学位論文要旨



No 215276
著者(漢字) 長山,人三
著者(英字)
著者(カナ) ナガヤマ,ヒトミ
標題(和) ヒト末梢血単球由来樹状細胞におけるインターロイキン12への反応性とインターロイキン12レセプターの発現
標題(洋) IL-12 responsiveness and expression of IL-12 receptor in human peripheral blood monocyte-derived dendritic cells.
報告番号 215276
報告番号 乙15276
学位授与日 2002.02.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第15276号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴田,洋一
 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 助教授 平井,久丸
 東京大学 助教授 佐藤,典治
内容要旨 要旨を表示する

緒言

 樹状細胞(以下DC)は生体の免疫系の一時応答に際して重要な役割を果たす抗原提示細胞である。樹状細胞などの抗原提示細胞から分泌されるインターロイキン-12(以下IL-12)は、分子量40kDと35kDの二種類のサブユニット二量体(ヘテロダイマー)からなるサイトカインで、脾臓などのT細胞やNK細胞からのインターフェロンγ(以下IFN-γ)を誘導するサイトカインとして知られている。CD4陽性

 今回私は、ヒト末梢血単球から顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(以下GM-CSF)とインターロイキン−4(以下IL-4)を用いてin vitroで誘導したDCが、IL-12に対するレセプターを発現していることを発見した。すなわち、IL-12の強力な産生細胞であるDC自身がIL-12の作用を受ける可能性が示唆された。そこで下流の刺激伝達系と遺伝子の転写・発現について検討を行った。

方法と結果

 IL-12のレセプターは、IL-6レセプタースーパーファミリーgp130と相同性が高いIL-12Rβ1とIL-12Rβ2の二種類のサブユニット二量体(ヘテロダイマー)が既知の中親和性レセプターとして同定されている。今回の実験では健常人ボランティア末梢血由来T細胞、マイトジェンConA刺激芽球、単球、単球由来DCについて抗ヒトIL-12Rβ1マウスモノクローナル抗体を用いて、フローサイトメトリーを行い、単球由来DCの細胞表面に、T細胞・ConA芽球同様、IL-12Rβ1分子が発言していることを確認した。ただし単球上にはIL-12Rβ1の発現は認めらなかった。また、その細胞内のメッセージに関してRT-PCR法を用いて解析を行い、これらいずれの細胞においてもIL-12Rβ1とIL-12Rβ2のmRNAが存在することを明らかにした。

 引き続き、このレセプターが機能的発現であればIL-12刺激の下流で何らかのサイトカインの転写が起こるはずであると仮定し、単球由来DCとIL-12の機能発現が確立している陽性対照のConA芽球において、未刺激及びIL-12刺激による種々のサイトカインmRNAの発現に関してRT-PCR法で検討を行った。その結果、単球由来DCはIL-12刺激でConA芽球同様、GM-CSF, IL-1β,IL-6, TNF-α,IFN-γmRNAの転写が起こることが示された(図1)。

 IFN-γは従来IL-12刺激により脾臓などのT/NK細胞から主に産生されると考えられていた。リンパ球由来mRNAの混入を除外するために、抗CD2と抗CD19のモノクローナル抗体によるネガティブセレクションで純化したDCの培養上清においてELISA法によりIFN-γの分泌を測定すると、単球由来DCでもConA芽球でも未刺激ではIFN-γ産生は認められなかったが、IL-12刺激で単球由来DCにConA芽球同等のIFN-γ分泌が認められた。

 次に機能的IL-12レセプターからの細胞内シグナルについて、免疫沈降・ウェスタンブロット法を用いて解析を行った。サイトカインレセプターからの刺激伝達系は蛋白燐酸化を介して情報が伝達される。IL-12刺激した単球由来DC抽出液をSDS-PAGEで電気泳動してPVDF膜にトランスファーし抗燐酸化チロシン抗体を用いてECL法にてHRP標識して燐酸化パターンを検討すると、単球由来DCではIL-12の濃度依存性に、燐酸化増強が認められた。また、この燐酸化蛋白パターンは対照ConA芽球の燐酸化パターンとは明らかに異なっていた。さらに単球由来DCにおいてIL-12刺激による蛋白燐酸化は、抗ヒトIL-12Rβ1マウスモノクローナル抗体の添加によって阻害された。

 T細胞やNK細胞におけるIL-12の細胞内情報伝達系において、レセプターと会合する燐酸化蛋白として、チロシン燐酸化酵素のJak2, Tyk2と転写因子Stat3, Stat4が知られている。なかでもStat4は既知のレベルでは他のリガンドが知られておらず、IL-12特異的に情報伝達と転写開始を行うことが知られている。単球由来DC細胞抽出物を、抗ヒトIL-12Rβ1マウスモノクローナル抗体を用いて免疫沈降を行い、各種燐酸化蛋白に対する抗体でブロッティングを行い、IL-12Rβ1と直接会合する分子を検討した。その結果、IL-12Rβ1のバンドに一致して、抗Jak2抗体、抗Tyk2抗体、抗Stat3抗体、及び抗Stat4抗体の標識が認められ、これら分子がIL-12Rβ1と直接会合していることが示された(図2)。

 次にこれらチロシン燐酸化酵素や転写因子がIL-12刺激にて燐酸化されるかどうかを検討した。IL-12刺激、及び未刺激DC由来細胞抽出物を抗Jak2・Tyk2・Stat3・Stat4抗体を用いて免疫沈降後、SDS-PAGEにて泳動を行いPVDF膜にトランスファー後、抗燐酸化抗体および抗Jak2・Tyk2・Stat3・Stat4抗体でブロッティングを行った。その結果、未刺激ではこれら分子の燐酸化は認められなかったが、IL-12刺激によりこれら分子の燐酸化が確認された。

 またIFN-γの産生刺激に関しては、チロシン燐酸化以外に、RAF/MAPキナーゼの関与が指摘されているが、代表的なRAF/MAPキナーゼであるp38mapkについて検討を行い、IL-12刺激によりp38mapkの燐酸化をウェスタンブロット法で確認した。またp38mapkの基質として知られるATF-2がIL-12刺激後p38mapkによって燐酸化されることをin vitroキナーゼアッセイにて証明した。

考察

ヒト末梢血単球由来DCを用いて以下の点が明らかになった。

1.FACS解析によるとDCはIL-12Rβ1を発現している。

2.RT-PCRでDCはIL-12Rβ1とIL-12Rβ2のmRNAを発現している。

3.IL-12刺激の下流の転写として、RT-PCRでGM-CSF, IL-1β, IL-6, TNF-α, IFN-γ, 及びIL-12p40のmRNAが検出された。ただし、IL-12p35は検出されなかった(図1)。

4.IFN-γについてはELISAでも蛋白レベルでの産生が確認された。

5.IL-12刺激によりDCの細胞内チロシン燐酸化が濃度依存性に惹起され、その際の燐酸化蛋白バンドは対照のConA芽球とはパターンが異なり、抗IL-12Rβ1抗体で阻害された。

6.IL-12Rβ1と会合する蛋白としてJak2, Tyk2, Stat3, Stat4が明らかになった。またIL-12R刺激でこれらチロシン燐酸化酵素・転写因子の燐酸化が惹起された(図2)。

7.IFN-γ産生の際に活性化されるとされるp38mapkもIL-12刺激で燐酸化され酵素活性もin vitroで確認された。

 以上の結果よりDCが機能的IL-12レセプターを発現していることが示された。

 項目1,2のIL-12Rβ1転写・発現に関して、T細胞、ConA芽球、DCではIL-12Rβ1mRNA発現とIL-12Rβ1の細胞表面発現とが相関していたのに対し、単球ではmRNAの発現が見られたのに細胞表面IL-12Rβ1の発現が欠損していた理由としては、転写以降の機序が関与していると考えられる。

 項目3のIL-12産生に関して、Grohmannらはマウスの系でIL-12刺激により、IL-12が産生されることからIL-12のautocrine loopを想定しているが、私の実験ではIL-12のp40サブユニットはmRNAが確認されたが、IL-12p35サブユニットmRNAは検出されなかった。LingらはIL-12p40サブユニットの二量体(ホモダイマー)は、機能的IL-12ヘテロダイマーに対してレセプターを競合阻害することを報告している。これら結果から、DCにおいてIL-12刺激はIL-12p40ホモダイマー産生刺激を介して自己抑制的に働くのではないかと推論した。

 また項目3,4のIFN-γ産生に関して、IFN-γが樹状細胞から分泌されることは、マウスでは知られていたが、ヒトの系で示されたのは世界で始めてである。すなわち、従来DCから産生されるIL-12によって脾臓などのT細胞・NK細胞からIFN-γが分泌されると考えられていたが、ヒト単球由来DCにもIFN-γ産生能があった。

結語

 以上の実験からヒト末梢血単球由来DCが機能的IL-12レセプターを発現し、IL-12刺激によりさまざまな生理活性を示すことが証明された。

 また 免疫系におけるDCの役割について、ヒト由来DCで初めてIL-12刺激によって(1)Th1サイトカインでそれ自身抗腫瘍・抗ウィルス活性をもつIFN-γの産生や、(2)自己抑制的に働くIL-12p40ホモダイマーの産生、などの新たな知見が得られた。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、ヒト免疫系において重要な役割を果たす抗原提示細胞である「樹状細胞」(以下DC)について、ヒト末梢血単球からサイトカインを用いて分化誘導した単球由来DCという再構成系を用いてその役割を明らかにしている。

 DCはランゲルハンスの記載による皮膚樹状細胞、いわゆる「ランゲルハンス細胞」の記載以降、長くその存在を知られながら、その詳細な生物学的性質が知られるようになったのは、比較的最近のことである。移植片の拒絶に重要な抗原提示細胞として認識されながら、存在の局在性と特殊性、絶対数の少なさ故に独立した存在としてのentityには未だに議論の有る所である。細胞免疫学、特にフローサイトメトリーの発達により細胞性質の決定や単離が容易になった1970年代にSteinmannとCohnがマウス脾臓由来DCを用いた研究を開始した時点から飛躍的にその研究が進むこととなった。

 しかしながら、その研究の殆どはマウスにおけるものが主流であり、ヒトにおけるDCの役割は未だに十分な理解のなされていない部分も多い。単球は高濃度のサイトカインGM-CSFとIL-4の存在下で、細胞表面形質・機能的には完全なDCに分化することがTedderらの報告以降明らかになっており、このようにin vitroでサイトカインにより誘導されたDCがin vivoで働くDCと細胞学的に同一であるかは議論の余地の有る所であるが、マウスとは趣を異にし不明の点の多いヒトにおいて再構成系でその役割を追求した点は、この論文の評価されるべき点である。

 従来インターロイキン12(以下IL-12)は、DCなどの抗原提示細胞から分泌され、主に脾臓などでT細胞やNK細胞に働き、Th1ヘルパー細胞やキラー細胞を誘導されるサイトカインとして認識されていた。この研究の独自性は、DC自身がIL-12のレセプターを発現し、IL-12がDC自身に働く点と、細胞内情報伝達系下流のサイトカイン転写、とりわけこれまでT細胞やNK細胞から分泌されることが知られていたIFN-γがDCからも大量に分泌されることを明らかにした点で新規性、独自性に優れていると考えられる。

 この研究はヒト末梢血単球由来DCに関して以下の点を明らかにしている。

1.フローサイトメトリー解析により単球由来DCが、T細胞・ConA芽球同様、細胞表面IL-12レセプターβ1鎖蛋白を発現していることを明らかにしている。一方、単球には細胞表面IL-12レセプターβ1鎖蛋白は発現が認められなかった。

2.IL-12で刺激したヒト末梢血単球由来DCから抽出したRNAを用いたRT-PCR法で、単球由来DCは、T細胞・ConA芽球同様、IL-12レセプターβ1鎖とIL-12レセプターβ2鎖mRNAを発現していること示している。一方、単球にはIL-12レセプターβ1鎖mRNAのみで、IL-12レセプターβ2鎖mRNAは発現が認められなかった。

3.ヒト末梢血単球由来DCにおけるIL-12刺激の下流の現象として、GM-CSF, IL-1β,IL-6, TNF-α,IFN-γ,及びIL-12p40遺伝子転写が検出された。ただし、IL-12p35の発現は低下していた。

4.IL-12刺激ヒト末梢血単球由来DCにおいて、IFN-γは培養上清を用いたELISA法でも蛋白レベルでの産生が確認された。

5.IL-12刺激により単球由来DCの細胞内チロシン燐酸化が濃度依存性に惹起され、その際の燐酸化蛋白は対照のConA芽球とはパターンが異なり、これら細胞内チロシン燐酸化は抗IL-12レセプターβ1鎖モノクローナル抗体で阻害された。

6.単球由来DCにおいてIL-12レセプターβ1鎖と会合する細胞内チロシン燐酸化蛋白としてJakファミリーのJak2, Tyk2, StatファミリーのStat3, Stat4が明らかになった。またIL-12刺激でこれらチロシン燐酸化酵素・転写因子の活性化が惹起された。ただし残念ながらこの研究では、新しいシグナル伝達系を担う分子の同定には至っていない。T細胞やNK細胞とは異なる刺激伝達系の存在を示すことが出来ればこの研究は新規性と独自性の点でもっと優れたものになっていたと考えられ、審査委員一同の意見・指摘事項としては、残念なところである。

7.IFN-γ産生の際に重要であるとされるp38mapkの活性化がIL-12刺激した単球由来DCで認められた。

 まとめると、これらの結果から免疫系におけるDCの役割について、内因性にIL-12を産生すると同時にDC自身も機能的IL-12レセプターを発現して複雑なサイトカインネットワークを構成しており、免疫系の恒常性維持と一次免疫反応の誘導に際し、重要な役割を果たすことが示唆される。本研究の評価すべき点として、IL-12の標的としてT細胞やNK細胞のみならず、ヒト末梢血単球由来DC自身がIL-12のレセプターを発現し機能している点と、細胞内情報伝達系下流のサイトカイン転写、とりわけこれまでT細胞やNK細胞から分泌されることが知られていたIFN-γがDCからも大量に分泌されることを明らかにした点で新規性、独自性に優れている。

 本研究が臨床に及ぼす意義として、ヒト末梢血単球由来DCの機能的活性化が、悪性腫瘍を対象とした免疫療法において重要であることから、臨床応用におけるDCの機能的活性化の方法を示唆している点が有用であると考えられる。これまでの研究から悪性黒色腫を含む担癌患者では、樹状細胞による抗原提示能が低下し、宿主の悪性腫瘍に対する免疫学的寛容が成立していること、逆の立場からいえば悪性腫瘍の免疫学的サーベイランスからのエスケープ現象が明らかになっている。さらに最近の臨床研究で、IL-12遺伝子導入DCが抗腫瘍特異的免疫の誘導に有効であるとの知見が得られている。今後、DCによるT細胞の活性化と抗体産生に及ぼす影響を詳細に研究することで、DCを使った腫瘍ワクチン療法を含めて、免疫が関与する疾患への臨床応用と新たな可能性が切り開かれることが期待され、この研究は学位授与に値すると考えられる。

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