学位論文要旨



No 215289
著者(漢字) 高橋,聡
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,サトシ
標題(和) Bリンパ球系悪性腫瘍に対する新規免疫遺伝子治療法の開発
標題(洋)
報告番号 215289
報告番号 乙15289
学位授与日 2002.03.06
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第15289号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田原,秀晃
 東京大学 教授 森,茂郎
 東京大学 教授 伊庭,英夫
 東京大学 助教授 平井,久丸
 東京大学 講師 本倉,徹
内容要旨 要旨を表示する

【研究の背景・目的】

 慢性リンパ性白血病(CLL)および非ホジキン悪性リンパ腫(NHL)は、成人に認められる造血器悪性疾患として頻度が高く、特に進行期に到ると有効な治療法がないのが現状である。CLLの95%以上、およびNHLの80%以上は、Bリンパ球の表現形質を有している。これらのBリンパ球系悪性細胞は、MHCクラスIおよびクラスII分子を高レベルに発現しており、悪性細胞特異的かつクローン性の免疫グロブリン由来ペプチドが、MHC拘束性にCTLによって認識され得ることが報告されている。細胞上での腫瘍抗原およびMHC分子の発現にもかかわらず、これらの悪性細胞が宿主の免疫監視機構から逃れられる理由としては、CLL・NHL細胞上でのB7などの共刺激分子発現の低下・欠如、TGFβやIL10などの免疫抑制物質の腫瘍細胞からの産生、患者Tリンパ球の機能不全などが考えられている。

 CD40分子は、正常Bリンパ球の各分化段階で発現しているのみならず、多くのBリンパ球系悪性細胞上にも発現していることが知られている。そのリガンドであるCD40L(CD154)分子は、主に活性化されたCD4陽性Tリンパ球に発現している。Bリンパ球系悪性細胞上のCD40分子がCD40Lによって刺激されると、悪性細胞上の共刺激分子および接着分子の発現が誘導されて、悪性細胞自体の抗原提示機能が高まり、抗腫瘍免疫反応が惹起される可能性について、濾胞性リンパ腫やCLLにおいて既に報告されている。

 一方で、IL2遺伝子導入悪性細胞を皮内接種すると、IL2の局所発現によりエフェクターTリンパ球が増幅されその結果、悪性細胞の免疫原性が高まることが知られている。さらに、最近の我々のグループによるin vivo系における研究結果から、CD40L分子とIL2の局所発現が、それぞれ単独の遺伝子導入に比べてマウスBリンパ球系悪性細胞株(A20)の免疫原性をより増強する事が明らかになった。

 本研究において私は、大量化学療法など既存の治療に抵抗性のBリンパ球系悪性疾患に対する新規療法としての遺伝子導入腫瘍ワクチン療法の開発を目的に、先ずBリンパ球系CLL患者末梢血由来の白血病細胞、および悪性リンパ腫患者の病的リンパ節から採取したBリンパ球系NHL細胞に対するAdベクターを用いた遺伝子導入法について検討をおこなった。さらに、ヒトCD40L遺伝子およびヒトIL2遺伝子を導入した腫瘍細胞の免疫原性の変化について、特に患者自己Tリンパ球による腫瘍免疫応答に焦点をあてて検討した。

【方法と結果】

(1) Ad5型レセプターを介したBリンパ球系悪性細胞への高効率遺伝子導入法の開発

 Ad5型の感染には、ウイルスの接着に必要なレセプターCARと、ウイルスの細胞内への侵入に必須なレセプターとして働くαvインテグリンの標的細胞上での発現が必要である。患者から採取したB-CLL細胞およびB-NHL細胞表面上でのこれらの発現をフローサイトメトリー法で確認したところ、いずれも極めて低値であり、大量のウイルスベクターを用いても、通常の方法では遺伝子導入は困難であった。しかし、これらの腫瘍細胞を、ヒト胎児肺線維芽細胞株であるMRC-5細胞と共培養すると、インテグリンαvβ3分子の発現が有意に上昇し、この発現量が増加すると共に細胞へのAdベクターによるGFP遺伝子導入効率は増加した。さらに、MRC-5細胞との共培養刺激により、AdベクターによるヒトIL2遺伝子並びにヒトCD40L遺伝子のBリンパ球系悪性細胞への導入が可能となった。本法で遺伝子導入されたIL2およびCD40Lの発現は、少なくとも6-7日間、腫瘍細胞上で高レベルに維持された。なお、ヒトCD40L遺伝子を導入された腫瘍細胞上では共刺激分子であるB7-1、-2および、ICAM-1などの接着分子の発現が上昇していた。

(2) ヒトCD40L遺伝子およびヒトIL2遺伝子導入Bリンパ球系悪性細胞の免疫原性の変化

 CD40LもしくはIL2遺伝子をそれぞれ単独で導入した初代リンパ球系悪性細胞を自己Tリンパ球と共培養したところ、Tリンパ球のDNA合成能およびIFNγ産生能を上昇させた。さらに、これらの遺伝子導入細胞を併用した場合にはTリンパ球に対する刺激効果は増強された。この結果は、in vitroにおけるTリンパ球の増幅にも反映され、刺激細胞としてCD40LとIL2遺伝子導入細胞を併用した場合の細胞数は、それぞれ単独細胞による刺激に比べ有意に増加した。この時に、CD40L単独刺激ではCD4陽性Tリンパ球数のみの増加であったが、IL2と組み合わせた場合はCD4陽性リンパ球数のみならずCD8陽性細胞数も増加した。さらに、これらの遺伝子導入腫瘍細胞による刺激を4週間続けて誘導された自己Tリンパ球が、遺伝子未導入の腫瘍細胞を認識する可能性について検討したところ、CD40LとIL2併用刺激によって誘導されたTリンパ球のみが腫瘍細胞に反応して、DNA合成およびIFNγ産生を増加させた。NHLの場合では、CD40L+IL2の刺激によって誘導されたTリンパ球のみが、自己NHL細胞に対する明らかなHLA拘束性のCTL活性を示した。

【考案と結語】

 HLA分子が高発現し、かつイディオタイプ免疫グロブリンなどの有力な腫瘍抗原候補分子が強く発現しているB-CLL細胞やB-NHL細胞が免疫監視機構から逃れる機序を考慮した場合、これらのBリンパ系造血器腫瘍細胞上の共刺激分子と接着因子の発現増加を誘導するCD40L刺激と、Tリンパ球の活性化および増幅効果を有するIL2刺激を併用した腫瘍ワクチン療法は極めて有力な治療戦略となり得る。特に、これら免疫増強分子遺伝子導入リンパ球系悪性細胞を用いた新しい免疫遺伝子療法の臨床開発は重要と考えられる。しかし、これまでの癌遺伝子治療研究では様々なウイルスベクターを用いて腫瘍細胞への遺伝子導入が試みられてきたが、標的細胞への遺伝子導入効率は各ウイルスの細胞・組織親和性に依存している。そのため、特に造血器悪性腫瘍に対しては、現在使用可能な臨床グレードの遺伝子導入ベクターシステムを用いた場合、効果的な遺伝子導入は困難であった。本研究において、ヒト線維芽細胞株(MRC-5)と共培養することにより、腫瘍細胞上のAd5レセプターのひとつであるインテグリンαvβ3分子の発現が上昇し、効率の良いAd5ベクターを用いた遺伝子導入が可能となり、患者由来のBリンパ球系CLL細胞および悪性リンパ腫細胞上でCD40L分子とIL2分子を発現させることが可能となった。

 さらに、CD40LまたはIL2遺伝子をそれぞれ単独で導入したBリンパ球系腫瘍細胞の刺激によって誘導されたTリンパ球は腫瘍細胞に対する反応を示さなかったが、両細胞を併用することで患者Tリンパ球による抗腫瘍免疫の誘導が確認された。すなわち、患者からの腫瘍細胞を用いた場合でもマウスモデルでの結果と同様に、個々の刺激に比べCD40L+IL2刺激が、より強力な抗腫瘍免疫反応を誘導することが明らかとなった。これら遺伝子導入腫瘍細胞による宿主の抗腫瘍効果獲得機序に関しては、以下の可能性が考えられる。(1)腫瘍抗原特異的Tリンパ球のT細胞リセプターが、腫瘍細胞と会合し第1のシグナルが伝達されると同時に、腫瘍細胞上に強制発現されたCD40LによってTリンパ球上のCD40が刺激を受ける。(2)CD40L遺伝子導入による直接効果、もしくはバイスタンダー効果によって腫瘍細胞上に発現したB7(CD80,86)分子や接着分子がTリンパ球に第2のシグナルを送る。(3)遺伝子導入により腫瘍細胞から産生されたIL2の作用により、Tリンパ球は分裂・増殖し効果的なエフェクター細胞となる。言いかえるとCD40Lの遺伝子導入なしでは腫瘍細胞上の共刺激分子の発現は弱く、Tリンパ球は第2のシグナルを受けることができにくいため、IL2の存在の有無にかかわらず抗腫瘍エフェクター細胞の誘導は不可能である。また、IL2による刺激がない場合では、CD40Lの効果により第2のシグナルを受け活性化されたTリンパ球も増殖することができない等の可能性が考えられる。

 以上の結果により、安全性の確認および臨床効果の検討を目的とした新規免疫遺伝子治療臨床研究を計画することの妥当性が示されたと思われる。今後、緻密にデザインされた臨床研究を通じて、Bリンパ系悪性疾患に対するCD40LとIL2遺伝子の臨床上での役割を明確にしていくことが重要であると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 近年、悪性腫瘍に対する遺伝子治療の臨床開発を目指した研究が、精力的に行なわれている。一方で、造血器悪性腫瘍に対する造血幹細胞移植を含めた放射線療法や化学療法などの治療効果は未だ十分とは言えず、新しい治療の開発が急務となっている。

 本研究では、まずアデノウイルス(Ad)ベクターによるBリンパ球系悪性細胞への遺伝子導入法について基礎的検討をおこなった。次に、今回の検討によって開発された方法を用いて、ヒトCD40リガンド(CD40L)遺伝子およびヒトインターロイキン2(IL2)遺伝子を導入したヒト患者由来のBリンパ球系悪性細胞の免疫原性の変化について検討を行なった。この研究により得られた主な結果は以下のようなものである。

1.Bリンパ球系悪性細胞をヒト線維芽細胞株(MRC-5)と共培養することにより、腫瘍細胞上のAd5型レセプターのひとつであるインテグリンαvβ3分子の発現が上昇し、Ad5ベクターを用いた効率の良い遺伝子導入が可能であることを明らかにした。

2.上記の方法を用いて、患者由来のB細胞性慢性リンパ性白血病(CLL)細胞へのヒトCD40L遺伝子およびヒトIL2遺伝子を導入した腫瘍細胞の免疫原性の変化について、特に患者自己Tリンパ球による腫瘍免疫応答に焦点をあてて検討した。CD40LもしくはIL2分子単独の遺伝子導入腫瘍細胞は明らかに自己T細胞のDNA合成能およびIFNγ産生能を刺激し、これらの遺伝子導入細胞を組み合わせた場合は、T細胞刺激効果がさらに増すことが確認された。これは、in vivoにおけるT細胞の増幅にも反映し、刺激細胞としてCD40LとIL2の組み合わせを用いた場合の細胞数の増加は、それぞれ単独の刺激に比べ有意に上昇した。さらに、これらの遺伝子導入腫瘍細胞の刺激によって誘導された自己T細胞が、非修飾の腫瘍細胞を認識して増殖およびIFNγを産生するかについて検討したところ、CD40LとIL2の組み合わせによる刺激によって誘導されたT細胞のみが、腫瘍細胞を認識し、反応することが明らかになった。以上の結果より、CD40LおよびIL2遺伝子を導入した腫瘍細胞のみで誘導されたT細胞には腫瘍細胞を認識することはできなかったが、両刺激の組み合わせにより腫瘍反応性の自己T細胞が誘導されることが明らかになった。

3.また同様な方法を用いて悪性リンパ腫(NHL)細胞の検討を行なったところ、CD40LまたはIL2遺伝子をそれぞれ単独で導入細胞によって誘導された自己Tリンパ球は腫瘍細胞に対する反応を示さなかったが、両細胞を併用することで患者Tリンパ球による抗腫瘍免疫の誘導が確認され、さらにCD40L+IL2刺激によって誘導されたTリンパ球のみが、自己NHL細胞に対する明らかなHLA拘束性のCTL活性を示した。

 以上、本研究によって示された結果は、CLLやNHLなど難治性B細胞性悪性腫瘍に対してCD40リガンド(CD40L)とインターロイキン2(IL2)分子を用いた能動免疫療法が有効な治療法となる可能性を示唆している。本研究は、遺伝子導入腫瘍ワクチン療法の臨床開発を進める妥当性を示したものと言え、今後の免疫遺伝子治療を用いた集学的治療法の発展に重要な貢献をもたらすものと思われる。よって学位の授与に値すると思われる。

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