学位論文要旨



No 215313
著者(漢字) 藤井,光
著者(英字)
著者(カナ) フジイ,ヒカリ
標題(和) 流体エネルギー資源の開発における生産システム最適化に関する研究 : 遺伝的アルゴリズムの適用性について
標題(洋)
報告番号 215313
報告番号 乙15313
学位授与日 2002.03.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15313号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤田,和男
 東京大学 教授 金田,博彰
 東京大学 助教授 増田,昌敬
 東京大学 助教授 佐藤,光三
 東京大学 講師 定木,淳
 秋田大学 教授 秋林,智
内容要旨 要旨を表示する

 石油,天然ガス,地熱など流体エネルギー資源の生産プロジェクトにおいて,生産システムの最適化はプロジェクトの収益性・採算性向上に極めて重要である。流体エネルギー資源の生産システムでは各システム構成要素が流体の挙動が圧力や温度を介して相関を持つため,その最適化計算ではシステム全体の挙動を再現するシステムモデルを構築し,生産システムデザインや操業条件におけるパラメータを同時に最適化する必要性がある。また,近年においては生産形式の多様化や各種先端技術の開発とともに流体エネルギーの生産システムはその複雑性を一層高めているため,系統的な最適化計算の重要性は増加する一方と考えられる。

 遺伝的アルゴリズム(Genetic Algorithms : GA)は近年において工学・理学・ビジネスなど様々な分野において用いられている,生物の遺伝における諸現象をモデル化して目的関数値の最大化や最小化を行なう最適化計算手法で,生産システム最適化計算にみられる複雑な目的関数面を有する最適化計算や坑井数・坑井配置など離散形式をとる変数の最適化計算に適する。本研究では石油・天然ガス生産システムおよび地中熱利用ヒートポンプ(GeoHP)システムを対象としてGAを用いた最適化計算を行ない,以下に示した検討事項に対して十分な解明を行なうことによりGAの生産システムデザインにおける有効性を示し、流体エネルギー資源の生産システムにおける最適化手法を確立することを目的とした。

・様々な対象・目的をもつ生産システムデザインにおける,GAをはじめとする最適化計算手法の適用法を検討する。

・GAの生産システム最適化計算における収束速度・大域的収束性(真の最大値へ到達する性質)を従来型最適化手法と比較することにより,複雑性な目的関数面を示す生産システム最適化計算におけるGAの優位性を検討する。

・坑井数,坑井配置などの整数型変数を対象にした最適化計算においてGAを適用し,離散変数の最適化におけるGAの有効性を検討する。

 本論文は以上に関する研究結果をまとめたものであり,全文5章よりなる。

 第1章では本研究の趣旨,従来の研究,本研究の目的および本論文の構成について述べた。

 第2章では複数の坑井がパイプラインなどにより結合し,一つの生産システムを構成するネットワーク状石油・天然ガス生産システムを対象とした最適化計算を行なった。最適化計算は多峰性を有する複雑な目的関数面を対象として石油工学分野において初めてシステム最適化計算にGAを採用し,その有効性を擬似ニュートン法,ポリトープ法による計算結果と比較した。その結果,擬似ニュートン法は多くのケースにおいて局所的最大値への収束により最適値が得られず,またポリトープ法は探索範囲が擬似ニュートン法に比べて大きいため微小な局所的最大値への収束は回避したが,大規模な局所的最大値回避における弱点を示した。これに対してGAによる最適化計算では全てのケースにおいて真の最大値周辺領域への収束が観察され,多峰性を有する目的関数面におけるGAの優れた大域的収束性が示された。収束速度に関しては,GAは2変数を対象とした低次元の最適化計算においてはポリトープ法に若干劣ったが,10変数を対象とした高次元の多変数最適化計算ではGAはポリトープ法に比べて優れた収束速度を示し,ネットワーク状石油・天然ガス生産システムにおける最適化計算ではGAが最も安定した,また効率的な最適化手法であると総合的に判断された。

 第3章で取り扱った傾斜坑井の坑跡の最適化計算では坑跡を決定する2変数またはこれにチュービング深度を加えた3変数を対象として坑井の現在価値の最大化計算を行ない,GA,擬似ニュートン法およびポリトープ法の適用による最適化計算結果を比較した。この最適化問題では目的関数面が多数の局所的最大値の存在による強い多峰性を示したため,擬似ニュートン法およびポリトープ法を用いた最適化計算では十分な最適値到達率が得られなかった。一方,GAは第2章において得られた結果と同様に高い収束速度,大域的収束性を示し,GAの有効性が確認された。この研究はこれまで扱われなかったコスト削減のための傾斜坑井坑跡の最適化計算を行なうことにより最適化計算の実用性を向上したこと,また最適化計算により採算性の低い坑井デザインを避け,リスクが吸収できることを示すことにより最適化計算の有効性を示したと考えられる。

 第4章では石油・天然ガス生産システム最適化において有効性が示されたGAを地熱開発分野のGeoHPシステムの最適化計算にはじめて応用した。第2節で行なった地下水の影響を受けないGeoHPシステムの最適化においては,熱交換井,循環ポンプおよびヒートポンプより構成されるGeoHPシステムモデルを構築し,システムを構成する各要素と地中熱供給量の相関関係を明らかにした後,GAを用いてGeoHPシステムにおける熱交換井の坑井設計および運転条件の最適化計算を行なった。その結果,GAを用いて同時最適化を行なうことにより,各変数を独立して最適化した場合と比較して大幅なコスト削減が可能となり,GAを用いた多変数同時最適化の有効性が示された。また,この最適化計算は坑井数という離散変数と坑井深度,GeoHPシステム運転条件という連続変数が混在するため従来型の最適化計算手法では取り扱いの困難な問題であるが,GAによりこの最適化計算を効率的に実行できることが示された。第3節では地下水の豊富な日本国内においてGeoHPシステムを設置する際に重要となる地下水の影響を考慮したGeoHPシステムの最適化計算を行なった。熱交換井の最適設計においては地下水流動解析モデル,熱交換井モデルおよび集合井モデルを開発し,これらの妥当性を解析解,室内実験,フィールド実験を用いて検証した。集合井モデルとGAを組み合わせた地下水流動を考慮した熱交換井配置の最適化計算では最大約6%の熱交換量増加が算出され,GAを用いた最適化計算の有効性が示された。また,GAが要した最適化計算時間は,全ての坑井配置に関しての目的関数計算を行なう場合に比べて大きく短縮され,多坑井を対象とした坑井配置最適化計算はGAの使用により効率的に実行可能となることが判明した。

 第5章では本研究における結論と今後の課題について述べた。

 以上,本論文における流体エネルギー資源の生産システム最適化計算では,石油開発および地中熱開発の両分野において最初の試行となる遺伝的アルゴリズム(GA)を用いた最適化計算を行ない,GAの有効性について検討した。これらの研究ではGAの長所である(i)多峰性を有する目的関数面における大域的収束性,(ii)離散変数最適化への適応性,(iii)多変数最適化における高収束速度などが検証され,流体エネルギー資源の生産システム最適化計算においてGAが他の最適化手法と比べて優れた手法であることが示された。GAを用いた最適化計算手法の確立に貢献した本研究は,従来技術者の経験などに基づいて直感的に行なわれることの多かった生産システムの設計を系統的に行なう指針を示したという点で流体エネルギー資源生産の分野に革新をもたらしたと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 石油,天然ガス,地熱など流体エネルギー資源の開発プロジェクトにおいて,地下数千メートルの三次元貯留層や多数の坑井と油・ガスフローライン網と地上生産施設などの各構成要素内の流体挙動が圧力や温度を介して相関しているような生産システムでは,システム中の一構成要素に与えた変化の影響はシステム全体の挙動に敏感に伝播するため生産システム最適化を行なうためには坑井デザイン,陸上施設デザイン,生産システム操業条件などのパラメータを同時に最適化する必要性が生じる。近年では、生産施設の高度化により物性諸元が多様化、複雑化し、水平堀り坑井などの先端技術の採用に伴い、トータル生産システムの最適化問題は三次元空間で経済的価値が時間的に変化する多峰性を有する目的関数の最大値または最小値を追求する複雑な問題となり、技術者の経験に基づく判断のみでは最適なシステム設計が困難となっていた。

 藤井光氏は、1993年米国スタンフォード大学大学院での研究において遺伝的アルゴリズム(Genetic Algorithms : GA)を石油生産システムの最適化問題に適用する先導的研究を行ない、その後、6年間サウジアラビアの実油田の石油・天然ガス生産操業の現場経験で得たデータを踏まえて同研究を発展させた。さらに平成12年10月以後は秋田大学に奉職して、現在取り組んでいる地中熱利用ヒートポンプ(GeoHP)システム設計の最適化計算にもGA手法の有効性を初めて示し、その功績は顕著である。

 本論文の第1章では本研究の趣旨,従来の研究の総括とこれらにおける問題点,本研究の目的および本論文の構成について述べ、序論としている。

 第2章では本研究で用いたGAをはじめとする各種最適化手法の原理・特徴について概説し,次に複数の坑井がパイプラインなどが結合する石油・天然ガス生産システムを対象として、多峰性を有する複雑な目的関数面を対象とした最適化計算において初めてとなるGAの適用を試み,その有効性を擬似ニュートン法,ポリトープ法による最適化結果と比較した。その結果,擬似ニュートン法はほとんどのケースにおいて局所的最大値への収束を示すため最適値が得られず,またポリトープ法は探索範囲が擬似ニュートン法に比べて大きいため微小な局所的最大値への収束は回避したが,大規模な局所的最大値回避における弱点を示した。これに対して,GAによる最適化計算では常に真の最大値周辺への収束が観察され,多峰性を有する目的関数面における大域的収束性を示した。これらの知見より,ネットワーク状石油・天然ガス生産システムにおける最適化計算ではGAが最も安定的かつ効率的に最適解が得られる手法であると提唱された。

 第3章では傾斜掘り坑井の坑跡を対象として坑井掘削費の現在価値の最大化計算を行った。最適化計算では坑跡を決定する2変数またはこれにチュービング深度を加えた3変数を対象とし,GA,擬似ニュートン法およびポリトープ法の適用による最適化計算結果を比較した。この最適化問題では目的関数面が多数の局所的最大値の存在による大きい多峰性を示したため,擬似ニュートン法およびポリトープ法を用いた最適化計算では十分な最適値到達率が得られなかった。また、これまで扱われなかった傾斜坑井坑跡を最適化対象とすることにより,最適化計算の実用性を展開させたという点で石油・天然ガス生産システムの最適化手法の確立に貢献したと評価される。

 第4章ではGeoHPシステムの最適化にわが国ではじめてGAを用い,地中熱利用分野における最適化計算の有効性を検討した。第2節においては,GeoHPシステムを構成する各要素と地中熱供給量の相関関係を明らかにした後,GAを用いて熱交換井の坑井設計および運転条件の最適化計算を行なった。その結果,GAを用いて同時最適化を行なうことにより,各変数を独立して最適化した場合と比較して大幅な経費削減が行なわれ,GAを用いた多変数同時最適化の有効性が示された。また,本最適化計算では離散変数と連続変数が混在する困難な最適化計算をGAにより効率的に実施できることが示された。第3節では地下水の影響を考慮したGeoHPシステムの最適化計算を行なった。熱交換井の最適設計においては地下水流動解析モデル,熱交換井モデルおよび集合井モデルを開発し,これらの妥当性を解析解,室内実験,フィールド実験を用いて検証した。集合井モデルとGAを組み合わせた地下水流動を考慮した多坑井を対象とした熱交換井配置の最適化計算では、最大6%の熱交換量増加が得られ,GAを用いた最適化計算の有効性が示された。

 第5章では本研究における結論と今後の課題を提言した。

 以上,本論文における流体エネルギー資源の生産システム最適化計算では,石油工学および地中熱開発の両分野において最初となる遺伝的アルゴリズム(GA)を用いた最適化計算を行ない,GAの有効性について検討した。これらの研究ではGAの長所である(i)多峰性を有する目的関数面における大域的収束性,(ii)離散変数最適化への適応性,(iii)多変数最適化における高収束速度などが検証され,流体エネルギー資源の生産システム最適化計算においてGAが他の最適化手法と比べて優れた手法であることが示された。GAを用いた最適化計算手法の開発は従来技術者の経験などに基づいて直感的に行なわれることの多かった生産システムの設計を系統的に行なう指針を示したという点で流体エネルギー資源生産の分野に大きな革新をもたらしたと考えられる。

 本研究で藤井光氏が提案したGAを用いた石油工学分野の最適化計算手法は、近年、他の分野においても強い興味を持たれており,本研究の成果が石油・天然ガス開発・生産システム最適化問題に関する今後の研究に与える波及効果は大きいと考えられる。また,地中熱利用分野における最適化計算の研究は筆者により着手されたばかりであるが,省エネルギー・環境対策への大きな貢献を果たすものと期待される。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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