学位論文要旨



No 215264
著者(漢字) 堀,利浩
著者(英字)
著者(カナ) ホリ,トシヒロ
標題(和) 光励起遠赤外レーザの特性改善とその応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 215264
報告番号 乙15264
学位授与日 2002.02.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15264号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 桂井,誠
 東京大学 教授 小田,哲治
 東京大学 教授 日高,邦彦
 東京大学 教授 中野,義昭
 東京大学 教授 岡部,洋一
 東京大学 教授 菊池,和朗
内容要旨 要旨を表示する

 周波数が300GHzから3THzまでの電磁波は、遠赤外、サブミリ波、テラヘルツ波等、種々の呼び方をされている。従来、この周波数帯は光源、検出器とも実用的なものを得るのが難しいこと等のため、未開拓な電磁波領域となっていた。しかし最近その応用面での重要性が指摘され、注目されるようになっている。

 このうち遠赤外光源の具体的応用例としては、環境破壊物質のモニタリング用光源、放電生成有機物計測用光源、天体観測用ヘテロダイン受信局部発振器、および磁気閉じ込め方式の核融合プラズマの密度測定用光源が考えられる。このため、大出力、高コヒーレント性、狭い発振スペクトル線幅、室温動作、連続発振等の条件を満足する光源が望まれている。しかし現在でもほとんどの遠赤外光源は、小出力、ヘリウム温度動作、パルス発振、低スペクトル純度等の問題があり、上に述べた条件を満足する光源は唯一、光励起遠赤外レーザである。

 この光励起遠赤外レーザは現状で使用に供されているものについては、装置が大きい、励起入力が大きい割に出力が小さい、出力安定度や周波数安定度が悪い、等の問題があり、決して実用上満足のいく装置とは言えなかった。このため上記諸目的に使用する時には特性改善が必要とされてきた。

 そこで本研究では、現存の大出力光励起遠赤外レーザを上記の高度な各種実験に適用可能な高性能光源とすることを目的とし、発振波長、出力レベル、出力安定度、周波数安定度を測定評価し改善を行った。具体的には広波長帯域波長計の開発、ゴーレイセルを使った出力測定器の開発、出力鏡の改善やバッファガス使用による大出力化、レーザ分子の吸収曲線を用いた励起用レーザの周波数測定技術の確立、ショットキーバリアダイオード(SBD)を用いた絶対周波数測定技術の研究等を行った。これらの特性改善により十分に実用性がある光励起遠赤外レーザの開発に必要な知見を得ることができた。次にこの改良した光励起遠赤外レーザを放電生成有機物計測用光源等として応用する研究を行った。具体的にはレーザ出力にSBDで変調を加えて側帯波を作り出し、遠赤外周波数可変光源を製作した。そしてこの光源を利用してガス吸収を有する周波数付近で周波数掃引による吸収測定を行い、吸収計測への応用が可能であることを示した。以下に本論文の主要な内容と成果をまとめる。

1.本研究の背景と目的(第1章)

 本研究の背景と目的および各章の構成について述べている。

2.遠赤外領域研究開発の現状と動向(第2章)

 本論文で必要となる遠赤外領域研究開発に関する歴史や知識について述べている。

3.光励起遠赤外レーザの基本特性測定用の技術(第3章)

(1)広帯域波長計:

 遠赤外レーザは多波長発振を比較的頻繁に起こすため、波長計を使って発振波長を確認しておく必要がある。この場合複数の発振波長が離れているため、波長計は広波長帯域動作が必須である。現在最も一般に使用されているのはファブリペロー干渉型波長計である。干渉計を構成する2枚のミラーには遠赤外ではメッシュミラーが使われることが多い。しかしメッシュミラーではメッシュ間隔で決まる波長付近でしか強い干渉を起こさないため広波長帯域動作は困難であった。そこで新たにミラーにストライプ型ポーラライザーを使用した波長計を提案し、測定可能波長が100μmから3000μmと広帯域な波長計を開発した。

(2)高速応答検出器:

 mWレベルを超える発振出力レベルを測定には、熱電堆型パワーメータが使用されている。しかし時定数は数秒程度であり瞬時の測定には不向きである。一方ゴーレイセルは、50ミリ秒程度の速度で信号を測定でき便利であるので、出力レベル測定に使用することを検討した。その結果ゴーレイセルの受信信号強度から発振出力を算定する換算方法を考案し、mWレベルを超える発振出力レベルででも50ミリ秒程度の時間で発振出力レベル測定ができるようになった。

4.光励起遠赤外レーザの大出力化への改善(第4章)

(1)複雑な形状のパターンを有するハイブリッドミラーの使用:

 反射率が励起光と遠赤外光とに対して異なっているハイブリッドミラーが大出力化に大変に有効である。しかしその製作に当っては多くの複雑な工程を必要とするため、エッチング用パターンには単純穴形状やメッシュ状の製作が容易なものしか使用されてこなかった。本研究では進歩が著しい光露光技術を用いて複雑な形状のエッチング用パターンを作成した。その結果、単純穴形状の長所である大出力動作とメッシュ状の長所である小さいビーム広がりの両方を併せ持つハイブリッドミラーを作成することができた。またCO2レーザの閉じ込めを強化するためミラー基板に曲率をもたせて出力を大きくすることができた。

 上記の改善とバッファガスとしてのヘリウム添加とにより、出力を改善前の4倍程度に大きくすることができた。

5.光励起遠赤外レーザの出力特性の測定と改善(第5章)

(1)励起用レーザの周波数安定度測定:

 励起用レーザの周波数安定度が光励起遠赤外レーザの出力安定度に最も大きく影響を与えるため、励起用レーザの周波数安定度を測定した。直流電界の印加によりレーザ分子の吸収スペクトルが分裂する時の吸収曲線を用いて周波数安定度を測定した。実験で得られた吸収曲線をシュタルク分裂の理論から計算される曲線と比較した。その結果、双方向の吸収の時にはドップラー拡がりはキャンセルされているが圧力拡がりのある場合の鋭い吸収曲線であることを解明できた。さらに双方向の吸収曲線を利用して、励起用レーザの周波数安定度を測定した結果150-250kHzであることがわかった。従来報告されている数値と比較してみても、フリーランニング時でも非常にすぐれておりこの値は十分使用できる安定度レベルだと結論した。

(2)励起光の遠赤外共振器内での共振と戻り光との関係の解明:

 光励起遠赤外レーザの出力安定度に影響を与える次の要因は、励起光の遠赤外共振器からの戻り光である。戻り光発生の原因を探るため、小型遠赤外レーザを使って戻り光特性を調べた。その結果、遠赤外共振器の共振器長変化が励起光の遠赤外共振器内共振に変化を起こしていて戻り光の変化や遠赤外出力の変化を起こしていることを解明した。そこで温度コントロールを強化したところ出力が数倍程度安定になった。また偏心穴開きインプットカプラーの使用も戻り光低減に有効であった。

 以上の改善により出力安定度は1時間で従来の10%程度から、数%以内までに向上した。

6.光励起遠赤外レーザの周波数特性の測定と改善(第6章)

(1)光励起遠赤外レーザの絶対周波数特性の測定

 国内周波数標準にロックされたガンダイオード発振器をミリ波源とし、安定で室温動作が可能なSBDを高調波ミキサーとする高周波数分解能の周波数計を完成させた。この周波数計を使い従来まで実験報告がない70-80Wレベル励起での光励起遠赤外レーザの絶対周波数特性を測定した。その結果、フリーランニング時に数100kHz程度のドリフトがあること、380kHz程度の分散効果が観測されることが分かった。また共振器長を変化させて絶対周波数安定化した時には±20kHz程度の安定度になることがわかった。

7.周波数可変光源を使った吸収計測(第7章)

(1)周波数可変遠赤外光源・検出システムの製作

 光励起遠赤外レーザの出力にSBDを用いた可変周波数の振幅変調をかけ、この側帯波のみを取り出すと周波数可変遠赤外光源が実現できることが知られてきた。この方法では、振幅変調で発生した3つの周波数成分のうち1つの側帯波成分のみを使用し、残りの周波数成分を除去するため周波数成分の利用効率が大変に悪いこと、検出器にボロメータを使用しており極低温技術を必要とすることが欠点として挙げられる。そこで本研究では、キャリア周波数成分を積極的に生かした2乗検出方式とフィルタが不必要な光学系を提案し、室温動作可能な高感度周波数可変光源・検出システムを完成した。

(1)吸収計測実験:

 製作した高感度周波数可変光源・検出システムを使用してガス吸収計測実験を行った。そして放電生成有機物計測用光源等への応用が可能であることを示した。

8.結論(第8章)

 光励起遠赤外レーザの特性評価とその改善、及びその実用的計測への応用に関して、以下の点を明らかにした。

(1)遠赤外レーザの発振波長測定用にストライプ型ポーラライザーを使うことで、従来数100μm程度の帯域であったのに比べて波長が100μmから3000μmまで測定できる広波長帯域波長計を開発した。

(2)複雑なパターンを持つハイブリッドミラーの使用、及びバッファガスの添加により出力増大を実現でき、改善前に比較して約4倍に出力が増加した。

(3)実験で得られたシュタルク効果により分裂したレーザ分子の吸収曲線を、シュタルク分裂の理論を用いて解析し、信号発生原理を解明した。次にこの吸収曲線を利用して、励起用CO2レーザの周波数安定度を測定した。その結果150-250kHzの安定度であることがわかった。また装置全体の温度コントロールを強化することで戻り光による出力変動を小さくすることができた。

(4)遠赤外レーザとミリ波源との高調波ミキシングを行い絶対周波数特性を調べた。その結果フリーランニング時に強い分散効果が観測されること、安定化をかけた時に±20kHz程度の周波数安定度を達成していることが判明した。

(5)周波数可変光源を用いた吸収計測システムに関して、室温動作の高分解能、高感度な計測方式を提案し測定実験を行った。そして放電生成有機物計測用光源等への応用が可能であることを示した。

 以上、本論文によって光励起遠赤外レーザの特性改善とその応用について進展を見ることができた。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「光励起遠赤外レーザの特性改善とその応用に関する研究」と題し、波長が約70μmから1.3mm程度にわたる遠赤外領域での室温コヒーレント光源として、目下実用化が期待される光励起遠赤外レーザ装置を対象としてその特性について研究を行ない、種々の改善を加えることによって各種応用に供し得る性能を持つ装置を完成させ、合わせて特に気体の光学的吸収計測への応用の可能性を示したものであって、8章から構成される。

 第1章は「序論」であり、遠赤外領域の研究全般、特に光励起遠赤外レーザの応用分野とそれらに必要な各種条件の概要、および、本研究の位置付けと目的を述べている。

 第2章は「遠赤外領域研究開発の現状と動向」と題し、本研究の背景となる遠赤外領域研究開発に関する歴史および従来の知見について述べている。

 第3章は「基本特性測定用技術の開発」と題し、遠赤外レーザの特性測定に不可欠な波長計についての研究成果を述べている。遠赤外レーザは多波長発振を起こすために波長計には広波長帯域動作が要求される。本研究では従来使用されているファブリペロー干渉型波長計のミラーに、ストライプ型ミラーを新たに採用して100-3000μmの広帯域動作を可能とした。さらに、減衰法に基づいてゴーレイセルの受信強度から発振出力を簡便に測定する方法を提案し、その実用性を確認した。

 第4章は「光励起遠赤外レーザの高出力化への改善」と題し、面反射と金属メッシュ反射を共用したハイブリッドミラーの研究とその結果について述べている。ハイブリッドミラーの製作には、従来、単純な形状のエッチングパターンのみが使用されてきたが、本研究では、近年進歩の著しい露光技術を用いて複雑な形状のパターンの作製を試みた。その結果、高出力特性と高指向性を併せ持つミラーを完成させることができた。また、基板に曲率をもたせ励起光の閉じ込めを強化したミラーを作製して、出力の増大を達成した。さらに、このハイブリッドミラーを用いて種々の遠赤外レーザ媒質に対する緩衝気体の効果を試験し、蟻酸やメチルアルコールでのヘリウムの添加が、出力増加に有効なことを見い出した。

 第5章は、「光励起遠赤外レーザ励起用CO2レーザの特性測定と改善」と題し、出力安定度の測定と改善について述べている。まず光励起遠赤外レーザの出力安定度に大きく影響を与えるCO2レーザの周波数安定度を、電界印可中でのレーザ分子吸収曲線を利用して測定した。次に実験で得られた吸収曲線をシュタルク分裂の理論曲線に基づいて評価し、往復吸収の時に得られた信号がドップラー拡がりがキャンセルされて圧力拡がりのみの吸収曲線であることを解明した。そこでこの往復吸収の時の吸収曲線特性を利用してCO2レーザの周波数安定度を測定し、150-250kHzであることを見い出した。次に、CO2レーザの遠赤外共振器からの戻り光の時間変動と遠赤外出力の時間変動との相関を見い出し、温度変動による共振器長変化が原因であることを解明して、温度コントロールの強化による高出力安定化を実現した。

 第6章は「光励起遠赤外レーザの周波数特性の測定と改善」と題し、周波数安定度の測定とその改善について述べている。遠赤外レーザ出力とミリ波とを、ショットキーバリアダイオードを用いて周波数ミキシングして高周波信号を取り出し、これにより遠赤外レーザの周波数特性を測定し、フィードバック制御によって安定化を試みた。その結果、周波数安定度は、本改善によって、フリーランニング時に100kHz程度、安定化した時に20kHz程度と数倍程度の向上を達成した。

 第7章は「光励起遠赤外レーザの周波数可変化とその応用」と題し、6章までの研究成果を総合することによって特性が改善された周波数可変遠赤外レーザと検出システムを整備して、それを用いた気体の吸収計測を行なった結果ついて述べている。具体的には、遠赤外レーザ出力にショットキーバリアダイオードを用いて可変周波数で変調をかけ、可変周波数側帯波を発生させる方法を実証した。検出には、極低温動作や周波数フィルタ等を必要としないヘテロダイン検出方式を採用し、さらに、簡便な光学系を提案して放電生成有機物分子などの高感度吸収計測が室温動作にて可能なことを原理実証した。

 第8章は「結論」であり、本研究の成果を要約している。

 以上要するに本論文は、波長が約70μmから1.3mm程度にわたる遠赤外領域での室温コヒーレント光源として実用化が期待されている光励起遠赤外レーザに関して、出力特性の改善、および取り扱い性能の向上を目的とし、遠赤外レーザ出力計測装置、および周波数計測システムの性能改善を種々の新提案に基づいて成功させ、合わせて遠赤外レーザ出力の増大と周波数安定度の向上を実現させ、これらを総合することによって、遠赤外レーザの各種気体の高感度吸収計測などへの応用可能性を実証したものであって、電気工学、特に電磁波工学およびレーザ工学に貢献するところが多い。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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