学位論文要旨



No 215301
著者(漢字) 藤野,浩一
著者(英字)
著者(カナ) フジノ,コウイチ
標題(和) 水撃圧の代数学的手法による解析と揚水発電所水路系への応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 215301
報告番号 乙15301
学位授与日 2002.03.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15301号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 玉井,信行
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 小池,俊雄
 東京大学 助教授 阿部,雅人
 東京大学 助教授 島田,正志
内容要旨 要旨を表示する

 揚水式水力発電所の水路系など管路網に発生する水撃圧やサージングは圧力管路の一次元非定常流問題であり、特性曲線法を用いて精緻な解析を行う手法が既に確立されている。しかし、電力会社やコンサルタントの土木技術者が水理構造物の計画、設計あるいは計測結果の解析に用いる場合、特性曲線法のプログラムは容量が大きく、計算時間が極めて長く、入力データとして水路系を表現するのに手間がかかりすぎて多くのケースについて比較検討することが難しい。一方、水路内の流体の圧縮性を無視した剛体理論ではサージングは求められるが、水撃圧を正しく求めることはできない。

 そこで、著者を含む電源開発(株)土木設計部門では、高落差大容量の揚水発電所建設が始まった1960年代末から、代数学的手法に基づくポンプ水車特性を織り込んだ水路系全体の過渡現象をシミュレートするプログラムを開発し、これを用いて今日まで多数の揚水式および一般水力発電所の計画および設計などに対応してきた。代数学的手法の特徴は、特性曲線法が管路内を単位長さに区切って各格点の物理量を計算するのに対し、一様な管路であれば管路端の物理量さえ求めればよいことから、計算時間が大幅に短縮できることである。これと並行して、管路網をネットワーク理論で扱うことにより任意の水路系に対応できるプログラムも1970年代末に著者により開発された。

 しかし、これらの方法の妥当性および適用範囲について必ずしも十全の理論的根拠ないし実証的背景を有していなかったことから本研究を行うこととし、代数学的手法を理論的にレビューしてその限界を解明すると同時に、汎用性と高速性を兼ね備えたプログラムを再構築した。1996年に完成した奥清津第二揚水発電所の確認試験においてこの研究の目的に沿った計測を実施して計算との対比を行い、併せて一般的手法である特性曲線法との比較を行うことにより、本研究が主唱する代数学的手法とネットワーク理論の妥当性の検証および適用範囲の確認を行なった。

 本論文では、揚水発電所をめぐる一般論に続き、既往の研究を概観し、定式過程を論じ、計算アルゴリズムの要諦を述べ、実測値および特性曲線法と照合することにより、提唱する手法の妥当性と適用範囲を論じている。

 研究の背景および既往の研究の概要は次の通りである。

1.揚水式発電所は水力・火力・原子力等からなる電源を最適な組み合わせで構成する上で不可欠なものであるので、当面の供給力過剰状態に拘わらず長期的視点に立ち、これまで培われた技術を集大成し維持向上する必要がある。

2.揚水発電所の水路と発電機器を総合して経済的に最適化するために、各諸元を変化させた多くのケースについて水撃圧計算をして各ケースの工事費を求める必要があり、高速かつ信頼度の高い解析プログラムが求められる。

3.世界のコンサルタントと互して海外における技術協力事業あるいは投資型事業を行うために、一般水力発電所および揚水発電所に関する解析ツールを用意しておかなければならない。中でも計算が複雑で使用頻度が高い水撃圧・サージング計算プログラムは必須であり、各種の制約からパーソナルコンピューターで処理する必要がある。

4.水撃圧に関する既往の研究を概観すると、算術的手法や図式解法が主流であった歴史を経て、現在ではコンピューターの発達を背景とした特性曲線法がほとんど唯一の解析手法として定着している。本研究で取り上げる代数学的手法は計算時間が短いという長所は認められながらも、損失水頭の取り扱いなど不明な点があるとして、ほとんど省みられることがない。

5.我が国における水車発電機製造分野の動向を振り返ると、世界に先駆けた揚水発電所の大容量・高落差化の開発実積とコンピュータの発達に対応した水撃圧解析方法に顕著な進歩が見られ、特性曲線法を用いた精緻な解析方法が既に確立されているものの、システム全体の概念設計や水路の設計など土木技術者のニーズに対応できる高速かつ柔軟なプログラムとはなっていない。

6.我が国の電力土木分野では、主として調圧水槽のサージングに関心があり、水の圧縮性を無視した剛体理論で長く対応してきたが、近年における経済性追求の要請等から、より精緻なプログラムを用いる傾向にある。

7.電源開発(株)は早くからこの問題に注目し、代数学的手法に基づく水路系を主対象とする解析プログラムを開発利用し、並行して任意水路系に適用できるプログラムを開発してきた。多くの施工および計測実積を積み重ねた結果、これまでの知見を総合し、上記のニーズに対応する新たなプログラムを作成して、計測結果および一般解析手法との比較によりその妥当性および適用性を再検証する必要が認識された。

8.一般に揚水発電所の水路系は取水口、導水路、導水路調圧水槽、水圧管路、分岐部、ポンプ水車、放水路、放水路調圧水槽、放水口などの水理施設の一部または全部から構成され、それぞれが水理的、構造的な特徴を有している。最近完成した電源開発(株)奥清津第二発電所は上記のすべてを有する代表的な揚水発電所である。

9.揚水発電所は電力系統の安定化要請に対応して自動周波数制御(AFC)運転を行う。最大出力の50〜60%に及ぶ周期2〜20分の不規則な出力変動が要求され、これが水路系の固有周期と一致する可能性があるので、その場合の水理的安定性を確認する必要がある。

10.揚水発電所ではその発電時または揚水時に、送電系統あるいは発電所内における電気的・機械的事故が原因となって、水路系に水撃圧やサージングなどの過渡現象が発生する可能性があり、これに対処することが水路系に対する支配的な設計条件である。

 本研究は揚水発電所水路系に生ずる水撃圧の解析に関して、代数学的手法の再評価、ネットワーク理論に基づく任意の水路系のモデル化、および数値解析により予測された結果と実測結果との比較による検証を通して一般的な体系化を図ったものである。得られた成果を各課題毎に取りまとめ、以下のような結論を得た。

 まず代数学的手法の再評価について、次のような結論を得た。

1.代数学的手法は、管路流れのマッハ数(流速の圧力波伝播速度に対する比)が1に較べて十分小さいという条件さえ満足できれば、一般的に用いられている特性曲線法と同様の過程を経て水撃圧の基本式から導出することができる。すなわち代数学的手法はマッハ数が小さければ特性曲線法と同じ一般性を有している。

2.管路を単位長さに区切って各格点ごとに計算を進めて行く特性曲線法に対し、一様管路であればその両端のみ計算すればよい代数学的手法は、原理的に計算時間を大幅に短縮することができ、このことが工学的利便性に結びつく。

3.代数学的手法では管路に一様に分布する摩擦損失を近似的に一点に集中して扱わざるを得ない点が問題とされているが、その誤差は、後述する実測値および特性曲線法による解析結果との比較により、通常の揚水発電所の場合に十分実用的な範囲に収まる。

4.これらのことから、揚水発電所を含むマッハ数が小さく損失水頭も比較的小さい管路網に限れば、代数学的手法が特性曲線法と同等の妥当性とそれ以上の高速利便性を発揮する可能性がある。

 また、ネットワーク理論に基づく任意の水路系のモデル化について、次のような結論を得た。

1.揚水式発電所など水力発電所の水路系は複数の水理施設で構成される管路網である。一般にどのような管路網であってもネットワークモデルにより表現することができる。

2.管路網における定常流および非定常流は、行列表示するネットワークモデルにより定式化することができる。このとき、代数学的手法を用いれば線形表示することができるので、境界条件と過去における各管路端の圧力水頭および流量からなる状態変数を代入し、逆行列を解くことにより現在の状態変数を容易に求めることができる。

3.管路網を形成する施設の特性に応じそれぞれの境界条件が与えられるが、揚水発電所特有のポンプ水車の境界条件は、実機と相似した模型ポンプ水車の試験で得られる完全特性を読みとることにより、ポンプ水車の各状態ごとに与えられる。

4.完全特性のS字曲線と呼ばれる部分を正しく追跡するために、流量−トルク−回転速度からなる三次曲面を構成する微小平面を想定し、平面上あるいは連続する平面間で移動しながら逐次計算するアルゴリズムに十分な妥当性が認められる。

5.以上の定式化およびアルゴリズムに従い計算プログラムがFORTRAN90でコーディングされ、任意の水路系に適用できる過渡現象の数値シミュレーションが可能となった。

 最後に、数値解析により予測された結果と実測結果との比較による検証を通しての体系化について、次のような結論を得た。

1.奥清津第二発電所における2台同時全負荷遮断試験、2台同時揚水入力遮断試験、2台時間ずれ全負荷遮断試験およびAFC試験に際し、水路および機器に関する水圧、回転速度などの計測が行われ、各試験条件に対応する初期条件の下で、この研究で開発された解析プログラムを用いたシミュレーションを実施し計測結果と照合すると、各ケースとも実用的に十分な一致を見ることができるので、本研究の解析手法は妥当である。

2.上記の試験と同様のケースについて、一般的手法である特性曲線法によるシミュレーション結果を本研究で扱う代数学的手法に基づく解析結果と比較すると、各ケースとも極めて良好な一致を見ることができるので、摩擦損失の取り扱いも含めて本研究の解析手法は妥当である。

3.代数学的手法においてマッハ数を変化させ、このことに関係なく解析できる特性曲線法との誤差を計る数値実験をした結果、マッハ数が0.05程度以下であれば誤差は10%以下であり、かつ安定的に計算できるので、これが工学的に見た適用限界と考えられる。揚水発電所など通常の水力発電所ではマッハ数が0.01程度であることから、この適用限界に十分入っている。

4.実用上の目的でパーソナルコンピューターに移植されたプログラムによる計算所要時間を測定すると、代数学的手法を用いる本研究によるプログラムでは、特性曲線法によるものの1/6〜1/8となり、調圧水槽のサージング追跡など長時間を対象とする計算や最適設計のために多数のケーススタディーを行う場合など、実務上の効用が期待できる。

5.実機では試験不可能ないし仕様外とされている自動周波数調整(AFC)運転中の負荷遮断およびポンプトリップと呼ぶ特殊事故について、本研究成果を用いることにより机上で数値実験を行うことができ、それにより設備の安全性を評価することができる。

6.本研究で体系化された手法は、揚水発電所を含む水力発電所の水路を中心とする計画および設計に際し、円滑な業務処理のために実務面で活用するのに十分な一般性と実用性を有している。今後、可能な範囲で本手法の公開がなされ、それらを通じてさらなる改良が加えられ、水力発電以外の管路網非定常流解析に応用することが期待できる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「水撃圧の代数学的手法による解析と揚水発電所水路系への応用に関する研究」と題し、水路系や管路網に発生する水撃圧解析法の中の代数学的方法を統一的に再構築したものである。

 第1章「序論」においては揚水発電所の発展経緯からその特徴を分析し、近年における建設費の縮減及び海外への技術移転に関して本研究の課題を整理した。揚水式発電所は1960年代末から高落差、高能率化が進み、様々な技術開発が必要となった。一様な管路が長く続く水力発電所の特徴を考慮すると、管路端での物理量だけによって水撃圧現象の分析が可能となる代数学的方法は、他の手法に比べて計算時間を大幅に短縮できる有利さがある。こうした特徴から代数学的方法は実務では用いられてきたが、理論的な背景、適用範囲などについては必ずしも十分に分析が進んでいない嫌いがあった。こうした考察に基づき、分析法の一般化、実機における体系的な観測、数値手法の比較検討により、利便性が高く、かつ信頼性のある体系の樹立を本研究の目的とした。

 第2章「揚水発電所水路系における水理現象の特徴」では、導水路、導水路調圧水槽、水圧管路、ポンプ水車、放水路、放水路調圧水槽を含む系の特徴を述べている。とくに、ポンプ水車流量特性の複雑さ、送電系統からの周波数調整運転要請などの制約下における水撃圧解析の内容を明らかにした。

 第3章は「管路網おける水理現象の数値モデル化」であり、ネットワーク理論により一般的化が図られた。水撃圧現象の分析は代数学的手法を適用し、管路の両端における物理量のみを用いて、高速な演算が可能となる。また、管路の抵抗については線形近似を導入し、基礎方程式系全体が行列表示できる定式化を行ない、一般性を高めた。これらの近似はマッハ数が小さいという前提条件のもとでは有効な手法であり、その適用性については現地の計測、より精緻な手法との比較により後段で検証されている。

 第4章は「任意水路ネットワーク水撃圧解析プログラムの開発」と題され、第3章で定式化された基礎方程式を具体的に解く数値解析のプログラムを作成した。揚水式発電所で用いられるフランシス式の可逆ポンプ水車の運転状態は、流量−トルク−回転速度を軸とする三次元空間内の一個の局面で表され、この完全特性は模型実験によってのみ把握することが出来る。従来の過渡現象の解析法では、この曲面を二つの平面に投影した曲線を用いて解を追跡していたため、現実の三次元局面上にない点を誤って選択し、計算が不可能になることがしばしば見られた。本解析では特性曲線上の各測定点で構成される微小平面を考え、常に一つの面上或いは連続する面の間で計算を進める方式を考案した。これによって、安定した追跡を行なうことが可能となった。

 第5章は「測定結果に基づく理論の検証」である。奥清津第二発電所においてポンプ水車単機の負荷・入力遮断並びに二つのポンプ水車の同時負荷・入力遮断、同時の負荷急増あるいは、ずれを伴った負荷遮断などの計測を行なった。現実の揚水発電所におけるこうした大規模で綿密な計測結果は、それ自体として非常に貴重なものである。

 本研究で開発された水撃圧解析手法により、実際の水路系各部における内圧と水斜回転数の時刻歴は計算により順当に予測できることが確認された。本研究で用いられた手法は、簡易でかつ信頼性の高い分析を可能にしたものと判断できる。但し、高速で回転する水車の翼の振動に依ると考えられる高周波振動、同じく高速で回転する水車出口部における吸出し管に現れる旋回流現象の効果などを扱うことは出来ない。これらは水撃圧現象を解析する基礎方程式には含まれていない二次的な現象であり、これらが卓越する部位においては一定の誤差を伴うことが判明した。したがって、各部位における圧力脈動を詳細に知るためには、観測結果の特性を充分に考察する必要がある。

 第6章の第一の課題は、より精緻な数値計算手法と考えられる特性曲線法を用いた解析結果と比較することにより、本研究で用いた代数学的手法の適用範囲を確認することである。比較の結果に依れば、現地観測が行なわれたような水理条件に関しては、二つの手法に間には、殆ど差がないことが確認された。また、代数学的手法が成立する前提となっているマッハ数の影響についても特性曲線法の演算結果と比較することにより、適用範囲の上限が0.05と推定された。これは管路内の流速が毎秒20メートルとなったり、空気の混入率が0.2パーセントにも達するという条件に相当している。これらは現在構想されている揚水発電所では起こり得ない、極めて特殊な条件である。したがって、代数学的手法は揚水発電所の水撃圧解析を十分精度高く実行できることが確認された。この章の第二の課題は、代数学的解析法の利便性の確認である。今回開発された手法はパーソナルコンピュータに移植され、十分な能力を発揮できることが確認された。これにより世界のどこに居ても、水力発電所水路系に対する代替案を提示し、その挙動特性を短時間で解説することが可能となった。代数学的手法に依る計算時間は、特性曲線法の約1/6から1/8であることが確認された。こうした高い利便性を有する手法は、技術移転の可能性を大きく広げることが出来る。

 第7章では得られた結論を取りまとめている。

 本論文においては水路モデルの一般化、ポンプ水車の完全特性の解明、代数学的水撃圧解析法の適用範囲の明示など、高速で信頼性の高い解析手法が構築された。これにより今後の技術移転においても活用できる、一般的な揚水発電所水路設計体系が構築されたといえる。以上要するに、本論文で得られた成果はエネルギー工学に寄与するところが大である。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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