No | 215281 | |
著者(漢字) | 元杉,昭男 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | モトスギ,アキオ | |
標題(和) | 農業基本法制下における農業農村整備事業予算の構造と動態 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 215281 | |
報告番号 | 乙15281 | |
学位授与日 | 2002.03.04 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 第15281号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1.背景と目的 近年、農政は大きな転換期を迎えている。1993年にガット・ウルグァイラウンド農業合意を受け入れ、1999年7月には新たな基本法である食料・農業・農村基本法が制定され、農政は新時代に入った。現在、新たな基本法の下で農政の改革が進められるなかで、農業基本法制下の農政を正確に理解しておくことは極めて重要である。しかしながら、旧基本法制下で重要な役割を果たした農業農村整備事業については従来余り研究対象とされて来たとは言えない。その一方で、近年、農業農村整備事業に対する批判は極めて大きなものがあり、第二臨調以来、公共事業予算における農業農村整備予算のシェアが固定しており過大であるといった批判は毎年の予算編成時に繰り返しマスコミ等で取り上げられた。 しかし、農業農村整備事業はその目的・種類・形式などの面で極めて多様性を有し、農業基本法制下に限定してもその実態を把握するのは容易ではない。従来の事業や予算に対する批判や分析も事業制度の内容まで立入ったものはほとんどなく、事業の特性・予算の特性を無視して単純にとらえ過ぎている。農業農村整備に対する正しい認識が欠如しているといって過言でない。 新たな基本法の下においても重要な役割が期待される農業農村整備事業を推進するために、農業基本法制下の経済社会の変化に対応して来た事業と予算の実態を解明することは今後の農政の展開にとって極めて意義が深いものと思料される。本研究は農業基本法制下における事業制度の変遷、投資の実態、予算構造などを分析するとともに、今後の課題と展望を考察するものである。 2.論文の構成 第1章では、先ず、農業基本法における農業農村整備事業の位置付けを明らかにし、法制定時の関係者の事業に対する見方を論じ、その後の事業展開との係わりを明らかにする。この中で農業基本法制下における農業農村整備事業の変遷を論じる際の視点を整理する。次いでこうした視点をベースにわが国の経済社会や農業情勢の変化を反映した政策の展開と関係づけて、農業基本法制下の事業制度の変遷を、時代区分を行いつつ、体系的に論じた。 第2章では第1章の事業制度の変容を実現する行政手法としての事業実施要綱等の改正・新設に着目し、その実態を時系列的に分析することにより、事業制度の変遷を数量的に明らかにする。 第3章では国家予算のみならず私的投資も含む農業農村整備投資全体を国民経済計算との関係から国内総生産や国内総固定資本形成などとの関連に着目して農業農村整備投資の位置を明らかにし農業農村整備投資の時系列的分析を行った。 第4章では農業農村整備投資の結果であるストックを農水省の調査に基づく農地の整備状況や経済企画庁の調査による農業部門社会資本ストックを使って、経年的・地域的変化を定量的に分析し、農業農村整備ストックの推移を明らかにした。 第5章では、農業農村整備事業予算と農業関連予算や公共事業予算との関連を経年的に分析するとともに、農業農村整備事業予算の内容(事業種類)の変化を定量的に明らかにする。次いで、1960年から1995年までの農業農村整備事業予算の内容を第1章の2つの視点から区分し、予算額の決定要因と投資の意味づけについての仮説をおいて、数値モデルを設定し、農業農村整備事業予算の法則性を明らかにした。その上でこの法則性の意味を論じた。 第6章では、以上の農業基本法制下における事業予算の分析に基づいて、食料・農業・農村基本法における農業農村整備事業の位置づけを明らかにするとともに、今後の経済社会の潮流と農業農村整備事業との関連を論じ、農業農村整備事業制度と予算を展望した。 3.研究の成果 本研究において得られた主な成果は次のように要約される。 第1には事業制度の変遷を考察する際の視点を提供したことである。農業基本法制下の農業農村整備事業は農業基本法の提示した農業の生産性向上や選択的拡大といった「農業課題への対応」のほかに、都市化に対応した農地・農業用水等の農業資源の保全や利用・混住化の状況を踏まえた農村生活環境の整備といった「社会全体への対応」という視点をもって展開した。この2つの視点から農業農村整備事業予算を見れば、「農業施策を実現する農業予算としての性格」と「社会資本を整備する公共事業予算としての性格」が明らかになる。さらに農業農村整備事業は制度上、生産性向上等を目的とした農業生産基盤整備事業と生活環境や防災対策を目的として農村生活環境整備等事業の2つに分かれる。2つの視点の設定は農業基本法制下の農業農村整備事業の変遷をたどり、構造と動態を分析するうえで重要である。 第2には1960〜96年度の間に440に及ぶ事業要綱等の新設・改正を通じて行われた事業制度の変遷を追い、農業農村整備事業制度がわが国社会経済の変化に対応して来た事実を定量的に把握した。その結果、統合農政のスタートした1970年代前半やウルグァイ・ラウンド農業合意の前後である1990年代に事業制度の新設・改正が極めて多いこと、これらの時期では農村生活環境整備等事業の新設が顕著であること、事業の種類ではほ場整備事業と農村整備事業が制度の新設・改正に大きな役割を果たし農業農村整備事業全体の時代適応性に貢献したことが明らかになった。また、事業主体では都道府県営事業の役割が大きいこと、85年以降はソフト事業が顕著であることに加え、制度改正が採択基準面積の変動や対象工種の拡充を主としていたことも明らかになった。 第3には、農業農村整備投資の結果としての農業部門社会資本ストックの推移を見ると、ストックの高い都道府県ほど農業総生産が大きく農業農村整備事業の成果が見られた。また、農業基本法制下で当初都道府県間の耕地面積1ha当たりストックの変動係数は大きくなったが、1970年度をピークに減少し都道府県間ストック水準が平準化し、各都道府県間の順位は自己相関で見ると1980年度以降余り変化はなく固定化した。 第4には、農業農村整備事業予算は農業基本法制下で国の予算上で一定の地位を保ち続けた。具体的には公共事業予算における農業農村整備事業予算のシェアは余り変化しなかった。しかしながら、農業農村整備事業予算を先の二つの視点に即して農業生産基盤整備予算と農村生活環境整備等予算に分割すれば、予算構造の変化を法則性を持って説明できることが明らかになった。まず、公共事業予算における農業生産基盤整備予算のシェアは国内総生産における農業総生産の割合の低下と高い相関で減少しており、「シェアが国民経済に占める農業セクターの地位と連動していない」とする批判を先取りした形となっていた。同時に、公共事業予算における農村生活環境整備等予算のシェアは混住化率と高い相関で増加しており、的確にわが国経済社会の問題である都市化・混住化の進展に対応した形となっていることが明らかになった。 こうした予算構造の変化の結果、1980年以降、耕地面積1ha当たりの農業生産基盤整備投資が上昇せずほぼ一定であることとともに、農村生活環境整備等投資は都市と農村の1人当たり生活基盤行政投資の格差を是正する役割を果たしたことも明らかになった。 4.まとめ 以上の結果から、農業基本法制下において、農業農村整備事業制度や予算は農業の生産性向上等の目標と同時に、それに相反する旧基本法に明記されていなかった都市化・混住化等への対応を事業の中に取り込んでわが国経済社会の変化に適応した。同時に、事業の中でこの相反する目的を工学的調整する工夫を行いつつ、予算構造も経済社会の変化に適応してきた。新基本法である食料・農業・農村基本法においても食料自給率の向上や農業の生産性向上が強く求められるとともに、環境保全型農業の推進、自然環境の保全、良好な景観形成などが施策として明記されており、農業農村整備事業はこうした相反する目的の調整が求められ、その調整の上に事業制度と予算が展開されるものと考えられる。 | |
審査要旨 | 新たな基本法の下で農政の改革が進められているなかで、農業基本法制下の農政を正確に理解しておくことは極めて重要である。しかしながら、旧基本法制下で重要な役割を果たした農業農村整備事業については従来あまり研究対象とされてきたとは言えない。 本研究は、農業基本法制下の経済社会の変化に対応してきた農業農村整備事業とその予算について、事業制度の変遷、投資の実態、予算構造およびその動態を解明することを目的としている。 本論文は、6章と序章および終章の、8つの章で構成されている。第1章では、農業基本法における農業農村整備事業の位置付けを明らかにし、法制定時の関係者の事業に対する見方を論じ、その後の事業展開との係わりを明らかにしている。その上でわが国の経済社会や農業情勢の変化と事業展開の関連について時代区分を行いつつ体系的に論じ、農業基本法制定下の農業農村整備事業の変遷を論じる際の視点を整理している。すなわち、事業は農業基本法の提示した農業の生産性向上や選択的拡大といった「農業課題への対応」のほかに、都市化・混住化の状況踏まえた「社会全体への対応」という視点をもって展開し、農業生産基盤整備事業と農村生活環境整備等事業が各々に対応してきたことを明らかにしている。 第2章では、こうした事業制度の変容を実現する行政手法を解明するため、1960〜96年度の間に440に及ぶ事業要綱等の新設・改正を通じて行われた事業制度の変遷を追い、農業農村整備事業制度がわが国社会経済の変化に対応して来た事実を定量的に把握している。その結果、総合農政のスタートした1970年代前半やウルグァイ・ラウンド農業合意の前後である1990年代に事業制度の新設・改正が極めて多いこと、全体として事業の種類では圃場整備事業と農村整備事業の制度新設・改正が多く事業全体の時代適応性に貢献したことなどが明らかにされている。 第3章では、私的投資も含む農業農村整備投資全体を国民経済計算との関係から、国内総生産や国内総固定資本形成などとの関連に着目して農業農村整備投資の実態を明らかにし、農業農村整備投資の時系列分析を行っている。 第4章では、農業農村整備投資の結果である農業部門社会資本ストックの経年的・地域的変化を定量的に分析している。その結果、ストックの高い都道府県ほど農業総生産が大きく農業農村整備事業の成果が見られ、農業基本法制下で当初都道府県間の耕地面積1ha当たりストックの変動係数は大きくなったが、1970年度をピークに減少し、都道府県間ストック水準が平準化し、各都道府県間の順位は自己相関で見ると1980年度以降余り変化はなく固定化したことなどが明らかにされている。 第5章では、農業農村整備事業予算と農業予算や一般公共事業予算との関連を経年的に分析するとともに、1960年から1995年までの農業農村整備事業予算の内容を農業生産基盤整備予算と農村生活環境整備等予算に区分し、予算額の決定要因と意味付けについて数値モデルを設定することにより、農業農村整備事業予算の法則性を明らかにしている。公共事業予算における農業生産基盤整備予算のシェアが国内総生産における農業総生産の割合の低下と高い相関で減少しており、同時に、公共事業予算における農村生活環境整備等予算のシェアは混住化率と高い相関で増加していることが明らかにされている。 また、1980年以降、耕地面積1ha当たりの農業生産基盤整備投資が上昇せずほぼ一定であることとともに、農村生活環境整備等投資は都市と農村の1人当たり生活基盤行政投資の格差を是正する役割を果たしたことも明らかにされている。 第6章では、以上の農業基本法制下における事業予算の分析に基づいて、今後の経済社会の潮流と農業農村整備事業との関連を論じ、食料・農業・農村基本法制下における農業農村整備事業及びその予算の課題と展望を論じている。新基本法では食料自給率の向上や農業の生産性向上が求められるとともに、環境保全型農業の推進、自然環境の保全、良好な景観形成などが施策として明記されており、農業農村整備事業はこのような相反する目的の工学的調整の上に事業制度と予算が展開されることを結論づけている。 以上を要するに、本研究は、農業基本法制下におけるわが国社会経済の変化に対応した農業農村整備事業とその予算の変遷を論じ、事業制度の定量的把握や予算の法則性を解明することによって、農業農村整備事業予算に関する政策的知見を得ている。以上の結果は、事業政策の立案と実施に関して新しい知見を得るものであり、学術上・応用上の価値が高いものと評価できる。よって審査員一同は、本論文は博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 | |
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