学位論文要旨



No 215279
著者(漢字) 保坂,亨
著者(英字)
著者(カナ) ホサカ,トオル
標題(和) 長期欠席・不登校から学校教育を考える
標題(洋)
報告番号 215279
報告番号 乙15279
学位授与日 2002.02.27
学位種別 論文博士
学位種類 博士(教育学)
学位記番号 第15279号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 近藤,邦夫
 東京大学 教授 佐藤,学
 東京大学 助教授 志水,宏吉
 東京大学 教授 衞藤,隆
 東京大学 教授 亀口,憲治
内容要旨 要旨を表示する

 本研究の目的は、(1)長期欠席・不登校といわれる子どもたちの実態を明らかにすること、(2)その実態に基づいて長期欠席・不登校をめぐる学校環境を探索すること、(3)それらをふまえて、すなわち長期欠席・不登校を切り口として学校教育を見直すこと、の3点にある。以下に、全9章(序章、第I部:第1・2章、第II部:第3・4章、第III部:第5・6・7章、終章)の内容を要約する。

 まず序章では、これまでの不登校研究の問題点を以下4点に整理したうえで上記の3つの目的を提示した。(1)学校基本調査に代表される文部省の基本統計は不登校の実態を正確に反映していないという疑義がしばしば提起されてきたが、その数値が学校現場でどのような手続きを経て出てきたものかという点まで踏み込んで検討した研究がない。(2)多くの事例研究が示す年度を越えた長期の不登校の実態があるにもかかわらず、これらの基本統計の中にいったん不登校になったものがその後年度を越えてどうなっているのかという追跡調査がない。(3)こうした基本統計への疑問がありながら、従来の研究はそれに依存したマクロな社会学的研究と相談現場からのミクロな個別事例的研究に両極化しており、その間を埋めるべき不登校と学校環境に関する実証的研究が不足している。(4)とりわけその中でも不登校に対する学校全体の取り組みをさまざまな角度から緻密に検討した学校の事例研究がまったくない。次いで、学校には個々の子どもの発達という視点が欠けているのではないかという疑問(=学校教育の中における子どもの発達という視点の重要性)を指摘し、同時に本研究が教員が学校の中で行っている営みの中核はそうした子どもの発達援助・促進であるという学校臨床の発想を基本的スタンスとすることを明示した。そのうえで文部省調査が示す具体的なデータ(1999年度の「学校ぎらい」から「不登校」への変更にともなう見せかけの増加、1991年度以降の学校復帰率の低下および1993年度以降の前年度から不登校を継続しているものの減少)への疑問を提出し、先の4つの問題点を先行研究と関連づけて再確認したうえで本研究の目的を明らかにした。

 第I部は目的(1)に対応した実態調査にあたる。まず第1章では、学校基本調査に代表される基本統計が実態を正確に反映していないという疑問を解明するために本研究で行った調査を示した。上記の基本統計の数値が生み出される過程を辿り直して、ある市の全公立小・中学校(約170校)における長期欠席者(年間30日以上欠席した全児童・生徒約14000人)の欠席理由および学級担任の指導記録を9年間(1989-97年度)にわたって点検した。その結果、文部省調査の「学校ぎらい」に加えて学校からは長期欠席の理由が「病気」と報告されているものの中に神経症型不登校(狭義の登校拒否)、「経済的理由」「その他」と報告されているものの中に脱落型不登校(家庭の養育能力や学力に問題があり広く学校文化から脱落する形で長期欠席に至る子どもたち)が含まれていることが確認された。1994年度データでいえば「学校ぎらい」に加えて小中学校ともに長期欠席の約2割が本調査で不登校と判定され、それは文部省に報告された「学校ぎらい」の数値と比較すると小学校約2.3倍、中学校1.4倍になった。さらに、ぜんそくや身体虚弱(風邪・腹痛)等と報告されている子どもたちの多くに不登校の可能性を見いだすことができ、はっきりと不登校ではないと判定できるものはわずかに2.9%にすぎなかった。本調査のこの結果をふまえて不登校を長期欠席全体から見ることを提言した。

 次に第2章では、その結果に基づき1989-97年度にかけての長期欠席者の追跡調査を示した。この9年間に2年連続30日以上の長期欠席者が小・中学校ともに増加しており、文部省調査とは異なる結果が示された。また、3年連続30日以上の長期欠席者もこの9年間に増加しており、とりわけ中学校では倍増という深刻な状況が明らかになった。そして、長期欠席の増加をみる際には、こうした連続長期欠席者に注目し、学年別に縦断的にとらえる視点(学年を追っての増加傾向)が必要であり、そうした分析からも中学校の不登校問題が深刻であることを指摘した。

 第II部(第3・4章)および第III部(第5・6・7章)は目的(2)に対応し、上記で深刻さを指摘した中学校の長期欠席・不登校をめぐる校環境の探索になる。第3章では、第I部の結果に基づき同市内中学校において長期欠席と学校規模等との関連を調べたが有意な相関はみられなかった。次に、各中学校ごとに4年間の長期欠席の出現率の変動を調べた。その結果、学校によっては同一通学地域にもかかわらずその変動が大きいことから学校環境を検討する必要性を確認した。続いて、その中の長期欠席の多い学校(A中学校)と少ない学校(B中学校)を取り上げて、生徒たちの学校生活についてのアンケート調査を比較した。その結果、長期欠席が多い学校では不登校予備群(年間15日以上30日未満の欠席)や、グレーゾーン(登校回避感情を含め多くの不適応を示すもの)の生徒が多く、それに関連する学校要因として友人関係や教員と生徒の関係に代表される学校の指導体制があることを指摘した。

 さらに第4章では、長期欠席の問題に取り組んだふたつの中学校を取り上げ、その具体的実践を検討した。まず、第3章で取り上げたA中学校では、脱落型不登校が学年が上がるにつれて増加しており、その原因が学校文化と家庭の教育戦略の不適合と若い教員が多いという教員構成の問題と結びつけて考察された。ここでは相談教室(教室外登校)を中心に取り組んだ実践が検討されたが、その対症療法的限界が指摘された。次に、Y中学校の実践においては、児童生徒数の激増(小1で1クラスであった学年が中3で8クラスにまで増大)と長期欠席の増加の関連が指摘され、不登校生徒への個別の教育相談活動(治療的介入)に加え、学力不振児への学習指導や学級内の係活動の充実などさまざまな学級活動が展開された。その中での3人の生徒に対する教員の具体的な関わりについての事例検討から、学習の遅れに対する援助や友人関係への配慮など教員の日常的関わりが不登校への予防的介入として有効性であることが考察された。同時に、そうした実践をささえたものとして教員組織のまとまりが指摘された。

 第III部においては、不登校を長期欠席全体から見直した第I部と第II部の結果をふまえて、長期欠席の学校要因として、学校の位置付け(第5章)、学校環境の流動性(第6章)、子どもの仲間関係(第7章)という3つの要因が検討された。

 第5章では、長期欠席増加の背景として「学校は行かなくてはならない」という文化的規範(学校の絶対的イメージ)が消えつつある中で子どもたちが「なぜ学校に行って学ぶのか」という「本質的な問い」を持たざるを得ない現状が議論され、それが脱落型不登校の増加につながっている可能性が要因として考えられた。そして、この脱落型不登校予備群の子どもたちへの学力補償に焦点をあてた援助が不登校への予防的介入になることを指摘した。

 第6章では教員の異動と学校規模という観点から人的条件としての学校環境の流動性が議論された。生徒数500人以上の学校規模と頻繁な教員の異動という要因が、教員をまとまりにくくさせ、教師−生徒関係を希薄にさせる要因として指摘された。これが結果として生徒への指導に影響することにより生徒指導上の困難さが増すことが長期欠席につながる要因と考えられ、長期欠席が増加した1980年代に大規模校が出現したことや、それに伴う学校増設による学校分離、同一校勤務条件の厳守や育児休業法の導入による教員の異動サイクルが早くなったことが指摘された。

 さらに第7章では、長期欠席=仲間関係からの脱落という視点から、児童期から思春期にかけての仲間関係の発達が検討された。ここでは、同一行動を特徴とする児童期後半のgang-group、同一言語を特徴とする中学生のchum-group、異質性を認め合う高校生のpeer-groupという仮説的な枠組みから議論された。とりわけその変質(gang-groupの消失、chum-groupの肥大化、peer-groupの遷延化)がいじめなど対人関係のトラブル増加やそこからくるストレスの増加を招いていることが指摘された。さらに、発達加速化現象による穏やかな前思春期の侵食(短縮)と、小学校から中学校への環境移行が重なることによって、仲間関係の持つ治療的な力、あるいは発達促進的な動力をうまく引き出すだけの準備(精神的な成熟さ)が十分に整わないことが、小学校から中学校にかけて激増する長期欠席の背景にあると考えられた。

 終章は目的(3)に対応し、ここまで展開してきたデータとそれに基づく議論を要約したうえで、学校教育に関する臨床的研究としての本研究の意義を以下6点にまとめた。(1)不登校の実態を予備群を含めた長期欠席全体の中で明らかにしたこと。(2)長期欠席・不登校問題を学校・教室という場においてとらえるために学校システム全体の事例研究を行ったこと。(3)予防的介入としての教員の日常的な関わりの重要性を明らかにしたこと。(4)チームとしての教員集団(同僚性の形成とその中核的存在)の重要性を指摘したこと。(5)それを阻害する要因としての教員の異動問題(学校環境の流動性)を取り上げたこと。(6)現在進んでいる学校改革の中で人的配置の問題について地域特性に合った各学校単位の議論の必要性を指摘したこと。

審査要旨 要旨を表示する

 我が国における不登校論議は、従来、主に「学校基本調査」(文部省)の数値をもとに展開されて来たが、その数値が実態を正確に反映しているかについては、しばしば疑義が呈されてきた。本研究は、先ず、この調査の正確性を、ある市の全公立小・中学校の長期欠席者全員の指導記録の点検を通して綿密に検討し、その過程で得られた新しいデータをもとに、長期欠席・不登校と学校環境との関連の解明及び長期欠席・不登校を切り口にした学校教育の再吟味を行ったものである。

 まず序章で、これまでの不登校研究の問題点と本研究の目的を提示した上で、第1部、第1章では、ある市の全公立小・中学校(約170校)における長期欠席者全員(約14000人)の学級担任の指導記録を9年間(1989-97年度)にわたって点検し、不登校児童・生徒数の実態が「学校基本調査」の数値よりもはるかに多く、また、長期欠席全体の数が不登校の実態を反映したデータに近いことを指摘し、第2章では、長期欠席者の追跡調査の結果をもとに、連続長期欠席者が(文部省調査とは逆に)増加しているという深刻な実態を明らかにしている。

 第2部では中学校の長期欠席・不登校の出現率と学校環境の関連を探究し、先ず、第3章では、長期欠席の出現率が学校環境の特徴と深く関連していることを事例をあげて明らかにし、第4章では、長期欠席の問題に取り組んだ二つの中学校を取り上げ、教員間の同僚性の形成をもとに、不登校生徒への教育相談活動、学習不振児への学習指導、学級活動の活性化等を含む包括的な学校改革を行った学校において、不登校問題への取り組みの効果も高いことを明らかにしている。

 第3部では、長期欠席の要因として、学校の位置付け(第5章)、学校環境の流動性(第6章)、子どもの仲間関係(第7章)の3つの要因を取り上げて、長期欠席の背景を検討し、学校の聖性・自明性の喪失と脱落型不登校の増加、教員の異動のサイクルと長期欠席・不登校の出現率の関係、仲間関係の形成に関する子どもの発達的様相の変化等の観点から長期欠席の増加の背景を考察している。

 本研究は、長期欠席・不登校の実態を大規模且つ綿密な調査によって明らかにし、且つ長期欠席者と学校環境との関係の探究を行った、我が国で初めての本格的な調査研究である。特に、綿密な調査をもとに、実質的には長期欠席者全体を不登校と見なすべきであるという観点を提起し、長期欠席者の出現率と学校環境の関係や、不登校問題への取り組みの有効性を個別事例に即して明らかにした点で、不登校問題に関する貴重な知見を提供している。よって、本論文は博士の学位の水準を満たすものとして評価された。

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