学位論文要旨



No 215292
著者(漢字) 竹川,暢之
著者(英字)
著者(カナ) タケカワ,ノブユキ
標題(和) オーストラリアにおけるバイオマス燃焼の大気化学効果
標題(洋) Effects of Biomass Burning on Atmospheric Chemistry over Australia
報告番号 215292
報告番号 乙15292
学位授与日 2002.03.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第15292号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高橋,正明
 東京大学 教授 近藤,豊
 東京大学 教授 中島,映至
 東京大学 助教授 植松,光夫
 東京大学 助教授 小池,真
内容要旨 要旨を表示する

 バイオマス燃焼は、グローバルな対流圏大気環境に対して大きな影響を与えている。バイオマス燃焼の多くは熱帯または亜熱帯域で発生しており、バイオマス燃焼がこの領域のオゾン(O3)及びその前駆物質の主要な供給源であると考えられている。また、バイオマス燃焼は二酸化炭素(CO2)やメタン(CH4)等の温室効果ガスの放出源としても重要であり、地球の放射収支にも大きな影響を与えていると見積もられている。近年、熱帯域のバイオマス燃焼に注目した観測やモデル計算等が数多く行われてきている。しかしながら、バイオマス燃焼に伴う光化学過程・輸送過程に関する定量的な理解はまだ充分とは言えない。特に、アフリ力・アマゾンに比べて、オーストラリアにおける観測データが不足していた。本研究は、(1)バイオマス燃焼観測のための航空機搭載型一酸化炭素(CO)測定器の開発、及び(2)オーストラリア北部境界層におけるバイオマス燃焼空気塊の光化学過程・輸送過程の解明、という2つの内容により構成される。

 対流圏において、COはオゾンおよび水酸ラジカル(OH)に対して強い影響を及ぼす気体である。また、COの光化学寿命は1-3ヶ月と比較的長いため、バイオマス燃焼の影響を強く受けた空気塊のトレーサーとして有用である。したがって、バイオマス燃焼が大気成分に与える影響を広範囲にわたって調べるためには、航空機を用いたCOの測定が必要不可欠である。しかしながら、水平速度約200m/sで飛行する航空機上で高空間分解能の測定を行うためには、1秒程度の速い応答時間を持つ測定器が必要である。本研究では、真空紫外(VUV)共鳴蛍光法を用いた高速・高精度CO測定器の開発を行った。図1に測定器のダイアグラムを示す。測定器の主要部分はCO共鳴線ランプ、分光器、蛍光セル、および光電子増倍管(PMT)から成る。CO共鳴線ランプは波長150nm付近のCO共鳴線(4th positive band)を強く放射するような光源であり、その光のうち適切な波長域のみを分光器により選択して蛍光セル内に照射する。136nmより短波長の光が引き起こす水蒸気(H2O)の干渉を確実に抑えるために、ランプ窓に147nm以上を透過する特殊な石英(crystalline quartz)を用いることを独自に考案した。これにより水蒸気による干渉を最小限に抑えつつ、1秒の積算時間で1-2 ppbv(ppbv=10-9)という高速・高精度を達成することに成功した。また、実大気観測においても、実験室と同様に高い性能を発揮し得る安定なシステムであることを実証した。

 1999年8-9月にオーストラリアのダーウィン(12'S,131'E)を拠点として、航空機観測Biomass Burning and Lightning Experiment Phase B(BIBLE-B)が行われた。航空機Gulfstream-IIを用いて、CO、O3、反応性窒素酸化物(NOx, NOy)、非メタン炭化水素類(NMHCs)などの測定が行われた。図2にバイオマス燃焼分布と観測経路を示す。観測が行われたアーネムランドでは、乾季になると大規模なバイオマス燃焼が発生している。この領域の植生は比較的均一である。BIBLE-B観測期間中、オーストラリア北部には安定な高気圧が発達しており、アーネムランド上空では強い下降流が卓越していた。ラジオゾンデで得られた温度ブロファイルによれば、高度2-3km付近に安定な逆転層が常時現れていた。その逆転層の下方、すなわち境界層内では、バイオマス燃焼の一次放出成分であるCO、NOx,NOy、NMHCs等の濃度に大きな増大が見られた。一方、自由対流圏中におけるこれらの成分の濃度は、バイオマス燃焼の影響を直接受けていないと考えられる南太平洋上空(バックグラウンド空気)の濃度と同程度であった。これらの結果から、バイオマス燃焼の影響はほとんど境界層内に閉じ込められていて、自由対流圏への輸送は小さいことが明らかになった。オーストラリア北部の境界層内では、東風または南東風が卓越していた。そのため、アーネムランドで観測された空気塊の90%以上がオーストラリア東方の南太平洋域に起源を持っていた。このような輸送パターンに基づいて観測された空気塊の分類を行い、相関解析を用いてNOx・NOyの消滅過程、及びオゾン生成過程に関して調べた。

 長寿命のNMHCsとCOの相関関係は境界層内でほぼ一様であった。この結果は、バイオマス燃焼がこれらの物質の主要な供給源であるとともに、その放出比がほぼ一定であることを示している。これは、アーネムランド域の植生の均一性を反映していると考えられる。

 NOxとCO・NMHCsとの相関関係により、日中におけるNOxの光化学寿命がOHとの反応で決まる寿命(〜0.4日)にほぼ等しいことが示された。このことは、不均一反応による硝酸(HNO3)の還元等のような他のプロセスの寄与が有効ではないことを示している。また、NOyとCOの相関関係により、バイオマス燃焼から放出されたNOyの50%程度が乾性沈着によって2-3日の間に消失していることが明らかになった。このようなNOyの消失過程は、放出源から離れた領域でのNOxの供給源を考える上で重要である。

 NOx濃度に対するO3生成率及びO3濃度の関係を比較することにより、主要なO3生成がバイオマス燃焼放出源(hot spot)の周辺で起こっていることが示された。図3にアーネムランドおよびその下流のチモール海で得られたCOとO3の相関関係を示す。チモール海ではアーネムランドに比べてO3濃度が全体的に5 ppbv程度高くなっているが、これは時間の経過によるオゾン生成の進行によるものと考えられる。このオゾン増大量は、光化学モデルによるオゾン生成率(2 ppbv/day)と輸送時間(2-3日)から見積もられる生成量とほぼ一致する。また、CO-O3相関関係とCO放出量の統計値を用いることにより、オーストラリア北部から放出されるO3のfluxが1 Gmol/day程度であることが示された。オーストラリアのバイオマス燃焼は境界層内のオゾン収支には大きな影響を与えているものの、空気塊が境界層に閉じ込められている間にNOxが減少してO3の生成率と消滅率がほぼバランスしてしまうために、広い範囲(特に自由対流圏)への直接的影響は大きくないものと考えられる。

図1.開発した航空機搭載型CO測定器のダイアグラム。

図2.アーネムランドのバイオマス燃焼分布(黒点)、及び航空機観測経路(灰色線)。

図3.バックグラウンド大気(白丸)、アーネムランド上空(灰色丸)、およびチモール海上空(黒丸)におけるCO-O3相関図。

チモール海上空の中央値を白抜き四角、その点とバックグラウンドを通る直線(傾き0.15)を実線で示している。誤差棒は中央67%範囲を表す。

審査要旨 要旨を表示する

 バイオマス燃焼は、全球対流圏大気環境に大きな影響を与えている。バイオマス燃焼の多くは熱帯または亜熱帯域で発生しており、このバイオマス燃焼はCO、NOxや炭化水素類の重要な供給源であり、その領域の温暖化物質であるオゾン濃度に重要な影響を与える。また、バイオマス燃焼は二酸化炭素やメタンなどの温暖化ガスの放出源としても重要であり、地球の放射収支に大きな影響を与えている。近年、熱帯域のバイオマス燃焼に注目した観測やモデル計算が行われているが、光化学過程、輸送過程に関しての定量的な理解はまだ十分ではない。アフリカやアマゾンにくらべて、オーストラリアにおける観測テータはほとんどない。

 対流圏において、COはオゾンやOHラジカルにたいして強い影響をおよぼす気体である。また、COの寿命は1−3ヶ月と比較的長いので、空気塊のトレーサーとして有用であるので、航空機を用いたCOの測定が必要不可欠である。本論文の2章では、そのことをふまえて、真空紫外共鳴蛍光法を用いた高速、高精度の測定器を新しく作成したことが述べられている。CO共鳴ランプは波長150nm付近のCO共鳴線を強く放射する光源であり、その光のうち適切な波長域のみを分光器により選択して蛍光セル内に照射する。136nmより短波長の光が引き起こす水蒸気の干渉を確実に押さえるために、ランプ窓に147nm以上を透過する特殊な石英を用いることを独自に考案している。これにより水蒸気の干渉を最小限におさえ、1秒の積算時間で1-2ppbvという高速、高精度の測定器をつくることに成功した。また下記に述べる実際の観測においても同様な高い性能を発揮する安定なシステムであることを実証している。

 3章においては、1999年8月30日−9月14日に行われた航空機観測の結果が述べられている。この期間においてはオーストラリア北部において安定な高気圧が発達しており、強い下降流が卓越していた。温度観測によると、高度2-3km付近に安定な逆転層があり、境界層を形成しており、境界層内の化学過程、輸送過程を解明している。境界層内では、バイオマス燃焼の一次放出成分であるCO、NOx、非メタン炭化水素(NMHC)の濃度におおきな増大がみられ、それ以高の自由対流圏では清浄な空気の濃度と同程度であった。これらから、バイオマス燃焼の影響はほとんど境界層内に閉じ込められており、境界層内では東風または南東風が卓越していた。そのため、観測された空気塊の90%以上がオーストラリア東方の南大平洋に起源をもっている。このような輸送パターンに基づいて空気塊の分類を行い、相関解析を用いてNOx、NOyの消滅過程、およびオゾン生成過程を調べている。COとNMHCとの相関関係は境界層内でほぼ一定であることから、バイオマス燃焼の放出比がほぼ一定であることを示し、この地域の植生の均一性を反映していると考えられる。

 NOxとCO、NMHCとの相関関係から、日中におけるNOxの光化学寿命が0.4日と見積もられ、それがOHとの反応で決まることを示している。これにより、不均一反応がこの領域では有効ではないことを示した。またNOyとCOとの相関関係により、NOyの消失過程が2-3日であることを示し、これが乾性沈着で消失していることを明らかにしている。

 NOx濃度に対するオゾン生成率およびオゾン濃度の関係を比較することで、オゾン生成がバイオマス燃焼放出源の周辺でおこっていることを示している。このオゾン増大量は、光化学モデルによるオゾン生成率と輸送時間(2-3日)から見積もられる生成量とほぼ一致している。またこの地域でのオゾンフラックスが1Gmol/day程度であることを見積もっている。オーストラリアのバイオマス燃焼は境界層内のオゾン収支には大きな影響を与えているが、自由対流圏への直接的影響はおおきくないものと思われる。

 以上のような結果は、大気化学の研究に重要な貢献をするものと思われ、新しい知見をあたえ、大気化学の発展に大きく寄与したと判断する。

 なお、論文2章は、北和之氏ほかとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって開発をおこなったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)を授与できると認める。

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