学位論文要旨



No 215312
著者(漢字) 白川,典幸
著者(英字)
著者(カナ) シラカワ,ノリユキ
標題(和) 粒子法による二相流とジェット流のシミュレーション
標題(洋) Simulations of Two-phase Flows and Jet Flows with the Particle Interaction Method
報告番号 215312
報告番号 乙15312
学位授与日 2002.03.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15312号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡,芳明
 東京大学 教授 班目,春樹
 東京大学 教授 大橋,弘忠
 東京大学 助教授 奥田,洋司
 東京大学 助教授 越塚,誠一
内容要旨 要旨を表示する

1. 序

 従来の混相流解析の分野では、機構論的手法の要件として、物理現象を記述するために必要十分な成分を含むこと、多流体(3流体以上)であること、首尾一貫した流動様式を有すること、境界面積の輸送を扱えること、等が考えられている(Ishii et al., 1980, 2000)。核燃料サイクル開発機構(JNC)が国際協力で開発したFBR安全解析コードSIMMER-III(Kondo et al., 1992)や、原子力発電技術機構(NUPEC)で開発されているシビアアクシデント一貫解析システムSAMPSONを構成するモジュールのひとつであるMCRA(Molten Core Relocation Analysis)モジュール(Satoh et al., 1999)等は、この思想で設計されている。たとえば、MCRAは、溶融燃料、溶融ジルカロイ、溶融スティール、およびそれらの固体粒子、冷却材としての水、水蒸気、金属−水反応によって生じる水素等、多くの成分を含む混相流であり蒸発・凝縮、溶融・固化をモデリングし、水・溶融物・気体におのおの速度場を割り当てている。これらの解析コードでは非常に多くの実験相関式が必要である。実験相関式が必要となる根本原因は、気液の混合流れにおいて液体がどのような形状(トポロジー)をとるかという流動様式を計算できないからである。気液二相流を例とすると、熱伝達、相変化、および気液間の運動量交換は気液境界面積をとおして生じる物理現象であり、気液境界面積は数値計算上は流動様式マップに基づいて決定されるため、流動様式は二相流の最も基本的な特性となっている。このため、計算メッシュも基本的には流動様式を考慮して設定されるべきであり、より詳細なメッシュ分割が必ずしもより高精度をもたらすわけではない。これはメッシュの詳細度に精度が依存する単相流解析と本質的に異なる部分である。

 これまでの機構論的手法の精度を向上するための努力は、蓄積された知識と技術を継承するために非常に重要なことであるが、この手法の要となる流動様式を実験式に依存しない手法で扱いたいというのが本研究の動機となった。また、原子力プラントを含む多くの工学分野で、実験回数を少なくするために気液二相流を精度よく解析できる手法が求められていることもこの動機を強めた。

2. 手法開発

 近年開発された越塚・岡らによる粒子法(Moving Particle Semi-implicit:MPS)は、メッシュレス手法であるため形状適用性に優れ、自由表面や液体の液滴への分裂の表現にも適している(Koshizuka et al., 1995,1996)。MPS法は粒子の相互作用範囲を表す重み関数を用いた微分演算子の離散表現のひとつであり、流体解析ではナヴィエ・ストークス方程式に適用される。

 著者は、まず、1流体について手法の検討を行ない自由表面や液体の分裂挙動に適していることを確認した。次に2種類の液体について2つの方程式を解くバージョンを開発し、2流体モデルにMPS法を拡張するための基本的検討を行った(Shirakawa et al., 1999)。

 次に、MPS法を気液2流体へ拡張し表面張力を導入するとともに、気液の流体力学的相互作用に関する、液体のトポロジーを考慮した重み関数を作成し、浮力についても重み関数を用いたモデルを導入した。また、SIMMER-IIIおよびMCRAの開発経験を活かし、非平衡伝熱律速過程に基づく相変化モデルを粒子法に適用できる形で開発した(Shirakawa et al., 2001-1)。

3. 単相流モデルの検証

 表面張力モデルに含まれるパラメータを決定するため1流体モデルを用いて蛇口から滴る水滴(Peregrine et al., 1990)、および水柱の崩壊実験を解析し、決定したパラメータで実験を精度よく再現することを確認した。また、流体力学的不安定性問題の解析では、2つの流体の全体的挙動は捉えているものの界面の表現精度は十分ではなかった(Shirakawa et al., 2001-1)。

4. 気液二相流問題への定性的適用性検討

 本手法により、ボイド率をパラメータとして、鉛直、水平、無重力条件での管内流れを計算し、基本的な流動様式が表現されていることを観察した。また、水平流については、限られた範囲ではあるが、実験(Wambsganss et al., 1991)から得られている流動様式マップにおける様式領域が流動条件に応じて分離されていることを確認した。

5. 気液二相流問題の実験解析(Shirakawa et al., 2001-1, 2001-2)

(1)矩形チャンネル流実験解析(Sadatomi et al., 1982)で放物型、およびサドル型の2つの典型的径方向分布が再現できることを確認した。

(2)Takamasa(1994)らは、円管内二相流において1-g状態でサドル型ボイド分布がμ-g状態に移行する過程で平坦化し、1-g状態に戻る過程でもとのサドル型分布に戻ることを示した。これは管内気泡の運動メカニズムを明らかにした注目すべき実験であった。図1(a)は、重力を図1(b)のように変化させたときのボイド分布の時間変化を示す。図1(a)は実験の挙動を再現しており、本手法がナヴィエ・ストークス方程式のみで気泡挙動を表現できることを示した重要な結果である。二相流に関する実験式は微小重力状態では適用できなくなる可能性があり、今世紀の宇宙開発に対応するためには実験式に依存しない解析手法が求められている。本手法は、この点でも大きな意義を有する。

(3)Valukina(1979)らは、円管内の二相流を対象として気泡径を精度よく制御できる装置を作成し、気泡径が径方向ボイド分布に及ぼす影響を調べ、気泡径が1mmのときは緩やかな放物型分布、0.5mmのときは壁近傍で急峻なサドル型分布となることを示した。Horie(2001)らは、従来の二流体モデルでは実験を再現するために、気泡に働く力として、管壁方向に働く揚力と、壁から気泡を遠ざける力を考慮する必要があることを確認した。これに対して、本手法ではこれらの力を基礎式に含んでいなくても実験結果が説明できることを示した。さらに、計算で得られた速度場を用いてこれらの力を評価することにより、実際に二流体モデルで計算された気泡に働く力のバランスと同程度のバランスが生じていることを示した。これにより、少なくとも層流二相流における気泡に働く力は、著者らが開発した二流体MPS法によりナヴィエ・ストークス方程式のみで表現できることを実証した。このことは、気液2流体の各々にナヴィエ・ストークス方程式を適用し、気液間に適切な相互作用が導入されれば、こうした力がナヴィエ・ストークス方程式に本来的に内在していることを示していると考えられる。

(4)二相圧損実験の結果は、単相圧損に対する二相圧損の増倍係数として整理され(Chisholm, 1967)、Lockhart-Martinelli型相関式が広く用いられている。図2は、この実験式の再現性を確認したものである。計算したボイド率範囲では実験相関式をよく再現している。

 相変化を含まない気液二相流の総合的検証としてプール流の流動様式実験を解析した。

(5)Leung(1981), Orth(1979)らの実験は、矩形チャンネル底面から水プールに窒素ガスを吹き込み、平均ボイド率と気相比速度の関係を示した。図3に示すように、平均ボイド率と気相比速度の関係としてプール流の流動様式を良好に再現できることが示されている。ただし、ボイド率の大きい領域ではさらに検討が必要である。

(6)Schrock and Grossman(1962)の実験は、低サブクール強制対流条件での管内沸騰において管壁からの伝熱量と二相流動の関係を示した。図4に示す実験結果はLockhart-MartinelliパラメタXtt(横軸)と、2相伝熱と単相伝熱の比(縦軸)について整理されている。同図で、実験条件から決まる2つのBoiling数(Bo)の間に計算結果が入っていることが、良好な再現性を示していることを表す。

(7)最後に、本研究の目的のひとつである、BWR燃料集合体への適用例としてスペーサ周りの流れを対象として本手法の適用可能性を検討し見通しを得た。

 以上により、本手法により、流動様式に関する実験式を用いずとも、実用的精度をもって二相流を解析できることを多くの実験解析をとおして実証した。

6. ジェット流動実験解析(Shirakawa et al., 2001-3)

 本解析は、実験による計測が困難で、従来の差分法に基づく解析手法でも取り扱いの難しい複雑な変形や分裂を伴う二相界面積を、粒子法による計算で求めようとする試みである。Tanasawa(1955)の実験解析ではガソリンプールへ吹き込む水ジェットのダイナミックな挙動とジェットの広がりを計算で再現できることを確認した。

7. おわりに

 著者は、MPS法をベースとし、これを気液二相流へ拡張し、流動条件や境界形状に対して汎用的な手法を開発した。また、本手法を多くの実験解析に適用し実用上十分な精度を有することを示した。気液二相流の実験では、ボイド率等の特性量の計測は非常に高度な技術が要求され、とくに局所的な特性量は現在も計測困難な状況にある。本手法は、こうした計測困難な特性量を(メゾスコピックな)粒子法計算で評価し、マクロな解析に活かすという意図で開発されている。しかしながら、BWRの機器設計等に適用するためにはさらに検討が必要である。例えば、原子炉のスペーサは限界出力性能に大きく影響するため、限界出力を増大するためにはスペーサの改良が必要である。このような体系を液滴・液膜・蒸気流を考慮して解析し、精度を検証することは今後の課題である。実機体系への適用にあたっては計算体系が大きく、計算時間がクリティカルな問題となるため、計算高速化の研究も課題である。

参考文献

Chisholm, D.: Int. J. Heat Mass Transfer, Vol.10, pp.1767-1778,(1967).

Horie, H. et al.: J. Nucl. Sci. Tech. Vol.38, No.9, September(2001).

Ishii, M. and Mishima, K.: NUREG/CR-1873,(1980).

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Kondo, Sa. et al.: Oct.25-29, Tokyo, Japan, ANP'92, vol.4, pp.40.5/1-11,(1992).

Koshizuka, S. et al.: Comput. Fluid Dynamics J., Vol.4, pp.29-46,(1995).

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Leung, J.C.M., et al.: Trans. Am. Nucl. Soc., 38, pp.397-399,(1981).

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Satoh, N. et al.: J. Nucl. Sci. Tech., Vol.37, No.3, pp.225-236, March(2000).

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Shirakawa, N. et al.: Comput. Fluid Dynamics J. vol.9, No.4, pp.348-365, Jan.(2001-1).

Shirakawa, N. et al.: J. Nucl. Sci. Tech. Vol.38, No.6, pp.392-402, June (2001-2).

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Takamasa T. and Kondo, K.: ANS Proc. National Heat Transf. Conf., pp.187-190,(1994).

Tanasawa, Y. and Toyoda, S: Technology report of Tohoku University, vol.19, 135,(1955).

Valukina, N.V., et al.: Inzhenerno-Rizichenskii Zhurnal, 4, 695,(1979)

Wambsganss, M.W., et al., Int. J. Multiphase Flow, 17, No.3, pp.337-342,(1991).

図1(a) 無重力移行実験の計算

図1(b) 計算条件(重力の時間変化)

図2 2相圧損増倍係数(Φ)の再現

図3 プール流動様式実験と解析の比較

図4 沸騰チャンネル実験と解析の比較

審査要旨 要旨を表示する

本論文はメッシュレス手法である粒子法による二相流とジェット流の数値シミュレーションについて記述したもので論文は7章より構成されている。

第1章は序論で、従来の多相流解析手法では非常に多くの実験相関式が必要であるが、その根本原因は気液混合流れにおいて液体がどのような形状を取るかという流体様式を計算できないためであるとしている。粒子法(MPS法)はメッシュレス手法であるため形状適用性に優れ、自由表面や液体の液滴への分裂の表現にも適している。本研究の目的は二流体に適用できる粒子法を開発することであるとしている。

第2章は本研究で開発され用いられているMPS法の物理モデルについてまとめている。即ち、二流体モデルと計算のアルゴリズム:表面張力、液体・ガス相互作用、浮力、熱伝導と相変化の計算モデルについて述べている。

第3章は単相流の実験解析について記述し、自由表面や液体の分裂挙動を解析し計算モデルの検証を行っている。

第4章は円管内の気液二相流解析へ本手法を適用し、垂直、水平流について流動パターンを従来実験的に求められているものと定性的に比較し検討している。

第5章は気液二相流問題の実験解析を行っている。まず矩形チャンネル流実験解析で放物型、サドル型の典型的径方向分布が再現できることを示している。次に重力を変化させた実験のボイド率変化を再現できることを示している。これは本手法がナビエ・ストークス方程式のみで気泡挙動を表現できることを示した重要な結果であるとしている。

 次に気泡径が径方向ボイド率分布に及ぼす影響に関する実験を解析し、本手法では気泡に働く力を仮定せずとも実験結果を説明できることを示している。これらにより層流二相流における気泡に働く力はナビエ・ストークス方程式のみで表現できることを実証したとしている。次に二相圧損実験結果との比較を行い実験式の再現性を確認している。相変化を含まない気液二相流計算の総合的検証としてプール流にガスを吹き込んだ実験を解析しその流動様式を良好に表現できることを示している。

 次に低サブクール強制対流管内沸騰実験を解析し、二相伝熱と単相伝熱の比が適切に計算できていることを示している。最後に、BWR燃料集合体のスペーサ周りの流れへの本手法の適用性について見通しを得たとしている。これらにより、本手法により流動様式に関する実験式を用いずとも実用的精度をもって、二相流解析ができることを示したとしている。

第6章はジェット流動の実験解析について述べ、ガソリンプールへ吹き込む水ジェットの挙動と広がりを計算で再現できるとしている。

第7章は結論でMPS法を気液二相流へ拡張する手法を開発し、流動条件や境界形状に対して汎用性があり、実用上十分な精度があることを示したとしている。以上を要するに本論文は気液二相流解析のための粒子法を初めて開発している。この成果はシステム量子工学、特に原子力熱流動工学に進展をもたらすのみならず、工学諸分野の気液二相流問題の解決に寄与するところが少なくない。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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