学位論文要旨



No 215266
著者(漢字) 清水,貴思
著者(英字)
著者(カナ) シミズ,タカシ
標題(和) 酸化物の原子層レベル制御と界面電気特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 215266
報告番号 乙15266
学位授与日 2002.02.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15266号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 内野倉,國光
 東京大学 教授 白木,靖寛
 東京大学 教授 斉木,幸一朗
 東京大学 助教授 為ヶ井,強
 東京大学 助教授 山本,剛久
内容要旨 要旨を表示する

 半導体デバイスの微細化に伴いSiO2よりも大きな誘電率を有し、なおかつSiO2と同等以上のデバイス性能を示す高誘電率ゲート絶縁膜材料の開発が不可欠になっている。遷移金属酸化物もその有力な候補の一つとなっているが、Si等の半導体に比べて、その原子層レベルでの表面・界面制御技術の開発は遅れている。本研究では、接合デバイスの作製に不可欠な多元系遷移金属酸化物の表面・界面制御技術の基礎研究として、分子線エピタキシー法による酸化物超伝導体YBa2Cu3O7-x(YBCO)のエピタキシャル成長様式の観察とその制御、及び高誘電率酸化物半導体SrTiO3を用いて作製した誘電体ショットキーダイオードの特性制御とその電子構造の解明を目的に研究を行った。

 本研究では独自に開発したMBE装置を用いる。MBE装置には、冷凍機を用いることによって制御性と安全性に優れた高純度オゾン供給装置が装着されている。高純度オゾンの高い酸化力によって、酸化物超伝導体のMBE成長と酸化物半導体単結晶の真空槽内でのin-situ表面処理が実現される。

 酸化物超伝導体YBCOの理想的な2次元成長を実現するためにフラックス法でYBCOバルク単結晶を作製し、その表面に高純度オゾンによる表面処理を施すことによって、ホモエピタキシャル成長を実現する。これまでSrTiO3基板やMgO基板などを用いたヘテロエピタキシャル成長が研究されてきたが、ヘテロエピタキシャル成長では格子不整合性に起因した格子歪の影響が避けられず、スパイラル成長を示す表面形態が報告されていた。成長炉に温度勾配をつけることによってフラックスが降温時に成長表面から自動的に取り除かれ、ほぼセルフスタンディングの状態でYBCO単結晶が得られる。その表面において原子層レベルで平坦なテラスと1μm間隔で整然と並ぶ直線性の優れた高さ1分子層のステップを初めて観測した。As-grown単結晶表面のRHEED像はわずかに回折像が認められる程度であるが、高純度オゾンを用いた表面清浄化を行うと、明瞭なストリーク像を得る事ができる。このようにオゾン表面処理を施すことによって、バルクYBCO単結晶の清浄表面をホモエピタキシャル成長用基板として用いる事に初めて成功した。オゾン表面処理はYBCO単結晶の研磨表面にも有効であり、残留フラックスのない原子層レベルの平坦表面を機械化学研磨で作製する事ができる。

 図1のように、これまでの報告中で最も振幅強度の減衰が小さく長時間振動が持続する、明瞭なRHEED振動現象がホモエピタキシャル成長で初めて観測された。成長後の表面モフォロジーをAFMで観測すると、図2の様に成長前に観測されていた1μm間隔で整然と並ぶ1分子層のステップとテラス構造に対応した表面モフォロジーが観測された。これは巨大なユニットセルを持つ多元系酸化物YBCOにおいて、理想的な2次元核成長、すなわちFrank-van der Merwe成長が実現した事を、MBE成長時のRHEED振動と成長後の表面モフォロジー観察の双方で実証した初めての結果である。一方SrTiO3基板やMgO基板上へのヘテロエピタキシャル成長を行うと、それぞれStranski-Krastanov成長とVolmer-Weber成長を示唆するRHEED強度変化が観測される。

 薄膜成長による更なる構造制御の可能性を追及するため、YBCO薄膜をMgO基板上に原子層に対応した供給量で逐次に堆積してエピタキシャル成長する。構成元素を同時に供給する条件ではMgO基板上でRHEED振動現象を観測することはないが、逐次供給条件では明瞭なRHEED振動が観測される。概ね1分子層の成長を周期とする大きな振動の他に、各原子層の堆積時にも特徴的なRHEED強度の変化が観測される。また成長中のRHEED像にも、明らかに共蒸着条件とは異なる2次元成長の実現を示す結果が得られる。格子不整合性に対する許容度が増大すること、分子層以下の成長単位で構造制御が実現できる可能性があることの2つが逐次供給法における重要な結果である。

 次にオゾン表面処理を酸化物単結晶に適用して、原子層レベルで構造制御された酸化物接合デバイスを作製し、酸化物デバイスの接合特性制御とその理想的界面の電子構造について研究した。

 まず酸素中で高温アニール処理を行いNbドープSrTiO3 (001)単結晶表面を原子層レベルで平坦化した。その表面上にex-situでショットキー電極を堆積すると、これまでの報告通り大きな逆方向リーク電流が流れる整流特性が観測される(図3(b)参照)。それに対して平坦化処理後に超高真空チャンバー内でオゾン表面処理を施して清浄表面を実現し、更にin-situで電極を堆積したショットキー界面を形成すると、逆方向電流が劇的に低減される。逆方向電流は測定限界以下にまで低減され、また順方向特性も飛躍的に向上し、その結果これまでで最も理想に近い酸化物半導体のショットキー接合を実現する事ができる(図3(a)参照)。そのとき整流比は9桁以上であり世界最高の整流比が実現される。またこの方法をTiO2に適用してショットキー接合を作製しても同様の結果が得られ、9桁以上の整流比が得られる。すなわち開発した原子層レベルで平坦化した表面をオゾンで表面処理した後、in-situで界面を形成するという酸化物界面形成法が理想に近い酸化物接合デバイスを作製する一般的な方法である事がわかる。

 理想的なAu/NbドープSrTiO3界面が実現した結果、通常の半導体では観測されない、SrTiO3ショットキー接合に固有の電気特性が次々に明らかになった。まず、SrTiO3の誘電率が温度依存性を持つ事を反映して、系統的な静電容量の温度依存性が観測された。またSrTiO3の誘電率に電解依存性が存在することを反映して、C-2-V特性に明瞭な非線形性が観測された。90K〜270Kの全ての温度領域で9桁以上の整流比を示す系統的な電流−電圧特性が得られ、熱電子放出理論による解析の結果、ショットキー障壁高さに温度依存性が存在するという特異な現象が明らかとなった。この現象は光電流特性の温度依存性においても観測され、トンネル電流や障壁高さの不均一性では説明できない現象であることが判明する。そこで理想的な金属/NbドープSrTiO3界面において、界面の誘電率が本質的にバルクとは異なるとするモデルを提案した。シミュレーションによる解析を行った結果、図4のようにI-V特性とC-V特性が定量性良く再現でき、提案したモデルが妥当であることが明らかとなった。

 以上、本研究によってオゾンを用いた表面清浄化技術が、酸化物表面・界面の電子状態制御に極めて有効である事が明らかとなった。表面清浄化を行うことによって、半導体におけるMBE技術を酸化物薄膜に適用する事が可能となり、半導体と同様、原子層レベルの極めて精緻な構造制御が実現できる可能性が示された。また本研究によって初めて、超高真空装置内で酸化物の表面清浄化を行いin-situで界面を形成する酸化物界面形成技術が開発され、酸化物半導体でも理想に近いショットキー接合が実現できることが示された。これは酸化物においても半導体と同様の極限的新規プロセス技術を開発することで、極めて制御性の優れた接合デバイスを実現しうることを実証した、画期的な成果である。今後機能性酸化物を用いた接合デバイスを作製するにあたり、オゾンなどの活性酸素を用いた表面処理の重要性がますます大きくなると考えられる。

図1 YBCOのホモエピタキシャル成長中に観測されたRHEED振動

図2 35nmホモエピタキシャル成長した後のYBCO薄膜表面のRHEED像,AFM像とA-B間における断面図。

図中の矢印は,ステップに対応した構造を示している。

図3 Au/NbドープSrTiO3 (001)ショットキー接合の電流−電圧特性。

(a)オゾン表面処理有り,(b)オゾン表面処理無し。Fは順方向特性,Rは逆方向特性。測定温度は室温。オゾン表面処理を施した接合の逆方向電流は測定限界以下である。

図4(a) Au/NbドープSrTiO3ショットキー接合の電流−電圧特性の温度依存性。

実線はシミュレーションによる計算値。

図4(b) Au/NbドープSrTiO3ショットキー接合のC-2-V特性の温度依存性。

実線はシミュレーションによる計算値。

審査要旨 要旨を表示する

今日、高度情報化社会を担うシリコンテクノロジーの微細化が物理的限界にまで近づき、高誘電率ゲート絶縁膜の開発や強誘電メモリの高性能化等のように、機能性酸化物とシリコンテクノロジーの融合が急ピッチで進められている。その一方で、シリコンでは原子層レベルでのプロセス技術が確立されているのに対し、導入が検討されている酸化物のプロセス技術の現状は未熟な段階にあることは否定できない。酸化物超伝導体の発見を契機として酸化物のプロセス技術がこの10年で極めて急速に発達しており、この分野で培われてきた様々なプロセス技術を応用・発展させて、いかにしてシリコンテクノロジーに適用するかが今後10年のエレクトロニクス分野の大きなテーマである。本論文はこのような背景から、エレクトロニクス材料である酸化物の表面・界面を原子スケールで制御する技術を追求し、酸化物を用いた薄膜型エレクトロニクスデバイスの高機能化・高制御化を実現する知見を得ることを目的としている。

本論文は8章より構成されている。

第1章は序論であり、酸化物の原子層レベル制御の重要性、本研究の意義を明らかにするとともに、論文の構成を簡単に説明している。

第2章では、酸化物超伝導体の薄膜研究の背景としてYBa2Cu3O7-x(YBCO)超伝導体の結晶構造とバンド構造、代表的な薄膜作製方法、これまで報告されてきた酸化物薄膜の成長機構についてまとめられている。YBCO超伝導体が二次元的な薄膜成長を実現すること、RHEED振動が観測されてユニットセルを単位とする二次元成長が提案されたこと、一方AFMによる表面形態の観測結果ではスパイラル成長が示されたことなどが紹介され、これら薄膜成長機構の研究を難解にしている一因として、全ての報告例が格子歪を必然的に誘発するヘテロエピ成長の研究であることが指摘されている。

第3章では、金属/SrTiO3界面の電気特性の背景としてバルクSrTiO3の結晶構造、電気特性、誘電特性がまとめられ、誘電率の温度依存性がBarretの式で、電界依存性がDevonshire理論の範疇で取り扱われる。金属/SrTiO3界面の解析に必要な接合理論として、ショットキー接合の電流−電圧特性、静電容量−電圧特性、光電流特性、光静電容量特性などが簡潔に紹介され、誘電率に電界依存性が存在する場合の取り扱いが新たに明らかにされる。また、金属/酸化物半導体単結晶界面の電気特性についての従来の研究結果がまとめられ、金属/半導体ショットキー接合として解析が行われていること、再現性や信頼性に乏しく定量評価が非常に困難であること、大きな逆方向リーク電流が流れるためSiやGaAs等と比較して劣悪な整流特性しか得られていないことなどが指摘される。

第4章ではYBa2Cu3O7-x超伝導体のMBE成長の結果が示される。新たに開発された酸化物薄膜用MBE装置と従来のMBE装置との相違点、具体的な薄膜作製手順、評価法、エピタキシャル成長条件、および薄膜の超伝導特性が記述される。また、成長様式を観察するのに用いた各種酸化物基板とそれらに施した表面処理の効果が明らかにされている。SrTiO3(001)基板では、酸素中の1000℃1時間のアニール処理によって、ステップバンチングのほとんど観測されない、高さがほぼSrTiO3(001)の1ユニットセルに対応した0.4nmのステップが観測され、そのテラス領域では原子層レベルで平坦な表面が創出できることが見出されている。一方、そのような平坦化された酸素アニール表面でもXPSでは明瞭なClsピークが観測され、炭素系吸着物の存在が避けられないことが指摘される。新たに開発したオゾン表面処理、すなわち高純度オゾンを用いた高真空オゾン雰囲気下でのアニール処理によって、このような炭素系吸着物を薄膜堆積前にin-situで取り除き、清浄表面を創出できることが示される。一方、ホモエピタキシャル成長用基板として、フラックス法でバルクYBCO単結晶が成長され、その成長表面の表面形態が明らかにされる。成長炉内に温度勾配をつける工夫によって、残留フラックスのほとんどない原子層レベルで平坦な表面を有するYBCO単結晶を成長させることに成功している。このような表面上で、1μmのテラス幅、1c−軸長高さの直線性の良いステップを有する平坦表面を観測し、オゾン表面処理を施すことによって、RHEEDで明瞭なストリーク像を得ることに初めて成功している。その他オゾン表面処理を施すことによって、機械研磨、化学機械研磨を施した単結晶表面でも明瞭なストリーク像を得ることができることを明らかにし、このオゾン表面処理が酸化物単結晶の清浄表面の創出に極めて有効であることを実証している。

第5章では世界で初めて成功したYBCO超伝導体のホモエピタキシャル成長の結果が記述されている。この系で最も長期に亘るRHEED振動を観測することに成功すると同時に、AFMによる成長後の表面形態においても、1c−軸長高さを有する2次元核によって薄膜成長が進んでいることを示す明瞭な結果が得られている。ステップ基板を用い、ホモエピタキシャル成長においてRHEED振動とAFM像の双方によって、明瞭に2次元核成長様式を実証した報告は酸化物ではそれまで例が無く、本研究が初めての結果となっている。一方、ヘテロエピタキシャル成長では、RHEED振動が観測されないか、観測されても振幅強度の減衰が著しいことが示される。また、成長初期においても、ホモエピタキシャル成長とヘテロエピタキシャル成長とには明瞭な相違が観測され、ヘテロエピタキシャル成長の最初期には、YBCOとは異なる異相酸化物の成長を示唆する結果が観測されることが示される。これら結果により、格子不整合歪のない理想的なホモエピタキシャル成長ではユニットセルの大きなYBCO系超伝導体でも理想的な2次元成長が実現されること、一方ヘテロエピタキシャル成長では格子不整合歪と基板表面形態が薄膜成長に強く影響を及ぼしていることが明らかにされた。

一方、構成元素の原子層堆積相当量での逐次供給が行われ、同時供給条件とは異なる成長様式が存在していることが実証された。ペロブスカイト相とは異なるRHEED像を示すMgO基板を用いて成長初期における核発生様式を観察し、同時に成長時の特徴的なRHEED振動現象を観測することによって、YBCO系超伝導体では初めて、ユニットセルを単位とする2次元成長とは異なる成長様式が初めて明らかになった。この結果は、YBCO系超伝導体のように大きなユニットセルを有する酸化物であっても、更なる微小ユニットでの構造制御が可能であることを示唆する結果であり、酸化物の原子層レベルの構造制御に重要な知見を与えるものである。

第6章は金属/NbドープSrTiO3接合界面の形成と電気特性制御の結果である。酸素中アニール処理による原子層レベルの表面平坦化だけでは逆方向リーク電流を抑制することができないが、オゾン表面処理によって炭素吸着物を除去しin-situで界面を形成すると、逆方向リーク電流が飛躍的に低減でき、最高性能のショットキーダイオードを再現性良く実現できることを見出している。逆方向特性が著しく改善された結果整流特性が飛躍的に向上し、実現された9桁以上の整流比は、SiやGaAsを凌駕するほどの世界初の結果となっている。同様の手法を金属/NbドープTiO2(001)界面にも適用し、Au/NbドープTiO2接合でも最高性能となる9桁以上の整流比を実現するとともに、この手法が一般性のある酸化物界面形成技術であることを実証している。このように酸化物薄膜のMBE成長制御において開発された表面処理技術を応用することによって作製された再現性と信頼性の優れたショットキー接合を用いて、酸化物におけるショットキー障壁の形成機構が議論されている。系統的な金属電極依存性を研究することにより、酸化物界面の電子構造に大きな影響を与える界面準位の起源についての考察が行われ、今後の酸化物界面を研究する上での重要な指針が示されている。

第7章では表面処理を施したAu/NbドープSrTiO3(001)接合界面の電気特性評価を詳細に行った結果である。理想に近い界面が形成された結果、初めて酸化物ショットキーダイオード固有の電気特性の観察と、その定量評価が実現されている。光静電容量特性による、深い準位の定量評価が行われた後、電流輸送特性、静電容量特性等のそれぞれにおいて、誘電率に特異な温度依存性・電界依存性が存在することを反映した、SiやGaAsでは観測されないSrTiO3特有の特性が初めて明確となった。また酸化物界面に原子層レベルの特異な低誘電率層が存在するという電子構造モデルが提案され、シミュレーションの結果、実験値を定量的に非常に良く再現することが示されている。

第8章では本論文を統括し、今後の応用に関しての見通しが述べられている。

以上のように、本研究では酸化物薄膜のMBE成長様式の研究を通して、酸化物表面・界面の原子層レベルの構造制御技術に関する基礎的な成果が得られている。また、その際に開発された表面清浄化技術を実際の酸化物接合デバイスに適用することによって、酸化物表面・界面の原子層レベルの制御がデバイス特性に大きな影響を及ぼすことを実証している。これらの成果は、酸化物表面・界面の基礎研究の発展のみならず、デバイス応用への大きな進歩をもたらすと考えられ、物理工学に貢献すること大である。以上の理由より、本論文は、博士(工学)に十分値する。

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