学位論文要旨



No 215277
著者(漢字) 山崎,知子
著者(英字)
著者(カナ) ヤマサキ,トモコ
標題(和) 下垂体前葉濾胞星状細胞におけるカリウムチャネルと細胞機能について
標題(洋) K+ channels and cell functions in pituitary folliculo-stellate cells
報告番号 215277
報告番号 乙15277
学位授与日 2002.02.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第15277号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浅野,茂隆
 東京大学 教授 岩本,愛吉
 東京大学 教授 森本,幾夫
 東京大学 教授 飯野,正光
 東京大学 助教授 小池,和彦
内容要旨 要旨を表示する

 下垂体濾胞星状細胞(FS細胞)は多くの細胞突起を有しホルモン分泌細胞を取り囲むような形で存在している。これまでFS細胞は下垂体の支持細胞と考えられてきた。しかし最近、ホルモン分泌細胞のパラクリン的な調節など、新しい機能が明らかとなってきている。またFS細胞はS100蛋白やグリア線維性蛋白が陽性であることなど、中枢神経系のグリア細胞と類似した性質を有している。グリア細胞では、イオンチャネルや神経伝達物質の受容体の存在が報告されている。これらのチャネルなどは隣接する神経細胞の興奮性に直接影響を与え得るものであり、中枢神経系におけるグリア細胞の重要性が注目を集めている。下垂体のホルモン分泌細胞は神経細胞と同じようにカルシウム依存性の活動電位を示し、電位依存性チャネルから流入するカルシウムイオンがホルモン分泌に密接に関わっている。FS細胞はグリア細胞と類似しているが、イオンチャネルの解析はこれまで報告がなく、このイオンチャネルがどのような機能と関連しホルモン分泌細胞に影響を与えうるかについては検討されていない。よって本研究ではFS細胞のイオンチャネルを解析し(Part I)、これらと細胞機能、特に細胞増殖との関連について検討した(Part II)。

 (Part I)実験にはFS細胞の樹立細胞株であるマウスTtT/GF細胞を用い、チャネルの解析にはパッチクランプ法の変法であるホールセルクランプ法を用いた。TtT/GF細胞はその培養時の形態から、培養皿に強く付着して突起のある細胞と突起が無く付着の弱い円形の細胞とに区別され、さらにこれらの細胞が他の細胞と接触しているか否かに区別された。他の細胞と接触していない円形の細胞以外では、脱分極によって活性化される外向き電流が認められた。このことは細胞の接触状態がカリウム電流の発現に関与していることを示唆する。テール電流の反転電位からこの電流はカリウム電流であることが明らかとなった。細胞外のカルシウムイオンをコバルトイオンに置換したり、パッチ電極から細胞内にEGTAを作用させて細胞内カルシウムイオンをキレートしても、このカリウム電流は変化しなかった。よって遅延整流性カリウム電流であると結論された。チャネルの活性化、不活性化過程は一次対数式で近似でき、その時定数はグリア細胞やシュワン細胞のカリウム電流の時定数と類似していた。カリウムチャネル阻害剤である4−アミノピリジン(4AP)、テトラエチルアンモニウム(TEA)、バリウムはこの電流を抑制し、EC50はそれぞれ0.2mM,0.8mM,8mMであった。グリア細胞に見られる内向き整流性カリウム電流は認められず、電位依存性カルシウム、及びナトリウム電流も認められなかった。FS細胞の静止膜電位は-30〜-50mVの間にあり、カリウムチャネルの閾値に非常に近い値であった。以上よりTtT/GF細胞には細胞の接触状態により変化する遅延整流カリウムチャネルが存在し、これはTEAや4APによって抑制されることがわかった。よって膜電位の変化がカリウムチャネルの透過性を変え、隣接するホルモン分泌細胞に影響を与えることが示唆された。

 (Part II)次にカリウムチャネルと細胞の機能、特に細胞増殖について検討した。TtT/GF細胞以外に下垂体ホルモン分泌細胞であるラットGH3細胞とマウスAtT-20細胞を用い比較検討した。TEAと4-APを作用させたところ、TEAにより用量依存性にTtT/GF細胞とAtT-20細胞の増殖が抑制された。EC50はそれぞれ5mM,1.2mMであった。4-APはAtT-20細胞の増殖を用量依存性に抑制し、EC50は1.2mMであった。TEA、4-APはGH3細胞の増殖にはほとんど影響を与えなかった。細胞周期の解析では、TEAによりTtT/GF細胞とAtT-20細胞にG0/G1期停止が起こることが明らかとなった。さらにアポトーシスについても検索したが、TEAによりAtT-20細胞にアポトーシスが誘導されることが判明した。よってTEAはTtT/GFとAtT-20細胞にG0/G1期停止やアポトーシスを起こして細胞増殖を抑制すると結論され、4-APによるAtT-20細胞の増殖抑制はこれ以外の機序によると考えられた。GH3細胞とAtT-20細胞のカリウム電流に対するTEAと4-APの効果を検討したが、TEAがより効果的にカリウム電流を抑制した。EC50はそれぞれ2.5mMと1.6mMであった。4-APはいずれの細胞においても著明な電流抑制効果を示さなかった。TEAや4-APによるカリウム電流抑制は細胞増殖抑制とは十分一致しなかったため、カリウムチャネルのサブタイプをRT-PCRにより検索した。その結果TtT/GF細胞ではKv1.2とKv2.1が、GH3細胞ではKv1.4、Kv1.5、Kv2.1が、AtT-20細胞ではKv1.2とKv1.3が認められた。TtT/GF細胞とAtT-20細胞ではKv1.2が共通しており、よってKv1.2が増殖に関与している可能性が示唆された。以上よりTtT/GF細胞ではTEAによって細胞増殖が抑制され、その機序としてはG0/G1期停止を起こすことが明らかになった。カリウムチャネルのサブタイプとしてはKv1.2が関係している可能性が示唆された。Kv1.2はこれまでに細胞内情報伝達系との関連が示唆されており、TtTの増殖調節においても同様の機序が考えられる。

 本論文の結果よりグリアと神経細胞の関係同様に、FS細胞と内分泌細胞との間にイオンチャネルによる調節が関与している可能性があること、イオンチャネルは従来考えられていた「単なるイオンの通路」ではなく、細胞機能調節の上でも重要な役割を有すると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、これまで下垂体の支持細胞と考えられてきた下垂体濾胞星状細胞(FS細胞)の樹立細胞株であるマウスTtT/GF細胞を用いて、FS細胞のイオンチャネルを解析し、これらと細胞機能、特に細胞増殖との関連について検討したものであり、下記の結果を得ている。

1.TtT/GF細胞をその培養時の形態から、培養皿に強く付着して突起のある細胞と突起が無く付着の弱い円形の細胞とに区別し、さらにこれらの細胞が他の細胞と接触しているか否かに分類した。他の細胞と接触していない円形の細胞以外では、脱分極によって活性化される外向き電流が認められ、薬理学的あるいは動力学的特徴から遅延整流性カリウム電流であると結論された。孤立した円形の細胞ではこのチャネルは認められなかった。以上よりTtT/GF細胞にはTEAや4APによって抑制される性質を有し、細胞の接触状態により変化する遅延整流カリウムチャネルが存在することが明らかになった。

2.TtT/GF細胞以外に下垂体ホルモン分泌細胞で遅延整流性カリウムチャネルを有するラットGH3細胞とマウスAtT-20細胞を用い、MTT法を用いてTEA・4APによる細胞増殖抑制について比較検討した。TEAでは用量依存性にTtT/GF細胞,AtT-20細胞が増殖抑制され、4APではAtT-20細胞のみ増殖抑制が認められた。GH3細胞ではTEAや4APによる増殖抑制は認められなかった。細胞周期の解析では、TEAによりTtT/GF細胞とAtT-20細胞にG0/G1期停止が起こることが明らかとなった。またアポトーシスについての検索では、TEAによりAtT-20細胞にアポトーシスが誘導されることが判明した。以上よりTEAはTtT/GFとAtT-20細胞にG0/G1期停止やアポトーシスを起こして細胞増殖を抑制すると結論され、4-APによるAtT-20細胞の増殖抑制はこれ以外の機序によると考えられた。

3.各細胞におけるTEA及び4APによるカリウム電流抑制は細胞増殖抑制とは十分一致しなかったため、各細胞のカリウムチャネルのサブタイプをRT-PCR法により検索した。TtT/GF細胞とAtT-20細胞ではKv1.2が共通しており、これらの細胞の増殖にはKv1.2が関与している可能性が示唆された。以上よりTtT/GF細胞ではTEAによって細胞増殖が抑制され、その機序としてはG0/G1期停止を起こすことが明らかになった。カリウムチャネルのサブタイプとしてはKv1.2が関係している可能性が示唆された。Kv1.2はこれまでに細胞内情報伝達系との関連が示唆されており、TtT/GF細胞の増殖調節においても同様の機序が考えられる。

以上、本論文はグリアと神経細胞の関係同様に、下垂体濾胞星状細胞と内分泌細胞との間にイオンチャネルによる調節が関与している可能性があり、イオンチャネルが従来からの「単なるイオンの通路」としてのみならず、細胞機能調節の上でも重要な役割を有することを指摘したものであり、間質系細胞におけるイオンチャネルの細胞調節機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

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