学位論文要旨



No 215302
著者(漢字) 長倉,清
著者(英字)
著者(カナ) ナガクラ,キヨシ
標題(和) 新幹線騒音の予測法に関する研究
標題(洋)
報告番号 215302
報告番号 乙15302
学位授与日 2002.03.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15302号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橘,秀樹
 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 教授 桑原,雅夫
 東京大学 教授 須田,義大
 東京大学 講師 坂本,慎一
内容要旨 要旨を表示する

 営業中の新幹線などにおいて,速度向上,車両・地上設備の改良を行う際,あるいは整備新幹線などの新たな新幹線鉄道の建設の際には,新幹線鉄道騒音が沿線の環境へ及ぼす影響について検討を行い,必要な騒音低減対策法を講じなければならない。そのためには,新幹線列車走行時の沿線騒音レベルを,車両種別,列車速度,構造物等の種々の条件に対応して精度よく予測する手法が必要である。予測法としては,現在の新幹線騒音に係わる環境基準で評価量となっている時間重み特性Sでの最大レベル値LpA, Smaxが予測できることが必要であり,さらに,将来,評価量が等価騒音レベルLAeq, Tに移行する可能性をふまえて,LAeq, Tにも対応していることが望ましい。

 現在のところ,我が国において公表されている予測法は在来線鉄道に関するもののみである。在来線と新幹線とでは騒音の状況が大きく異なるため,これらの手法を新幹線に適用することはできない。新幹線沿線騒音を予測する手法に関する研究は,鉄道総合技術研究所が環境アセスメントに関する委託研究等において行ってきたが,これらの予測方法は,現在の多様化した新幹線騒音に対応しているとはいえず,適用範囲はごく限られており,精度についての検討および物理的意味付けについての検討も不十分であった。また,これらの予測法は全て時間重み特性Sでの最大レベル値LpA, Smaxを予測するものであり,LAeq, Tの予測には対応していない。

 一方,ヨーロッパ各国で用いられている予測法は,音の伝搬モデルについては,その多くを新幹線騒音に適用できると考えられるが,音源モデルについては,車両・軌道とも我が国と異なるため,そのまま適用することはできない。また,車両に分散する音源を物理的に細分化して定めていないため,このような音源モデルを新幹線騒音に適用した場合,高い精度は期待できないと考えられる。

 以上の観点から,本研究では,新幹線列車走行時の沿線騒音を,車両種別,列車速度,構造物等の種々の条件に対応して評価する予測法を構築することを目的とする。予測量は,1列車通過時の単発騒音暴露レベル(LAE),等価騒音レベル(LAeq, T)および1列車通過時の時間重み特性Sでの最大レベル値(LpA, Smax)とする。

 新幹線騒音の予測モデルの構築において,モデルの精度を高め,しかもその物理的意味を明確にするためには,新幹線騒音の音源およびその性質についての理解が必要である。新幹線騒音の音源については,鉄道技術研究所(1987年度以降は鉄道総合技術研究所)において継続的に研究されてきており,著者も1991年度以降,これらの研究に深く関わってきた。第2章では,これらの研究成果をもとに新幹線騒音を構成する音源(転動音,構造物音,車両空力音,集電系音および車両機器音)について個別に解説し,それぞれの音源の発生メカニズム,性質および低減対策の経緯を示した。また,それぞれの音源の位置,低減対策の効果,軌道・車両種別による音源パワーのちがい,音源パワーの速度依存性などをまとめた。

 第3章では,新幹線騒音の音源を,車両下部騒音,構造物音,車両上部空力音および集電系音の4つに分類し,地上観測点に対するそれぞれの音源別寄与を,アレイ式指向性マイクロホン(以下,アレイ装置)による計測データに基づいて推定する手法を提示した。アレイ装置では,列車長方向の音源分布の計測が可能である。この手法では,各音源の位置や空間的な広がりを考慮し,アレイ装置によるレベル変動から,新幹線騒音の音源をモデル化している。ここで構造物音の寄与は別途定める。列車長方向に重なった位置にある音源の分離は,レール近傍点における騒音レベルのデータを補助的に用いることによって行う。それぞれのパワーレベルは,レベル変動の山谷の値,装置の指向特性,音源の空間的な広がり,列車速度,レベル化時定数などの条件を考慮して,数値シミュレーションにより定める。

 現車データを用いてケーススタディを行った結果,この音源モデルから計算される騒音レベル変動は実車での騒音レベル変動とよく一致しており,手法の妥当性が確認された。また,この手法を用いて,25m点における音源別騒音レベルを各車両ごとに試算した。

 第4章では,新幹線鉄道沿線において,1列車通過時の単発騒音暴露レベルLAE,時間重み特性Sでの最大レベル値LpA,Smaxおよび等価騒音レベルLAeq, Tを予測する手法を提示した。これらの評価量を計算する際に,1つの点音源が移動するときの受音点における騒音の時間変化(ユニットパターン)およびその時間積分値を求めることが基本になる。新幹線車両の音源を有限個の離散点音源列とみなせば,1列車通過時の単発騒音暴露レベルは各ユニットパターンの時間積分値の総和として表される。等価騒音レベルは1列車通過時の単発騒音暴露レベルを求めた後,列車本数を考慮すれば計算することができる。時間重み特性Sでの最大レベル値LpA, Smaxは1編成に含まれる全音源のユニットパターンの総和に対して動特性を考慮すれば計算することができる。ただし,この計算は煩雑であるので,LAEから換算式を用いて求める方法を簡易法として示した。

 この手法では,新幹線騒音を第3章で定義した4つの音源要素に分類し,それぞれを離散点音源列でモデル化している。音源モデルの定義にあたっては,第2章,第3章で示した新幹線騒音の音源に関する知見および地上観測点における音源別寄与度をもとに,音源位置とパワーレベルを決定している。音源位置とパワーレベルを,音源要素,軌道・構造物条件,車両種別および列車速度ごとに定めているため,様々な状況での騒音レベルを精度よく予測することが可能である。なお,予測モデルを構築するに当たり,問題となった項目(音源パワーレベルの速度依存性,音源の指向性,防音壁の遮音効果の評価など)については,付録にて個別に解説した。

 第5章では,新幹線騒音の実測値と予測法による計算値を比較し,予測法の精度に関する検討を行った。ケーススタディは,1列車通過時の時間重み特性Sでの最大レベル値(LpA, Smax)の実測値と予測計算値を比較することによって行った。実測値と予測値の差を統計的に分析した結果,新幹線において標準的な条件である高架橋区間(防音壁あり)の全データの(実測値−予測値)(dB)の平均値は0.7dB,標準偏差は1.5dBであり,予測法として十分な精度を持つことが明らかになった。また,新幹線騒音の発生・伝搬における現象のばらつきの標準偏差は0.8dBであること,(実測値−予測値)のばらつきの原因は,測定区間のレール表面,構造物の状態による影響が最も大きく,車両種別による影響がそれに次ぐことを示した。

 本論文で提案した新幹線騒音の予測法は,現時点での新幹線騒音について得られている知見に基づいて構築されている。音源モデルについては,音源位置とパワーレベルを,音源要素,軌道・構造物条件,車両種別および列車速度ごとに定めており,ケーススタディの結果を見る限りは,十分な精度を持つと言ってよい。今後は,対策によって騒音レベルの実態が変化した場合,新しい車両が走行を始める場合に,随時,パワーレベルの見直しを行う必要がある。パワーレベルの見直しは,第3章で提案した手法によって実測値から音源別騒音レベルを求め,予測法での式から逆算することによって行う。また,新幹線騒音の音源について新たな知見が得られた場合は,随時,予測法を改訂していく必要がある。一方,音の伝搬モデルについては,距離減衰および防音壁による遮蔽減衰しか考慮しておらず,その結果,予測法の適用範囲がやや狭くなっている。予測法の適用範囲を広げるためには,音の伝搬モデルについては,諸外国の鉄道騒音予測法,道路交通騒音の予測法(ASJ Model 1998)などで用いられている伝搬モデルで,使用可能な部分を採用することが有効であると考えられる。特に,本予測法は基本的な考え方をASJ Model 1998と同一にしており,騒音伝搬に関する多くの計算(有限長障壁・多重回折,反射音の計算,空気吸収や気象の影響に関する補正など)について参考にすることが可能である。

 また,本予測法の基本的な考え方は,在来線鉄道騒音にも適用可能である。在来線鉄道騒音については,1995年12月に環境庁が公表した「在来鉄道の新設又は大規模改良に際して騒音対策の指針について」において,等価騒音レベルが評価値とされており,エネルギーベースの計算モデルに基づいた予測法を提示することは有益である。在来線鉄道は,車両・地上条件が新幹線に比べて多岐にわたっているため,特に音源のパワーレベルについては,今後,更なる調査が必要であるが,同様の予測法を在来線鉄道騒音についてもまとめていきたい。

審査要旨 要旨を表示する

 「新幹線騒音の予測法に関する研究」と題するこの論文では、環境騒音問題の一つとなっている新幹線鉄道騒音の予測手法を確立することを目的とし、新幹線列車の騒音発生特性の解析、複合騒音源のモデル化、および騒音伝搬計算方法を組み合わせて新たな騒音予測手法を提案している。

 まず第1章では、新幹線騒音の歴史的経緯、在来鉄道との違い、新幹線鉄道に係る環境基準を達成するための技術開発の経緯、諸外国における鉄道騒音問題の研究状況などを概説している。それらに基づいて、この研究の目的としては、新幹線列車走行時の沿線騒音を車両種別,列車速度,構造物等の種々の条件に対応して評価する予測法を構築することとしている。

 第2章では,鉄道技術研究所(1987年度以降は鉄道総合技術研究所)において本論文の提出者も参加して継続的に行われた研究の成果をもとに、新幹線鉄道騒音を構成する音源(転動音,構造物音,車両空力音,集電系音および車両機器音)について個別に述べ,個々の音源の発生メカニズム,性質および低減対策の経緯を示している。また,それぞれの音源の位置,低減対策の効果,軌道・車両種別による音源パワーの変化,音源パワーの速度依存性などをまとめている。

 第3章では,新幹線騒音の音源を車両下部騒音,構造物音,車両上部空力音および集電系音の4つに分類し,地上観測点に対するそれぞれの音源別寄与をアレイ式指向性マイクロホンによる計測データに基づいて推定する方法を示している。その結果並びにレール近傍点における騒音レベルのデータから、数値シミュレーションを援用して個々の音源の音響パワーレベルを推定する方法を述べている。この方法を実際のケーススタディに適用し、推定された音源モデルから計算される騒音レベル変動は実車走行による騒音レベル変動とよく一致したとしており,手法の妥当性を確認している。

 第4章では,1列車通過時の沿線における単発騒音暴露レベル(LAE),時間重み特性Sによる騒音レベルの最大値(LpA, Smax)および等価騒音レベル(LAeq)を予測する手法を提示している。ここで、環境基準で規定されている騒音氷菓量である時間重み特性Sによる騒音レベルの最大値の求め方に関して、列車1編成に含まれる全音源のユニットパターンの総和に対して動特性を考慮して計算する基本的な方法とは別に、単発騒音暴露レベルから換算する簡易法も示している。

 この章で示している計算手法では,新幹線騒音を第3章で定義した4つの音源要素に分類し,それぞれを離散点音源列でモデル化している。音源モデルの定義にあたっては,第2章,第3章で示している新幹線騒音の音源に関する知見および地上観測点における音源別寄与度をもとに,音源位置とパワーレベルを決定している。音源位置とパワーレベルに関しては,音源要素,軌道・構造物条件,車両種別および列車速度ごとにデータを整理しており、様々な状況に対して沿線における騒音レベルを精度よく予測することを可能としている。

 第5章では,新幹線騒音の実測値と本論文で提案する予測法による計算値を比較し,予測精度の検討を行っている。その結果として、実測値と予測値の差を統計的に分析した結果,新幹線において標準的な条件である高架橋区間(防音壁あり)の全データの(実測値−予測値)の平均値は0.7dB,標準偏差は1.5dBであり,予測法として十分な精度をもつことを示している。また,誤差が生じる要因については、測定区間のレール表面,構造物の状態による影響が最も大きく,車両種別による影響がそれに次ぐことを示している。

 以上に述べたように、本論文はわが国の環境騒音問題の一つとなっている新幹線騒音を予測する手法を豊富なデータと騒音伝搬理論に基づいて提案している。その中で、騒音評価量としては現行の「新幹線鉄道騒音に係る環境基準」で規定している騒音レベルの最大値だけでなく、国際的にも一般的となっている等価騒音レベルも求められるように組み立てられており、道路交通騒音と同様に将来評価量が等価騒音レベルに変更されても十分に適用できる。またこの騒音予測手法は、基本的には在来線鉄道についても適用可能である。このように、本論文は工学的意味と同時に社会的にも重要な研究と言える。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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