学位論文要旨



No 215306
著者(漢字) 土岐,直二
著者(英字)
著者(カナ) トキ,ナオジ
標題(和) 船舶の波浪中応答に係わる設計値の決定手順に関する研究
標題(洋)
報告番号 215306
報告番号 乙15306
学位授与日 2002.03.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15306号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤野,正隆
 東京大学 教授 木下,健
 東京大学 教授 影本,浩
 東京大学 教授 大和,裕幸
 東京大学 理事 渡辺,巌
内容要旨 要旨を表示する

 船舶が波浪中にある時には、船体に動揺が発生し且つ変動荷重が作用する。そうした波浪に起因する船舶の応答を波浪中応答と総称する。船舶の波浪中応答に関しては、変動荷重に耐えられるように船体部材の降伏強度や疲労強度さらには貨物の固縛強度などが決定される他、船首からの海水の打込みを避けるよう船首フレアーの高さと形状が決定されるなど、種々の設計判断が行われて居る。

 1960年代後半に線形ストリップ法が実用化されるようになって、船舶の波浪中応答を理論計算で求めることが可能になり、更に波浪中応答の統計予測法が確立されたことによって、短期予測から長期予測に至る手順で波浪中応答の設計値が設定できるようになった。しかしながら、Fig.1に示すように推定手順全体について応答の線形性を仮定して居る(線形性を仮定して波浪中応答を推定し、線形重ね合わせを前提として統計予測法を構築して居る)ため、特に応答の非線形影響が大きい場合には定量的精度が不足する恐れが有る。そのため、例えばスラミング荷重などの非線形応答が顕著な場合には別途その影響分を推定して加算するとか、実船の運航実績をフィードバックしながら上記手法による推定値と設計値の対応を決めるとか、種々の工夫を加えて来たのが実態である。

 1980年代に入ると、高速の貨物船やコンテナ船のように船首に大きなフレアーを持つ船形を対象として、非線形縦運動と波浪荷重を時間領域のシミュレーション計算によって理論推定する方法が提案された。また、大フレアー船のフレアースラミングだけでなく、肥大船形の船底スラミングに対してもこの種の計算法が有効であることも示された。しかしながら、時間領域のシミュレーション計算は模型実験の代替技術でしかなく、周波数領域で構築された確率統計予測理論に基づく設計値設定法とつなぐためには、更なる検討を要する。即ち、模型実験や時間領域シミュレーションといった非線形応答推定手法を、設計値設定手順の中で適切に位置付ける必要があると考えられる。

 なお、本論文で具体的数値を挙げて指摘したように、線形理論によって縦曲げモーメントの設計値の発生が予測される運航条件において船の挙動を調べると、船首からの激しい海水打ち込みが発生して現実には運航できない筈だと予測され、何らかの相互矛盾が存在していると思われる。したがって、非線形影響を合理的に考慮して波浪中応答の設計値を推定するだけでなく、波浪中における可航限界を推定することも重要であり、両者を並行実施することが重要だと考えられる。

 本論文で著者は、大フレアー船について非線形縦運動と波浪荷重を推定するための実験的・理論的手法を提案すると共に、大型コンテナ船について実船計測を行って実運航の状況を調査し、それらの結果、応答の非線形影響を合理的に考慮した可航限界の推定法および設計値の設定法の必要性を痛感し、諸々の調査を行って実用的な手順を構築した。この手順は、Fig.1に示した従来法のうち、長期予測の部分以降を「長期における最大応答が発生し易い海象条件の推定」と「その結果を踏まえて設定した条件下での非線形応答の推定」に分割したもので、Fig.2に示すような流れ図となる。

 本論文の第一章「緒言」以降の、各章の概要は以下の通りである。

(1) 第二章では、大フレアー船の非線形縦運動と縦波浪荷重の推定法構築を行った。模型実験に用いる弾性模型船の製作法として「エラスティックバックボーン模型」を提案し、それを用いた荒天時相当の模型実験にて実験法の妥当性を検証した。また並行して、時間領域シミュレーション計算プログラム(MSLAMと呼称)の開発を行った。(2) 第三章では、大フレアー船の運航状態における実態を調査するために実施した実船計測の概要と結果について説明した。大型コンテナ船を供試船とし、北太平洋において冬季3往復にわたる実船計測を実施し、フレアースラミングに対する船体応答の詳細を把握した。合計140ケースもの計測結果が得られ、それによって本船の可航限界についての情報も得ることが出来た。

(3) 第四章では、設計海象の設定法について検討した。既存の研究成果を参考にして長期予測結果の特性について考察し、船の一生に一度といった長期超過確率の低い応答が発生する可能性が最も高いのは「波浪の長期発現頻度表の各周期ゾーンにおいて最大波高が発生する状態である」ことを具体的な数値計算によって示した。既存の波浪発現頻度表や波浪ブイによる観測結果を参照しつつ検討を行って、「発現最大波高を波周期の関数として表した式」を提案し、大型コンテナ船の縦波浪荷重の設計に適用して既存の設計基準と比較した結果、長周期側では最大波高を多少低目に設定すべきだと考えられたので、それを考慮して「船舶が航行中に出会うと考えるべき最大波高の式」を提案した。

(4) 第五章では、大型コンテナ船の運航が制限されると思われる状況の一例として向い波中で過大縦応力と海水打込みを避けつつ航行する場合を取上げ、非線形縦運動と縦波浪荷重の時間領域シミュレーションを行って運航可能範囲と設計値について検討した。その結果を実船計測時の経験や今迄の研究結果と比較検討して、本論文の方法の妥当性を検証した。

 以上によって、極限状態における船の応答を具体的に推定しつつ設計値の設定が出来るようになったので、避航操船指針との関連が明確になり、造船設計から運航側への情報提供と造船設計への運航実績フィードバックの有り方が大きく改善されると期待できる。

Fig.1従来の波浪中応答設計値設定のFlow-Chart

Fig.2本論文で提案する方法による波浪中応答の設計値の設定手順

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、荒天中を航行する船舶の安全性を確保し、かつ経済的な船体設計を行うために必要な船舶の波浪中応答の推定精度を向上させ、船体設計を合理的に行うとともに、波浪中の可航限界をも明らかにする設計値の決定手順に関する研究をまとめたものである。このような設計値の従来の決定手順には、線形ストリップ法によって決定された船体の波浪応答特性と波浪統計とを結び合わせた、いわゆる長期予測法が使われてきた。しかし、この方法では、船の一生において出会う可能性がある最も苛酷な船体運動並びに波浪荷重が、どのような状況のもとで発生し得るかを推定することが出来ず、さらには、そのような状況を避けて航行するための避航操船指針を合理的な考え方に基づいて操船者に提供することが出来なかった。このような反省に立ち、本論文は、苛酷な波浪場において船体応答が非線形な場合にも適用可能で、かつ、航行限界の判定も可能な設計値設定法を提案したものである。

 本論文は6章で構成されており、第1章「緒言」では、上記に述べた線形ストリップ法に基づく長期予測法による船舶の波浪中応答の設計値設定法の限界および問題点を明らかにし、これに代わるものとして本論文で展開する設計値決定手順の基本的な考え方を述べている。

 第2章では、大波高波浪中での非線形な船体縦運動および縦波浪荷重を推定するための理論的手法ならびに実験的手法を提案し、その妥当性を検討している。大波高波浪中での船体は顕著な弾性挙動を示すことから、水槽試験に使用する弾性模型としてエラスティックバックボーン模型を提案し、これを用いた水槽試験結果が、荒天遭遇時の船体挙動を良好に摸擬しうることを示した。また、線形ストリップ法を改良した非線形船体応答のシミュレーション計算プログラムを開発し、その計算結果が、模型試験によって明らかにされた非線形船体応答と良好に対応することを示している。

 第3章は、現実の大型コンテナ船による実船計測結果をまとめたものである。前章に示された模型実験と理論計算で得られた結果を検証するため、北太平洋航路に就航している船舶を用いて冬期の4ヵ月間、実験計測を実施している。その結果、規則波中での模型実験と理論計算で明らかにされたとおり、大きなフレアーを有する船型では、サギング・モーメントの振幅が従来の線形理論による推定値を大幅に上回ること、不規則波中模型実験で得られた船首部の曲げモーメントの累積確率分布の特徴がより顕著に現れることなどを示している。

 第4章では、本論文の核心である設計海象の設定法を検討した結果をまとめている。すなわち、船舶の一生において一度しか遭遇しないという低い長期超過確率に相当する応答の発生する可能性が最も高いのは、波浪の長期発現頻度表において各周期範囲毎での最大波高が発生する状態であることを、具体的な数値計算によって示した。すなわち、既存の長期波浪発現頻度表および波浪観測ブイによる長期観測結果をもとに、平均波周期毎に有義波高の最大限界値を与える式を提案した。さらに、これを大型コンテナ船の縦波浪荷重の設計に適用し、既存の設計基準との比較検討結果から、船舶が航行中に遭遇する最大波高の推定式を提案している。これに関連し、従来、用いられてきた目視観測による海象データには、不合理な結果をもたらす可能性のあることを指摘した。

 第5章は、船体の波浪中応答に係わる設計値や可航限界を推定するために本論文で提案した方法の妥当性を検証した結果を述べている。大型コンテナ船の運航が制限される状況の一例として、向波での船体縦応力と海水打ち込みが過大とならないよう避航する場合を具体的に取りあげ、線形長期予測計算で設定した設計海象を参考にしてシリーズ計算の範囲を決定し、非線形縦運動と波浪荷重の時間領域シミュレーションを行って、大型コンテナ船の運航可能な範囲を検討している。

 第6章は、本論文で得られた成果を結論としてまとめている。

 以上、本論文は極めて稀な遭遇確率に相当する船舶の波浪中応答を具体的に推定し、設計値の設定をより合理的根拠に基づいて行うことを可能にするとともに、極めて苛酷な状態を避航する操船指計と設計値の設定との関連を明確にし、造船設計サイドと操船サイドの協調により、より合理的な船体設計を可能にする足掛かりを与えたもので、その実用的意義は極めて大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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