定する.詳細設計では発電機容量を算出するために必要なタービン回転数および出力の変動幅を求めるとともに起動性能の再確認を行う.これに用いる総合シミュレーションの手法は実証実験の結果と対比することで検証が行われている.

 以上,本研究では波浪エネルギーから電気エネルギーに変換する全過程について実験および理論的に個々の要素特性を明らかにし,設計方法を確立した.以下に本論文で得られた主な結論をまとめる.

(1)ウェルズタービンは性能試験と運動量理論により特性の解明がなされた.これにより適切なタービン形状とガイドベーン形状を選定できるようになった。運動量理論を用いてガイドベーンの効果を明確に示すことにより,下流側に比し上流側ガイドベーンの効果が非常に大きことを示した.また,ガイドベーンは効率,起動特性の両面で性能が向上することを実験により明らかにしている.

(2)ウェルズタービン特性をより詳細に把握するため,油膜法による流れの可視化実験を行うとともにNavier-Stokes方程式による数値シミュレーション・コードを開発し,ウェルズタービンまわりの流れ場を明らかにすることができた.特にこのタービン特有の失速メカニズムの推論を導出できたことは,今後のタービン開発への寄与が大きい.

(3)空気室については微小振幅波の線形理論の基に領域分割法を適用し特性を把握するための厳密解を算出する2次元数値計算コードを開発した.この結果は実験データと良好な一致を示している.空気室内の空気の圧縮性影響を表す適切なパラメータを導出し,圧縮性影響の把握を容易にしている.また,厳密計算では共振点付近が不連続になるため,インパルス応答関数を求めるには不向きであり,これを避けるため空気室内の水面に平板を浮かせた解析方法が最適であることを提案している.

(4)波浪エネルギー変換システムの設計法を構築し,その提案を行っている.本論で提案する設計法は基本設計によりタービンと空気室の形状およびサイズを定め,詳細設計により出力変動や起動性を再確認するとともに出力変動を考慮した発電機容量を決定する方法である.

(5)空気室とタービン特性をマッチングさせる方法について示し,基本設計法を構築した.この特徴は空気室とタービンの総合評価以前にタービン特性のみからタービンの最適形状を選定できることであり,空気室やタービン直径はコストを考慮して設計を行う方法である.これは波浪エネルギー変換システムに要求される空気室特性,タービン特性を明らかにすることにより達成できた。これに伴い波浪エネルギー変換システムに関する相似則についても明らかにしている.

(6)詳細設計は時系列計算による従来の方法を用い,タービンの起動性の確認と出力や回転変動の推定を行う.この出力変動幅を考慮して発電機の定格容量を定める方法である.ただし,実証実験により時系列計算の信頼性を十分に検証した例はない.このため実証実験の結果について詳細な解析を試みた.これにより実証実験設備の真の性能を把握するとともに,タービンおよび空気室について開発した計算手法の信頼性を確認した.

 以上,空気タービンを用いた波浪エネルギー変換システムを構築するための設計方法とその要素特性について述べた.現状では波浪エネルギー変換システムの建設コストは経済的なレベルには至っていないが,1978年に実施された第1期の波力発電船「海明」プロジェクト(340円/kWh)から防波堤型波力発電システム(25円/kWh)へと性能の改善と共に利用方法の工夫によりコストの低減が図られてきた.今後は構造面における更なる改善とコストダウンにより波浪エネルギーの利用が促進され,実用化されることを期待する.

図1 波浪エネルギー変換システム

図2 ウェルズタービン

審査要旨 要旨を表示する

 空気タービンを用いた波浪エネルギー変換システムの構築に必要なタービン特性と空気室特性を把握し,実証実験データの解析をとおして確立した総合シミュレーション手法の検証により,波浪エネルギー変換システムの設計方法を提案している.

 第1章「序論」では本研究の目的,研究の背景として波浪エネルギー変換システムの概要を空気タービン,空気室,経済性について述べている.

 第2章〜第4章ではウェルズタービンの定常特性の把握を行っている.第2章「ウェルズタービンの性能」はソリディティ,翼端すきまについて系統的な実験を行い,これらがタービン効率,起動特性に大きな影響を及ぼすことを明らかにしている.また,効率の向上を目的としたガイドベーンの研究では,運動量理論によりガイドベーン付ウェルズタービンの特性解明を行い,「ガイドベーンの増速効果」を示すとともに,ガイドベーンが効率のみでなく起動特性を向上させることも明らかにしている.第3章「ウェルズタービンの可視化実験」は動翼面上の流れを油膜法により可視化し,ウェルズタービン特有の流れ場の解明を行っている.第4章「ウェルズタービンの3次元失速と生成機構の推定」では数値解析と第3章の可視化実験の結果からウェルズタービンの失速の生成機構の解明を行っている.

 第5章「空気室特性」は空気室特性を把握するための計算方法を示すとともに,実験データとの比較により十分な推定精度が得られることを確認している.

 第6章と第7章は波浪エネルギー変換システムの設計法とこれに必要な解析方法を示している.本研究の設計法は第6章の基本設計と第7章の詳細設計で構成されている.

 第6章「波浪エネルギー変換システムの基本設計法」では空気室とウェルズタービンの不規則波特性を解析する方法の確立が必要であることから,ウェルズタービンの不規則波特性として軸流速度の確率密度分布が正規分布であると仮定した評価方法を提案し,空気室とウェルズタービンの特性をマッチングさせる方法を示している.従来の設計法は規則波としての取扱いである点とタービンおよび空気室効率を最大にすることを主眼にしている.このため,タービンおよび空気室の効率がともに高めに見積もられるとともに,タービンおよび空気室サイズが過大となる.このため本論では不規則波特性を用いた現実的で経済性を考慮した基本設計手法を示している.これは結果的にタービンと空気室サイズを小さくすることにも相当し,これに起動特性を考慮すると最適なタービンが選定され,空気室とタービンサイズおよび平均回転数,平均出力が決定される設計法である.

 第7章「詳細設計のための総合シミュレーションとその検証」は基本設計で決定されたシステムの詳細設計とこれに用いる総合シミュレーションの推定精度を実証実験結果と比較して検証を行っている.詳細設計として発電機容量と危険速度の確認のために不規則波中でのタービンの回転変動幅や出力変動幅を算出する必要がある.これは,空気室とタービンの運動方程式を時間領域で総合シミュレーションを行い算出する.これを数種類の波形で計算することにより起動性の確認も同時に実施される.以上が本論で提案する設計法である.そして,詳細設計に用いた総合シミュレーションの推定精度を確認するために,運輸省(現国土交通省)第一港湾建設局と沿岸開発技術研究センターで実施された酒田港の防波堤型波力発電装置の実験データと比較し,妥当性を検証している.従来の研究では実証実験結果による総合シミュレーションの検証は十分になされていない.それは,実証実験装置の要素(空気室,タービン,弁などを含む流路)特性の正確なデータが存在しなかったことが理由である.本論ではこれらの特性を既知の計測データを駆使して推測し,シミュレーションの精度を向上させて実施している.

 第8章は「結論」であり,波浪エネルギーから電気エネルギーに変換する全過程について実験および理論的に明らかにされた個々の要素特性の要約と確立した設計法について,本論文の総括を行っている.

 以上のように,本論文は実験および理論的取扱いによりタービン特性と空気室特性を把握し,効率,タービンの起動性,経済性を考慮した波浪エネルギー変換システムの設計法を構築している点で,機械工学,海洋工学,特に流体工学に寄与するところが大きい.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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