学位論文要旨



No 215280
著者(漢字) 村松,憲
著者(英字)
著者(カナ) ムラマツ,タダシ
標題(和) 筋収縮による筋腱複合体の形状変化
標題(洋) Deformation of muscle-tendon unit upon contraction : in vivo approach in humans
報告番号 215280
報告番号 乙15280
学位授与日 2002.02.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 第15280号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福永,哲夫
 東京大学 教授 大築,立志
 東京大学 教授 石井,直方
 東京大学 助教授 金久,博昭
 東京大学 助教授 川上,泰雄
内容要旨 要旨を表示する

第1章[序章]

 筋収縮に伴い、筋腱複合体[筋線維(筋束)、腱膜、腱]各部位の形状が変化することは、これまで多くの研究が、主として動物実験を通して報告してきた。形状と機能は密接な関係にあり、従って収縮に伴う形状変化のメカニズムに関する理解は、身体運動を理解する上で不可欠である。これまでのヒト生体を対象とした研究では、筋腱複合体の中のごく一部の形状変化を観察するにとどまっており、筋腱複合体各部位の、収縮に伴う形状変化に関する知見は、極めて限定されている。そこで本研究は、収縮に伴う筋腱複合体各部位(腱、腱膜、筋束)の形状変化を詳細に測定し、その結果が筋腱複合体全体においてもつ意義について検討することを目的とした。

第2章[研究1:収縮に伴う腓腹筋内側頭遠位腱および深部腱膜の形状変化]

 これまでヒト生体において、収縮に伴う腱と腱膜それぞれの形状変化(伸張)について検討した研究は殆どない。また、腱膜内に伸張率の部位差が存在するかどうかについても殆ど知見が得られていない。本章においては、ヒト生体の腓腹筋内側頭の遠位腱(アキレス腱)および深部(遠位)腱膜の、等尺性収縮に伴う伸張率を測定した。被検者は健常成人男性7名で、安静状態から、最大随意収縮の90%を越える強度まで随意的に徐々に発揮トルクを上昇させた。膝関節は伸展位、足関節は90度に固定した。この時、超音波装置を用い、腱組織上の3点(筋腱接合部、筋腹中央部、筋腹近位部)の移動量を各トルクレベルにおいて測定した。また、力発揮中に足関節角度の変化を高速度カメラで測定することにより、動力計のたわみや、動力計と足部のずれを補正した。更に、安静状態における腱組織の伸張量を補正した。この結果、等尺性収縮中に、1)アキレス腱は5.1%、深部腱膜は5.9%伸張した、2)アキレス腱と腱膜の伸張率に差が認められなかった、3)腱膜内に、伸張率の部位差が認められなかった。以上のことから、力発揮に伴って、腓腹筋内側頭の遠位腱組織が、均一に伸張している可能性が示唆された。

第3章[研究2:収縮に伴う前脛骨筋深部および浅部腱膜の形状変化]

 これまで、ヒト生体において、収縮に伴う浅部腱膜の形状変化に関する定量的な報告は皆無である。本章においては、ヒトの前脛骨筋を対象に、深部および浅部腱膜が、等尺性収縮に伴いどの程度伸張するのか、という点について検討した。7名の被検者を対象に、超音波装置を用いて腱膜の伸張量を測定した。その結果、深部腱膜と浅部腱膜はそれぞれ、最大で3.3%,3.0%伸張していることが明らかとなった。両者の間に差は認められなかった。また、深部腱膜と浅部腱膜の伸張率の間に相関関係が認められた。以上のことから深部腱膜と浅部腱膜とが協働して弾性要素として機能していることが示唆された。

第4章[研究3:収縮に伴う腓腹筋内側頭浅部腱膜の形状変化・筋モデルの構築]

 第2章において、ヒト生体の腓腹筋内側頭の遠位腱(アキレス腱)および深部腱膜の、収縮に伴う形状変化について検討したが、本章においては、腓腹筋内側頭の浅部腱膜が収縮に伴ってどの程度伸張するのか、という点について考察した。更に、その結果と第2章の知見を合わせることにより、ヒト生体の腓腹筋内側頭の収縮モデルを構築した。第2章と同一の被検者7名に対して実験を行った結果、腓腹筋内側頭の浅部腱膜は、最大で5.6%伸張した。第2章で明らかにした深部腱膜の伸張率との差は認められなかった。このことは、深部腱膜と浅部腱膜が収縮に伴って同程度に伸張していることを意味している。また、浅部腱膜に伸張率に関する部位差はみられなかった。そこで腓腹筋内側頭のモデルを構築して考察した結果、深部腱膜と浅部腱膜が同程度に伸張することが、収縮に伴う筋束の短縮量が筋内で均一となることに貢献していることが示唆された。

第5章[研究4:収縮に伴う腓腹筋内側頭の筋束長変化とその部位差]

 ヒトの腓腹筋内側頭の遠位、中央、近位に位置する筋束の長さに部位差が認められるかどうかについて、安静時と収縮時に関して測定を行った。7名の健常成人男性に対して、超音波装置を用いて筋束長を測定した。その結果、最大等尺性収縮に伴い、筋束長は40%以上も短縮するが(安静時54.4mm,最大収縮時31.7mm)、筋内に筋束長の部位差は認められないということが明らかとなった。このように筋内に筋束長の部位差が認められないことは、第4章(研究3)における筋モデルの妥当性を支持するものであった。

第6章[研究5:収縮に伴う腓腹筋内側頭の筋束の湾曲]

 第4章(研究3)において筋モデルを構築する際、筋束が直線であるという前提を用いている。この前提は、筋モデルの構築の際に広く用いられているが、これまでヒトの骨格筋の筋束がどの程度湾曲しているのか、またその程度は収縮に伴って変化するのか、という点については全く明らかにされていない。本章では、ヒトの腓腹筋内側頭を対象に、筋束の湾曲の程度を超音波画像を基に、定量化した。その結果、湾曲の程度は収縮によって大きくなること、湾曲の程度や向きに部位差がないこと、また湾曲の程度が比較的小さく、筋束を直線と見なしても筋束長に大きな誤差が生じない(誤差は0.2%未満)ことが明らかとなった。このことから、筋モデル構築の際に用いた、筋束が直線であるという前提が、ヒトの腓腹筋内側頭に関しては、妥当であると考えられる。

第7章[総括論議]

 腓腹筋内側頭の腱(アキレス腱)と腱膜の伸張率が同様であった(研究1)ことについて考察する。アキレス腱は、腓腹筋内側頭の腱とヒラメ筋の腱膜が融合した構造になっている(Gray et al. 1995)ので、アキレス腱の伸張には、ヒラメ筋の張力も貢献していると考えられる。このため、腱と腱膜の伸張率に差が認められないという本研究の結果を、他の筋に当てはめることが妥当かどうかについては、慎重な検討が必要であろう。次に腱膜内に伸張率の部位差が認められなかった(研究1および3)ことについて考える。腱膜の厚さは筋腱接合部から遠ざかるにつれて薄くなり、腱膜にかかる力は減少すると考えられる。このため、断面積の減少と張力の減少が相殺し、腱膜上に伸張率の部位差が無かったものと考えられる。

 本研究において、腓腹筋内側頭の収縮中の筋束長に筋内の部位差がみられなかった(研究4)こと、またそのことに、腱膜の伸張の仕方が関係している(研究3)ことを明らかにしたが、ここで筋束が均一に短縮することの意義を考えたい。立位においては勿論、最も重要な身体運動の一つである歩行やジャンプ動作においても、筋収縮中の腓腹筋内側頭の筋束長変化は比較的小さいと報告されている(Fukunaga et al. 2001, Kurokawa et al. 2000)。筋内の筋束の長さが均一であることは、各筋束が、長さー力関係の同じ場所に位置している可能性を示唆しているが、上述のように、身体運動において筋束の長さ変化が比較的小さいとすれば、各サルコメアが至適長付近で働くことが可能である。すなわち、筋束長の均一性は、筋活動中の筋束長変化の比較的小さな動作において、効率よく力を発揮することを有利にしている可能性があるといえよう。深部腱膜と浅部腱膜が同程度に伸張し、また各腱膜内に伸張率の部位差が存在しないということが、均一な筋束長変化に貢献している(研究3より)とすれば、腓腹筋内側頭においては、収縮に伴う腱膜の形状変化が効率の良い力発揮に貢献していると考えられる。

 本研究において、腓腹筋内側頭の腱組織の変形(研究1,3)は、前脛骨筋の腱組織の変形(研究2)よりも顕著であった。腓腹筋内側頭はヒトの下肢の筋の中で特に大きな生理学的筋断面積を有し、その一方で筋線維長は比較的短い(Wickiwicz et al. 1983)。このことは、腓腹筋内側頭が速度よりも力を発揮することに適した筋形状を持っていることを示唆している(Lieber 1992)。上述のように、歩行やジャンプといった動作においては、腓腹筋内側頭の筋束は力発揮中に長さをほぼ一定に保ち、腱組織の変形が筋腱複合体の長さ変化に大きく貢献すると考えられる。すなわち腓腹筋内側頭は、筋束長変化の小さな動作において、筋線維長が短いという、筋腱複合体の長さ変化に対して不利な点を、腱組織の大きな変形によって補い、結果として、大きなパワー(力と速度の積)を発揮することが可能になっているものと考えられる。本研究において、腓腹筋内側頭の腱組織が著しく伸張したことは、腱組織に弾性エネルギーを貯蔵、放出することによるエネルギー消費量の縮小(Alexander 1988)、筋束に対する衝撃の緩和(Griffith 1991)といった役割をヒトの腓腹筋内側頭の腱組織が顕著に果たしていることを示唆している。一方前脛骨筋は、身体全体を保持、推進させる役割を持たず、生理学的筋断面積は腓腹筋内側頭に比べて遙かに小さい(Wickiwicz et al. 1983)。前脛骨筋は主として足部の位置を正確にコントロールする役割を担う(Wolf and Kim 1997)。腱組織の大きな伸張は細かい動作のコントロールを妨げる(Proske and Morgan 1987)ことを考えると前脛骨筋の腱組織があまり顕著に変形しなかったという結果は、生理学的にみて妥当であると考えられる。以上のように腱組織の伸張率が筋により異なることで、身体運動がより合理的に遂行されている可能性が示唆される。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文「筋収縮による筋腱複合体の形状変化:Deformation of muscle-tendon unit upon contraction : in vivo approach in humans」は、超音波断層法を用いて、筋収縮中の筋束及び腱組織の動態を観察することにより、ヒト生体における腱組織の弾性特性を定量し,関節運動に及ぼす腱組織の形状的機能的影響を検討したものである.これらの研究から得られた知見は、身体運動科学における研究の新しい方向を示すものとして注目される。

 本論文は6章よりなり,以下のようにまとめられる。

 序章 筋収縮に伴い、筋腱複合体[筋線維(筋束)、腱膜、腱]各部位の形状が変化することは、これまで主として動物実験により報告されてきた。形状と機能は密接な関係にあり、従って収縮に伴う形状変化のメカニズムに関する理解は、身体運動を理解する上で不可欠である。これまでのヒト生体を対象とした研究では、筋腱複合体の中のごく一部の形状変化を観察するにとどまっており、筋腱複合体各部位の、収縮に伴う形状変化に関する知見は、極めて限定されている。そこで本研究では、収縮に伴う筋腱複合体の各部位(腱、腱膜、筋束)での形状変化を詳細に測定し、それら組織の弾性特性が筋腱複合体全体においてもつ意義について検討することを目的とした。

 第1章 収縮に伴う腓腹筋内側頭遠位腱および深部腱膜の形状変化

 これまでヒト生体において、収縮に伴う腱と腱膜それぞれの形状変化(伸張)について検討した研究は殆どない。また、腱膜内に伸張率の部位差が存在するかどうかについても殆ど知見が得られていない。本章においては、ヒト生体の腓腹筋内側頭の遠位腱(アキレス腱)および深部(遠位)腱膜の、等尺性収縮に伴う伸張率を測定した。被検者は健常成人男性7名で、安静状態から、最大随意収縮の90%を越える強度まで随意的に徐々に発揮トルクを上昇させた。膝関節は伸展位、足関節は90度に固定した。この時、超音波装置を用い、腱組織上の3点(筋腱接合部、筋腹中央部、筋腹近位部)の移動量を異なる筋力発揮レベルにおいて測定した。また、力発揮中に足関節角度の変化を高速度カメラで測定することにより、動力計のたわみや、動力計と足部のずれを補正した。更に、安静状態における腱組織の伸張量を補正した。この結果、等尺性収縮中に、1)アキレス腱は5.1%、深部腱膜は5.9%伸張し、2)アキレス腱と腱膜の伸張率に差が認められなかった。また,3)腱膜内に、伸張率の部位差が認められなかった。以上のことから、力発揮に伴って、腓腹筋内側頭の遠位腱組織が、均一に伸張している可能性が示唆された。

 第2章 収縮に伴う前脛骨筋深部および浅部腱膜の形状変化

 これまで、ヒト生体において、収縮に伴う浅部腱膜の形状変化に関する定量的な報告は皆無である。本章においては、ヒトの前脛骨筋を対象に、深部および浅部腱膜が、等尺性収縮に伴いどの程度伸張するのか、という点について検討した。7名の被検者を対象に、超音波装置を用いて腱膜の伸張量を測定した。その結果、深部腱膜と浅部腱膜はそれぞれ、最大で3.3%及び3.0%それぞれ伸張していることが明らかとなり,両者の間に差は認められなかった。また、深部腱膜と浅部腱膜の伸張率の間に相関関係が認められた。以上のことから深部腱膜と浅部腱膜とが協働して弾性要素として機能していることが示唆された。

 第3章 収縮に伴う腓腹筋内側頭浅部腱膜の形状変化

 本章においては、腓腹筋内側頭の浅部腱膜が収縮に伴ってどの程度伸張するのか、という点について考察した。被検者7名に対して実験を行った結果、腓腹筋内側頭の浅部腱膜は、最大で5.6%伸張した。第2章で明らかにした深部腱膜の伸張率との差は認められなかった。このことは、深部腱膜と浅部腱膜が収縮に伴って同程度に伸張していることを意味している。また、浅部腱膜に伸張率に関する部位差はみられなかった。そこで腓腹筋内側頭のモデルを構築して考察した結果、深部腱膜と浅部腱膜が同程度に伸張することが、収縮に伴う筋束の短縮量が筋内で均一となることに貢献していることが示唆された。

 第4章 収縮に伴う腓腹筋内側頭の筋束長変化とその部位差

 ヒトの腓腹筋内側頭の遠位、中央、近位に位置する筋束の長さに部位差が認められるかどうかについて、安静時と収縮時に関して測定を行った。7名の健常成人男性に対して、超音波装置を用いて筋束長を測定した。その結果、最大等尺性収縮に伴い、筋束長は40%以上も短縮するが(安静時54.4mm,最大収縮時31.7mm)、筋内に筋束長の部位差は認められないということが明らかとなった。このように筋内に筋束長の部位差が認められないことは、第3章における筋モデルの妥当性を支持するものであった。

 第5章 収縮に伴う腓腹筋内側頭の筋束の湾曲

 これまでヒトの骨格筋の筋束がどの程度湾曲しているのか、またその程度は収縮に伴って変化するのか、という点については明らかにされていない。本章では、ヒトの腓腹筋内側頭を対象に、筋束の湾曲の程度を超音波画像を用いて、定量した。その結果、湾曲の程度は収縮によって大きくなること、湾曲の程度や向きに部位差がないこと、また湾曲の程度が比較的小さく、筋束を直線と見なしても筋束長に大きな誤差が生じない(誤差は0.2%未満)ことが明らかとなった。このことから、筋モデル構築の際に用いた、筋束が直線であるという前提が、ヒトの腓腹筋内側頭に関しては、妥当であると考えられた。

 第6章 総括論議

 腓腹筋内側頭の腱(アキレス腱)と腱膜の伸張率が同様であった(第1章)ことについて考察する。アキレス腱は、腓腹筋内側頭の腱とヒラメ筋の腱膜が融合した構造になっている(Gray et al. 1995)ので、アキレス腱の伸張には、ヒラメ筋の張力も貢献していると考えられる。このため、腱と腱膜の伸張率に差が認められないという本研究の結果を、他の筋に当てはめることが妥当かどうかについては、慎重な検討が必要であろう。次に腱膜内に伸張率の部位差が認められなかった(第1章及び3章)ことについて考える。腱膜の厚さは筋腱接合部から遠ざかるにつれて薄くなり、腱膜にかかる力は減少すると考えられる。このため、断面積の減少と張力の減少が相殺し、腱膜上に伸張率の部位差が無かったものと考えられる。

 本研究において、腓腹筋内側頭の収縮中の筋束長に筋内の部位差がみられなかった(第4章)こと、またそのことに、腱膜の伸張の仕方が関係している(第3章)ことを明らかにしたが、ここで筋束が均一に短縮することの意義を考えたい。立位においては勿論、最も重要な身体運動の一つである歩行やジャンプ動作においても、筋収縮中の腓腹筋内側頭の筋束長変化は比較的小さいと報告されている(Fukunaga et al. 2001, Kurokawa et al. 2000)。筋内の筋束の長さが均一であることは、各筋束が、長さ一力関係の同じ場所に位置している可能性を示唆しているが、上述のように、身体運動において筋束の長さ変化が比較的小さいとすれば、各サルコメアが至適長付近で働くことが可能である。すなわち、筋束長の均一性は、筋活動中の筋束長変化の比較的小さな動作において、効率よく力を発揮することを有利にしている可能性があるといえよう。深部腱膜と浅部腱膜が同程度に伸張し、また各腱膜内に伸張率の部位差が存在しないということが、均一な筋束長変化に貢献している(研究3より)とすれば、腓腹筋内側頭においては、収縮に伴う腱膜の形状変化が効率の良い力発揮に貢献していると考えられる。

 本研究において、腓腹筋内側頭の腱組織の変形(第1章,3章)は、前脛骨筋の腱組織の変形(第2章)よりも顕著であった。腓腹筋内側頭はヒトの下肢の筋の中で特に大きな生理学的筋断面積を有し、その一方で筋線維長は比較的短い(Wickiwicz et al. 1983)。このことは、腓腹筋内側頭が速度よりも力を発揮することに適した筋形状を持っていることを示唆している(Lieber 1992)。上述のように、歩行やジャンプといった動作においては、腓腹筋内側頭の筋束は力発揮中に長さをほぼ一定に保ち、腱組織の変形が筋腱複合体の長さ変化に大きく貢献すると考えられる。すなわち腓腹筋内側頭は、筋束長変化の小さな動作において、筋線維長が短いという、筋腱複合体の長さ変化に対して不利な点を、腱組織の大きな変形によって補い、結果として、大きなパワー(力と速度の積)を発揮することが可能になっているものと考えられる。本研究において、腓腹筋内側頭の腱組織が著しく伸張したことは、腱組織に弾性エネルギーを貯蔵、放出することによるエネルギー消費量の縮小(Alexander 1988)、筋束に対する衝撃の緩和(Griffith 1991)といった役割をヒトの腓腹筋内側頭の腱組織が顕著に果たしていることを示唆している。一方,前脛骨筋は身体全体を保持、推進させる役割を持たず、生理学的筋断面積は腓腹筋内側頭に比べて遙かに小さい(Wickiwicz et al. 1983)。前脛骨筋は主として足部の位置を正確にコントロールする役割を担う(Wolf and Kim 1997)。腱組織の大きな伸張は細かい動作のコントロールを妨げる(Proske and Morgan 1987)ことを考えると前脛骨筋の腱組織があまり顕著に変形しなかったという結果は、生理学的にみて妥当であると考えられる。以上のように腱組織の伸張率が筋により異なることで、身体運動がより合理的に遂行されている可能性が示唆される。

このように、村松憲君の論文はヒト生体における腱組織の弾性特性を定量し、その身体運動に及ぼす影響を明らかにしたもので、身体運動科学の分野における意義は非常に大きいものがある。従って、村松憲君により提出された本論文は、東京大学大学院課程による学位(学術)の授与に相応しいと内容と判定した。

UTokyo Repositoryリンク