学位論文要旨



No 215300
著者(漢字) ブゥンヤパーアム チィポワン
著者(英字) THIPPAWAN,BOONYAPERM
著者(カナ) ブゥンヤパーアム,チィポワン
標題(和) タイ国建設産業の国際競争力と市場戦略に関する研究
標題(洋) THE STRATEGY OF THAI CONSTRUCTION INDUSTRY FOR IMPROVING THE GLOBAL COMPETITIVENESS WITHIN THAI CONSTRUCTION MARKET
報告番号 215300
報告番号 乙15300
学位授与日 2002.03.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15300号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 國島,正彦
 東京大学 教授 堀井,秀之
 東京大学 助教授 小澤,一雅
 東京大学 助教授 湊,隆幸
 東京大学 講師 加藤,浩徳
 高知工科大学 教授 馬場,敬三
内容要旨 要旨を表示する

 貿易の自由化は、グローバル化を目指す世界の新しい概念である。そこでは、すべての国家は境界なしに簡単に情報を伝達し、相互に関係し、そして互いに取引をする。世界貿易機構(WTO)は、貿易問題の多様性や複雑性を包含する広範囲にわたる問題、すなわち、貿易取引される商品に関する伝統的な一般的問題から、現在持ち上がっている貿易や環境や競争戦略等の問題までの協定締結に取り組んでいる。WTOの枠組みは、サービス分野の貿易に関する一般協定(GATS : the General Agreement on Trade in Services)および知的財産権協定(TRIPS : Agreement on Trade-Related Aspects of Intellectual Property Rights)に取り入れられている。GATSは、電気通信、建設、運輸、観光、金融および専門的サービスなどのサービス業における取引自由化の大きな一歩となった。

 海外からの資本参入を国内市場の法律や規則という障壁から開放するために、多くの地域、とくにASEAN諸国においてGATSが強制的に施行された。1993年、タイ国はまず10のサービス分野をWTOの枠組みで取り扱うこととし、建設業はその1分野となった。建設業に適用するGATSの最終的な原則は公式に示されていないが、公共工事分野における市場開放という概念は浸透しつつある。したがって、タイ国の建設企業は、来るべき国際競争に備えて準備する必要がある。

 本論文の目的は、現在のタイ国経済の後退を克服するだけでなく、国内および国際市場における国際競争力および長期にわたる地位を向上させるタイ国の建設産業に対する戦略的方策を提言することである。

 文献調査から、国際競争力の評価に関するモデルや理論は多数存在するが、建設産業に適合するものは殆どないことが分かった。そこで、建設市場における国際競争力の概念を説明できる新しい国際競争力モデルを構築した。すなわち、建設産業の国際競争力を、政府の建設産業政策(以下産業レベルと称す)、建設企業経営戦略(以下企業レベルと称す)、および建設プロジェクト管理(以下プロジェクトレベルと称す)という3つの視点から総合的に分析することとした。国際市場で競争するためには、各々のレベルで独自の戦略が必要となる。各国政府は産業育成の方針に従って産業戦略を立てる。企業戦略は、産業戦略と組織の経営方針に影響される。プロジェクトの戦略は、プロジェクト管理の効率性を見据えて立案される。しかし、建設産業の特性から、プロジェクトの戦略は、発注者や現場条件等の数多くの要因に影響される。

 専門家への詳細な聞き取り調査および文献調査の結果に基づき、建設産業の国際競争力を説明する3つの視点に影響を与える主要な要素を特定した。産業レベルは、政治と法律、マクロ経済、社会文化、および科学技術に関わる4つの要素、企業レベルは、戦略、組織、マネジメント、心理、および技術技能に関わる5つの要素、プロジェクトレベルは、管理、会計経理、および建設技術に関する3要素を抽出した。これらの主要な要素は、さらに、それを構成する副要素(サブ項目)に分類され、それぞれのサブ項目には、競争力を規定する数多くの事項が含まれる。

 本論文で構築した建設産業の国際競争力モデルに基づいて、3種類のアンケート調査を実施した。産業、企業、およびプロジェクトの各レベルについて、一般的情報と専門的情報の両方に関する質問を作成し、各要素の競争力に関する評価を収集した。産業レベルの回答者は、大学教授、講師、官僚、専門家、政策立案者、およびタイ国の国内建設企業あるいは外国企業との共同企業体の最高責任者である。企業レベルの回答者は、建設企業の経営責任者および中間管理職である。プロジェクトレベルの回答者は、建設企業の中間管理職および建設現場のプロジェクトマネジャーである。

 アンケート用紙は、タイ国の景気後退時期である2000年に、それぞれのグループに配布された。この期間中に、いくつかのタイ国内建設企業が景気後退の煽りを受けて倒産した。アンケートの回収率は、約53%であった。アンケート結果について、まず、主要な要素とサブ項目の評価得点に対して記述的分析を行い、次に、戦略的な影響度を明らかとするために各項目をクラスターに分類する要因分析を行った。

 記述的分析の場合、1から7の得点幅の評価方法を用い、国際市場における国際競争力を表現するために、0-4.00は、競争力が劣る低位、4.01-5.50は、標準的な中位、5.51-7.00は、競争力が優れた高位という3段階に分類した。

 タイ国建設産業におけるアンケート調査の結果から、産業レベルは、政治と法律、マクロ経済、および科学技術の3つの主要な要素が低位、社会文化は中位に位置づけられた。サブ項目も、ほとんどが低位の競争力得点に位置づけられている。例外として、教育と科学技術基盤のサブ項目が中位の競争力得点に位置づけられている。一方で、金融および研究活動、そして技術開発のサブ項目が極めて低位の競争力得点に位置づけられている。企業レベルは、戦略、組織、および技術技能の3つの主要な要素が高位、マネジメントおよび心理の要素は中位に位置づけられた。プロジェクトレベルは、管理、会計経理、および建設技術の3つの主要な要素は、すべて中位に位置づけられた。ただし、会計経理の項目は他の要素に比べて低い競争力得点となった。

 さらに、国際競争力を説明する数多くの項目に対して要因分析を行って、重要度に応じてクラスター分類した。産業レベルでは、サブ項目を、競争力の重み付けの大きさに応じて6グループにクラスター分類した。1番目には、労働力、管理、科学技術、教育、および科学技術基盤が含まれる。2番目には、投資、マーケティング、および研究と技術開発が含まれる。3番目には、国内経済、金融、および雇用が含まれる。4番目には、政治と社会基盤施設、5番目には、法律と規則、および専門家組織が含まれる。そして6番目には、国際化が含まれる。企業レベルでは、サブ項目を6グループにクラスター分類した。1番目には、企業理念、組織特性、政府の統治力、管理過程、オペレーションとマネジメント、労働力、モチベーション、および情報が含まれる。2番目には、権力構造と影響力、市場戦略、科学技術、知識および施設と設備が含まれる。3番目には、法律と規則、組織構造、および文化的影響が含まれる。4番目には、投資家、および経済安定性が含まれる。5番目には、財源の安定性が含まれる。そして6番目には、情報伝達が含まれる。プロジェクトレベルでは、サブ項目を4グループにクラスター分類した。1番目には、品質と効率性、安全性と福利厚生、資金供給、建設、および設備管理が含まれる。2番目には、経理状況、直接コスト、間接コスト、および仮設工事が含まれる。3番目には、制約条件が含まれる。4番目には、運営管理状況および労働力が含まれる。

 本論文で用いたアンケート調査票の英訳版を、台湾およびベトナムに配付し、タイ国建設産業の国際競争力と国際比較することを試みた。配付先の制限および英語版の理解の困難等の障害のため、厳密な比較結果とはいえないが、アンケート調査の結果の範囲内では、ベトナムは、労働力が戦略的要素となる発展途上国と同じ位置にあること、台湾は、科学技術と科学技術基盤の要素に優れた高位の競争力があること、等が分かった。

 最後に、タイ国の建設産業の戦略的方策を提言するために、本論文で提案した競争力得点および競争力の重み付けの2項目から構成される2次元の競争力評価マトリックスを、産業レベル、企業レベル、およびプロジェクトレベル毎に作成し、サブ項目を各々の算定結果に応じて配置した。各サブ項目の競争力評価マトリックスにおける位置から、以下に示すような戦略的方策が提言できる。すなわち、産業レベルの戦略的方策は、教育システム、人材開発、科学技術基盤、マーケティング、マネジメント、研究開発、国際化、法規制、および専門組織等を改善すること、企業レベルの戦略的方策は、組織の特性、政府の影響力、組織構造と利害関係者、経済財政的安定性等を改善すること、プロジェクトレベルの戦略的方策は、プロジェクトの品質と有効性、現場マネジメントの効率性、安全管理および福利厚生、プロジェクトの財務、人材、工期の厳守等を改善すること、等が明らかとなった。

審査要旨 要旨を表示する

 貿易の自由化は、近年の国際社会の新しい概念であり、世界貿易機構(WTO)の枠組みは、製品のみならず、サービス分野の貿易に関する一般協定(GATS : the General Agreement on Trade in Services)や知的財産権協定(TRIPS : Agreement on Trade-Related Aspects of Intellectual Property Rights)にまで及んでいる。

 海外からの資本参入を国内市場の法律や規則という障壁から開放するために、ASEAN諸国においてGATSが強制的に施行された。1993年、タイ国は、サービスに関わる10分野をWTOの枠組みで取り扱うこととし、建設産業はその1分野となった。したがって、タイ国の建設企業は、国際競争に備える必要に直面している。

 本論文は、タイ国建設産業の歴史的経緯および現状を調査研究し、現在のタイ国建設産業の国際競争力の水準を明らかにすると共に、国内および国際建設市場における国際競争力を向上させるタイ国建設産業の戦略的方策を提言することを目的としている。

 国際競争力に関するモデルや理論に関する数多くの文献調査を行ったが、建設産業に適合するものが見つからなかったので、建設市場における国際競争力の概念を説明できる新しい国際競争力モデルを構築している。すなわち、建設産業の国際競争力を、政府の建設産業政策(以下産業レベルと称す)、建設企業経営戦略(以下企業レベルと称す)、および建設プロジェクト管理(以下プロジェクトレベルと称す)という3つの視点から総合的に分析することが適切としている。建設界の専門家への詳細な聞き取り調査および文献調査の結果に基づき、産業レベルは、政治と法律、マクロ経済、社会文化、および科学技術に関わる4つの要素、企業レベルは、戦略、組織、マネジメント、心理、および技術技能に関わる5つの要素、プロジェクトレベルは、管理、会計経理、および建設技術に関する3要素に分類し、建設産業の国際競争力を説明する3つの視点に影響を与える主要な要素を特定している。これらの主要な要素を、さらに、それを構成する競争力を規定する数多くの副要素(サブ項目)に分類している。

 本論文で構築した建設産業の国際競争力モデルに基づき、3種類のアンケート調査を実施し、産業、企業、およびプロジェクトの各レベルについて、各要素の競争力に関する様々な立場の人々の評価データを収集している。アンケート結果に基づき、主要な要素とサブ項目の評価得点を計算する記述的分析を行い、次に、戦略的な影響度の重み付けを明示するために、各項目をクラスター分類するための要因分析を行っている。記述的分析の場合、競争力得点を1から7の得点幅で評価し、国際競争力を表現するために、競争力が劣る低位、標準的な中位、競争力が優れた高位という3段階に分類している。

 アンケート調査の記述的分析結果から、産業レベルは、政治と法律、マクロ経済、および科学技術が低位、社会文化は中位に位置づけられた。企業レベルは、戦略、組織、および技術技能が高位、マネジメントおよび心理は中位に位置づけられた。プロジェクトレベルは、管理、会計経理、および建設技術は中位に位置づけられた。

 本論文は、国際競争力を説明する数多くの項目を、要因分析を行って重要度に応じてクラスターに分類している。産業レベルでは、サブ項目を、競争力の重み付けの大きさに応じて6グループにクラスター分類し、1番目には、労働力、管理、科学技術、教育、および科学技術基盤、2番目には、投資、マーケティング、および研究と技術開発、3番目には、国内経済、金融、およびと雇用、4番目には、政治と社会基盤施設、5番目には、法律と規則、および専門家組織、6番目には、国際化が含まれるとしている。企業レベルでは、6グループにクラスター分類し、1番目には、企業理念、組織特性、政府の統治力、管理過程、オペレーションとマネジメント、労働力、モチベーション、および情報、2番目には、権力構造と影響力、市場戦略、科学技術、知識および施設と設備、3番目には、法律と規則、組織構造、および文化的影響、4番目には、投資家、および経済安定性が含まれる。5番目には、財源の安定性が含まれる。そして6番目には、情報伝達が含まれるとしている。プロジェクトレベルでは、4グループにクラスターに分類し、1番目には、品質と効率性、安全性と福利厚生、資金供給、建設、および設備管理、2番目には、経理状況、直接コスト、間接コスト、および仮設工事、3番目には、制約条件、4番目には、運営管理状況および労働力が含まれるとしている。

 タイ国の建設産業の戦略的方策を提言するために、本論文で提案した競争力得点および競争力の重み付けの2項目から構成される2次元の競争力評価マトリックスを、産業レベル、企業レベル、およびプロジェクトレベル毎に作成し、サブ項目を各々の算定結果に応じて配置している。その結果、各サブ項目の競争力評価マトリックスにおける位置を読み取ることによって、産業レベルの戦略的方策は、教育システム、人材開発、科学技術基盤、マーケティング、マネジメント、研究開発、国際化、法規制、および専門組織等を改善すること、企業レベルの戦略的方策は、組織の特性、政府の影響力、組織構造と利害関係者、経済財政的安定性等を改善すること、プロジェクトレベルの戦略的方策は、プロジェクトの品質と有効性、現場マネジメントの効率性、安全管理および福利厚生、プロジェクトの財務、人材、工期の厳守等を改善すること等、各々のレベルの戦略的方策を明示的に提言している。

 本論文における、タイ国建設産業の国際競争力を評価する手法および競争優位を目指した戦略的方策を明示する枠組みに関する研究成果は、タイ国のみならず他国の建設産業の国際競争力復権の実現のために、極めて独創的で斬新な数多くの有益な知見と示唆に富むものと認められる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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