学位論文要旨



No 215308
著者(漢字) 板谷,和彦
著者(英字)
著者(カナ) イタヤ,カズヒコ
標題(和) InGaAlPとGaAsによるヘテロ接合を用いた短波長半導体レーザの高性能化に関する研究
標題(洋)
報告番号 215308
報告番号 乙15308
学位授与日 2002.03.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15308号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中野,義昭
 東京大学 教授 尾鍋,研太郎
 東京大学 教授 菊池,和朗
 東京大学 教授 荒川,泰彦
 東京大学 教授 平川,一彦
 東京大学 助教授 田中,雅明
内容要旨 要旨を表示する

 光ディスクシステムを中心とする半導体レーザの光情報処理応用に関して、さらに高機能化を目指す半導体レーザの研究開発のターゲットとして波長の短波長化が重要である。半導体レーザの発振波長の短波長化は、回折限界を制限する波長自身を短くすることになり、光記録密度の向上につながる。回折限界スポット径は波長に比例し、記録密度は面積として波長の2乗に逆比例するため、短波長化は光記録密度向上に大きな役割を果たす。また可視光として肉眼で見えることを生かした応用面での観点からも半導体レーザとして可視光が実現できることは重要である。

 コンパクトディスク(CD)に代わる次世代の光ディスクシステムの実用的な光源として、また広く用いられているHe-Neレーザ(632.8nm)の代替光源として赤色領域の半導体レーザの実現が期待されていた。赤色半導体レーザを実現する材料としてGaAs基板上InGaAlP混晶が選択され、半導体レーザの開発が進められたが、実用レベルへの発振波長の短波長化と高出力化に大きな課題があった。

 本研究はこのような背景で行った。大きなバンドギャップ差を有する、InGaAlPとGaAsとのヘテロ接合に注目し、p-pアイソタイプ接合によって電流狭窄を行った新構造レーザの提案を行った。また、不純物であるZnの選択拡散制御を発見と、大きな障壁を有するDH接合レーザの提案も行った。これらの結果をInGaAlP系赤色レーザと0.8μm帯GaAs系レーザに適用し、短波長帯レーザの高性能化を行った。その結果、プロセスの簡略化を実現するとともに、短波長化、高出力化など赤色レーザの高性能化、半導体レーザとしての未踏の高温動作などを実現した。また、ヘテロ接合の電流−電圧特性に関する新たな知見や、半導体レーザの温度特性に関する新たな知見を得たものである。本論文の概要は以下の通りである。

 第1章では、短波長半導体レーザの歴史を概説しながら、本研究の位置付けを明確にした。まず半導体レーザの全体を振り返り、短波長レーザの位置付けを概説するとともに、InGaAlP材料の特徴の概説と、本研究が行われた以前までのInGaAlPレーザの開発状況と課題および、GaAlAs系レーザを含め、半導体レーザとしての開発当時における動作温度の限界を紹介した。

 第2章では、まず本論文の中心となる、InGaAlPとGaAsによるヘテロ接合の特徴とMOCVDによる結晶成長に関する紹介を界面の急峻性の検討も含め行った。また、p-InGaAlPとp-GaAsによるヘテロ接合の電流−電圧(I-V)特性に関して、1次元シミュレーションによる解析と実験により系統的な検討を行い、p-InGaAlP/p-GaAsヘテロ接合においては、InGaAlPのAl組成に依存して大きな電圧降下が生じること、p-InGaP層を挿入することで飛躍的に電圧降下を低減できることを見出した。これらの実験結果はシミュレーションによる解析結果と定量的に一致し、InGaAlPとGaAsにおいて価電子帯側に大きなバンド不連続を有することに基づく、本質的なものであることを確認した。

 第3章では、第2章の結果に基づき設計したInGaAlP/GaAsヘテロバリア狭索(HBB)構造による赤色半導体レーザを試作し、特性評価を行った。p-pアイソタイプヘテロ接合における電圧降下差を電流狭窄機構に利用する初めての内部電流狭窄構造を試作し、プロセス簡略化の実証と、低しきい値動作、高信頼特性などから半導体レーザの狭窄構造としての妥当性を検証した。

 また本構造の簡略なプロセスを活用して、630nm帯でのInGaAlP赤色レーザを設計、試作し、室温連続発振を実現した。設計は注入キャリヤの活性層からのオーバーフローを低減する観点から行ったものである。1990年当時、達成された636nmは半導体レーザにおける最短波長での室温連続発振であった。

 第4章では、第3章で機能検証されたHBB構造による、赤色レーザの高出力化を高信頼化の取組みも含め、検討を行った。活性層への光密度低減を観点に設計した、HBB構造レーザによって、横モード制御されたビームとしてキンクフリーで43mWの連続動作を実現した。HBB構造で示した連続動作での40mW以上の光出力は赤色レーザとして当時の最高出力であり、赤色レーザにおける書き込み用光源としての可能性を検証することができた。

 また、この材料系において、酸化による端面部の劣化モードの存在、光密度に依存した劣化要因があるのも初めて明らかにした。この結果を踏まえて、10-20mWにおける数1000時間レベルの高信頼性も早期に達成した。

 第5章では、第4章で得られた光出力をさらに越えるレベルを実現するために、InGaAlP系赤色レーザにおける窓構造の検討を行った。n-GaAsキャップ層をZnドープのp-InGaAlP上にパターン状に設けることでZnの選択拡散現象を誘起することができることを示し、InGaP活性層に形成された自然超格子の無秩序化を組み合わせることで自己選択拡散型の窓構造レーザの試作ができることを示した。

 窓構造としては、簡単なプロセスで試作が可能なことと、特性結果についても詳述した。InGaAlP材料系における窓構造の検証を連続動作で行ったのは初めてであり、連続動作80mWの光出力は狭ストライプ構造の赤色レーザでは当時の最高の出力であった。

 第6章では、InGaAlPをGaAs活性層レーザのクラッド層に適用するダブルヘテロ接合を初めて試作した。第3章と同様に、キャリヤのオーバーフロー低減による温度特性改善の観点から、1次元シミュレータにより、GaAlAsクラッド層では実現できない大きなヘテロ障壁を形成することで活性層からのキャリヤのオーバーフローを大幅に低減できることを示した。

 試作したDH構造により、量子井戸活性層を除く半導体レーザとしては、最高温度での連続発振を実現した。記録した連続発振温度は200℃を越える。また本DH構造により、GaAsレーザの高温、高注入領域での温度特に関しても詳細な解析を行うことができた。高温領域においてもオージェ再結合による非発光過程は顕在化することはなかった。p-クラッド層のキャリヤ濃度を高濃度化することによってさらに特性改善の余地があることを計算により示した。

 第7章では、第2章から第6章までの計算結果、試作したレーザの実験による特性結果および解析結果をまとめ、これらInGaAlP/GaAsヘテロ接合による0.6〜0.8μm帯短波長レーザの高性能化を中心とした本論文の結果を総括し、今後の展望を述べる本論文を総括するとともに、本研究の波及効果と今後の展望についてまとめた。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,InGaAlPとGaAsのヘテロ接合を利用した,InGaAlP系赤色レーザ並びにGaAs系0.8μm帯レーザにおけるデバイスプロセスの簡略化,短波長化,高出力化,高温動作などを研究したものであり,7章より構成されている.

 第1章は序論であって,研究の背景,動機,目的と,論文の構成が述べられている.

 第2章は「InGaAlPとGaAsヘテロ接合における電流−電圧特性の解析」と題し,まず本論文の中心となるInGaAlPとGaAsによるヘテロ接合の特徴を述べ,有機金属気相エピタキシー(MOVPE)による同接合の結晶成長を,界面急峻性の検討を含めて論じている.次に,p-InGaAlPとp-GaAsによるヘテロ接合の電流−電圧特性に関して,1次元シミュレーションによる解析と実験により系統的に考察している.同接合においてはInGaAlPのAl組成に依存して大きな電圧降下が生じること,p-InGaP層を挿入することで飛躍的に電圧降下を低減できることを実験的に見出した.これらはシミュレーションによる解析結果と定量的に一致することから,この電圧降下自体はInGaAlP/GaAsヘテロ接合に存在する価電子帯側の大きなバンド不連続に基づく本質的,不可避なものであることが分かった.

 第3章は「InGaAlP/GaAsヘテロバリア電流狭窄(HBB)構造による横モード制御型0.6μm帯赤色半導体レーザ」と題し,第2章の結果に基づくInGaAlP/GaAsヘテロバリア狭窄構造赤色半導体レーザの試作,特性評価結果について述べている.即ち,p-pアイソタイプヘテロ接合における電圧降下差を内部電流狭窄機構とする初めてのレーザを試作し,簡便なプロセス,低閾値電流,高信頼性を実証して,同構造が半導体レーザの狭窄構造として極めて有効であることを示した.また同構造の簡略なプロセスを活用して,630nm帯でのInGaAlP赤色レーザを設計,試作し,室温連続発振を実現した.ここで達成された636nmという発振波長は,1990年当時室温連続発振できた最短の波長であった.

 第4章は「HBB構造によるInGaAlP赤色半導体レーザの高出力化の検討」と題し,第3章で有効性の示されたHBB構造による赤色レーザの高出力化について,高信頼化の取組みも含め,論じている.活性層への光密度低減を観点に設計したHBB構造レーザにおいて,横モード制御が維持された状態(キンクフリー)で43mWの連続動作を実現した.連続動作での40mW以上の光出力は,赤色レーザとして当時の最高出力であり,赤色レーザの書き込み用光源としてのポテンシャルを実証した.またこの材料系において,酸化による端面部の劣化モードが存在すること,光密度に依存した劣化要因があることを初めて明らかにした.この結果を基に,10〜20mWにおける数1000時間レベルの高信頼性を早期に達成した.

 第5章は「Znの選択自己拡散プロセスを用いた窓構造によるInGaAlP赤色半導体レーザの高出力化の検討」と題し,第4章で得られた光出力レベルを越えるために,InGaAlP系赤色レーザにおける窓構造の検討を行った.n-GaAsキャップ層をZnドープp-InGaAlP上にパターン状に設けることでZnの選択拡散を誘起することが可能であることを見出し,InGaP活性層に形成された自然超格子の無秩序化と組み合わせることで,自己選択拡散型の窓構造レーザが作製できることを示した.InGaAlP材料系における窓構造の有効性を連続動作で示したのは初めてであり,窓構造導入により得られた80mWの連続動作光出力は,狭ストライプ構造の赤色レーザでは当時の最高出力であった.

 第6章は「InGaAlP/GaAsダブルヘテロ接合による0.8μm帯半導体レーザの温度特性の改善」と題し,GaAsを活性層,InGaAlPをクラッド層とするダブルヘテロ(DH)接合レーザを初めて試作した.第3章と同様に1次元シミュレータにより,GaAlAsクラッド層では実現できない大きなヘテロ障壁を形成することで,活性層からのキャリヤのオーバーフローを大幅に低減できることを示した.試作したDH構造により,量子井戸活性層を除く半導体レーザとしては世界最高の,212℃での連続発振を実現した.また本DH構造により,GaAsレーザの高温,高注入領域での特性に関しても詳細な検討を行うことができ,高温領域においてもオージェ再結合による非発光過程は顕在化しないことが分かった.またp−クラッド層のキャリヤ濃度を高濃度化することによって,さらに特性が改善されることを,計算により示した.

 第7章は結論であって,本研究で得られた成果を総括している.

 以上のように本論文は,大きなバンドギャップ差を有するInGaAlPとGaAsとのヘテロ接合に着目し,p-pアイソタイプ接合によって電流狭窄を行う新レーザ構造を提案したほか,不純物であるZnの選択拡散制御窓構造や,大きな障壁のダブルヘテロ活性層構造を研究し,これらの結果をInGaAlP系赤色レーザとGaAs系0.8μm帯レーザに適用して,プロセスの簡略化,赤色レーザの短波長化,高出力化,半導体レーザとして未踏の高温動作などを実現したもので,電子工学分野へ貢献するところ少なくない.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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