学位論文要旨



No 215287
著者(漢字) 井出,陽一
著者(英字)
著者(カナ) イデ,ヨウイチ
標題(和) PEG−rHuMGDF投与により生じる骨髄線維化および骨形成に関する病理学的研究
標題(洋)
報告番号 215287
報告番号 乙15287
学位授与日 2002.03.04
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第15287号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 土井,邦雄
 東京大学 教授 吉川,泰弘
 東京大学 教授 小野,憲一郎
 東京大学 助教授 九郎丸,正道
 東京大学 助教授 中山,裕之
内容要旨 要旨を表示する

 PEG-rHuMGDF(Pegylated recombinant human megakaryocyte growth and development factor)は、遺伝子組替え技術によって生産されたヒト型のトロンボポエチン(rhTPO)をポリエチレングリコール(PEG)で修飾したものであり、キリン・アムジェン社により開発された。PEG-rHuMGDFは正常動物(マウス、ラットおよびサル)およびトランスジェニック動物を含む血小板減少モデル動物を用いた非臨床試験で、血小板数の増加あるいは血小板減少の抑制、回復促進に著明な効果を示した。また、ヒトへの投与により、重篤な副作用を伴わずに血小板増加作用を有すことも確かめられている。これらの結果から、PEG-rHuMGDFは癌化学療法などに伴う血小板減少症の治療薬としての有用性が期待されている。しかし、マウスおよびラットに薬効用量を超える過剰量のPEG-rHuMGDFを投与すると、骨髄で線維化あるいは骨形成が生じることが明らかとなった。

 線維増生または骨形成を誘導する因子として、種々の増殖因子の存在が知られている。中でも巨核球中に含まれるPlatelet derived growth factor(PDGF)やTransforming growth factorβ1(TGF-β1)は骨髄線維化に深く関与するとの報告がある。特に、TGF-β1は強力な骨誘導因子であることから、PEG-rHuMGDF投与で生じる骨髄線維化および骨形成においても、重要な役割を果たしていると考えられる。

 骨髄内での骨形成は、骨髄中の未分化間葉系細胞が骨芽細胞を経て骨細胞に分化することで生じる。In vitroの実験から、骨芽細胞は分化過程において分化形質を時間依存性に発現させることが示されている。すなわち、比較的早い時期にフィブロネクチンやI型コラーゲンが、その後にアルカリフォスファターゼ(ALP)やMatrix gla protein(MGP)が、さらにより後期にオステオポンチン(OPN)やオステオカルシン(またはBone gla protein : BGP)が、それぞれ発現する。従って、これらの分化形質の発現を確認することで、骨形成プロセスを明らかにすることができる。

 本研究の目的は、上記の背景のもと、ラットおよびマウスに過剰量のPEG-rHuMGDFを投与した際に生じる骨髄線維化および骨形成に関して、そのメカニズムを解明すると共に、PEG-rHuMGDFの血小板減少症治療薬としての有用性および安全性を明らかにすることにある。論文は以下の3章から成る。

第1章 ラットを用いたPEG-rHuMGDF誘発骨形成のメカニズムの検討

 はじめに、過剰量のPEG-rHuMGDF投与による血液学および血液生化学的パラメーターの変動を調べた。すなわち、Crj: CD(SD)系雄性ラットに、PEG-rHuMGDF(100μg/kg)あるいは溶媒を5日間反復皮下投与し、経時的(初回投与日:Day1)(Day6、8、10、12および15)に各パラメーターの変動を調べた。その結果、PEG-rHuMGDF投与により、血小板の増加ならびに赤血球、ヘモグロビン数およびヘマトクリット値の減少が認められた。これらの変化はDay8〜10で最大に達し、その後回復した。このうち、赤血球系パラメーターの変化は、血小板増加に伴う循環血液量の増加に起因する変化と考えられた。また、血液生化学的には、γ-GTP値の増加がDay6あるいはDay8をピークに認められ、Day15には溶媒投与群と同程度まで減少した。γ-GTP値は、血小板数に伴って変動することから、血小板増加に起因する変化と考えられた。

 これらの結果から、過剰量のPEG-rHuMGDFを投与したラットでは、血液学および血液生化学的に、薬理作用に基づく変化以外に重篤な毒性は発現しないことが明かとなった。

 次に、上記の検討と同一のスケジュールでラットにPEG-rHuMGDFを投与し、血小板数、大腿骨骨髄の光学顕微鏡学的および電子顕微鏡学的変化、骨髄における巨核球数の変動、骨髄中および血漿中TGF-β1量の変動、骨髄におけるTGF-β1の局在を免疫組織化学的手法を用いて検討することで、線維化および骨形成のメカニズムの解明を試みた。

 その結果、PEG-rHuMGDF投与により、骨髄では巨核球の増加に引き続き、細網線維の増生および骨形成が同一部位から認められた。このことから、骨髄内での巨核球増加が線維増生を誘発したと考えられた。また、巨核球数の変動に伴って、骨髄上清ではTGF-β1量の増加が認められた。さらに、増加した骨髄巨核球上にTGF-β1の局在が確認されたことから、骨髄内で増加したTGF-β1は巨核球由来と推測された。加えてPEG-rHuMGDF投与ラットでは、電子顕微鏡学的に断片化した巨核球細胞質あるいは大型血小板、巨核球細胞成分の流出が骨髄間質内で認められた。

 これらの結果から、PEG-rHuMGDF投与により生じる骨髄線維化および骨形成は、巨核球由来のTGF-β1が骨髄内で過剰に増加したことによる変化と考えられた。また、TGF-β1量の増加は、何らかの原因により、巨核球の細胞質成分が間質へ流出したためと考えられた。

第2章 カルボプラチン誘発血小板減少症モデルラットにおけるPEG-rHuMGDF投与の影響

 Crj:CD(SD)系雄性ラットにカルボプラチンを単回静脈内投与し、血小板減少症モデルラットを作製した。このモデル動物に、PEG-rHuMGDF(1、3および30μg/kg)または溶媒を7日間反復皮下投与し、PEG-rHuMGDFの血小板減少抑制または回復作用を調べた。次いで、同一スケジュールで過剰量のPEG-rHuMGDF(100μg/kg)を投与し、骨髄線維化および骨形成の有無、線維化・骨形成因子である骨髄中および血漿中のTGF-β1量の変動を観察した。

 その結果、PEG-rHuMGDFは3μg/kg以上で用量相関的にカルボプラチン投与による血小板減少を抑制した。また、過剰量のPEG-rHuMGDFはカルボプラチン誘発血小板減少症モデルにおいて骨髄線維化を引き起こさなかった。加えて、線維化の要因と考えられる骨髄中のTGF-β1量の大幅な増加も認められなかった。

 これらの結果から、PEG-rHuMGDFはカルボプラチン誘発血小板減少症モデルに有効であることが示され、血小板の減少した患者について、血小板を正常値に戻すことを意図した臨床適用時には骨髄線維化が誘発される可能性は低いと推測された。

第3章 マウスを用いたPEG-rHuMGDF誘発骨形成のメカニズムの検討

 BALB/c系雄性マウスにPEG-rHuMGDF(1mg/kg)または溶媒を5日間反復皮下投与し、血小板数、大腿骨骨髄の組織学的変化、破骨細胞数の変動、In situ hybridization法による骨芽細胞分化マーカー(OPNおよびBGP)の発現および血漿中TGF-β1量の変動を経時的に観察した。

 その結果、PEG-rHuMGDF投与により、マウスではラットと同様のプロセスを経て線維化および骨形成が生じた。また、PEG-rHuMGDF投与により血漿中TGF-β1量の増加が認められ、TGF-β1が線維化および骨形成の原因と考えられた。骨芽細胞分化マーカーの発現に関しては、線維増生初期の増生線維中の細胞はOPN(−)/BGP(−)、線維増生〜骨形成期の増生線維中の細胞の一部はOPN(+)/BGP(−)、新生骨周辺の骨芽細胞はOPN(+)/BGP(+)を示した。このことから、前骨芽細胞あるいは未分化間葉系細胞がPEG-rHuMGDF投与により分化し、骨芽細胞に分化したと推測された。さらに、PEG-rHuMGDF投与により破骨細胞数の減少が認められ、これはTGF-β1の破骨細胞抑制作用によると考えられた。

 これらの結果から、PEG-rHuMGDF投与により、巨核球由来のTGF-β1の増加を介して破骨細胞の分化抑制および未分化間葉系細胞からの骨芽細胞の分化が誘導され、結果として線維化および骨形成が生じたと推測された。

 上述した本研究の結果から、PEG-rHuMGDFの血小板減少症治療薬としての有用性と安全性が明らかにされるとともに、過剰投与時に懸念される骨髄病変の発現のメカニズムも明らかにされた。

審査要旨 要旨を表示する

 PEG-rHuMGDFは、遺伝子組替え技術によって生産されたヒト型のトロンボポエチン(rhTPO)をポリエチレングリコール(PEG)で修飾したものであり、正常動物および血小板減少モデル動物に対して、血小板数増加あるいは血小板減少抑制に著明な効果を示す。このため、PEG-rHuMGDFは癌化学療法などに伴う血小板減少症の治療薬としての有用性が期待されている。ところが、マウスおよびラットに薬効用量を超えるPEG-rHuMGDFを投与すると、骨髄で線維化・骨形成が生じる。

 本研究は、過剰量のPEG-rHuMGDFを投与した際に生じる骨髄線維化・骨形成に関して、そのメカニズムを解明し、PEG-rHuMGDFを血小板減少症治療薬として用いる際の安全性の限界を明確にすることを目的として行った。本論文は以下の3章よりなる。

第1章 ラットを用いたPEG-rHuMGDF誘発骨形成メカニズムの検討

 Crj:CD(SD)系雄性ラットに、PEG-rHuMGDF(100μg/kg)あるいは媒体を5日間反復皮下投与したところ、PEG-rHuMGDF投与により、血小板の増加ならびに赤血球系パラメーターの減少、γ-GTP値の増加が認められた。また、骨髄では巨核球増加に引き続き、細網線維の増生および骨形成が同一部位で認められた。また骨髄上清には骨髄線維化・骨形成を誘導するTGF-β1の増量が認められ、免疫染色で増数した巨核球にTGF-β1の発現が観察された。さらに、骨髄間質では断片化した巨核球細胞質あるいは大型血小板、巨核球細胞成分の流出が認められた。以上の結果から、PEG-rHuMGDF投与により生じる骨髄線維化・骨形成は、過剰に増加した巨核球からTGF-β1が間質へ流出したためと考えられた。

第2章 カルボプラチン誘発血小板減少症モデルラットにおけるPEG-rHuMGDF投与の影響

 Crj:CD(SD)系雄性ラットにカルボプラチンを単回静脈内投与して作製した血小板減少症モデルラットに、PEG-rHuMGDF(1、3および30μg/kg)または媒体を7日間反復皮下投与した。PEG-rHuMGDFは3μg/kg以上で用量相関的にカルボプラチン投与による血小板減少を抑制した。次いで、同一スケジュールで過剰量のPEG-rHuMGDF(100μg/kg)を投与したところ、骨髄線維化は認められず、またTGF-β1量の大幅な増加も認められなかった。以上の結果から、PEG-rHuMGDFはカルボプラチン誘発血小板減少症の治療に有効であり、血小板が減少した患者で血小板を正常値に戻すことを意図した臨床適用時には骨髄線維化が誘発される可能性は低いと推測された。

第3章 マウスを用いたPEG-rHuMGDF誘発骨形成のメカニズムの検討

 BALB/c系雄性マウスにPEG-rHuMGDF(1mg/kg)または媒体を5日間反復皮下投与したところ、PEG-rHuMGDF投与によりラットと同様のプロセスを経て骨髄線維化・骨形成が生じ、加えて血漿中TGF-β1量の増加が認められた。また、骨芽細胞分化マーカー(OPNとBGP)、の発現をしらべたところ、線維増生初期の増生間葉系細胞ではOPN(−)/BGP(−)、線維増生〜骨形成期の間葉系細胞の一部はOPN(+)/BGP(−)、新生骨周辺の骨芽細胞はOPN(+)/BGP(+)であった。さらにPEG-rHuMGDF投与により破骨細胞数の減少が認められた。以上の結果から、PEG-rHuMGDF投与により、巨核球由来のTGF-β1の増加を介して、破骨細胞の分化抑制および未分化間葉系細胞からの骨芽細胞の分化誘導がおこり、線維化・骨形成が生じたと推測された。

 本研究の結果により、PEG-rHuMGDFの血小板減少症治療薬としての有用性と安全性の範囲が明確にされると共に、過剰投与時に懸念される骨髄病変の発現メカニズムも明らかにされた。本研究の成果は血小板減少症の治療法開発の研究に大きな進展をもたらすと考えられた。よって審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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