学位論文要旨



No 215295
著者(漢字) 滝澤,慶之
著者(英字)
著者(カナ) タキザワ,ヨシユキ
標題(和) 宇宙プラズマ観測のための次世代極端紫外線分光撮像技術の開発
標題(洋) Development of a new generation EUV imaging spectrometer for space plasma observation
報告番号 215295
報告番号 乙15295
学位授与日 2002.03.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第15295号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 岩上,直幹
 宇宙科学研究所 教授 國枝,秀世
 東京大学 教授 向井,利典
 東京大学 教授 杉浦,直治
 東京大学 教授 牧島,一夫
内容要旨 要旨を表示する

 地球電離圏の外側にあるプラズマ圏と呼ばれる領域は、VLF伝播の観測によって1960年代に発見され、以後、人工衛星によるイオン粒子の「その場」観測により研究が進められてきた。しかし、このような観測では、観測された現象の時間的変化と空間的変化を分離する事は難しかった。また、プラズマ圏と電離圏とのつながりも十分には理解されていない。そこで、近年になって、プラズマ圏や電離圏に多数存在するイオンや原子が共鳴散乱する太陽光を検出し、その大局的な分布・運動の撮像観測研究が進められている。これらの共鳴散乱光は極端紫外線(EUV)領域で高い強度を示すが、一般にEUV光に対する物質の反射率は極めて小さいため、十分な集光・結像性能を有する光学系を構成することが困難であった。これに対し、近年、多層膜反射鏡の技術開発が進むことによって、EUV光を効率よく集光できる光学系が現実のものとなってきた。私は、プラズマ圏中の粒子の約10%を占めるヘリウムイオンが共鳴散乱する304AのEUV太陽光を検出する広視野望遠鏡の設計開発、及び、この望遠鏡の光学部品である多層膜反射鏡、金属薄膜フィルターの製作、較正を行った。開発したロケット搭載用観測機器Extreme-ultraviolet Plasmaspheric Scanner(EPS)は、開口効率を高めるために「軸外し光学系」を採用し、広い視野と粗い角度分解能を持たせた直入射反射望遠鏡型センサーである。センサーの光軸はロケットの機軸に対して13°傾斜させてあり、ロケットの機軸周りの回転に伴って視線方向が変化することによって、視野角52°のヘリウムイオンの空間分布が得られるようになっている。

 このEPSは、宇宙科学研究所の新型2段式観測ロケットSS520-1号機ロケットに搭載され、1998年2月5日17時30分に鹿児島宇宙空間観測所(KSC)から打ち上げられた。約10分間にわたるロケット実験では、複雑な空間構造を持つと考えられる夕方側のプラズマ圏の光学撮像観測が行われ、ヘリウムイオンの304A共鳴散乱線の2次元強度分布像を得ることに成功した。この観測結果から、夕方側プラズマ圏の磁気赤道面でヘリウムイオンの柱密度が減少していることが初めて明らかになった。この観測結果は、近年のイオン粒子の「その場」観測で得られた夕方側電離層上部の磁気赤道面付近でのヘリウムイオン密度の減少と定性的に符合する。このことから、電離層とプラズマ圏のヘリウム密度分布には何らかの相関があり、今回の結果は、「その場」観測で得られた断片的な夕方側プラズマ圏のプラズマ分布のより大局的な構造を反映したものであることが示唆される。このように、プラズマ圏の大局的な分布や運動を解明する上で、EUV光を用いた撮像観測は非常に重要な情報を提供する。

 しかしながら、得られた共鳴散乱光の観測強度は弱く、将来的に1時間程度の時間分解能でプラズマの運動の様子を明らかにするには、現在のシステムの数10倍程度の検出光子量が求められることもわかった。このように、今後の精密観測では、新たな技術革新による光量増加が次に解決すべき課題として挙げられる。光量に関連してEPSで問題となるのは検出効率の低さである。EPSは、多層膜反射鏡、金属薄膜フィルター及びマイクロチャンネルプレート(MCP)で構成される直焦点型直入射望遠鏡である。この構成で検出効率が稼げないのは主として以下の2つの理由による。一つは、EUV域におけるMCPの検出効率が最大20%と低いこと、もう1つは、エネルギー分解能を持たないMCPを用いてヘリウムイオンの共鳴散乱線だけを検出するために、観測対象の光量を犠牲にしながら吸収フィルターによって他の共鳴散乱線成分を減光させていることである。このように、現状のシステム構成を用いて光量不足の問題を解決するには、光学系の口径を現在の数倍〜10倍程度まで拡大せざるを得ず、システム全体の大型化に伴う様々な付随的課題が発生する。EPSと同じ構成をとる火星探査機「のぞみ」や将来の「SELENE」搭載の観測機器も同様である。このように、近未来の高精度の宇宙プラズマ観測においては、EPSのようなシステムに変わる高い効率を実現するEUV2次元検出器の開発が強く求められる。

 私はEUV光においてもエネルギー分解能を有する超伝導トンネル接合素子(以下、STJ)を用いて、EUV用2次元分光検出素子の開発を行ってきた。STJ素子を用いる最大の利点は、高いエネルギー分解能とEUVに対して100%に近い高い検出効率である。STJ素子では、1個の光子が作るパルス状の信号から波長情報が直接得られるため、分光器やフィルタで検出効率を損なうことなく分光観測が行える。理論的に与えられる波長分解能は、Nb系のSTJでΔλ(FWHM)〜13A@500A(λ/Δλ〜37)、Al系のSTJでΔλ(FWHM)〜4.4A@500A(λ/Δλ〜110)であり、主要観測ラインのHeII(304A)、HeI(584A)、OII(834A)、H-Lα(1216A)を十分に分離できる。また、雑音成分は入射光量ではなく波長分解能を左右するだけであり、MCP、CCDのようなダークノイズは原理上存在しないため、入射光子数が限定される惑星プラズマ観測や天体観測のような微弱光の測定に非常に有利である。さらに、1光子の作るパルス信号の時間スケールは数μ秒であり、ダイナミックレンジも最高10kcps程度と広い。このように、STJ検出器は高感度・高エネルギー分解能・高速応答といった特徴を併せ持つ極めて高性能の検出器であり、その導入によって望遠鏡の口径を数倍〜数10倍にするのと同様の効果が期待される。

 そこで、惑星プラズマからのEUV光の検出器を想定して、私はSTJ素子の製作と評価を行い、261A(47.5eV)までのEUV光の検出分離に成功した。波長分解能は、電気的雑音込みでΔλ(FWHM)〜73A@225A(18eV@55eV光子)(λ/Δλ〜3)を得ている。電気的雑音の寄与(FWHM=17.6eV)を考慮すると、STJ素子単体の波長分解能はΔλ(FWHM)〜15A@225A(3.8eV@55eV光子)(λ/Δλ〜15)と見積もられる。このように現時点では、EUV光に対する波長分解能は主として電気的雑音の大きさでリミットされているが、回路系の改良によりこの成分を約2eVにまで抑えられることを確認しており、プラズマからの複数の輝線を十分分離できるだけの能力を持つ素子が実現しつつある。

 STJ検出器の高い検出効率によって、光学系も再検討する余地が生まれる。具体的には、これまで光量的に不適合であったカセグレン型光学系のような収差補正光学系の導入が現実味を帯び、結像性能の向上等が可能となる。しかし、1回反射を用いている直焦点型と異なり、カセグレン型光学系では2回反射が基本となるため、多層膜反射光学素子の性能向上も必要である。この新たな課題に対しては、これまでのモリブデン(Mo)とシリコン(Si)を交互に積層した多層膜反射鏡(反射率〜20%)に代わり、モリブデン/珪化マグネシウム(Mg2Si)を用いた多層膜を導入することで40%程度の反射率が実現されることを確認している。その実現のためには、独自に設計し理化学研究所に導入した多層膜製膜装置(直径30cmまでの自由曲面に対応)を用いた開発を進めている。

 以上より、光学系の口径を除いた構成素子だけで検出効率を考えた場合、STJの検出効率や反射鏡の反射率向上、フィルターの最適化やS/N比などを総合すると、近い将来に、従来にくらべ数10倍の明るい光学系が達成できると予想される。

 本論文では、ロケットによる観測実験結果と同系観測器性能の限界を明らかにし、多層膜、フィルター、検出器、特に検出器開発を通しての効率向上の可能性を論じ、それによって新しく開かれる宇宙プラズマ観測の可能性を示すものである。

審査要旨 要旨を表示する

 「宇宙プラズマ観測のための次世代極端紫外線分光撮像技術の開発」と題する本論文は7章からなり、第1章では観測対象である地球プラズマ圏・磁気圏・極風におけるプラズマ撮像に関して、本研究の背景をまとめている。本論文の主部である第2−6章では、まず第2章で要素技術のひとつである極端紫外域に高反射率を持つ多層膜鏡の開発を記述している。第3章は最重要要素技術であるSTJ(superconducting tunnel junctions detector:超伝導トンネル結合光検出素子)の開発・製作・性能テストの記述であり、さらに将来を見越しての大規模2次元化、およびそれに伴う増幅・読み出し回路の開発にも及んでいる。第4章ではSTJを使った地球周辺でのプラズマ撮像システムを構想し、第5章ではさらにそれを発展させた「超広帯域スペース望遠鏡」や「スペース昴」の性能を検討している。第6章は本研究の端緒となったロケットによる地球プラズマ圏撮像観測の記述であり、第7章がまとめとなっている。

 磁気圏物理学はこれまで主に人工飛翔体による局所的直接観測によって研究が進められてきた。しかし、広大な領域の全体像をつかむには統計的な手法が必要であり、時間分解能を犠牲にしなければならなかった。光学遠隔測定は大局的な観測に適しており、直接観測と相補的な特徴を持つ。ただし欠点としては、(1)直接得られる量は視線方向積分量であるため、局所量を知るには数学的処理を必要とする、(2)高速イオンによる共鳴散乱光測定の場合は、ドップラー効果の影響を複雑に受ける、などが挙げられる。ところが、惑星プラズマ大気観測に適した輝線はHe+30.4nm、He 58.4nm、O+83.4nmなど極端紫外域のものが多く、透過・反射ともに適当な光学材料に乏しいため、それらを測定できる高効率の光学系がなかなか実現しなかった。論文提出者は1990年代はじめより、軟X線・極端紫外域で高反射率を得られる多層膜鏡の開発に携わり、1998年には実際にその多層膜鏡を用いた広角撮像装置をロケットに搭載して大気圏外に打ち上げ、プラズマ圏をHe+30.4nm輝線で撮像することに成功した。その結果、その大局構造に電離圏構造が反映されていること、夕方側プラズマ圏でプラズマ柱密度が減少していることを始めて見出した。論文提出者は観測に関っただけではなく、多層膜鏡製作は勿論のこと、さらに高精度多層膜の形成に必要な多自由度蒸着装置の設計・製作も主導している。

 しかし、論文提出者はこれに止まることなく、さらに高性能なX線・極端紫外線撮像システム実現を目指した。そのために行ってきたのが本論文の主要部をなすSTJの開発である。この素子は、(1)光子カウントと同時にエネルギースペクトルが得られる、(2)X線から赤外線まで感度域が極めて広い、(3)熱雑音が原理的にない、(4)10kHz以上の応答速度が得られる、などの優れた特徴をもつ。これらの特徴の多くは0.0002eVという小さなエネルギーギャップにより実現されている。論文提出者はその開発作業の各所に主体的に関わり、素子の製作そのものをはじめ、X線・極端紫外域での性能テスト、読み出し回路の開発も行っている。この結果、極端紫外域における分解能15(回路系雑音除去後)とほぼ世界先端レベルを達成している。論文提出者はこれを用いた磁気圏O+83.4nmおよび極風O+83.4nmの撮像システムを構想し、その性能を評価している。さらに、STJの大規模2次元アレイが開発できれば、X線用の斜入射結像系と組み合わせることにより、硬X線から遠赤外線にいたる極めて広い波長域で、波長情報を取得しつつ撮像できるシステムが実現可能なことを示した。光学遠隔測定はこれまで、エネルギー情報か明るさかのいずれかを犠牲にしてきたが、STJはその両方を同時に得られる夢のような検出素子であり、将来の惑星プラズマ大気観測をはじめ、多くの理学分野での貢献が期待できる。そのような広大な可能性の端緒を開いたという点で、本研究の意義は大きい。

 本論文の第2-6章は東京大学・中村正人博士など多くの人々との共同研究であるが、いずれの場合においても、その多くの部分が論文提出者の創意・工夫と努力によるものと判定する。

 以上に示したように、本研究は地球惑星科学、特に惑星プラズマ大気物理学の進展に輝ける貢献を為しており、提出論文は博士(理学)の学位請求論文として合格と認める。

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