学位論文要旨



No 215297
著者(漢字) 原田,均
著者(英字)
著者(カナ) ハラダ,ヒトシ
標題(和) インスリン非依存型糖尿病治療剤の開発を指向した新規アデノシンA2B受容体拮抗剤の探索研究
標題(洋)
報告番号 215297
報告番号 乙15297
学位授与日 2002.03.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第15297号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 助教授 遠藤,泰之
 東京大学 助教授 夏苅,英昭
 東京大学 講師 徳山,英利
内容要旨 要旨を表示する

 アデノシンはオータコイドであり、その多彩な生理作用は、Gタンパク共役型のアデノシンレセプターを介して発現される。アデノシンレセプターは、cAMP合成酵素であるアデニレートサイクラーゼ抑制性のA1およびA3と、促進性のA2AおよびA2Bの4つのサブタイプに分類される。

 近年の生活習慣と社会環境の変化に伴い、糖尿病患者は世界的に急増している。糖尿病患者の90%以上を占めるインスリン非依存型糖尿病の病態は、膵臓からのインスリン分泌の異常、末梢組織でのインスリン抵抗性、ならびに肝臓からの糖異常放出であり、それらが患者における高血糖の重要な要因と言われている。糖尿病治療の目標は、持続的な高血糖を是正し、糖尿病性慢性合併症の発症、進展を阻止することにある。しかしながら、現在使用されている血糖降下剤は副作用などの面から使用が制限される場合が多く、新しいタイプの薬剤の開発が求められている。

 アデノシンと糖代謝の関係については、古くから研究されている。最近、A1アンタゴニストが糖尿病病態動物の骨格筋における糖の取り込みを上昇させることが報告された。また、アデノシンの肝臓からの糖放出作用がA2レセプターを介していることが示されたが、A2A、A2Bいずれのサブタイプなのかに関しては、明らかにされていない。一方で、糖尿病患者においては筋肉での糖取り込み能の低下よりも、むしろ肝臓での糖異常放出が高血糖の重要な要因であるとの報告もある。さらに、予備検討の過程で、非選択的なアデノシンアゴニストであるNECA(1)がラット初代培養肝細胞におけるグルコース産生を促進し、非選択的なアンタゴニストである8-PT(2)がそれを抑制するという結果を得た。以上の背景から、アデノシンA2拮抗作用に基づき肝臓からの糖放出を抑制する薬剤が開発できれば糖尿病治療に貢献できるものと考え、新規なA2アンタゴニストの創出を目指し探索研究に着手した。

 新規なA2アンタゴニストの創出を目指すにあたり、(1)9−メチルアデニンが、弱いアデノシンアンタゴニストである、(2)A2アゴニストの探索において、アデニン環2位にアルキニル側鎖を導入することで、活性だけでなくA2選択性も向上する、(3)予備検討の過程で薬効が確認された8-PTが、プリン環8位にフェニル基を有しているといった報告および知見に着目し、2−アルキニル−8−アリール−9−メチルアデニン骨格をデザインした。そして、本骨格のアデニン環2位アルキニル側鎖および8位芳香族側鎖の合成展開を行った。化合物評価系として、ラット初代培養肝細胞におけるNECA刺激グルコース放出に対する化合物の抑制作用を測定する系を用いた。活性は、0.1μMのNECAのグルコース産生能を50%阻害するのに必要な化合物濃度(IC50,μM)を指標にした。一連の合成化合物の構造活性相関から、特に、アデニン環8位に芳香環、2位にアルキニル側鎖を導入することで、活性が大きく上昇するという知見を得た。

 本研究の途上において、既存の選択的アデノシンアンタゴニスト(6、7、および8)を肝細胞評価系において評価したところ、いずれの化合物も、非選択的な8-PT(2,IC50=1.1)に比べ、極めて活性が低いことが明らかとなった。特に、A2A選択的な7に活性がつかまらなかったことから、「肝細胞in vitroの活性に関与しているのは、2つのA2サブタイプのうち特にA2Bサブタイプである」との仮説を立てた。そこで、化合物探索の方向性をA2Bアンタゴニスト活性の上昇に絞ることとした。

 アデニン環9位にアミド側鎖を有するNECA(1)は、既存のアデノシンアゴニストのうちで最強レベルのA2Bアゴニスト活性を有している。A2B拮抗作用を強める目的で、2−アルキニル−8−アリールアデニン誘導体9位へのアミド側鎖導入を計画し、化合物9、10、11、および12などを合成した。一連の化合物の合成法は、アデニン環のあらゆる位置に様々な置換基の導入が可能である点で、応用範囲が広いものと考えられる。アデニン環9位にアミド基を有する側鎖の肝細胞評価系での構造活性相関から、9のようにアデニン環から3炭素分のリンカーを介する位置にアミド基を有することが活性の上昇に重要であった。また、アミド基をベンゼン環で固定した10および11ではさらに活性が向上した。

 一連の合成展開から得られた化合物が、実際にアデノシンA2B拮抗作用を有していることを確認する目的で、ヒトA2Bレセプター過剰発現細胞におけるNECA誘発cAMP産生に対する化合物の抑制作用を評価した。合成化合物はcAMP産生を抑制し、その構造活性相関はラット肝細胞評価系において観察されたものによく一致していた。

 さらに、化合物のA2Bサブタイプへの選択性を評価する目的で、A1、A2A、およびA3の各レセプターサブタイプについて結合実験を行った。9−メチルアデニン誘導体およびアデニン環9位の直鎖アミド誘導体については、A1およびA2Aに対するA2Bへの選択性は観察されなかった。一方、9位のアミド基をベンゼン環で固定した10、11、および12では、A2B選択性が改善した。特に、9-m−ベンズアミド誘導体(10)のA1、A2Aに対するA2Bへの選択性はそれぞれ72倍、5.2倍であり、本化合物は最も高い選択性を有していた。

 ラット肝細胞におけるアゴニスト誘発糖放出促進作用に関与するレセプターサブタイプを特定するため、各種アゴニストおよびアンタゴニストを用い検討した。まず、非選択的アデノシンアゴニストであるNECA(1)、A1選択的アゴニストであるCPA(13)、およびA2A選択的アゴニストであるCGS21680(14)の糖放出促進作用の強さの序列は、1>>13>14の順であった。ここで得られた序列は、A2Bレセプターを介する反応において既に報告されている序列と一致していた。次に、ラット肝細胞におけるアゴニスト刺激糖放出に対するアンタゴニストの抑制作用と、ヒトA2Bレセプター過剰発現細胞におけるアゴニスト刺激cAMP放出に対するアンタゴニストの抑制作用をプロットしたところ、両者の間に正の相関関係が得られた。それに対して、糖放出抑制作用は、A1、A2A、およびA3レセプターに対する親和性のいずれとも相関しなかった。以上の検討結果から、ラット培養肝細胞におけるアデノシンアゴニスト刺激糖放出作用、およびそれに対するアンタゴニストの抑制作用が、A2Bサブタイプを介していると結論した。

 アデノシンA2B拮抗剤の糖尿病治療剤としての有用性を検証する目的で、合成化合物の中で良好な経口吸収性を有する化合物15について、遺伝的インスリン非依存型糖尿病モデル動物であるKK-Ayマウスにおける血糖降下作用を調べるとともに、一般的な血糖降下剤と比較した。15は、10および30mg/kgの単回経口投与において、用量依存的でかつ有意な血糖降下作用を示した。また、15は、スルホニルウレア剤(16)、あるいはビグアナイド剤(17)のより高用量での薬効に比べて強い薬効を示した。一方、最も高いA2B選択性を示す10は経口吸収性が悪く、薬効を確認するに至っていない。A2B選択性の高い化合物を用いた薬効の確認が今後の課題である。

 以上、本研究から以下の成果を得た。まず、2−アルキニル−8−アリールアデニン骨格を有する新規なアデノシンアンタゴニストを発見し、本骨格の合成展開からアデノシンA2B拮抗作用およびA2B選択性を指向した構造活性相関を見出した。また、ラットの肝臓からの糖放出に、4つのアデノシンレセプターサブタイプのうち、特にA2Bサブタイプが関与していることを明らかにした。さらに、合成化合物のうちの一つが、遺伝的糖尿病モデル動物において血糖降下作用を有していることを示した。本研究の成果は、アデノシンA2B拮抗剤の新規糖尿病治療剤としての可能性を示唆する重要な知見になるものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 アデノシンの多彩な生理作用は、A1、A2A、A2B、A3の4つのサブタイプに分類されるレセプターを介して発現される。アデノシンと糖代謝の関係については、その肝臓からの糖放出作用がA2レセプターを介していることが報告されている。しかしながら、A2A、A2Bいずれのサブタイプなのかに関しては明らかにされていない。原田は予備検討の過程で、非選択的なアデノシンアゴニストであるNECA(1)がラット初代培養肝細胞におけるグルコース産生を促進し、非選択的なアンタゴニストである8-PT(2)がそれを抑制するという結果を得た(図1)。以上の背景から、アデノシンA2拮抗作用に基づき肝臓からの糖放出を抑制する薬剤が開発できれば糖尿病治療に貢献できるものと考えられる。原田は新規なA2アンタゴニストの創出を目指して探索研究に着手し、2−アルキニル−8−アリールアデニン骨格を有する新規なアデノシンアンタゴニストを見出した。また、アデノシンによるラットの肝臓からの糖放出およびアンタゴニストによる糖放出抑制作用がアデノシンA2Bレセプターサブタイプを介した作用であることを明らかにすること、および糖尿病病態動物における合成化合物の血糖降下作用を確認することにより、アデノシンA2B拮抗剤の新規糖尿病治療剤としての可能性を示唆するに至った。

 まず原田は、(1)9−メチルアデニンが、弱いアデノシンアンタゴニストである、(2)A2アゴニストの探索において、アデニン環2位にアルキニル側鎖を導入することで、活性だけでなくA2選択性も向上する、(3)予備検討の過程で薬効が確認された8-PTが、プリン環8位にフェニル基を有しているといった報告および知見に着目し、2−アルキニル−8−アリール−9−メチルアデニン骨格をデザインした。そして、本骨格のアデニン環2位アルキニル側鎖および8位芳香族側鎖の種々の合成展開を行った。原田は、一連の合成化合物の構造活性相関から、特に、アデニン環8位に芳香環、2位にアルキニル側鎖を導入することで、活性が大きく上昇するという知見を得たことは注目に値する(化合物評価系として0.1μMのNECAによるグルコース産生能を50%阻害するのに必要な化合物濃度(IC50,μM)を指標にしている)(図2)。

 本研究の途上において、既存の選択的アデノシンアンタゴニスト(6、7、および8)を肝細胞評価系を用いて評価したところ、いずれの化合物も、非選択的な8-PT(2,IC50=1.1)に比べ、極めて活性が低いことが明らかとなった(図3)。そこで原田は「肝細胞in vitroの活性に関与しているのは、2つのA2サブタイプのうち特にA2Bサブタイプである」との仮説を立て、化合物探索の方向性をA2Bアンタゴニスト活性の上昇に絞った。

 原田はアデニン環9位にアミド側鎖を有するNECA(1)が、既存のアデノシンアゴニストのうちで最強レベルのA2Bアゴニスト活性を有していることに着目し、A2B拮抗作用を強める目的で2−アルキニル−8−アリールアデニン誘導体の9位にアミド側鎖導入を計画して、9、10、11、12などを合成した(図4)。その結果、9のようにアデニン環から3炭素分のリンカーを介する位置にアミド基を有することが活性の上昇に重要であることを見出し、次いで、アミド基をベンゼン環で固定した10および11でさらに活性が向上することを見出した。

 一連の合成展開から得られた化合物が、実際にアデノシンA2B拮抗作用を有していることを確認する目的で原田は、ヒトA2Bレセプター過剰発現細胞におけるNECA誘発cAMP産生に対する化合物の抑制作用を評価した。合成化合物はcAMP産生を抑制し、その構造活性相関はラット肝細胞評価系において観察されたものによく一致していた。

 さらに原田は、化合物のA2Bサブタイプへの選択性を評価する目的でA1、A2A、およびA3の各レセプターサブタイプについて結合実験を行い、9位のアミド基をベンゼン環で固定した10、11、および12では、A2B選択性の向上を見出した。特に、9-m−ベンズアミド誘導体(10)のA1、A2Aに対するA2Bへの選択性はそれぞれ72倍、5.2倍であり、本化合物は最も高い選択性を有していた(図5)。

 ラット肝細胞におけるアゴニスト誘発糖放出促進作用に関与するレセプターサブタイプを特定するため、各種アゴニストおよびアンタゴニストを用いて検討した結果、非選択的アデノシンアゴニストであるNECA(1)、A1選択的アゴニストであるCPA(13)、およびA2A選択的アゴニストであるCGS21680(14)の糖放出促進作用の強さの序列は、1>>13>14の順であった。ここで得られた序列は、A2Bレセプターを介する反応において既に報告されている序列と一致していた。次に、ラット肝細胞におけるアゴニスト刺激糖放出に対するアンタゴニストの抑制作用と、ヒトA2Bレセプター過剰発現細胞におけるアゴニスト刺激cAMP放出に対するアンタゴニストの抑制作用をプロットしたところ、両者の間に正の相関関係が得られることを見出した。それに対して、糖放出抑制作用は、A1、A2A、およびA3レセプターに対する親和性のいずれとも相関しなかった。以上の検討結果から原田は、ラット培養肝細胞におけるアデノシンアゴニスト刺激糖放出作用、およびそれに対するアンタゴニストの抑制作用が、A2Bサブタイプを介していると結論した。

 アデノシンA2B拮抗剤の糖尿病治療剤としての有用性を検証する目的で原田は、合成化合物の中で良好な経口吸収性を有する化合物15について、遺伝的インスリン非依存型糖尿病モデル動物であるKK-Ayマウスにおける血糖降下作用を調べるとともに、一般的な血糖降下剤と比較した。15は、10および30mg/kgの単回経口投与において、用量依存的でかつ有意な血糖降下作用を示した。また、15は、スルホニルウレア剤(16)、あるいはビグアナイド剤(17)に比べてより強い薬効を示した。残念ながら、最も高いA2B選択性を示す10は経口吸収性が悪いために、薬効を確認するには至っていない。

 以上、原田は2−アルキニル−8−アリールアデニン骨格を有する新規なアデノシンアンタゴニストを発見し、本骨格の合成展開からアデノシンA2B拮抗作用およびA2B選択性を指向した構造活性相関を見出した。また、ラットの肝臓からの糖放出に、4つのアデノシンレセプターサブタイプのうち、特にA2Bサブタイプが関与していることを明らかにした。さらに、合成化合物のうちの一つが、遺伝的糖尿病モデル動物において血糖降下作用を有していることを示した。本研究の成果は、アデノシンA2B拮抗剤の新規糖尿病治療剤としての可能性を示唆する重要な知見になるものと考えられる。従って薬学研究に寄与するところ大であり、博士(薬学)の学位を授与するに値すると認めた。

図1

図2

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図4

図5

図6

図7

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