学位論文要旨



No 215278
著者(漢字) 尾花,和子
著者(英字)
著者(カナ) オバナ,カズコ
標題(和) 小児悪性固形腫瘍におけるp16INK4A、p19ARF、p15INK4Bの解析と臨床像
標題(洋)
報告番号 215278
報告番号 乙15278
学位授与日 2002.02.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第15278号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 教授 上西,紀夫
 東京大学 助教授 矢野,哲
 東京大学 講師 小林,美由紀
内容要旨 要旨を表示する

a.研究の目的、背景

 小児悪性固形腫瘍のうち神経芽腫、Ewing肉腫、横紋筋肉腫は、病理組織学的には小円形細胞腫瘍を呈し、しばしば鑑別が困難であり、進展例は治療に抵抗し、予後が不良であることが多い。その発生や進展に染色体転座やがん遺伝子、がん抑制遺伝子の異常の関与が成人の癌の場合にみられるような役割をになっているのかどうか注目されている。

 サイクリン/サイクリン依存性キナーゼ(CDK)インヒビターのp16INK4A(p16)、p15INK4B(p15)遺伝子と、同じ9p21に座位しp16のalternative splicingにより異なる転写経路をもつp19ARF(p19)遺伝子は、急性白血病や成人の腫瘍などでの発現の異常が報告されており、がん抑制遺伝子と考えられている。これらの遺伝子の発現異常の機構については、ホモ接合体欠失や、点変異、小領域の欠失、遺伝子のメチル化などさまざまなものがあり、異常の頻度やタイプに臓器、組織特異性があることも明らかになっている。

 神経芽腫では9pのホモ接合体欠失が約40%に報告され、共通欠失領域は9p21とされた。本研究では9p21に座位するp16、p15、p19の発現の異常について小児小円形細胞腫瘍である神経芽腫、Ewing肉腫、横紋筋肉腫の細胞株と新鮮腫瘍について検索し、臨床像との関連も検討した。

b.研究材料と方法

 培養細胞株として神経芽腫細胞株17株、Ewing肉腫細胞株8株、横紋筋肉腫細胞株7株を使用した。新鮮腫瘍検体は、神経芽腫31例、Ewing肉腫5例、横紋筋肉腫12例を用いた。正常controlとして、健常成人10例のリンパ球を用いた。

 すべての細胞株および新鮮腫瘍検体から抽出したtotal RNAよりp16、p19、p15遺伝子の発現を、reverse transcription-polymerase chain reaction(RT-PCR)法で検討した。p16遺伝子とp19遺伝子についてはsense primerはp16とp19それぞれに特異的に、antisense primerはp16とp19の共通のなるように設定した。p15遺伝子についてはsense primerをexon 1に、antisense primerをexon 2に設定した。

 検体中DNAを抽出しえた細胞株23株、および新鮮腫瘍検体24例について、上記PCR産物を[α-32P]dCTPでラベルしプローブとして用い、p16とp19のSouthern Blottingを行った。

 RT-PCR法でp16遺伝子の発現の異常のみられた細胞株10株ついて、Southern Blottingにて5' CpG islandのメチル化の検索を行った。また、そのうち7株については、Western Blottingにてp16タンパクの発現を検討した。

c.結果

 RT-PCR法を用いた検索の結果、p15については、神経芽腫、Ewing肉腫、横紋筋肉腫の細胞株、新鮮腫瘍のすべての検体に発現がみられた。

 p16とp19についてRT-PCR法を用いた検索の結果、神経芽腫細胞株では12%(2/17)、Ewing肉腫細胞株では50%(4/8)、横紋筋肉腫細胞株では43%(4/7)にp16、p19の発現の異常がみられた。Southern blottingでは、すべての検体でp16とp19がともに欠失した株や再構成した株は認めなかった。p16の発現の異常がみられた神経芽腫1株、Ewing肉腫2株、横紋筋肉腫1株にp16のDNAのメチル化を認めた。また、Western blottingでは、p16の発現の異常がみられた7株はいずれもp16タンパクの発現はみられなかった。

 新鮮腫瘍におけるp16とp19の発現については、神経芽腫では16%(5/31)、Ewing肉腫では80%(4/5)、横紋筋肉腫では、83%(10/12)にp16、p19の発現の異常がみられ、神経芽腫、Ewing肉腫では予後不良のものが多く見られた。これらの3腫瘍の新鮮腫瘍検体のSouthern blottingではすべてにp16とp19の欠失や再構成は認めなかった。

d.考案

 本研究において、神経芽腫では細胞株におけるp16の発現の異常は低頻度であったが、そのうち1株がメチル化によるものであった。一方、腫瘍の臨床材料におけるp16遺伝子の発現の異常は細胞株の発現異常とほぼ同等あったが、特に予後不良例との関連が考えられた。

 Ewing肉腫や横紋筋肉腫でのp16の発現の異常はこれまで報告されていない。本研究では細胞株ではEwing肉腫、横紋筋肉腫に神経芽腫より高頻度にp16の発現の異常がみられ、新鮮腫瘍ではEwing肉腫、横紋筋肉腫とも80%以上の発現の異常がみられた。Ewing肉腫2株、横紋筋肉腫1株にp16のメチル化がみられたことから、これらの腫瘍もp16の発現の異常は一部ではメチル化が関与しているものと考えられた。これらの結果からは、神経芽腫においては一部にp16遺伝子の発現の異常がみられるものの、神経芽腫の発生や進展などの病態に大きく関わっている可能性は少ないと考えられるが、Ewing肉腫、横紋筋肉腫ではp16の発現の異常の頻度は高く、特に新鮮腫瘍については、発生や進展に関与する癌抑制遺伝子として働いている可能性も示唆された。

 p15については今回検討した細胞株と新鮮腫瘍の全検体に発現がみられ、神経芽腫、Ewing肉腫、横紋筋肉腫における発現異常は認められなかった。

 p19については、神経芽腫では10%〜12%に発現異常がみられ、p16の異常にともなわないものもみられた。一方、Ewing肉腫では細胞株で38%、新鮮腫瘍で80%に発現の異常がみられ、横紋筋肉腫細胞株でも43%、新鮮腫瘍は75%と、やはりp16の発現異常と同様に高頻度に発現の異常がみられた。p19の発現を調節している機序については、欠失や再構成はみられず、メチル化などの有無も明らかになっていない。しかし全体として、Ewing肉腫、横紋筋肉腫ではp16とp19はともに発現異常の頻度は高く、特に新鮮腫瘍については、発生や進展に関与する可能性が示唆された。

e まとめ

 9p21に座位するp16INK4A(p16)、p15INK4B(p15)およびp19ARF(p19)遺伝子の変異については造血器腫瘍や成人の癌ではすでに多くの報告がなされており、p16、p15はRB遺伝子を介して、またp19遺伝子はp53遺伝子を介したがん抑制遺伝子として癌化の鍵を握る遺伝子群と考えられている。本研究で、Ewing肉腫、横紋筋肉腫では腫瘍の発生や進展に関与する可能性も示唆された。神経芽腫については新鮮腫瘍の進展例でp16、p19遺伝子発現の異常と予後不良例との関連が考えられた。これらの三腫瘍はいずれも病理組織学的には小円形細胞腫瘍を呈し、しばしば鑑別が困難であるが、腫瘍発生や進展についても異なる腫瘍であるということがいえる。今後さらに対象数を重ね、また、腫瘍の進展とともに遺伝子異常が変化していくかどうかなどの検討によって、p16とp19遺伝子の異常と、Ewing肉腫、横紋筋肉腫、そして神経芽腫の予後との関係を明らかにしていくことが望まれる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は9p21に座位するがん抑制遺伝子のp16INK4A(p16)、p15INK4B(p15)、p19ARF(p19)遺伝子の発現の異常について小児悪性固形腫瘍である神経芽腫、Ewing肉腫、横紋筋肉腫の細胞株と新鮮腫瘍について検討したものであり、下記の結果を得ている。

1.神経芽腫細胞株17株、新鮮腫瘍31例、Ewing肉腫細胞株8株、新鮮腫瘍5例、横紋筋肉腫細胞株7株、新鮮腫瘍を12例を用いて、RT-PCR法によりp16、p15、p19遺伝子の発現を検討した。p16の発現の異常については、神経芽腫では細胞株における発現の異常は12%と低頻度であったが、そのうち1株がメチル化によるものであった。一方、神経芽腫の新鮮腫瘍におけるp16遺伝子の発現の異常は13%で細胞株とほぼ同等あったが、進行例のみに異常がみられ、p16遺伝子の発現の異常は神経芽腫の発生や進展などの病態に大きく関わっている可能性は少ないと考えられるが、予後不良例との関連が示唆された。

 Ewing肉腫や横紋筋肉腫でのp16の発現の異常はこれまで報告されていない。本研究では細胞株ではEwing肉腫は50%、横紋筋肉腫は43%という高頻度でp16の発現の異常がみられた。新鮮腫瘍ではEwing肉腫、横紋筋肉腫とも80%以上の発現の異常がみられた。このうち、Ewing肉腫2株、横紋筋肉腫1株にp16のメチル化がみられた。以上より、Ewing肉腫、横紋筋肉腫ではp16の発現の異常の頻度は高く、特に新鮮腫瘍については、発生や進展に関与するがん抑制遺伝子として働いている可能性も示唆された。

2.p15については今回検討した細胞株と新鮮腫瘍の全検体に発現がみられ、神経芽腫、Ewing肉腫、横紋筋肉腫における腫瘍の発生や進展に関与している可能性が少ないことが示唆された。

3.p19については、p16のalternative reading frameという構造の特異性から、p16の異常に関連するものとそうでないものに注目している。神経芽腫では細胞株で12%、新鮮腫瘍で10%にp19の発現異常がみられ、p16の異常をともなわないものもみられた。一方、Ewing肉腫では細胞株で38%、新鮮腫瘍で80%に発現の異常がみられ、横紋筋肉腫細胞株でも43%、新鮮腫瘍は75%と、やはりp16の発現異常と同様に高頻度に発現の異常がみられた。p19の発現を調節している機序については、欠失や再構成はみられず、メチル化などの有無も明らかになっていない。しかし全体として、Ewing肉腫、横紋筋肉腫ではp16とp19はともに発現異常の頻度は高く、特に新鮮腫瘍については、発生や進展に関与する可能性が示唆された。

 以上、本論文は小児悪性固形腫瘍である神経芽腫、Ewing肉腫、横紋筋肉腫においてp16、p15およびp19遺伝子の発現異常を解析することにより、これら三腫瘍でのp16、p19遺伝子の発現異常を明らかにした。特にEwing肉腫、横紋筋肉腫ではp16、p19遺伝子の発現異常は腫瘍の発生や進展に関与する可能性も示唆された。本研究では、これまでほとんど解析されていなかったがん抑制遺伝子の小児悪性固形腫瘍の発生、進展における機序の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク