学位論文要旨



No 215270
著者(漢字) 岡野,和宣
著者(英字)
著者(カナ) オカノ,カズノリ
標題(和) 網羅的ゲノム解析に用いるフィンガープリント法の開発とエキソヌクレアーゼIIIを用いたDNAプローブアッセイの研究
標題(洋) Improvement of Amplified Fragment Length Polymorphism (AFLP) for Genome-Wide DNA Fragment Analysis and Investigation of DNA Probe Assay Using Exonuclease III Digestion Reaction.
報告番号 215270
報告番号 乙15270
学位授与日 2002.02.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第15270号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 榊,佳之
 東京大学 教授 横山,茂之
 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 教授 中村,義一
 東京大学 助教授 菅野,純夫
内容要旨 要旨を表示する

 生命現象の大まかなメカニズムは21世紀の早い時期に解明されると期待される。多くの微生物のゲノム配列はすでに解読が終わり、ヒトを含むいくつかの多細胞生物ゲノムも配列決定されている。分子生物学は個々の遺伝子やタンパク質や生命現象を個別対象とした研究で発展してきたが、現在では遺伝子機能を網羅的に解析する段階にきている。ゲノム機能全体が生物間でどのように違うか、また、似ているかを調べることが重要である。

 ここで問題となるのが、生物ゲノムのサイズがあまりにも大きい点である。たとえば、ゲノムサイズは大腸菌で4.7Mb、ヒトにおいては3.0Gbもある。ゲノム計画では、国際協力でモデル生物のゲノム配列を決定しているが、近縁種や亜種の配列を全て同様に行うことは非効率である。そこで、解析されたゲノム情報と未知な配列部分を比較し、変異のある部分だけを抽出することが必要になる。ゲノムワイドなDNAを比較する手段としては、PCR反応と電気泳動分離を応用するディファレンシャルディスプレーや、Amplified fragment length polymorphism(AFLP)のようなフィンガープリント法が有望である。これらの方法では、使用するプライマー配列と電気泳動によるDNA断片長の情報を利用することで、測定断片の同定やノイズの分離ができる利点がある。しかし、実際にはプライマーのミスアニーリングに基づく擬陽性産物が多いため網羅的な解析を行う上で問題となっていた。

 そこで、本学位論文では目的を、信頼性の高いフィンガープリント法を確立することとした。ここでは、1Mb程度のゲノムの比較解析を行う手法開発を目指した。これは、染色体のソーティングを行う技術がすでに確立されていることと、20塩基長程度のDNA配列を認識し切断する人工酵素の開発が進んでいることから、将来はMbオーダーの任意ゲノム断片を得ることが可能になると予想したからである。一般にフィンガープリント法においては、PCR増幅ができて電気泳動が可能なサイズのDNAを試料とする必要がある。現実的には制限酵素で切断した断片を解析することになる。4塩基認識酵素で切断すると、平均256bpのDNA断片になるが、断片数が1Mbで4,000種と膨大になる。このような膨大な断片を網羅的に解析するには、断片をいくつかのグループに分類して解析すればよいことに気づいた。まず、制限酵素切断断片群にアダプターをライゲーションして共通のプライミングサイトを導入した。アダプターと制限酵素切断部に隣接する2塩基を識別する16種からなるプライマー群の全ての組み合わせで選択PCRを行い、DNA断片群を増幅分類することを試みた。モデルとして17断片の既知DNA断片混合物を用いて検討した結果、全ての断片をグループに分類できたが、擬陽性増幅産物が24も検出された。そこで、実際に選択PCRの特性を検討することで擬陽性増幅のメカニズムを追及した。選択PCRに用いるプライマー構造は、試料DNAの制限酵素切断断片に導入したアダプター配列と制限酵素認識配列を含む20塩基程度に相補である共通配列部分と、DNA断片群を分類する3'末端2塩基の識別配列からなる。各断片のアンカー配列と制限酵素認識配列は共通なので、プライマーは共通配列を用いて全てのDNA断片群に非特異的にハイブリダイズする。よって、PCR反応の特異性は、3'末端2塩基の識別能のみに依存することになる。このため擬陽性増幅がおきやすくなっていた。ほとんどの擬陽性増幅反応は、プライマーの3'末端2塩基のうち末端から2塩基目の位置が試料DNAに対して非相補であるときに起きていた。プライマーは共通配列部分で試料DNAと強固にハイブリダイズしている。このため、末端2塩基目が非相補である場合でもプライマー末端が試料DNA断片に接近したり離れたりを繰り返していると考えられる。プライマー末端が熱振動で試料DNA断片に接近したときに擬陽性増幅が起きると考えている。

 解明したメカニズムをもとに擬陽性増幅を防ぐ方法を開発し、選択PCRを用いた網羅的DNAフィンガープリント法(改良AFLP法)に適用した。改良法では、プライマーの3'末端から4塩基目の配列が試料DNA配列と人為的に非相補になるように設計したプライマーを用いる。擬陽性増幅を起こすよな末端近傍の非相補配列がある場合は、末端4塩基のうち2塩基が非相補となるのでプライマー末端領域が試料DNAに接近する頻度が減り、擬陽性増幅を抑えることができると考えたからである。4塩基目が非相補であるプライマーを用いても通常の相補鎖合成反応を阻害することはなかった。しかし、プライマー3'末端の2塩基部分に非相補部分があると、プライマー末端4塩基のうち2塩基が非相補になり、相補鎖合成反応が起きなくなった。このように、選択PCRプライマーの3'末端近傍のハイブリダイゼーション安定性を制御することで、擬陽性増幅を防ぐことができた。改良AFLPでは、10,000種のDNA断片を一度に解析することができた。

 選択PCRを用いた改良AFLPは、未知配列のDNA断片群をグループに分類する方法である。そこで、改良AFLPを配列未知の特異DNA断片分取に応用することを試みた。その結果、配列未知の40〜50断片からなるDNA断片群から特異的な断片のみを増幅反応だけで分離できることを確認した。得られた増幅断片は電気泳動的に均一で、直接DNAシーケンシングが可能であった。試料中の断片数が50断片より多くなると、複数のDNA断片が同一プライマーペアーで増幅するようになる。電気泳動による分取を組み合わせることで500断片程度までは分離できると考えている。本方法は、生物学的なクローニングに比べれば分離できるDNA種は少ないが簡便で、クロマトグラフィーよりも分離能が高い方法と位置付けている。

 ゲノムワイドな比較解析の結果は、臨床検査に応用されることが期待できる。特に感染症検査においては、ウイルス種やバクテリア種の同定が重要なので、ゲノム比較解析の結果を利用することができる。感染症検査では、関与するDNAあるいはcDNAの高感度アッセイ法が要求される。PCR法が感度の面で優れるが、非線形増幅を行うために再現性が悪く、定量検出には適さない。増幅段階におけるわずかな条件の違いが、非線形増幅を基本とするPCRでは大幅に増幅されてしまい、定量性を損ねている。そこで、エキソヌクレアーゼIII分解とハイブリダイゼーションアッセイ法を組み合わせた線形増幅による高感度DNA定量分析法を開発した。具体的には、測定したいDNAに特異的にハイブリダイズした蛍光標識DNAプローブをエキソヌクレアーゼ分解する。エキソヌクレアーゼIIIにより短くなったプローブは、ハイブリダイゼーションの安定性が低下するので、標的DNAから自動的に遊離する。反応過程を速度論的に検討したところ、ハイブリダイゼーションと分解反応が一定温度で繰り返し起きて、蛍光標識プローブの分解物が時間とともに蓄積することを確認できた。定量範囲は10-18〜5×10-15molであった。感度に関しては、高感度イムノアッセイと同等以上なので、感染症検査に有効と考えられる。

 高感度アッセイの検討過程で、エキソヌクレアーゼ分解特性を調べたところ、エキソヌクレアーゼIIIには、2本鎖DNA上を酵素が3'側からスライドしながら高速に分解する3'→5'エキソヌクレアーゼ以外に、1本鎖DNAを切断する活性があることがわかった。これらは、エンドヌクレアーゼ活性と、1本鎖DNAを切断する3'→5'エキソヌクレアーゼ活性であった。エキソヌクレアーゼIIIは2本鎖DNAの末端を削って短い2本鎖DNAを得るデリーション法に用いられる。デリーション法では1本鎖部分の分解は無視できるが、本方法の高感度アッセイでは問題となる。そこで、1本鎖分解について、電気泳動を用いた分解産物の塩基長の検討を行った。その結果、エンドヌクレアーゼ活性に関しては、1本鎖DNA分子内の部分的2本鎖構造形成部位の3'側を切断していることが示唆された。1本鎖DNA依存3'→5'エキソヌクレアーゼ活性に関しては、酵素が1本鎖DNAの3'末端に衝突することで起き、1本鎖DNA上を酵素がスライドする現象は観測されなかった。高温で反応させることでこれらの1本鎖分解を抑えることができ、60℃で反応させることができれば10-20mol/アッセイの高感度DNA検出が可能となることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、分子生物学分野で用いる分析技術の研究開発について述べられている。

1)生物間や個体間のゲノム比較法

 ゲノム計画の進展の中で重要度が増しているゲノム比較を効率的に行う観点の研究結果である。比較対象となるゲノム全体をシーケンシングするのではなく、制限酵素切断した変異を含む断片を検出することで比較の効率を上げようとの考えに基づく。膨大な数の制限酵素切断断片を制限酵素認識配列に隣接する2塩基の配列でグループ化して、電気泳動比較することで、変異断片のみを網羅的に検出している。グループ化には制限酵素断片にアダプターライゲーションを行い、アダプターに相補な配列の3'末端に2塩基識別配列を持つプライマーでPCRする方法を用いている。2塩基識別配列のすべての組み合わせでPCRを行えば、検出率90%で断片のグループ化ができる事を実例で示している。このアイデアは以前からあったが、PCRでの識別用2塩基の識別性能が低く、擬陽性シグナルが非常に多いので実用になっていなかった。本報告では、独自の工夫としてプライマーの3'末端から4塩基目が試料DNAと非相補になるようにプライマーを設計することで、プライマーの選択性(忠実度)を劇的に上げることに成功している。識別2塩基がミスマッチのときは3'末端近傍に2塩基の非相補部分ができることになり、識別2塩基が相補である場合のみPCRが進行する条件を見出している。また、比較解析のみならず、識別2塩基を持つプライマーを用いたPCRでの未知断片の培養を用いないクローニングや、シーケンシングへの応用についても検討が行われている。

2)試料中に存在する特定DNA断片の定量法

 PCRとは異なる増幅法を用いたDNA検査法として、3'→5'エキソヌクレアーゼ(ExoIII)でテンプレートにハイブリダイズしたプライマーを分解縮小して検出する方法に関する。プライマーが分解されて短くなるとテンプレートから脱離するので、新しいプライマー分子がハイブリダイズできるようになる事を利用し、一定温度で増幅反応が起きるように工夫している。また、ExoIIIの基質特異性を調べ、3'→5'エキソヌクレアーゼ活性のほかに、プライマーがループを形成しやすい部分での分解や、一本差での弱い3'→5'エキソヌクレアーゼ活性が存在することを示している。これらの副反応は高温なほど低下することを明らかにし、60℃で反応させることができれば10-20mol/アッセイの高感度DNA検出が可能となることを示唆している。

 本報告のうち、比較解析法は、肺がん特異的な発現遺伝子を網羅的に探索する方法に利用し、成果を上げているので評価できる。また、プライマーに人工的な非相補部分を入れてポリメラーゼ反応の忠実度を上げる工夫は、PCR以外にも応用範囲が広いと考えられ、実際にSNPsの検出にも応用されているとの事なので評価できる。ExoIIIを用いたDNA定量法は、感度的には、PCRに比べ劣るが、新しい概念であるし、ExoIIIに今までに注目されなかった微弱な活性があることを明らかにしている。

 1)記載の方法は神原秀記氏との共同研究、2)に関しては、植松千宗氏、松永浩子氏、沈美善氏、ならびに神原秀記氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって、研究の計画、実験、結果の検討を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)を授与できるものと認める。

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