学位論文要旨



No 215305
著者(漢字) 山本,正樹
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,マサキ
標題(和) ハイアスペクト比マイクロ部品用形状測定技術の開発
標題(洋)
報告番号 215305
報告番号 乙15305
学位授与日 2002.03.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15305号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 増沢,隆久
 東京大学 助教授 川勝,英樹
 東京大学 教授 高増,潔
 東京大学 教授 毛利,尚武
 東京大学 教授 保坂,寛
内容要旨 要旨を表示する

 最小寸法が数十μm〜数百μmで,しかも高さ方向に大きな寸法を持つ部品をハイアスペクト比マイクロ部品と呼ぶ.これらの部品は機械システムの心臓部として用いられる場合が多く,品質に対する要望は高まる一方である.たとえば,自動車エンジン用燃料噴射ノズル,微細部品加工用の精密金型,マイクロマシン用の微小部品等はその好例である.これらの部品形状を評価をする上で,従来の計測手法は不十分である.なぜなら,機械式タッチプローブは微小化すると強度が低下し接触圧力に耐えられなくなるし,光学顕微鏡は深さ方向に光が届かなくなる欠点がある.半導体評価でよく用いられるSEMやAFMも,平面サンプルを主なターゲットにしているため,高いアスペクト比をもつこれらの部品には適さない.そこで,本研究は従来不可能とされてきたハイアスペクト比マイクロ部品の形状および表面粗さの非破壊検査技術を確立することを目的とする.

 手始めに,増沢らの開発したバイブロスキャン法(VS法)を,ハイアスペクト比マイクロ部品の試作に用いられる微細放電加工機用に,オンマシン計測ユニットとして適用した.まず,VS法の原理を図1に示す.先端を傘型に加工した微細触針に振動を与え(全振幅2μm),微細触針と測定対象の間に電圧を印可して,導通電流をモニタする.この時,測定対象と測定触針の先端の距離をhとすると,hが振動振幅よりも大きいときは導通は検出されないが,hが小さくなるにつれ振動周期に合わせた導通が発生するようにり,振動振幅の1/2に等しいときに,導通時間と非導通時間が等しくなる.つまり,導通時間の割合(デューティ比)を計測すれば,触針と測定対象間の距離hを知ることが可能で,同時に触針をスキャンすることで形状を測定できる.我々は,VS法の微細触針を松下電器製微細放電加工機に搭載し,微細穴の加工に引き続き,加工形状を機上で評価する実験をおこなった.結果の一例を図2に示す.厚さ200μm,7種類の金属板に対して同一加工条件でφ100μmの穴加工し,穴形状の違いを直径の深さ方向への変化として表示した.同図では入口側(深さ0μm)から一度広がった穴径が出口付近(深さ-200μm)ですぼむ現象が見られ,加工屑の滞留と関係した微細放電加工特有の現象であることが明らかになった.また,アルミニウムの表面粗さが他材料に比べると悪く,放電加工の難しい材料であることを裏付けている.繰り返し測定の結果,測定再現性±0.5μmを確認した.

 VS法は検出原理を電気導通によるため,非導電体や厚い酸化膜に覆われた測定対象は計測できない.そこで,電気導通によらない計測方法を開発するために,VS触針を水晶振動子と組み合わせる試みをおこなった.ここで,水晶振動子に微小プローブを接着したAFMの研究は数多く報告されている.しかし,これらのAFMはプローブを出来るだけ短尺化・軽量化して,プローブの共振周波数を高めると共に,水晶振動子の共振を妨げない工夫がなされていた.これに対して,VS触針は測定対象に応じて長さが決まるので共振周波数は低く,また,超硬合金製のためSi系材料に比べて重い.これらの問題を解決して製作したセンサ(TVSセンサ)を図3に示す.VS触針の質量の問題はカウンタバランスを取り付けることで解決した.触針のアスペクト比が高くなり,共振周波数が低下してしまう課題は,TVSセンサをモデル化し理論検討の結果,最小直径6μm(長さ1200μm)の触針まで実現可能であることを示した.TVSセンサの共振・共振停止を判別し,センサを測定対象に接近・離脱させる接触サーボを行いながらスキャンすることで形状測定をおこなった.繰り返し測定実験の結果,再現性±0.2μmを確認した.

 TVSセンサにより非導電体のハイアスペクト比マイクロ部品の測定が可能になったが,TVSセンサは検出応答が遅いという課題があった.これは,比較的質量の大きな水晶振動子が共振するため,接触によりエネルギが散逸するまでに時間がかかるためである.そこで,共振部分が先端の触針部分に限られるようなセンサ(RVSセンサ)を開発した(図4).同図で,長さ1mm,直径20μmのはり部分が共振する箇所であり,共振振幅を根元に設けられた圧電薄膜が検出する.共振部分の質量が小さいため,RVSセンサの接触・非接触の検出時間は短く,微動ステージでRVSセンサを駆動して500Hzの接触サーボを行うことが可能となった.接触サーボを行いながらRVSセンサを測定対象上でスキャンした結果を図5に示す.同図はモジュール29μmのマイクロ歯車であり,歯面を3μm間隔で100個の縦断面を計測し,結果を3次元レンダリング表示した.歯面の形状・表面粗さが手に取るようにわかり,マイクロ部品の評価における有用性を示している.なお,繰り返し測定実験の結果,再現性±0.1μmを確認した.

 最後に,RVSセンサを工業的に実用化するためには,既存の機械計測装置との組み合わせが1つのカギとなる。そこで,三次元測定機とRVSセンサの結合を試みた.最大の技術課題は三次元測定機が接触検出後も急停止できないオーバートラベルの問題である.RVSセンサ触針ははり構造をしているため,撓み方向への押し込みに対しては強いものの,軸方向への押し込みに対しては弱く,わずか1μmの押し込みで座屈する.そこで,RVSセンサに制御的に軸方向コンプライアンスを与える機構を考案した.つまり,RVSセンサの固定部に高速アクチュエータを仕込み,触針が接触を検出したらRVSセンサ自身が軸方向に退避する.この結果,触針はステージのオーバートラベル速度よりも速く退避動作をとることができるので,接触検出の次の瞬間には測定対象から離れる.さらに,高速退避完了後はゆっくりとアクチュエータが伸展し,次の測定に備える.以上の機構により,繰り返し精度σ=0.02μmのハイアスペクト比マイクロ部品用三次元測定機を実現することができた.本装置は実用化され,ユーザ先で稼働中である.

図1 バイブロスキャニング法(金1998)

図2 微細放電加工穴のオンマシン計測

図3 水晶振動子と接着された触針(TVSセンサ)

図4 RVSセンサの電子顕微鏡写真

図5 RVSセンサによるマイクロ歯車の歯面測定

審査要旨 要旨を表示する

 本論文はハイアスペクト比マイクロ部品用形状測定技術の開発と題し,8章からなる.

 第1章「緒言」では本研究の背景と目的について述べている.機械部品の小型化は近年あらゆる産業分野において重要性が高まっている.液体噴射ノズル,微細金型,マイクロ歯車,微細穴に代表される部品は,最小寸法が数十μm〜数百μmで,高さ方向に大きな寸法を持ち,本研究ではハイアスペクト比マイクロ部品と呼ぶ.これら部品の形状測定においては,従来の機械測定装置は構造の細かさのため測定不能となり,光学顕微鏡・電子顕微鏡・AFMも3次元構造に十分対処できないという課題がある.これより,ハイアスペクト比マイクロ部品に特化した測定手法の開発は急務であり,これを本研究の目的とすることを述べている.

 第2章「微細放電加工機用オンマシン計測の提案」では,微細放電加工の加工物に適用可能なオンマシン計測技術について提案している.微細放電加工はハイアスペクト比マイクロ部品の試作に適し,加工機もすでに市販されている.本論文においては,増沢らの開発したバイブロスキャニング(VS)法を微細放電加工機に搭載している.VS法は電気導通を検出原理としているが,放電加工の加工物はこの条件を満たしているので問題がない.実験により,放電加工特有の加工液・加工屑の存在に対してVS法の測定が影響されにくいことを明らかにしている.直径100μmの微細穴の繰り返し測定より,±0.5μmの再現性を確認している.

 第3章「汎用微細形状測定システムの開発」では,VS法オンマシン計測における問題点を,測定速度・測定精度・任意形状測定・使い勝手の観点から整理している.これら問題点を,制御系の工夫を行った新型VS測定ヘッドと,システム化に工夫を行った汎用測定装置の開発により解決することを提案している.新型VS測定ヘッドは,市販の真円度測定装置との比較測定実験において,触針サイズ・接触圧の違いにもかかわらず,最大0.4μmの誤差で測定結果の一致を見ることを示している.この汎用測定装置は顕微鏡下での測定点教示を可能とし,異形形状を容易に測定できることを示している.

 第4章「共振型センサの小型化検討」では,VS法が非導電体や厚い酸化膜をもつ測定対象を計測できないという課題を,共振型センシング方式の導入により解決する方法について提案している.まず,近年技術進展の著しい水晶振動子を用いたAFM技術について調査を行い,この技術とVS法を融合する提案をおこなっている.VS法の触針を水晶振動子の先端に接着固定する手法を考案し,新型のセンサを試作している(TVSセンサ).測定実験の結果,測定対象として用意したブロックゲージ表面を±0.2μmの再現性で測定が可能であることを明らかにしている.

 第5章「共振型VS法の検討」では,水晶振動子を用いたTVSセンサが,水晶振動子の共振エネルギが大きいため応答速度が遅いこと,また,微細組立て作業が要されるため製作歩留まりが悪いこと,に注目し改善方法について提案している.つまり,応答速度を高めるために微細触針のみを共振させる構造(RVSセンサ)を考案し,また,平面基板を用いた新加工プロセスの導入により微細組立てを不要にしている.RVSセンサを用いたブロックゲージの測定で,再現性±0.1μmを明らかにしている.また,同時開発した専用測定装置を用いて,ポリイミドフィルム上の微細穴や,マイクロ歯車の歯面計測実験を行いその有用性を確認している.

 第6章「共振型VS法の実用化」では,RVSセンサを産業界に導入する上で既存の3次元測定機と組み合わせることが導入・維持コストを最小化するために有効であることを述べている.さらに,この組み合せにおける課題が3次元測定機のオーバートラベルによるRVSセンサの座屈破壊であることを明らかにしている.本研究では,RVSセンサを接触検出と同時にZ方向に引き上げる制御を導入し,RVSセンサにZ方向の選択的コンプライアンスを与えることでこの課題を解決している.開発したシステムはXYZ全軸において繰り返し精度σ=0.02μmを達成している.なお,本開発システムはユーザ先に納品され,実稼働に至っている.

 第7章「新しい知見と産業へのインパクト」では,実際のハイアスペクト比マイクロ部品のRVSセンサによる測定結果を示し,明らかになった知見について述べている.また,ハイアスペクト比マイクロ部品の測定技術に関する他の研究動向の調査結果を述べ,RVSセンサが測定対象に応じて最適な触針形状を提供出来る点で優れていると結論している.

 第8章「結論」では,提案した各方法について,この研究であきらかになった知見についての結論がまとめられている.

 以上,本論文は,導電検出を利用したVS法から研究を開始し,共振現象を利用したTVSセンサ・RVSセンサを開発することで,ハイアスペクト比マイクロ部品の測定技術の開発に成功している.また,RVSセンサを既存の3次元測定機と組み合わせることにより,産業界における実用化の路を開くことにも成功している.これらの結果は工学、工業の両面においてその発展に寄与するところ大である。

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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