学位論文要旨



No 215283
著者(漢字) 吉田,修一郎
著者(英字)
著者(カナ) ヨシダ,シュウイチロウ
標題(和) 粘土質水田における亀裂形成メカニズムに関する研究 : 営農的要因の評価とその理論的検証
標題(洋)
報告番号 215283
報告番号 乙15283
学位授与日 2002.03.04
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15283号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮崎,毅
 東京大学 教授 佐藤,洋平
 東京大学 教授 田中,忠次
 東京大学 助教授 塩沢,昌
 東京大学 助教授 溝口,勝
内容要旨 要旨を表示する

 粘土質水田における転換畑作物の栽培には,排水性の改善は不可欠である。そのため,畑転換に向けた計画的な排水対策が必要である。粘土質水田では,乾燥により亀裂が発達し,これらが排水性に大きく寄与していることが知られている。土壌の亀裂形成やその結果生じる特徴的な形状パターンに関する研究は,理学的視点と実学的視点の双方から研究が行われてきた。例えば,地質学者たちは,植生に影響されない裸地に発生する亀裂(mud crack)の形状パターンを力学的に解析しようとした。しかし,現象が予測できない不均一性に強く影響されるために,形状パターンの形成を完全に説明することは不可能であった。また,農学者は,作物の配置と亀裂の発生との間に関係があることを古くから認めてきた。しかし,そのメカニズムを理論的に解析することに成功していない。これらを踏まえ,本論文では,水稲作付け条件下で亀裂の形成を制御する手法の開発を念頭に置き,粘土質水田における乾燥亀裂の形成に影響する営農的な要因とその作用メカニズムを解明することを目的とした。

 第一に,水田における亀裂形状パターンを支配する営農的な要因を総合的に明らかにするために,実験計画法に基づく要因試験を水稲栽培下にある粘土質水田において実施した。亀裂形成へ影響を及ぼす営農的要因として,1)蒸散の有無,2)条間隔(30cm, 60cm), 3)代かき強度(軽,中,強)を想定し,これらの要因および処理を試験圃場に割り付けた。圃場は,落水まで湿潤な状態を維持し,夏期の晴天時に落水した。条間に発生した亀裂を透明のシートにトレースし,画像解析手法によりそのパターンの定量化を図った。定量化のための指標として,条の方向に対する亀裂の方向性を示す「CDI」,亀裂の平均的な幅と等価な「EW」,パターンの複雑度を表す「CP」,を定義した。各指標について分散分析した結果,1)水稲からの蒸散は,条に沿った直線状の亀裂を誘起する。2)条間隔の拡大は,亀裂の平均的な幅を増大させる。3)強い代かきは,直線的な幅の広い単純な亀裂パターンを誘起する,以上の結論を導いた。

 第二に,水稲条間に発生する線状亀裂の形成メカニズムを解明するため,数値モデルを用いた解析を試みた。粘質土の収縮挙動が,飽和・負圧条件下での圧密挙動とみなせることを利用し,2次元非線形弾性圧密モデルを用いて,水稲条間における土壌の収縮挙動の数値シミユレーションを行った。モデルの適用性は,水稲条間(畦間)を模した室内模型実験により検証した。これらの結果から,1)条間(畦間)に発生する条(畦)に沿った線状亀裂は,左右二方向からの水分の損失により特定の位置に発生する引張有効応力によって誘起されることを示した。また,この数値モデルを用いた数値実験により,条間の引張有効応力分布は,中央に集中する場合(単極化)と,中央から逸れた位置に極大点が2点形成される場合(2極化)があることが明らかになった。条間隔が広いほど,土層の厚さが浅いほど,また,脱水速度が大きいほど,引張有効応力は二極化することを示した。引張有効応力分布の2極化は,条に沿った亀裂の複線化を促し,逆に,単極化は,亀裂を単線化させることを,圃場での観測結果との対応から見出した。このことから,条間隔の拡大による亀裂幅の増大効果には,一定の限度があることを理論的に示した。

 第三に,代かき強度が,亀裂形状パターンに与える影響の作用メカニズムを解明するため,代かき強度の違いによる土壌の収縮特性の変動や土壌構造の違いを詳細に検討した。粘土質水田において,代かき強度を弱,中,強の3水準とした試験区を設け,代かき直後,およびその3ヶ月後の土壌を400mlのサンプラー(不攪乱)および攪乱状態で採取した。採取した不攪乱土壌は,加圧板を用いて脱水し,その保水・収縮特性を調べた。保水特性は,土壌水サクションが3.1kPa, 10kPa, 100kPaの時の含水比,およびその間の脱水量を比較した。また,収縮に伴い形成される内部の微細亀裂の指標として,土壌水サクションが100kPaの時の気相の割合を比較した。攪乱土壌は,水流を当てながらふるい分けし,残存する土塊の割合と個々の含水比を測定した。代かき土壌中には,含水比が明らかに低い土塊が,代かき直後のみならず,3ケ月の湛水期間を経ても残存しており,これらの土塊の割合は,代かき強度の増加に伴い減少した。このことから代かき強度の違いによる土壌構造の違いは,代かき後3ケ月を経過しても残存すると結論した。また,代かきによる保水・収縮特性への影響は,代かき後の経過月数,土層,サクション領域により異なる傾向を示すことを明らかにした。短期的(代かき直後)には,代かき強度の影響は,全サクション領域における保水量の違いとして5-9cm層で,また,100kPaにおける気相比の違いとして0-4cm層において現れた。そして,代かき強度の違いによる保水量の差異は,練り返しによる硬化に起因するものであると考察した。また,気相比の差異は,練り返しによる力学強度の均一化に起因するものであると考察した。一方,長期的には,代かき強度の影響は,3ケ月間の保水量の変化の違いとして現れた。0-4cm層では,保水量はすべてのサクション領域で増加し,その増加程度は,代かき強度が高いほど大きかった。しかし,5-9cm層では,高サクション領域の保水量のみが増加し,低サクション領域の保水量は,微増もしくは減少傾向にあった。このような,長期間の湛水に伴う保水量の変化と,層位による傾向の差異については,還元の進行による親水性物質の増加や自重の拘束の影響等が,その重要な要因として考えられた。しかし,そのメカニズムについては今後の研究課題とした。さらに,代かき強度による収縮時の気相の増加特性の違いが,湛水期間中に消失する一方で,土塊の含有率の違いは湛水期間中に消失していないことから,代かき強度による亀裂形状パターンの違いは,土壌構造の差異によるわずかな力学的強度の不均一性によりもたらされるものであり,採取試料の収縮特性からは十分に評価できないことを示した。

 以上から,水稲栽培条件下における亀裂やその形状パターンの形成に影響する要因を明らかにするとともに,そのメカニズムを解明した。本研究の成果は,亀裂の制御による粘土質圃場の排水性改善技術などへの応用が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 粘土質水田においては、乾燥亀裂の発達が圃場の排水性に大きく影響を与えるだけでなく、水田における転換畑作物の栽培にも顕著な影響を及ぼす。しかし、亀裂発生のメカニズム解明や予測方法などについて、これまで充分な解明がなされてこなかった。その最も大きな理由は、亀裂の発生が土壌の不均一性に強く影響されること、および、シロカキや作付けなど営農的要因が亀裂形成に強く関与することである。そこで、本論文は,営農的要因を考慮に入れた、粘土質水田における乾燥亀裂の形成メカニズムを解明することを目的とした。

 第一に,営農的な要因を総合的に明らかにするために,実験計画法に基づく要因試験を水稲栽培下にある粘土質水田において実施した。亀裂形成へ影響を及ぼす営農的要因として,1)蒸散の有無,2)条間隔(30cm, 60cm), 3)代かき強度(軽,中,強)を想定し,これらの要因および処理を試験圃場に割り付けた。圃場は,田植え後,湛水を維持し,夏期の晴天時に落水した。条間に発生した亀裂を透明のシートにトレースし,画像解析手法によりそのパターンの定量化を図った。定量化のための指標として,条の方向に対する亀裂の方向性を示す「CDI」,亀裂の平均的な幅と等価な「EW」,パターンの複雑度を表す「CP」,を定義した。各指標について分散分析した結果,1)水稲からの蒸散は,条に沿った直線状の亀裂を誘起する。2)条間隔の拡大は,亀裂の平均的な幅を増大させる。3)強い代かきは,直線的な幅の広い単純な亀裂形状パターンを誘起する,以上の結論を導いた。

 第二に,水稲条間に発生する線状亀裂の形成メカニズムを解明するため,数値モデルを用いた解析を試みた。粘質土の収縮挙動が,飽和・負圧条件下での圧密挙動とみなせることを利用し,2次元非線形弾性圧密モデルを用いて,水稲条間における土壌の収縮挙動の数値シミュレーションを行った。モデルの適用性は,水稲条間(畦間)を模した室内模型実験により検証した。これらの結果から,1)条間(畦間)に発生する条(畦)に沿った線状亀裂は,左右二方向からの水分の損失により特定の位置に発生する引張有効応力によって誘起されることを示した。また,この数値モデルを用いた数値実験により,条間の引張有効応力分布は,中央に集中する場合(単極化)と,中央から逸れた位置に極大点が2点形成される場合(2極化)があることが明らかになった。条間隔が広いほど,土層の厚さが浅いほど,また,脱水速度が大きいほど,引張有効応力は二極化することを示し、これらが圃場での観測結果と一致することを見出した。

 第三に,代かきの影響を調べた。代かき強度を弱,中,強の3水準とした試験区を設け,代かき直後,およびその3ケ月後の土壌を採取し、それらの保水・収縮特性、亀裂パターンを調べた。まず、代かき土壌中には,含水比が明らかに低い土塊が,代かき直後のみならず,3ケ月の湛水期間を経ても残存することを見いだした。次に、代かき強度の違いによる保水性の差異は,練り返しによる硬化に起因するものであるとした。また,代かき強度の違いによる収縮特性の差異は,練り返しによる力学強度の均一化に起因するものであるとした。代かき強度による亀裂形状パターンの違いは,土壌構造の差異によるわずかな力学的強度の不均一性によりもたらされるものであるとした。最後に、長期間の湛水に伴う保水量の変化と層位による亀裂発生傾向の差異は,還元の進行による親水性物質の増加や自重の拘束の影響などが重要と考えられたが、その解明は今後の研究課題とした。

 以上要するに、本論文は現地測定、室内実験、理論的解析を通じて、水稲栽培条件下における粘質土水田の亀裂形成に影響する諸要因を明らかにするとともに,そのメカニズムを解明したものであり、学術応用上寄与するところが大きい。よって、審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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