学位論文要旨



No 215303
著者(漢字) ドゥアンチャン・チャルーンムアン(旧姓:アーパーチャルット)
著者(英字) Duongchan Apavatjrut CHAROENMUANG
著者(カナ) ドゥアンチャン・チャルーンムアン(旧姓:アーパーチャルット)
標題(和) 先進工業国と発展途上国の歴史的都市における都市計画のあり方に関する研究:京都・チェンマイをケーススタディとして
標題(洋) Study on Planning of Historic City in Advanced Industrialized Countries and Developing Nations : Case of Kyoto and Chiang Mai
報告番号 215303
報告番号 乙15303
学位授与日 2002.03.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15303号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西村,幸夫
 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 助教授 北沢,猛
 東京大学 助教授 城所,哲夫
 東京大学 助教授 小泉,秀樹
内容要旨 要旨を表示する

 現在では都市経済の活性化と地方の文化と独自性を維持するにあたり歴史にゆかりの深い古都を守るということが多くの国の間で議論されている。この研究の趣旨は先進国と発展途上国の歴史都市における都市計画の比較分析にある。本論文では具体的にその成功と失敗の原因を探求し、他の都市にも応用可能かどうかを検証する。

 本研究は3部門から構成されており、第一部は両事象の過去の研究および計画の見直し、第二部においては各歴史都市における都市計画の内容を調査し、計画概要およびその後の施行経過を分析する。また、第三部では二つのケースの類似性と相違性を人口規模、歴史的背景、行政、立法、都市計画、文化保護、管理システムなどの様々な視点から比較検討し、結論を見出す。

 先ず、第一部では歴史都市の計画概要書に基づいての研究を試み、歴史的書物、過去の地計図、最近の二つの事象を統合したうえ検討し、第二部にて歴史的順序を鑑みながら、それぞれの計画の重要な概念を示すであろう地図を再検討、模索する。これまで多くのフィールドワークが形骸化した情報のみを収集するに過ぎなかったが、ここでは度量法に基づき観察シートや写真によって現存する状態を分析し、様々なインタビューを行いチェンマイ市の古い建築物を分類する。また、マッピング技法により高層建築物の発展、変化、都市の拡張化を示し、計画施行の是非をチェックするという機能を兼ね備える。第三部では様々な要素を比較検討してみる。

 文学の見直しは、歴史的都市の保存に関する重要な概念を明白にする。第一に、歴史的都市域内における歴史的地域の保存機能である。第二に、最初の概念によって作られた機能に基づいて歴史都市の新たな発展を誘致する新しい地域、または都市の中に新都市などを建設することである。新都市の建設には多くの規制があるものの、先進国の歴史的都市の保存に貢献してきた。だが、チェンマイ市においては未だこの試みはされずじまいである。

 京都市は周知の如く、世界でも有数の歴史都市で、日本の歴史的重要無形文化財のおよそ8分の1が集まり、伝統的木造建築物が数多くある。世界にある多くの遺跡が物凄い勢いで崩壊の危機にあるなかでも、京都は依然として風光明媚な観光都市を保っている。都市景観法と都市計画を融合することにより新しい試みがなされているが、行政は伝統的建造物を保存するため特別保護地域を設ける一方、建造物の高さ、緑地の確保などにも規制を設けるなどの努力も京都市により行われている。

 その他にも国家の政策により歴史的都市の保護が行われ、関連法案が施行されている。近畿地区においては経済発展と地域の特性の保存の均衡をとりながら、多角的新地域構造計画を試みている。京都、大阪、神戸などの三主要都市がこれに該当し、これにまつわり様々な軋轢が生じている。

 また、政府は文化物の保有者に対する税の減免措置などを講じるなどにより、対策を練っている。また、京都の歴史保護政策は歴史的地域以外にも新興地区の発展などの規制も行い伝統的な建造物との調和を守ることを条件として新たに近代的な建築を行うことを許認可する方針をとっている。

 それ以外にも土地の区画整理の法制化、奨励金の支給、罰則規定を設けるなどにより急速な発展による乱開発を制限もしているのである。

 チェンマイには多くの寺院や伝統的な家屋が存在する。歴史都市チェンマイにも様々な問題がある。第一に、国家、地域、都市のそれぞれのレベルにおける統一した見解がなく、北部地域における中核都市を視野に入れた発展のための成長センターとしての役割が従来の多角的発展に変わってすすめられているという点である。

 第二に、政府が何も規制をしないのには発展が歴史的建築物の景観を損ねるという理由から近代的発展を積極的に行わなかったこと。第三に、タイの都市計画システムが計画を施行するために何の効果的な施策がなく、都市計画の遡及する範囲が土地利用や道路ネットワークの構築の範囲内だけに留まっていること。

第四に、不徹底な集中化、立法システムなどが問題として挙げられる。

 この研究は都市計画が先進国における歴史的建造物の保存に及ぼす効果と、発展途上国に及ぼす効果の比較にある。国家、地域、都市レベルにおける発展計画が歴史的建築物の保存が問題点として挙げられ、及ぼす効果の成否を左右する重要な要素であることは確かである。現時点で地方行政だけで歴史的建築物を保存するのは多くの法律が国家で決定されるという点で不可能である。最も効率的な歴史建造物の保存には都市計画システムと歴史建造物の保存政策を結合した都市計画である。具体的には近代的な発展が大過なく歴史的な建築物やその景観に融合させるよう様々な活動を制限するよう尽力していくことにある。地方行政の拡散化と立法システムは都市計画を進める上で最重要課題であるのは言うまでもない。

 以上のことから結論づけられるのは、京都の事例を模範とし、良い点を多く取り入れて行くべきであるということがいえるであろう。京都では伝統的な居住様式が重んじられ、政府からの多大な助成金を支給するなどの経済的な支援をはじめ、歴史的建築物のグループ化、城壁の設置、高層建築物の建築規制などの施策、それから、奨励金の支給、土地の再編、土地収用などが有効な対策といえるであろう。

 また、税率があまり高くないのであれば、減税措置は効果的ではないなど、すべての政策が現状に適用しうるかは疑問であるが、保存を推進することは古都の保全に新しい発展の圧力を和らげるのは確かである。

 今の経済情勢から、チェンマイ市に適用できうるのは近隣都市を発展させるか、或いは、都市域内に新都市を建設するなどの多角的発展計画によるものが新たな新都市建設よりも最善の策といえるであろう。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、タイ王国の王都チェンマイと日本の歴史都市京都を対象に、歴史都市保全における都市計画制度のあり方を比較検討し、日本の先進国型の都市保全制度が開発途上国における都市保全に援用可能なのか、また一般に文化的背景の異なる二国間において制度的な技術の移転可能性について実証的に検討しているものである。

 論文は6章から成っている。研究の目的と作業仮説を論じる第1章においては、先進国の都市計画制度のほうが都市保全においてより有効であり、開発の圧力を他の地域に分散させる都市政策が都市の歴史的環境保全において有効であること、さらに都市計画の一部分として都市保全が位置づけられることが歴史都市の保全全般にとって重要であるという作業仮説を立てている。

 既往調査を概観した第2章に続く第3章は京都を対象に、長期に渡る現地調査と都市計画関係者に対する聞き取り調査によって都市計画制度の概要とその歴史、京都におけるその運用の実態とその特徴、特に歴史的環境の保全に関する行政による組織的対応の特色、税制上の優遇措置や建築物のデザイン規制を含む歴史的環境保全に関する具体的制度の実態を詳細に明らかにし、日本における歴史的都市保全の施策の全体像を客観的に明らかにしている。

 第4章は、タイ王国の古都チェンマイを対象に、京都と同様の調査並びに分析をおこなっている。とりわけ開発途上国に特徴的な急速な都市化や行政組織の非効率性、その背後にある所轄分野の重複の実態、都市計画規制の実効性のなさ等を詳細に明らかにしている。また、観光都市としての現状と観光がチェンマイの歴史的環境に対する影響及びこれに対する施策を詳細に論じている。

 これら個別都市のケーススタディに続く第5章は両都市の比較をおこなうもので、本論文の中心的な章となっている。比較は社会制度、経済システム、行政制度、法制度、及び歴史的環境保全に関わる各セクターの役割の5つの視点からおこなわれる。その結果、開発途上国における歴史的都市保全の現状と課題とが明確にされているほか、京都に代表される先進国の歴史都市保全施策に関しても改善点があることが示されている。とりわけチェンマイの都市計画について、計画立案プロセスの論理的構造化が重要であると主張し、開発事業者に対する経済的技術的助言や開発負担金の徴収、トラスト基金の設立、社会的インセンティブの誘導など各種の経済的誘導施策の樹立とその総合的運用が歴史的環境保全には不可欠であることを強調している。開発途上国の歴史都市保全に関する提言は16項目に及んでいる。

 以上、本論文は資料的制約の厳しい開発途上国の都市計画制度、とりわけ開発速度の著しい経済状況の中におかれている歴史都市を主たる対象として、これをわが国の歴史都市保全の制度及びその運用状況と比較し、開発途上国型の歴史都市保全のための施策体系を考察し、総合的な提言をおこなった論文として貴重である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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