学位論文要旨



No 215288
著者(漢字) 西尾,正輝
著者(英字)
著者(カナ) ニシオ,マサキ
標題(和) Dysarthriaにおける発話機能の客観的評価に関する研究 : 発話明瞭度,発話速度,Oral Diadochokinesisの観点から
標題(洋)
報告番号 215288
報告番号 乙15288
学位授与日 2002.03.06
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第15288号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加我,君孝
 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 教授 江藤,文夫
 東京大学 教授 加藤,進昌
 東京大学 教授 杉下,守弘
内容要旨 要旨を表示する

 従来発話機能を臨床的に評価するテクニックとしては,内外において発話特徴を聴覚印象にもとづいて評価する試みが主流をなし,タイプごとの比較検討がなされてきたが,1)熟練に多大な時間と経験を要する,2)主観的である,3)評価者間の一致度が得られにくいなどの一連の欠点が指摘されている.

 そこで客観的に有用な発話の臨床的評価法を確立すべく検討が進められてきた.とりわけ80年代に入ってから,発話明瞭度はdysarthria患者の発話機能の臨床的評価の中心をなすものとして重要視されるようになった.これに加えて筆者は,発話速度とoral diadochokinesisの音響学的分析手法の臨床的有用性に着目してきた.発話速度の測定においては発話速度を構成する構音時間(articulation time)と休止時間(pause time)がどのようにかかわっているかという観点から分析し,oral diadochokinesisにおいては反復速度と変動性を含めて多面的に分析することが有用であると考えてきた.

 こうした観点からNishioら(2000)は,筋萎縮性側索硬化症2例を対象とした詳細な縦断的研究において,発話明瞭度が良好に保持されている時点においてすでに発話速度とoral diadochokinesisの際立った低下傾向を認めたことから発話明瞭度検査の天井効果を指摘する一方で,軽症期における機能的変化を測定する際におけるこれらのパラメーターの有用性を報告している.

 そこで本研究ではdysarthriaのタイプごとに,1)発話の中でも障害されやすい側面とその言語病理学的メカニズムを明らかにし,2)異常徴候を鋭敏に検出可能なパラメーターを明らかにすることにより客観的評価システムの確立に貢献することを目的とし,dysarthria82例を対象として発話明瞭度,発話速度,oral diadochokinesisを測定した.加えて,これらのパラメーターに関して正常高齢者を対象としたデータから正常範囲を提供することをも目的とした.その結果,主に以下の知見を得た.

 1.発話速度について

 1) 発話速度

 発話速度の低下は全てのタイプのdysarthriaで認めたばかりでなく,ほとんど全ての症例で認められ,dysarthriaにおける本パラメーターの測定の重要性が示された.

 発話明瞭度との比較検討からは,発話速度の測定の臨床的意義として,発話明瞭度検査で検出困難な側面の発話の異常徴候を鋭敏に検出するものであることが示された.

 原因疾患もしくはタイプごとの分析では,特に筋萎縮性側索硬化症(混合性dysarthria),脊髄小脳変性症(失調性dysarthria),一側性上位運動ニューロン障害(UUMN dysarthria)における発話障害の早期発見,軽症期における治療効果や病変の進行の測定などにおいて有用であることが示唆された.

 2) 構音速度と休止時間率

 構音速度は,弛緩性および運動低下性dysarthriaを除いてすべてのdysarthriaで低下を認めた.休止時間率については,いずれのタイプにおいても有意に高値を示した.従って,弛緩性および運動低下性dysarthriaにおける発話速度の低下は休止時間率の増大によるものであると思われた.

 従来の聴覚的測定では弛緩性および運動低下性dysarthriaでは発話速度の低下を認めないとされてきたが,今回の結果から,聴覚印象による発話速度の測定では,休止時間率の程度にかかわりなく構音速度の側面を中心として測定しているものと思われた.

 3) 発話速度と構成要素との関連性

 弛緩性および運動低下性dysarthriaでのみ,発話速度と構音速度との間に有意な相関を認めなかった.これら2種のdysarthriaは,1)対照群と比較して構音速度の低下を認めなかったこと,2)構音速度と発話明瞭度との相関が低かったことから,発話明瞭度が低下しながらも対照群と同じ速度で構音する傾向にあることが示された.

 以上から,弛緩性および運動低下性dysarthriaにおいて休止の頻度を増加するという手法は適切ではなく,構音速度を低下させることによって効果的に明瞭度を上昇させることが可能であることが示唆された.

 2.Oral diadochokinesisについて

 1) 音節の反復速度

 音節の反復速度の低下は全てのタイプのdysarthriaで認め,dysarthriaにおける本パラメーターの測定の重要性が示された.

 発話明瞭度との比較検討からは,反復速度の測定の臨床的意義として,発話明瞭度検査で検出困難な側面の発話の異常徴候を鋭敏に検出するものであることが示された.

 原因疾患もしくはタイプごとの分析では,特に脊髄小脳変性症(失調性dysarthria),筋萎縮性側索硬化症(混合性dysarthria)における発話障害の早期発見,軽症期における治療効果や病変の進行の測定などにおいて有用であることを示唆された.

 2) 音節の持続時間と最大強度の変動係数

 音節の反復速度の変動性の指標として測定した音節の持続時間の変動係数の増大はdysarthriaのタイプにかかわらず認め,dysarthriaにおける本パラメーターの測定の重要性が示された.これとともに測定した最大強度の変動係数は,失調性および運動低下性dysarthriaで特に増大傾向が著明であった.

 発話明瞭度との関連性を検討すると,両パラメーターともにほとんど関連していないことが明らかにされ,これらのパラメーターは明瞭度とは大きく異なる側面の発話機能の異常徴候を反映するものであることが示された.

 3.発話速度と音節の反復速度の関連性について

 発話速度に関する結果と音節の反復速度に関する結果は類似した.そこで,両パラメーターの関連性についてさらに検討したところ,発話速度といずれの音節の反復速度との間においても強い相関を認めた.しかし対照群との比較から,音節の反復速度の方が異常徴候の検出精度が高いことが示唆された.

 また,構音速度と音節の反復速度との間においても強い相関を認めた.しかし対照群との比較から,やはり音節の反復速度の方が異常徴候の検出精度が高いことが示唆された.さらに対照群とは異なり,dysarthria患者は構音速度よりも音節の反復速度の方が際立って低下する特異な散布傾向が認められ,すなわち音読課題よりも音節の反復課題の方が異常徴候の検出精度が高いことが示された.

 4.正常範囲について

 今回分析対象とした各パラメーターについて,比較対照群とした正常な高齢発話者34例(平均年齢60.00)の結果から以下の正常範囲(平均±2SD)が示された.

 1) 発話速度

 (1)発話速度(平均モーラ数/秒):3.33以上

 (2)構音速度(平均モーラ数/秒):5.23以上

 (3)休止時間率(%) :40.74未満

 2) Oral diadochokinesis

 (1)音節の反復速度について(平均反復回数/秒):

 /pa/:5.45 以上 /ta/:5.33以上 /ka/:4.46以上

 (2)音節の持続時間の変動係数(%)

 /pa/:12.93未満 /ta/:11.58未満 /ka/:15.75未満

 (3)最大強度の変動係数について(%)

 /pa/:3.90未満 /ta/:3.57未満 /ka/:4.52未満

 5.結語

 今回の結果は発話明瞭度検査の限界を示すとともに,上述のように発話速度とoral diadochokinesisはdysarthria患者において発話の中でも特に障害されやすい側面の異常徴候を鋭敏に検出可能なパラメーターであることを示すものであり,すなわち,これらのパラメーターが発話明瞭度と相補的に客観的,定量的評価システムの一翼を担う価値があることを示すものである.

 そのさい,発話速度は伝統的な聴覚的評価手法に依存するのではなく構音速度と休止時間に分けて音響学的に測定することが有用であると示された.また,oral diadochokinesisは反復速度のみを測定するのではなく,速度ならびに強度の変動性を含めて多面的に音響学的に測定することが有用であり,さらにdysarthriaのタイプによって各パラメーターの感度は異なることが示された.

審査要旨 要旨を表示する

 本研究ではdysarthriaのタイプごとに、発話の中でも障害されやすい側面と異常徴候を鋭敏に検出可能なパラメーターを明らかにすることを主な目的として、dysarthria82例を対象として発話明瞭度、発話速度、oral diadochokinesisを測定し、以下の結果を得ている。

1.発話速度の低下は全てのタイプのdysarthriaで認めたばかりでなく、ほとんど全ての症例で認められ、dysarthriaにおける本パラメーターの測定の重要性が示された。発話明瞭度との比較検討からは、発話速度の測定の臨床的意義として、発話明瞭度検査で検出困難な側面の発話の異常徴候を鋭敏に検出するものであることが示された。

2.構音速度は、弛緩性および運動低下性dysarthriaを除いてすべてのdysarthriaで低下を認めた。休止時間率については、いずれのタイプにおいても有意に高値を示した。従って、弛緩性および運動低下性dysarthriaにおける発話速度の低下は休止時間率の増大によるものであると思われた。

 従来の聴覚的測定では弛緩性および運動低下性dysarthriaでは発話速度の低下を認めないとされてきたが、今回の結果から、聴覚印象による発話速度の測定では、休止時間率の程度にかかわりなく構音速度の側面を中心として測定しているものと思われた。

3.音節の反復速度の低下は全てのタイプのdysarthriaで認め、dysarthriaにおける本パラメーターの測定の重要性が示された。発話明瞭度との比較検討からは、反復速度の測定の臨床的意義として、発話明瞭度検査で検出困難な側面の発話の異常徴候を鋭敏に検出するものであることが示された。

4.音節の反復速度の変動性の指標として測定した音節の持続時間の変動係数の増大はdysarthriaのタイプにかかわらず認め、dysarthriaにおける本パラメーターの測定の重要性が示された。これとともに測定した最大強度の変動係数は、失調性および運動低下性dysarthriaで特に増大傾向が著明であった。発話明瞭度との関連性を検討すると、両パラメーターともにほとんど関連していないことが明らかにされ、これらのパラメーターは明瞭度とは大きく異なる側面の発話機能の異常徴候を反映するものであることが示された。

5.発話速度に関する結果と音節の反復速度の関連性についてさらに検討したところ、発話速度といずれの音節の反復速度との間においても強い相関を認めた。しかし対照群との比較から、音節の反復速度の方が異常徴候の検出精度が高いことが示唆された。

 また、構音速度と音節の反復速度との間においても強い相関を認めた。しかし対照群との比較から、やはり音節の反復速度の方が異常徴候の検出精度が高いことが示唆された。さらに対照群とは異なり、dysarthria患者は構音速度よりも音節の反復速度の方が際立って低下する特異な散布傾向が認められ、すなわち音読課題よりも音節の反復課題の方が異常徴候の検出精度が高いことが示された。

6.今回分析対象とした各パラメーターについて、比較対照群とした正常な高齢発話者34例(平均年齢60.00)の結果から以下の正常範囲(平均±2SD)が示された。

 1) 発話速度

 (1)発話速度(平均モーラ数/秒):3.33以上

 (2)構音速度(平均モーラ数/秒):5.23以上

 (3)休止時間率(%) :40.74未満

 2) Oral diadochokinesis

 (1)音節の反復速度について(平均反復回数/秒):

 /pa/:5.45以上 /ta/:5.33以上 /ka/:4.46以上

 (2)音節の持続時間の変動係数(%)

 /pa/:12.93未満 /ta/:11.58未満 /ka/:15.75未満

 (3)最大強度の変動係数について(%)

 /pa/:3.90未満 /ta/:3.57未満 /ka/:4.52未満

 以上、本論文での研究報告は、発話明瞭度検査の限界を示すとともに、発話速度とoral diadochokinesisはdysarthria患者において発話の中でも特に障害されやすい側面の異常徴候を鋭敏に検出可能なパラメーターであることを示すものであり、すなわち、これらのパラメーターが発話明瞭度と相補的に客観的、定量的評価システムの一翼を担う価値があることを示すものである。これらの研究から得られた知見はdysarthriaにおける発話機能の客観的評価システムの構築に貢献する重要な情報であると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク