学位論文要旨



No 215304
著者(漢字) 木枝,香織
著者(英字)
著者(カナ) キエダ,カオリ
標題(和) 風力タービン用翼型に発生するはく離泡及び翼性能の数値解析
標題(洋)
報告番号 215304
報告番号 乙15304
学位授与日 2002.03.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15304号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,敏雄
 東京大学 教授 吉識,晴夫
 東京大学 教授 荒川,忠一
 東京大学 助教授 加藤,千幸
 東京大学 助教授 谷口,伸行
内容要旨 要旨を表示する

 「涙の粒のようなその形状は,普遍的な美をも兼ね備えているもの」と表現される翼型とは,揚力を得るものの真髄であり,流体機械設計の中心を占めるものである.理想的な翼型形状はその大きさと流速に依存するもので,この依存性はスケール効果と呼ばれる.スケール効果はコードレイノルズ数Re(u∞・c/v ; u∞:主流速度,c:翼弦長,v:動粘性係数)により特徴付けられる.風力タービンブレードのReは105〜106のオーダーであり,この領域ではより低いReに比べ翼性能が飛躍的に向上する一方,大規模な層流はく離による性能低下や層流はく離後の乱流遷移,流れの再付着,はく離泡形成など複雑な現象が起こる領域であり,多くは低Re領域と呼ばれる.従って,風力タービン用翼型設計においては,翼型のこれら低Re領域におけるはく離特性予測や現象解明が重大な関心事であり,性能評価の重要課題である.

 また,風力タービンブレードは変動自然風況下で作動し,ピッチ制御動作やロータのフェザーリング状態,緊急停止動作を含めると,迎え角変動は±180度の範囲となる.風速や回転数変化によるRe変動も発生する上,風力タービンは本来的に設計点で運転されるわけではなく,設計点からずれた状態での翼性能の評価も重要である.さらに,このような現象には3次元的な渦の形成が流れに深く影響を及ぼし,現象解明や性能解析を複雑にしていると思われる.従って,風力タービン用ブレードまわりの流れ場に関わるキーワードとして,流れの非定常性と3次元性があげられる.

 本研究の目的は,風力タービン用翼型まわりの流れ場の3次元流れ構造やはく離現象,特にはく離泡形成の現象解明である.はく離泡が形成されることにより,大規模な層流はく離が抑えられ翼性能は高く維持されるため,その物理的理解は重要である.

 低Re領域の翼型に形成されるはく離泡のシミュレーションには,その流れ場の性質から,3次元非定常な数値解析が必要であり,ナビエ・ストークス方程式を直接解く方法:数値流体力学(Computational Fluid Dynamics : CFD)を解析手法に採用した.現状では,Reが105以上の計算に直接計算の解像度を要求することは困難であることから,対流項に風上スキームを採用する計算安定化手法や,Large Eddy Simulation(LES)による乱流計算が有効な手段であり,精度良いシミュレーションに成功すれば,風洞実験からは得がたい流れ情報が補われることが期待される.

 まず,はく離現象を伴う3次元渦構造を解明する出発点として,実験データが豊富で,数値解も得られており,はく離・再付着現象が起こる円柱まわり流れを取り上げた.対流項差分スキームには,3次精度風上差分スキーム(K-Kスキーム)を採用し,流れの3次元性が顕著に表れるRe=103の3次元流れ計算を実施した.図1は,得られた流れ場の圧力等値面(P=−1.6)の瞬時値とパーティクルシミュレーションである.圧力等値面は円柱背後のカルマン渦の位置を示し,パーティクルシミュレーションは,はく離点近傍に配置されたパーティクルが与えられた速度場で移動する様子を示している.はく離点近傍にパーティクルの軌跡間隔の広がり部が存在し,その下流でカルマン渦が3次元的に曲がっていることが確かめられた.

 揚力係数(C1)や抗力係数(Cd)などの時間変動にはうなり現象が生じ,それらのパワースペクトルにはカルマン周波数のメインのモードに隣接した複数のピークが存在した.さらに,メインのモードと,隣接したピークのモードとの差のモードが確認され,差のモードはうなり現象に対応していることが明らかとなった.また,はく離点近傍の流れ場には,カルマン周波数の1/2程度のモードが確認されたが,スパン方向の流れの構造は主にこのモードによって形成され,図1に示したパーティクルの軌跡の広がり部(3次元的な渦対)の出現に対応していることが判明した.さらに,はく離点における流れの3次元性の影響で,カルマン渦が曲がり,その曲がりに誘起されたと考えられる2次渦の発生(スパン方向の不安定性の流れ方向への伝搬)が認められた.

 以上の結果より,これらのRe領域の流れ場の3次元性は本質的なものであり,現象解明には3次元計算が必要であることが確認された.

 次に風力タービン用に設計された2種類の翼型MEL012とM-F071を取り上げ,それらの流れ場に形成されるはく離泡のシミュレーションを実施した.翼型MEL012はRe=2×105,迎え角4度,翼型M-F071はRe=2×105,迎え角10度の計算を実施したが,これらの条件では,風洞実験結果よりはく離泡形成が確認されている.

 翼型MEL012の計算で得られた翼まわりの圧力係数分布(Cp)を図2に示す.(a)では,グローバルな流れ場を捉えるために対流項に風上差分スキーム(QUICKスキーム)を適用し,解の格子依存性を調べた.粗い格子GRID1では,Cp分布に実験結果のような不連続部が現れないが,流れ方向に細く分割した格子GRID2とGRID3では,実験結果と同様な不連続部が現れ,はく離泡の形成が捉えられることがわかった.GRID3のスパン方向分割数はGRID2の倍であるが,Cp不連続部がより明確に捉えられ,スパン方向の格子分割数も重要であることが判明した.(b)はGRID3を用い,LESのDynamic modelを適用した計算結果であり,実験結果との一致が良好である.LES計算結果は,Cp, Cl, Cdすべて実験値とより良く一致し,精度が良いことが判明した.

 はく離点近傍の速度ベクトルと圧力コンター図の一連の時間変化から,はく離泡の流れのメカニズムを調べた.その結果,はく離泡とは,層流はく離後のはく離境界層内で発達してきた渦が,境界層外側から流れを巻き込みながら成長し強くなり,その後弱くなっていく過程と理解された.QUICKスキームとLESによる計算結果とを比較したが,この比較的大きな流れ構造には顕著な相違はみられなかった.

 翼型M-F071の計算で得られた翼まわりのCp分布を図3に示す.ここではQUICKスキームを適用し,はく離泡のシミュレーションに再現性があることを確認した.

 翼型M-F071については,風洞実験で得られた圧力の時間変動とそのパワースペクトルを,計算結果と比較した.実験結果,計算結果ともにx/c=0.325付近で変動が始まり,パワースペクトルには小さなピークが現れる.下流に向い変動の振幅は大きくなり,x/c=0.4付近で最大となる.このときパワースペクトルには2つのピークが観察された.その後,徐々に振幅を弱めつつ,細かい変動となっていく.この下流方向への圧力変動の変化から理解されるはく離泡の流れ構造は,シミュレーションで得られたはく離泡の流れ構造を裏付けるものであると考えられる.

 また,パワースペクトルに2つのピークが現れる領域の計算結果には,はく離泡内の強くなった渦と壁面との干渉による2次渦の形成が観察された.壁面せん断流れの安定論に関するレヴューから,境界層の乱流遷移のプロセスをまとめると以下の3ステージに分類される.

 Receptivity(受容性)外乱が粘性型の不安定波であるTollmien-Schlichting波(T-S波)を誘起する過程

 Instability(不安定性)不安定性の線形増幅過程と,振幅が増幅されるにつれて現れる3次元性や,非線形干渉(Secondary instability)の過程

 Breakdown 擾乱の著しい成長と,ブレークダウンして乱流に至る過程.ある振幅に達した不安定波と境界層の非線形干渉が観察される.

ここに,2次渦の形成は,breakdownし乱流に至る過程に重要な役割を担っていることが想像される.

 図4に,流れの様子を瞬時の圧力場からスパン方向に平均した圧力を引いた値の等値面で示す.はく離点近傍にはライン状の分布が観察されるが,これはスパン方向に平均した渦中心位置と,実際の3次元的な渦中心の分布とのずれにより生じ,この領域での渦の曲がりを示している.これより下流側は,より細かい流れの3次元構造が存在し,乱流へ遷移していると考えられる.

 今回の解析で,はく離泡形成が3次元CFD計算でシミュレートされ,Cp分布は実験値と良く一致し,そのメカニズムは一定度明らかとなった.かかる解析結果からはく離泡形成のメカニズムにおいて非定常性および3次元性が本質的であることが判明した.今後は,今回の解析手法を風力タービン用翼型でしばしば発生する低迎角,低Reでの性能低下や,高迎角における前縁失速,高迎角で発生するヒステリシスなどの解析に適用し,翼まわりの流れの解明や予測に貢献することが期待される.将来的には,CFDによる高性能翼型設計ツールに発展させたい.

Figure 1 Re=103; Surface plots of pressure(P=−1.6) and particle simulation at T=42.1

Figure 2 MEL012, Re=2×105,α=4deg.; Pressure coefficients around the airfoil

Figure 3 M-F071, Re=2×105,α=10deg.; Pressure coefficient around the airfoil

Figure 4 M-F071, Re=2×105,α=10deg.; Surface plots of dp=p−p, p : spanwise mean

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,「風力タービン用翼型に発生するはく離泡および翼性能の数値解析」と題して,風力タービン用翼型まわりの流れ場における3次元流れ構造やはく離現象,特にはく離泡形成の現象解明を目的として,風力タービン用翼型まわりの流れ場を3次元非定常な流れ計算でシミュレートし,風洞実験データとの比較から解析結果の有意性を検討し,はく離泡のメカニズムを考察したものである.

 本論文は6章から成っている。第1章では,序論として研究の背景および目的が述べられている.論文提出者は,風力タービン用翼型が変動自然風況下で作動し、本来的に設計点で運転されるわけではないこと,そのために流れの3次元性やはく離特性の予測と現象解明が高性能翼型開発に重大な関心事であること,特に低レイノルズ数(Re)領域では,はく離泡の形成により大規模な層流はく離が抑えられることによって翼性能が高く維持されるため,その物理的理解が重要であることを研究の背景として述べている.

 第2章では,乱流流れ場の計算手法と研究で用いた計算コードの基本について説明している.特に、非定常3次元流れ解析のための計算コードとして、対流項に2次精度風上スキーム(Quickスキーム)を用いSubgrid scale(SGS)モデルを与えない計算コードと,対流項に4次精度中心スキームを適用し明示的にSGSモデルを用いるLarge Eddy Simulation(LES)コードを構成している.

 第3章では,はく離現象を伴う3次元渦構造を解明する出発点として,実験データが豊富で数値解も得られており,はく離・再付着現象が起こる円柱まわり流れを取り上げ,はく離を伴う流れ場の数値解析手法を検証している.その結果,流れの3次元効果を考慮する必要があること,スパン方向の解析領域や解像度が重要であること,数値粘性は慎重な取扱いが必要であることの認識を示している.

 また,3次元現象が顕著となるRe=1000の流れ場で,揚力,効力の時間変動に現れたうなり現象の原因をスペクトル解析から検討し,うなり現象発生時の3次元渦構造を明らかにしている.

 第4章では,風力タービン用翼型MEL012について,実験的に層流はく離泡の形成が確認されたRe=200,000,迎え角4度の条件で流れ解析を実施し,はく離泡シミュレーションの可能性を調べている.はく離泡が形成される領域に充分な解像度の格子を用いた場合,翼まわりの圧力分布に実験結果と同様な不連続部が現れ,はく離泡の形成が捉えられることを明らかにしている.

 はく離泡のメカニズムに関しては,シミュレートされた流れ場の可視化結果より,はく離した層流境界層の発達と渦への巻き上がり,その後の渦構造の3次元的な複雑化の過程が支配することを明らかにしており,流れの可視化実験結果との比較からその有意性を確認している.

 解析手法に関しては,対流項に2次精度風上スキーム(QUICKスキーム)を用いSGSモデルを与えない計算コードと,対流項に4次精度中心スキームを適用しダイナミックSGSモデルを用いるLES計算との2通りを実施し,後者の解析結果は前者より時間平均値において実験値とより良く一致し精度が高いこと、はく離泡形成のような大規模流れ構造には両者に相違はみられないことを指摘している.LESのSGSモデルに関しては,モデル係数の値が固定されるSmagorinskyモデルではなく,求まった流れ場から動的にモデル係数を導き層流領域で渦粘性が0に漸近するダイナミックSGSモデルの適用が必要であることを確認している.また,LESの計算に関して,対流項に中心スキームを適用したことにより現れる速度場の振動を抑えるために,速度場に陽的にかけるFilterの強さを任意に変更する計算手法を提案し,安定に計算を進める済めるためのFilterの強さと回数の組み合わせに関する実用的提案を行っている.

 第5章では,風力タービン用翼型M-F071まわりの流れ場の3次元計算を,はく離泡形成が確かめられているRe=200,000,迎え角10度の設定で実施し,はく離泡のシミュレーションに再現性があることを確認している.このような流れ場に対して2次元計算の結果は,たとえ解像度の高い格子を用いても流れ場の3次元性が顕著になる再付着点より下流領域で流れ場を精度良く再現しないことを指摘している.

 次に、変動量の比較検証のため,風洞実験で得られた圧力の時間変動とそのパワースペクトルを,3次元計算結果と比較している.はく離泡が形成される領域において,計算結果は実験結果と定性的に一致し,シミュレーションで得られたはく離泡の流れ構造が実験結果によって裏付けられたと述べている.さらに計算結果による流れの可視化結果から,渦がもっとも発達した領域では壁面との干渉による2次渦の形成が観察されることを明かにしている.この領域の圧力パワースペクトルには,実験結果,計算結果ともに2つのピークが現れたが,これらのピークはこの2次渦に起因することを指摘しており,実験結果だけからでは理解し難い現象解明を実験結果にシミュレーション結果を合わせることに達成されることを示唆している.

 第6章では,全体の結論と今後の課題が述べられている.

 以上を要約すると,本研究において風力タービン用翼型の流れ場におけるはく離泡形成のメカニズムが明らかとなり,はく離を伴う流れ場の数値解析手法に関して多くの重要な知見が与えられている.従って,本論文は,博士(工学)の学位請求論文として合格であると認められる.

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