学位論文要旨



No 215309
著者(漢字) 大谷,朋広
著者(英字)
著者(カナ) オオタニ,トモヒロ
標題(和) 光波長多重海底ケーブルネットワークとそのスケーラビリティ制限要因に関する研究
標題(洋) Study about an optically amplified WDM submarine cable network and clarification of its physical scalability limitation
報告番号 215309
報告番号 乙15309
学位授与日 2002.03.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15309号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中野,義昭
 東京大学 教授 青山,友紀
 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 教授 菊池,和朗
 東京大学 助教授 山下,真司
 東京大学 助教授 多久島,裕一
内容要旨 要旨を表示する

 近年のインターネットに代表されるデータ通信需要の爆発的な増加により、国際間データ通信需要が増加し、光海底ケーブルシステムの大容量化も必須となっている。更に、経済のグローバル化に伴い、海底ケーブルシステムにおいてもグローバルネットワーク化、大規模化が要求されている。本論分では、これらの二つの面から行った光海底ケーブルネットワークに関する研究について述べる。まず、光増幅方式、波長多重(WDM)方式による光海底ケーブルシステムの大容量化に関する研究を行い、これらの技術の導入により高品質で大容量化なシステムの実現が可能なことを示した。次に、光海底ケーブルシステムのネットワーク化を目指して、スケーラビリティ拡大に関する研究を行い、ネットワーク中の光ネットワークノードによるスケーラビリティ制限要因を明らかにした。また、光ネットワークノードにおいて光信号処理技術を応用した光ディジタル再生装置を導入することを提案し、光海底ケーブルシステムでの伝送路、光ノードでの劣化要因が光ディジタル再生装置により除去可能であることを実験的に示し、効率的にネットワークのスケーラビリティ拡大が実現されることを示した。本論文は、次の4つの研究項目から構成されている。

 まず、長距離大容量化を目指した光増幅海底ケーブルシステムの研究開発の結果について述べる。光増幅中継システムを大洋横断海底ケーブルシステム(〜9,000km)へ適用した研究開発結果を示し、長距離伝送後にも良好な伝送特性が得られることを確認した。また、海底ケーブルシステム部分でのケーブル障害及び中継器障害に対してシステムが有している耐力評価とそのシステム設計方法を世界に先駆けて明確にした。また、システムの設計、初期運用は単一波長のシステムであるが、需要が初期より増加した場合には、次章で詳しく述べる波長多重(WDM)技術の導入により、システムの容量拡張が可能となることを実験的に示した。以上の成果は第五太平洋横断海底ケーブルネットワーク(TCP-5CN)をはじめとする実システムへ適用されており、現在、国際電話は言うまでも無く、インターネットなどのデータ通信並びにオリンピック中継などの映像伝送に幅広く利用されている。

 次に、より大容量化を目指したWDM光増幅海底ケーブルシステムの研究開発について述べる。WDM光海底ケーブルシステムの実現のためには、広帯域な光海底中継器、WDM光送受信装置の実現が不可欠である。まず、WDM光送受信伝送装置に関する研究開発を行った。送信側では、小型化が可能な吸収型光変調器集積DFB-LDモジュールを導入した送信器の試作評価を行い、本送信器を用いて世界に先駆けてWDM信号の長距離伝送(〜12,000km)が可能なことを示した。受信側では、光ファイバグレーティングと光サーキュレータを従属接続した方式を提案し、波長間隔が狭い100GHz間隔のWDM信号に関してもクロストークを無視して分波可能なことを示した。また、この分波方式と分散補償ファイバを組み合わせ、従来は各チャネルに必要であった分散補償ファイバを共通化して分散補償する方式を提案し、長距離信号伝送評価によりその有効性を確認した。さらに、長距離伝送後にもWDM信号に十分広帯域な伝送帯域を得るために、各中継器において利得特性と逆特性の損失特性を有する利得等化フィルタにより利得平坦化する方式について研究を行い、長距離伝送後(〜12,000km)にも広帯域な伝送帯域が得られること、伝送後の各チャネルの伝送品質も良好であることを世界に先駆けて示した。以上の成果はSMW-3、China-USケーブルネットワークをはじめとする大容量WDM光増幅海底ケーブルシステムへ適用され、データ通信に不可欠な国際基幹網として位置付けられ国内外で利用されている。

 更に、将来のWDM光増幅海底ケーブルシステムの光ネットワーク化を目指して、その光ノード構成技術についての研究を行った。従来の海底ケーブルシステムでは、陸揚げ局毎に光信号は一度電気に終端されて、国内伝送路インタフェースや別の光海底ケーブルシステムへ導かれていた。各陸揚げ局に電気終端装置を設置することは、波長数が少ない場合にはネットワーク全体コストからみて、その割合が小さかった。しかしながら、近年の大容量の海底ケーブルシステムを考えた場合には、大幅なコストの上昇を招くことが問題となっていた。これを解決するために、光ノードにて電気的な終端を行わず、光合分波装置により波長多重信号から必要なチャネルのみを分離、多重して、再びシステムを伝送する方式について検討を行った。特に、光ノード内で用いられる光合分波装置が多段接続されることで引き起こされる信号品質劣化について研究を行った。合分波装置の透過特性を実フィルタのデータから見積もり、合分波装置の中心波長偏差に対して統計的な処理を加えて、偏差量と信号品質の劣化度合いの関係をコンピュータシミュレーションにより推定した。更に、信号波長ずれも考慮に入れた信号品質劣化に関しても評価を行った。合分波装置の透過特性は丸型よりも平坦化した方が多段特性後の信号品質劣化が少ないこと、合分波装置の中心波長偏差並びに信号波長の中心偏差がある一定値を満足すれば、大規模海底ケーブルネットワークの実現が可能となることが示された。また、実際の光合分波装置の透過特性においては平坦化が理想的でないために、理想値からのずれによって信号品質劣化の度合いが異なることを明らかにした。電気的な終端を出来るだけ省略した光海底ケーブルネットワークの実現には、光ノードで用いる光合分波装置の透過特性とその中心波長ずれ、信号波長ずれなどの特性管理が必要であることが明らかとなった。

 最後に、光ノード、伝送路等で引き起こされる劣化を効率的に除去するためには、先に述べたように陸揚げ局にて電気的に終端、信号再生を行う必要がある。しかしながら、波長数の増大によりネットワークコストから見た本電気終端装置コストは大きな割合を占めるため、低コストな信号再生装置が必要である。光信号処理技術を応用した光ディジタル再生装置は、光信号を光領域で再生できる装置で、高速の光電子部品が少なくてすみ、また小型化、低消費電力が期待できるため、ネットワークコストを大幅に減少できる可能性がある。ここでは、高速動作、小型化を実現可能な電気吸収型(EA)変調器の相互吸収変調特性に基づく波長変換器を用いた光ディジタル再生装置を考案し、伝送試験を通した光信号処理の有効性に関する研究を行った。まず、10Gbit/sでの動作を実現し、2つの周回伝送路を用いて、光ディジタル再生装置の光ネットワークにおける動作を模擬的に実現し、光ディジタル再生装置を用いて信号伝送すれば、4,000km程度だった伝送距離を約6,000km程度まで延伸できることを実験的に示した。これにより、光ディジタル再生装置が光ネットワーク中でも良好に動作することを世界に先駆けて確認された。更に、40Gbit/s動作を実現するために、光電変換による40GHzクロック抽出方式、並びに40GHz狭帯域EA変調器による40GHz光パルス発生方式を確立し、世界に先駆けて40Gbit/s光ディジタル再生装置を実現した。本40Gbt/s光ディジタル再生装置を用いて、1,000km伝送路を用いたネットワーク動作評価を行った。光ディジタル再生装置を用いなかった場合には、1,000km伝送後には伝送路等で発生した劣化要因により信号品質が著しく劣化したのに対して、500kmで光ディジタル再生装置を導入することで、伝送特性が改善され、1000km伝送後のQ値で1.5dBの伝送特性の改善が得られた。これらの成果により、光ディジタル再生装置の有効性が示されたとともに、光信号処理技術の発展により大規模な光海底ケーブルネットワークの効率的な構築が可能となることを示した。

 以上の研究により、光増幅技術、波長多重技術により光海底ケーブルの大容量化が可能となることが示されただけでなく、今後要求されるネットワークのグローバル化、大規模化に対しても効率的な光ノード設計及び光ディジタル再生装置の導入により、ネットワークのスケーラビリティ拡張が可能であることを示した。大容量化に関しては、本研究成果は、既に各ケーブルシステムにて実用化されており、現在は更に大容量化(1Tbit/s超)を目指した研究開発が進められている。また、スケーラビリティの拡張に関しては、電気終端を行わない光ノードを用いた光ネットワークの構成方法を検討し、光ノードの合分波装置で引き起こされる信号品質劣化を定量化した。更に、伝送路、光ノードなどで引き起こされる信号品質劣化を除去する光ディジタル再生装置の実現性を示した。これらの技術により、今後ますます大容量、大規模光海底ケーブルネットワークの実現がなされることが期待される。

 以上

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,光海底ケーブルシステムにおける,光増幅・波長多重による長距離大容量化,多段接続による大規模ネットワーク化制限要因,および全光デジタル再生装置について行った研究を英文で論じたもので,6章より構成されている.

 第1章は序論であって,研究の背景,動機,目的と,論文の構成が述べられている.

 第2章は「Optically amplified submarine cable system」と題し,長距離大容量化を目指した光増幅海底ケーブルシステムの研究結果について述べている.光増幅中継システムを大洋横断海底ケーブルシステム(〜9,000km)へ適用し,長距離伝送後にも良好な特性が得られることを確認した.また,ケーブル障害および中継器障害に対する耐性評価と,そのシステム設計手法を世界に先駆けて明らかにした.また,システムの設計と初期運用は単一波長システムであっても,波長多重(WDM)技術の導入により,需要の伸びに応じたシステムの容量拡張が可能となることを実験的に示している.以上の成果は第5太平洋横断海底ケーブルネットワーク(TPC-5CN)をはじめとする実システムへ適用されている.

 第3章は「Optically amplified WDM submarine cable system」と題し,より大容量化を目指したWDM光増幅海底ケーブルシステムについて述べている.まずWDM光送受信伝送装置の開発を行い,小型化が可能な電界吸収(EA)光変調器集積分布帰還型(DFB)半導体レーザモジュールを導入した送信器の試作評価を行って,本送信器を用いてWDM信号の長距離伝送(〜12,000km)が可能なことを世界に先駆けて示している.受信側には,光ファイバグレーティングと光サーキュレータを従属接続した方式を提案し,波長間隔が狭い(100GHz)WDM信号に対してもほとんどクロストーク無しで分波可能なことを示している.またこの分波方式と分散補償ファイバを組み合わせ,従来は各チャネルに必要であった分散補償ファイバを共通化して補償する方式を提案し,長距離信号伝送評価によりその有効性を確認した.さらに,各中継器において利得特性と逆の損失特性を有する利得等化フィルタを用い利得平坦化する方式について研究を行い,長距離(〜12,000km)伝送後にも広い伝送帯域が維持されること,各チャネルの伝送品質も良好であることを世界に先駆けて示した.以上の成果はSMW-3,China-USケーブルネットワークをはじめとする大容量WDM光増幅海底ケーブルシステムへ適用され,データ通信に不可欠な基幹網として国内外で利用されている.

 第4章は「Cascadability of network elements in submarine cable networks」と題し,WDM光増幅海底ケーブルシステムが将来ネットワーク化される際の光ノード構成技術について研究を行っている.従来の海底ケーブルシステムでは,陸揚げ局毎に光信号は一度電気に終端されていたが,この方式は波長数が多くなると大幅なコストの上昇を招く.ここでは,光ノードにて電気的な終端を行わず,光合分波装置により波長多重信号から必要なチャネルのみを分離,多重し,それ以外のチャネルは光のまま通過させる方式について検討を行った.特に,光ノード内で用いられる光合分波装置が多段接続されることで引き起こされる信号品質劣化に着目している.合分波装置の透過特性を実フィルタのデータから見積もり,合分波装置の中心波長偏差に対して統計的な処理を加えて,偏差量と信号品質の劣化度合いの関係を数値解析により求めた.さらに,信号波長ずれを考慮に入れた信号品質劣化に関しても評価を行った.合分波装置の透過特性は丸型よりも平坦化した方が多段通過後の信号品質劣化が少ないこと,合分波装置の中心波長偏差並びに信号波長の中心偏差がある一定値を満足すれば,大規模海底ケーブルネットワークの実現が可能となることが示された.また,実際の光合分波装置の透過特性においては平坦化が理想的でないために,理想値からのずれによって信号品質劣化の度合いが異なることを明らかにした.電気的な終端をできるだけ省略した光海底ケーブルネットワークの実現には,光ノードで用いる光合分波装置の透過特性とその中心波長ずれ,信号波長ずれの特性管理が重要であることを明らかにしている.

 第5章は「Optical 3R regenerator applicable to submarine cable networks」と題し,光信号処理技術を応用した全光デジタル再生装置について述べている.光ノード,伝送路等で引き起こされる信号劣化を除去するために,現在は陸揚げ局にて電気的に信号再生を行っているが,波長数が増すと大幅にコストが上昇し,問題である.光信号処理技術を応用した全光デジタル再生装置は,光信号を光のまま再生できる装置で,高速の光電子部品が少なくてすみ,また小型化,低消費電力が期待できるため,ネットワークコストを大幅に低減する可能性がある.ここではEA光変調器の相互吸収変調特性に基づく波長変換を用いた光デジタル再生装置を考案し,まず10Gbit/sでの動作を確認した.2つの周回伝送路を用いて光デジタル再生装置のネットワークにおける動作を模擬的に実現し,これを用いて信号伝送すれば,4,000km程度だった伝送距離を約6,000km程度まで延伸できることを実際に示した.次に,光電変換による40GHzクロック抽出技術および狭帯域EA変調器による40GHz光パルス発生技術を確立し,世界に先駆けて40Gbit/s光デジタル再生装置を実現した.本再生装置を用いて1,000km伝送路を用いたネットワーク動作評価を行ったところ,光デジタル再生装置を用いなかった場合には1,000km伝送後には信号品質が著しく劣化したのに対して,中間地点(500km)に再生装置を導入すると1,000km伝送後にQ値にして1.5dBの伝送特性の改善が得られた.これらの結果により,全光デジタル再生装置の有効性が証明されたとともに,光信号処理技術が大規模な光海底ケーブルネットワークを構築する際の鍵であることを示した.

 第6章は結論であって,本研究で得られた成果を総括している.

 以上のように本論文は,光増幅方式,波長多重方式の導入による光海底ケーブルシステムの大容量化を研究しその実用化に貢献すると共に,波長多重光海底ケーブルシステムをネットワーク化する際のスケーラビリティ制限要因を明らかにした.また,光ネットワークノード用の新たな全光デジタル再生装置を提案・研究し,伝送路,光ノードでの劣化要因がこれによって除去可能であることを実験的に示してネットワーク大規模化への道を拓いたもので,電子工学,特に光情報通信分野へ貢献するところ少なくない.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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