学位論文要旨



No 215293
著者(漢字) 大西,智之
著者(英字)
著者(カナ) オオニシ,トモユキ
標題(和) 核酸およびアミノ酸系抗ウイルス剤の効率的合成法の開発
標題(洋)
報告番号 215293
報告番号 乙15293
学位授与日 2002.03.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第15293号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 奈良坂,紘一
 東京大学 教授 川島,隆幸
 東京大学 教授 橘,和夫
 東京大学 教授 中村,栄一
 東京大学 教授 塩谷,光彦
内容要旨 要旨を表示する

 近年、医薬品や農薬などの生物活性化合物を光学活性体として合成する必要性が、強く叫ばれている。筆者は、光学活性エピクロロヒドリンやアミノ酸等の光学活性化合物を出発物質とし、汎用性や大量合成に適した合成反応や合成ルートを探索し、抗ウイルス剤およびその中間体の合成法を開発することができた。

1)抗ヘルペスシクロプロパンヌクレオシドA-5021の類縁体の合成研究

 A-5021(1)は疑似糖部位が光学活性シクロプロパンとなっているユニークな構造のグアニンヌクレオシドであり、優れた抗ヘルペス活性を有する。筆者は、抗ウイルス活性を有する新規化合物を見いだすことを目的に、A-5021類縁体の合成研究を行った。

 まず、A-5021と同様に疑似糖部位が光学活性シクロプロパンであり、塩基部位の5位が置換されたウラシルヌクレオシド類縁体の一般的合成法を検討した。これまで報告された1-アルキルウラシル誘導体の合成法では、ウラシルの1位をアルキル化した後、数段階の反応よりウラシルの5位に置換基を導入する必要があった。筆者は、5位が置換された各種ウラシルを臭化物(2)により1−アルキル化することによって、A-5021の各種ウラシル誘導体を短工程で簡便に合成した(Scheme 1)。合成された化合物の中で、5-(E)-ブロモビニルウラシル誘導体(AV-100,3)が、既存薬アシクロビルおよびA-5021に比べ、優れた抗帯状疱疹ウイルス(VZV)活性を示した。

 さらに、A-5021の疑似糖部位がシクロブタンとなった化合物の合成を行った。原料としてα,α−ジブロモアジピン酸ジメチルとシアン化カリウムを反応させることによって得られるシアノ化合物(4)を用い、水素化アルミニウムリチウム還元を行ってアミンヘと変換した(Scheme 2)。次いでシクロブチルメチルアミン(5)からグアニン環を形成することによって、目的のシクロブタン類縁体(6)を得ることができた。

2)抗ヘルペスシクロプロパンヌクレオシドA-5021の工業的合成法の開発

 A-5021(1)の開発初期段階の合成法は、途中の中間体が不安定で精製が困難なこと、また高価な試薬を必要とすることがプロセス上大きな問題となっており、工業化に適したものではなかった。そこで筆者は、工業化可能なA-5021の合成法の開発を検討した。

 合成戦略上、次の2つの改良点が考えられた。すなわち、1)光学活性エピクロロヒドリンから調製されるシクロプロピルエステル(7)のラクトン環はA-5021のジオール部位の前駆体とみなせるので、これをジオール保護体と考え、最後に還元する。それが可能ならば、ラクトン環より先にエチルエステル部分を還元して、生じるアルコール誘導体をアルキル化に用いることができる。また、2)そのアルコール誘導体(8)をプリン塩基のアルキル化剤として利用するが、実用上十分な安定性を有しているか、ということである。実際このような問題点を克服し、Scheme 3に示すルートによって、目的のA-5021(1)を合成することができた。このルートでは保護基を用いることなく短工程でA-5021を合成でき、工業的生産にも十分適用可能である。

 さらに、安価なラセミ体のエピクロロヒドリンを出発原料とし、合成中間体であるエチルエステル(9)のリパーゼによる不斉加水分解を利用して光学活性体(7)を得ることを検討した(Scheme 4)。種々のリパーゼによる加水分解の選択性の検討を行ったところ、アマノリパーゼPSが良好な選択性を示すことを見出した。さらに、石油ベンジンとリン酸緩衝液1:1の2相系でpH5に調整しながら酵素反応を行うことにより、収率75%(ラセミ体からは37.5%)、97%以上の光学純度で、目的の光学活性エステル(7)を得ることができた。

3)N−保護アミノ酸エステルのクロロメチル化によるα−アミノα'−クロロケトン類の工業的合成法の開発

 α−アミノα'−クロロケトン誘導体は、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)プロテアーゼ等の種々の阻害剤に見られるヒドロキシエチルアミン類縁体の有用な合成前駆体であり、このものの工業的に優れた合成法の開発が経済的な観点からも望まれている。筆者は、各種N−保護アミノ酸エステルとClCH2Li(比較的安価なnBuLiとBrCH2Clによりin situで調製)との反応によるクロロメチル化を検討した。

 N−保護アミノ酸エステルのクロロメチル化の例としては既に2例が報告されているが、無保護のα−アミノα'−クロロケトンを合成する目的には適していない。筆者は最初にBoc-Phe-OMeにClCH2Liを作用させて、直接的にN-Boc保護α−アミノα'−クロロケトンを得る検討を行ったが、大過剰のBrCH2ClとnBuLiを用いても収率は50%以下であった。このN-Boc保護アミノ酸エステルは、アミノ基上に一つ水素原子が残っていることが、収率の向上しない原因であると考えられる。そこで次に、アミノ基が二重に保護された化合物である、N−アルコキシカルボニル−3−オキサゾリジン−5−オン誘導体(10)のクロロメチル化を試みた。この場合には、小過剰のBrCH2ClおよびnBuLiを用いるだけで目的の5−クロロメチル−5−ヒドロキシ−3−オキサゾリジン誘導体(11)が得られ、さらに酸で加水分解することによって、収率良く高い光学純度を有するα−アミノα'−クロロケトン誘導体(12)を合成することができた(Scheme 5)。

 次にH-Phe-OMeのクロロメチル化に適応可能なアミノ基の保護基に関して検討を行い、アミノ基をジフェニルメチリデンによって保護した化合物(13)がクロロメチル化の有用な基質であることを見いだした(Scheme 6)。さらに、保護化試薬として安価なベンズアルデヒドを用いることを考え、アミノ基をベンジリデン保護した化合物である14についてもクロロメチル化を試みた。14のクロロメチル化には、ベンズイミン部位へのClCH2Liの付加やα位のラセミ化が懸念される。しかし、14のクロロメチル化を行い、次いで塩酸で保護基を加水分解したところ、イミンに対する付加やラセミ化を伴うことなく、79%と良好な収率で脱保護されたクロロメチルケトンの塩酸塩である15が得られた。これをBoc化することによって、HIVプロテアーゼ阻害剤の有用な中間体であるN-Boc保護クロロメチルケトン(16)へと収率80%で導くことができた。また、本プロセスはパイロットプラント製造を実施して、工業化可能であることが実証できた。

4)N−保護アミノ酸エステルのジハロメチル化に関する研究

 N−保護アミノ酸エステルのジハロメチル化は報告例がなく、クロロメチル化との相違点に興味が持たれる。筆者は、各種N−保護アミノ酸エステルとジハロメチルリチウムとの反応を検討した。

 13および14を反応基質として用いた検討の過程において、α−アミノα'−ジハロケトン誘導体は酸性条件下で不安定であり、N−保護基の掛け替えが困難であることが判った。そこで、クロロメチル化の反応基質としては不適であった窒素原子上に水素が一つ残っているBoc-Phe-OMe(17)の、ジハロメチル化を試みた。検討の結果、ジハロメタンとLDAを約2倍モル用い反応を行うことによって、ラセミ化を伴わずジハロメチルケトン(18)を得ることができた(Scheme 7)。生成物である18は、立体選択的にerythroβ−アミノ−α−ヒドロキシカルボン酸に誘導できることが報告されており、HIVプロテアーゼ阻害剤の中間体として有用である。さらに、触媒としてPd/BaSO4を用いた18の水素化分解により、ハロメチルケトン(19)に誘導することができた。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、核酸およびアミノ酸系抗ウイルス剤の効率的合成法の開発について、4部にわたって述べたものである。

 第1部では、抗ヘルペスシクロプロパンヌクレオシドA-5021の類縁体の合成研究について述べている。A-5021は疑似糖部位が光学活性シクロプロパンとなっているユニークな構造のグアニンヌクレオシドであり、優れた抗ヘルペス活性を有する。著者は、抗ウイルス活性を有する新規化合物を見いだすことを目的に、A-5021類縁体を合成した。まず、A-5021と同様に疑似糖部位が光学活性シクロプロパンであり、塩基部位の5位が置換されたウラシルヌクレオシド類縁体の一般的合成法を検討した。これまで報告された1−アルキルウラシル誘導体の合成法では、ウラシルの1位をアルキル化した後、数段階の反応よりウラシルの5位に置換基を導入する必要があった。著者は、5位が置換された各種ウラシルを臭化物により1−アルキル化することによって、A-5021のウラシル誘導体を短工程で簡便に合成できることを示した。合成された化合物の中で、5-(E)-ブロモビニルウラシル誘導体AV-100が、既存薬アシクロビルおよびA-5021に比べ、優れた抗帯状疱疹ウイルス(VZV)活性を示した。また、A-5021の疑似糖部位がシクロブタンとなった化合物についても合成を行った。

 第2部では、抗ヘルペスシクロプロパンヌクレオシドA-5021の工業的合成法の開発について述べている。まず、光学活性エピクロロヒドリンを原料とする、A-5021の工業的合成法の開発を検討した。従来のA-5021の合成法は、途中の中間体が不安定で精製が困難なこと、また高価な試薬を必要とすることが大きな問題となっており、工業化に適したものではなかった。著者は、合成戦略上、次の2つの改良点を考えた。すなわち、1)光学活性エピクロロヒドリンから調製されるシクロプロピルエステルのラクトン環はA-5021のジオール部位の前駆体とみなせるので、これをジオール保護体と考え、最終段階で還元し、ジオールを構築する。2)これが可能になるとラクトンアルコール誘導体をプリン塩基のアルキル化剤として利用できるということである。このような考え方に従って、下記のルートによって目的のA-5021を合成することに成功した。このルートでは保護基を用いることなく短工程でA-5021を合成でき、工業的生産にも十分適用可能であることが示された。

 さらに、安価なラセミ体のエピクロロヒドリンを出発原料とし、合成中間体であるシクロプロピルエステルのリパーゼによる不斉加水分解を利用して光学活性体なラクトンエステルを得ることを検討した。種々のリパーゼによる加水分解の選択性の検討を行ったところ、アマノリパーゼPSが良好な選択性を示すことを見いだした。さらに、石油ベンジンとリン酸緩衝液1:1の2相系でpH5に調整しながら酵素反応を行うことにより、収率75%、97%以上の光学純度で、目的の光学活性エステルを得ることに成功した。

 第3部では、N−保護アミノ酸エステルのクロロメチル化によるα−アミノα'−クロロケトン類の工業的合成法の開発について述べている。α−アミノα'−クロロケトン誘導体は、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)プロテアーゼ等の種々の阻害剤に見られるヒドロキシエチルアミン類縁体の有用な合成前駆体であり、このものの工業的に優れた合成法の開発が経済的な観点からも望まれている。そこで著者は、各種N−保護アミノ酸エステルとClCH2Liとの反応によるクロロメチル化を検討した。

 N−保護アミノ酸エステルのクロロメチル化の例としては既に2例が報告されているが、これらの方法は無保護のα−アミノα'−クロロケトンを合成する目的には適していない。まず著者は、アミノ基が二重に保護された化合物である、N−アルコキシカルボニル−3−オキサゾリジン−5−オン誘導体のクロロメチル化を行い、次いで酸で加水分解することによって、収率良く高い光学純度を有するα−アミノα'−クロロケトン誘導体を合成できることを明らかにした。次に、H-Phe-OMeのクロロメチル化に適応可能なアミノ基の保護基に関して検討を行い、アミノ基をジフェニルメチリデンによって保護した化合物がクロロメチル化の有用な基質であることを見いだした。さらに著者は、保護化試薬として安価なベンズアルデヒドを用いることを考え、アミノ基をベンジリデン保護した化合物についてもクロロメチル化を行い、次いで塩酸で保護基を加水分解した。イミンに対する付加やラセミ化を伴うことなく、79%と良好な収率で脱保護されたα−アミノα'−クロロケトンの塩酸塩を合成することに成功した。次いで種々のN−ベンジリデン保護アミノ酸エステルについてクロロメチル化を検討し、本反応には一般性があることを明らかにした。また、N−ベンジリデン保護アミノ酸エステルのクロロメチル化を鍵反応とするプロセスは、パイロットプラント製造を実施して、工業化可能であることが実証できた。

 第4部では、N−保護アミノ酸エステルのジハロメチル化に関する研究について述べている。N−保護α−アミノα'−ジハロケトン誘導体は、立体選択的にerythroβ−アミノ−α−ヒドロキシカルボン酸に誘導できることが報告されており、HIVプロテアーゼ阻害剤の中間体として有用である。そこで著者は、N−保護アミノ酸エステルとジハロメチルリチウムとの反応によるジハロメチル化を検討した。

 クロロメチル化の反応基質としては不適であった窒素原子上に水素が一つ残っているN−アルコキシカルボニル保護アミノ酸エステルの、ジハロメチル化を試みた。検討の結果、ジハロメタンとLDAを約2倍モル用い反応を行うことによって、ラセミ化を伴わずN−アルコキシカルボニルα−アミノα'−ジハロケトン誘導体を合成できることを見いだした。

 以上述べたように、核酸およびアミノ酸系抗ウイルス剤の効率的合成法に関する本研究業績は、有機合成化学の分野に貢献するところ大である。なお、本研究は向井千賀、中川隆祐、関山隆顕、青木美保、鈴木克也、中澤はるみ、小野信和、大村裕子、岩山聡、奥西昌彦、辻尚志、松澤俊博、西誠一、坂田勝利、廣瀬直子、中野敬、中沢正和、井澤邦輔、大竹康之、鳥居高好との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験を行ったもので、論文提出者の寄与は十分であると判断される。従って、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

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