学位論文要旨



No 215275
著者(漢字) 加藤,浩
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,ヒロシ
標題(和) 新規なβ3アドレナリン受容体作用薬AJ−9677の肥満糖尿病モデルKK−Ay/Taマウスにおけるインスリン抵抗性改善作用とその機序に関する研究
標題(洋)
報告番号 215275
報告番号 乙15275
学位授与日 2002.02.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第15275号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大内,尉義
副主査: 東京大学 助教授 横溝,岳彦
 東京大学 助教授 五十嵐,徹也
 東京大学 助教授 山崎,力
 東京大学 講師 丸山,稔之
内容要旨 要旨を表示する

 選択的なβ3アドレナリン受容体作用薬であるAJ-9677は、肥満糖尿病モデルのKK-Ay/Taマウスにおいてインスリン抵抗性を改善した。そのインスリン抵抗性改善作用をいくつかの指標をもとに確認し、作用機序を白色および褐色脂肪組織を中心に検討した。

 KK-Ay/Taマウスは高血糖、高インスリン血症、高脂質血症および高遊離脂肪酸血症を示す肥満糖尿病モデルマウスである。AJ-9677はラットあるいはヒトのβ3アドレナリン受容体を発現させたCHO細胞(チャイニーズハムスター卵巣細胞)を使用して選択された化合物である。AJ-9677はKK-Ay/Taマウスの白色脂肪細胞を用いた試験においてイソプロテレノールよりも強い脂肪分解活性を示し、in vivoにおいても単回投与時には血漿中の遊離脂肪酸濃度を上昇させた。これらの脂肪分解作用はcAMPを介したホルモン感受性リパーゼの活性化によるものであると考えられる。一方で、2週間の反復投与後には、AJ-9677は高血糖および高遊離脂肪酸濃度を正常化し、高インスリン血症および高脂質血症を改善した。このとき、AJ-9677は総摂餌量を低下させずに加齢に伴う体重増加を抑制したことから、AJ-9677はエネルギー消費を促進することにより体重増加を抑制したと考えられる。AJ-9677の反復投与後に行った糖負荷試験およびインスリン負荷試験では、耐糖能の改善とインスリン感受性の増強が確認された。また、AJ-9677の反復投与後にインスリン作用による糖の取り込みを調べたところ、褐色脂肪組織および白色脂肪組織において4〜6倍の取り込みの亢進が認められ、横隔膜においても1.5倍の取り込みの亢進が認められた。同様に、AJ-9677の反復投与後に摘出した白色脂肪組織および横隔膜を用いて糖の取り込みを調べたところ、両組織ともインスリン作用による糖の取り込みが促進されていた。特に、白色脂肪組織においてはAJ-9677の反復投与による効果とインスリン刺激による作用に相乗的効果が確認され、AJ-9677の反復投与によりインスリン作用が増強されていた。さらに、インスリン刺激によって白色脂肪組織においては脂質合成が、また横隔膜においてはグリコーゲン合成が促進され、AJ-9677の反復投与により糖の取り込みだけでなくこれらインスリン作用の増強も認められた。白色脂肪組織においてはAJ-9677の反復投与後にインスリン結合数が増加しており、これは受容体数の増加によるものであることが確認された。すなわち、AJ-9677の反復投与によるインスリン刺激の増強は、ひとつには細胞膜上のインスリン受容体数の増加によりインスリンシグナル伝達の総量が増加したことによると考えられる。このようにAJ-9677はKK-Ay/TAマウスにおいてインスリン感受性増強にもとづくインスリン抵抗性の改善作用を示した。

 AJ-9677は脂肪細胞の中性脂肪含量を低下し、そのサイズを小さくすることで白色脂肪組織の重量を低下させた。それにともない、TNF-αとレプチンの発現量はmRNAレベルおよび蛋白レベルにおいて著しく減少した。AJ-9677の反復投与により褐色脂肪組織のUCP-1 mRNAの発現量は2.5倍に増加し、白色脂肪組織のUCP-1 mRNAは20〜80倍に増加した。UCP-2 mRNAの発現量は正常マウスに比べてKK-Ay/Taマウスでは増加していた。AJ-9677は褐色脂肪組織においてさらにUCP-2 mRNAの発現量を増加させたが、白色脂肪組織においては減少させた。AJ-9677は褐色脂肪組織においてUCP-3 mRNAの発現量を変化させなかったが、副睾丸周囲白色脂肪組織においては減少させた。これらのうち、UCP-1 mRNAの結果はすでに報告されている他のβ3アドレナリン受容体作用薬(BRL 35135、CL 316,243)による報告と一致するが、UCP-2およびUCP-3 mRNAの結果はそれぞれ異なっており、統一的な結論は得られていない。これはβ3アドレナリン受容体作用薬のタイプや実験条件の違いによる問題であると考えられている。AJ-9677は腓腹筋においてはUCP-1、-2および-3 mRNAの発現量を増加させる作用は確認されなかった。しかし、KK-Ay/Taマウスの筋肉におけるこれらUCPファミリーの発現量は脂肪組織との比較において極めて低いことから、β3アドレナリン受容体作用薬の抗糖尿病作用に対する寄与は小さいと考えられる。一方、AJ-9677の投与により、白色脂肪組織、褐色脂肪組織および腓腹筋におけるGLUT4 mRNAは増加が認められ、白色脂肪組織および褐色脂肪組織においてはGLUT4蛋白の発現量も増加していた。さらにAJ-9677は白色脂肪組織の細胞膜上におけるGLUT4蛋白の発現量比率を増加させたことから、GLUT4蛋白の細胞膜上へのトランスロケーションも刺激したと考えられる。以上から、白色脂肪細胞の小型化はAJ-9677による脂肪分解の促進とUCP-1によるエネルギー消費の増大によるものであると考えられる。この白色脂肪細胞の小型化はTNF-αやFFAといったインスリン抵抗性因子の減少をもたらし、肥満糖尿病モデルのKK-Ay/Taマウスにおいてインスリン抵抗性を改善するものと考えられる。このようなAJ-9677の作用は既存のインスリン抵抗性改善薬(チアゾリジンジオン系薬剤)とは異なり、インスリン抵抗性と肥満を同時に改善する理想的な治療薬となる可能性がある。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、近年ますます増加傾向を示している2型糖尿病の治療薬を開発するために、エネルギー消費促進作用を有するβ3アドレナリン受容体作用薬であるAJ-9677のインスリン抵抗性改善作用とその機序を肥満糖尿病モデルのKK-Ay/Taマウスを用いて検討したものであり、下記の結果を得ている。

1.AJ-9677は反復投与によりKK-Ay/Taマウスの血漿中グルコース、インスリン、遊離脂肪酸および中性脂肪を著明に改善することが確認された。このときAJ-9677は摂餌量に影響をおよぼすことなく加齢に伴う体重増加を抑制した。また、反復投与後の糖負荷試験およびインスリン負荷試験において耐糖能改善およびインスリン感受性の増強が確認された。このことより、AJ-9677は肥満糖尿病モデルマウスに対して抗肥満および抗糖尿病作用を示し、インスリン感受性を改善することが示された。

2.AJ-9677は反復投与により褐色脂肪組織および白色脂肪組織における糖の取り込みを著明に増加させ、横隔膜においても糖の取り込みを増加させた。また、白色脂肪組織および横隔膜においてはインスリン作用による糖取り込みが増強されていることが確認された。さらに、AJ-9677の反復投与により白色脂肪組織における脂質合成と横隔膜におけるグリコーゲン合成が促進されていることが確認され、糖取り込みに対するインスリン作用に加えてこれらのインスリン作用も増強されていることが示された。

3.AJ-9677の反復投与後に摘出した白色脂肪組織を用いてインスリン受容体の結合試験を行ったところ、インスリン結合数が増加しており、これはインスリン受容体数の増加によるものであることが示された。すなわち、AJ-9677の反復投与によるインスリン作用の増強は、細胞膜上のインスリン受容体数の増加によりインスリンシグナル伝達が増加したことによるものであると考えられた。

4.AJ-9677の反復投与後に白色脂肪組織を摘出して中性脂肪含量の測定および組織学的検討をしたところ、AJ-9677は白色脂肪細胞の中性脂肪含量を低下し、白色脂肪細胞のサイズを小さくすることで白色脂肪組織の重量を低下させることが示された。また、AJ-9677の投与により白色脂肪組織中に一部褐色脂肪細胞と思われる細胞が確認された。

5.AJ-9677の反復投与後の白色脂肪組織におけるTNF-αおよびレプチンの発現量はmRNAレベルおよび蛋白レベルにおいて著しく減少していることが示された。すなわち、これらの発現量の減少がAJ-9677のインスリン抵抗性改善作用に関連していることが考えられた。

6.AJ-9677の反復投与により褐色脂肪組織および白色脂肪組織におけるUCP-1 mRNAの発現量は著しく増加しており、AJ-9677がエネルギー消費を増大させることが示された。しかし、筋肉におけるUCPsの発現量は増加しておらず、AJ-9677のエネルギー消費の促進作用に対する筋肉の寄与は小さいものであると考えられた。

7.AJ-9677の反復投与により褐色脂肪組織、白色脂肪組織および腓腹筋におけるGLUT4 mRNAの発現量は増加し、褐色脂肪組織および白色脂肪組織においては蛋白レベルにおいてもGLUT4の発現量が増加していることが示された。さらに白色脂肪組織では細胞膜におけるGLUT4蛋白の発現量比率が増加していることが示された。

 以上、本論文は肥満糖尿病モデルのKK-Ay/Taマウスにおいてβ3アドレナリン受容体作用薬であるAJ-9677が脂肪分解とUCP-1によるエネルギー消費を促進し、白色脂肪細胞を小型化することによって、TNF-αやFFAといったインスリン抵抗性因子の減少をもたらしてインスリン抵抗性を改善することを明らかにした。本研究は既存薬とは異なる新規な作用メカニズムを持つインスリン抵抗性改善剤の開発に重要であるとともにインスリン抵抗性のメカニズムのさらなる解明に貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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