学位論文要旨



No 215314
著者(漢字) 元田,慎一
著者(英字)
著者(カナ) モトダ,シンイチ
標題(和) ACM型腐食センサによる非露出大気環境の腐食性評価
標題(洋)
報告番号 215314
報告番号 乙15314
学位授与日 2002.03.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15314号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,豊信
 東京大学 教授 足立,芳寛
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 助教授 篠原,正
 東京大学 助教授 榎,学
 東京大学 助教授 岡部,徹
内容要旨 要旨を表示する

 大気環境における水膜下での腐食挙動の把握,あるいは環境因子の測定を目的として種々のモニタリングセンサが開発されている。本論文は,精密スクリーン印刷技術により,量産性および再現性に優れ,かつセンサ出力の対相対湿度特性から付着物量を実時間的に測定できる,Fe/Ag-対ACM(Atmospheric Corrosion Monitor)型腐食センサを開発し,これを工業化住宅内や大型構造物の雨がかりのない非露出部位の環境腐食性評価に適用した結果を考察したものである。以下,各章ごとにその内容を要約する。

 第1章では,本研究の目的と既往の研究について述べた。四周を海に囲まれて海洋環境下にある我が国においては,海塩粒子は金属材料の腐食を促進する第一の影響因子である。そのため,暴露試験において飛来海塩量は一般に測定されているが,これは一定期間にガーゼ等に付着した累積値であり,実際に付着している付着海塩量ではない。また,上述のモニタリングセンサも開発されているが,量産性・再現性に優れ,かつ実環境で付着物量を実時間的に測定できるセンサは見あたらない。そこで,我々はこのような特徴を備えるFe/Ag-対ACM型腐食センサを開発し,付着物の影響が大きいとされる非露出環境の腐食性評価に適用した。

 第2章では,Fe/Ag-対ACM型腐食センサの構成と作製条件,およびセンサの基本特性について考察した。実験室試験により,本センサの出力が優れた再現性を示すこと,また,センサ出力が付着海塩量Wsと相対湿度RHとの関数で表されることを利用してWsの測定が可能となることがわかった。そこで雨がかりではあるが海塩の付着が見込まれる海洋性環境に本センサを暴露して,実環境での適用性を検討した。その結果,本センサは個体差が極めて小さく,優れた再現性を示す。本センサの寿命は屋外でおおよそ2ヶ月であるが,これを更新することで数年にわたる測定が可能である。さらに,Wsの実時間測定が可能で,Wsの測定結果は化学分析によるそれとおおよそ一致する。環境因子のモニタリングを目的とするセンサは他にも開発されているが,本センサは付着海塩量の実時間測定をはじめて可能にしたといえる。さらに,その形状,構造から暴露地・暴露部位ごとの局所的な環境の腐食性評価にも適用できる。

 第3章では,第2章の結果を実環境の腐食性評価に適用することを目的に,本センサを比較的穏やかな海洋性腐食環境と考えられる静岡県清水市に1〜2ヵ月更新で1年間暴露し,温度,湿度,降水量などの環境因子と併せてセンサ出力を連続測定した結果について考察した。センサ出力を,その対時間変化から,降雨・結露・乾燥の3期間に判別して解析を行い,これより1992年7月〜1993年6月の1年間における清水での結露時間(時間割合)は39%,降雨時間は20%,および乾燥時間は41%であった。また,屋外の上向き30°の暴露で,年間を通してWsはおおよそ10-2〜10-1g/m2の範囲にあり,それに対応する結露発生の臨界湿度RH*は80〜50%の範囲にある。Wsの増加に伴いRH*が低下することから,ISO方式のように環境のRHのみによりぬれ時間を予測することは困難であることを示した。さらに,結露および乾燥期間のRH分布データは,ステンレス鋼の発銹可能性を判定するための環境条件としても役立つとした。

 第4章では,非露出環境として実際工業化住宅の屋内部位に本センサを暴露し,センサ出力を3年間にわたって測定した結果について考察した。各部位の腐食性はセンサ出力の日平均電気量Qで代表され,これは海塩相当でみた付着量Wsと,RHとに依存して大きくなる。また,QがFeおよびZnの腐食速度と対応することから,部位ごとの亜鉛めっき鋼材の寿命期待値を試算した。これより,日本建築センターが規定する必要限のめっき付着量および鋼材の板厚としての耐用年数は,最も腐食性の厳しい床下で62年,穏やかな小屋裏で115年以上と見積もられる。屋内の腐食速度は鋼材およびめっき亜鉛ともに屋外の1/5〜1/7と低く,これは屋内でのWsが少ないことと対応する。従って,屋内の腐食性はRHを制御して50%以下にすることで,より長い寿命−Ws=10-3g/m2で65〜200年以上という穏和な環境腐食性が達成できるとした。

 第5章では,Cl-イオンに対する感受性が高いステンレス鋼の発銹条件を調べるため,本センサおよびステンレス鋼4鋼種を露出ながら雨がかりのない実構造物の軒下・軒天部位に1〜2カ月の期間毎に1年間暴露し,WsとRHとによる発銹条件を検討した。測定データの解析結果と暴露試験による発銹の有無とに基づいて,ステンレス鋼の発銹条件(Ws*:下限/g・m-2,RH*:上限/%)を判定した。その結果,SUS410鋼は(5×10-3,45),22Cr-0.8Mo鋼は(5×10-1,38),430鋼と304鋼は(4×10-2,43)と,高Ws低RH条件で発銹が起きる。このように実環境データによりステンレス鋼の発銹条件を求めた例は他にはなく,本手法はステンレス鋼を使用した実構造物にも適用できる。

 第6章では,海洋環境にある大型建築物の腐食性評価を目的として,2年間にわたり幕張メッセ国際展示場の軒天部に本センサおよび22Cr-0.8Mo鋼を暴露し,試料の発銹状況を調べると共にWsを連続測定した結果について考察した。2年間の試験期間で22Cr-0.8Mo鋼が発銹したのは海岸側の部位の1回のみで,本鋼の発銹には1g/m2以上の海塩の付着が必要であることがわかった。さらに,アメダス観測年報および気象庁年報のデータの風速・風向の解析結果から,このような大量海塩の付着は平均風速と風の息との和で表される風力エネルギー比例係数α*,Dが決定因子となることを見出し,これより本鋼が発銹する可能性が高い日を遡って特定した。その結果,幕張メッセで22Cr-0.8Mo鋼が発銹する可能性があった日は竣工以来7年間で2日と,極めて少なかったと推定された。

 第7章は総括であり,本論文の主な成果をまとめた。

 以上,本論文は,量産性および再現性に優れ,センサ出力の対相対湿度特性から付着物量を実時間的に測定できる,Fe/Ag-対ACM(Atmospheric Corrosion Monitor)型腐食センサを開発し,これを工業化住宅内や大型構造物の雨がかりのない非露出部位の腐食性評価に適用した結果について考察した。非露出環境(Sheltered Environment)では付着物量Wsと相対湿度RHとによって腐食性が決定され,特に住宅内環境のように付着物が少ない場合には,RHを低減することで使用される鋼材の寿命を延長できる。

審査要旨 要旨を表示する

 構造物に使用されている金属材料の腐食挙動は各部位で異なることが知られている.しかし,従来の暴露試験で得られる腐食度や侵食度は試験期間全体にわたる腐食の累積であるため,時々刻々変化する環境と厳密に対応した腐食性を評価する手法は未だ確立されていない.本論文は,精密スクリーン印刷技術により,量産性および再現性に優れ,かつ環境腐食性を実時間的に測定できるFe/Ag-対ACM(Atmospheric Corrosion Monitor)型腐食センサ開発に関するものであり,工業化住宅の屋内や大型構造物軒天部など雨がかりの少ない非露出部位の環境腐食性を定量評価したものである.本編は7章からなる.

 第1章は緒言であり,大気腐食および大気環境の腐食性評価法に関する既往の研究について解説するとともに,本論文の構成について述べている.

 第2章では,Fe/Ag-対ACM型腐食センサの構成と作製条件およびセンサの基本特性について検討している.精密スクリーン印刷のパターンやペースト等について順次最適化し,歩留まり90%以上の量産化に成功した.また,実験室的試験および実環境中と暴露試験を通じて,本センサの優れた再現性を確認し,これを定期的に更新することで長期にわたる環境腐食性のモニタリングが可能であることを示した.さらに,センサ出力が付着海塩量(Ws)と相対湿度(RH)の関数で表されることを利用して,従来拭い取り法などにより累積値としてしか求められなかった付着海塩量の実時間測定をはじめて可能にした.

 第3章では,ACMセンサを比較的穏やかな海洋性腐食環境に1〜2ヵ月更新で1年間暴露し,本センサの実環境の環境腐食性評価への適用可能性を調査した.付着海塩は降雨により流されるが,その量(Ws)は数日で定常値に達すること,およびこの値を環境腐食性の代表値としうること等を明らかにした.また,センサ出力の大きさと経時変化とから,降雨・結露・乾燥の3期間を判別できることを見出し,それぞれの時間を推定している.ここで,降雨期間と結露期間の和として与えられるぬれ時間は,ISOの規定では,「気温0℃以上,湿度80%(臨界湿度)以上の継続時間」と,温度と湿度という気象条件だけで決まるとされてきた.しかし,実際のぬれ時間はWsに大きく依存し,ISO方式で提案されているように臨界湿度を一意的に決めることは困難であるということを明らかにした.

 第4章では,非露出環境として実際の工業化住宅の屋内部位に本センサと亜鉛めっき鋼板を3年間暴露し,各経過時点での環境腐食性調査結果をまとめている.各部位の腐食性はセンサ出力の日平均電気量(Q)で代表され,鉄および亜鉛の腐食速度がこのQの関数として与えられることを明らかにした.また,海塩相当でみた付着量(Ws)は住宅の寿命より十分に短い数か月で定常値に達し以後はほとんど変化しないことから,鉄および亜鉛の腐食量は当該部位での湿度分布だけで決まるとしている.これに基づき各部位ごとの亜鉛めっき鋼材の寿命期待値を試算し,最も腐食性の厳しい床下で60年,穏やかな小屋裏で110年以上と見積もっている.

 第5章では,本センサおよびステンレス鋼4鋼種を雨がかりのない実構造物の軒下・軒天部位に1〜2カ月毎に取り替え計1年間暴露し,実測データと暴露試験による発銹の有無とに基づいて,付着海塩量(Ws)と相対湿度(RH)とによる各鋼の発銹条件を検討している.高Ws・高RH条件ほど腐食性が厳しい炭素鋼とは異なり,ステンレス鋼においては高Ws・低RH条件下で発銹が起きることを明らかにし,各々の下限、上限を,SUS410鋼では5×10-3g・m-2,45%,430鋼及び304鋼では4×10-2g・m-2,43%,また22Cr-0.8Mo鋼では5×10-1g・m-2,38%と見積もっている.また、このような挙動は,湿度の低下に伴い水膜が薄くなり,Cl-濃度が上昇するためであるとしている.

 第6章では,2年間にわたり幕張メッセ国際展示場の軒天部に本センサと軒天部に用いられている22Cr-0.8Mo鋼試片を暴露し,付着海塩量の実時間測定および発銹状況の調査を行なうとともに,気象庁が監修し公表している風向・風速データを解析し,これと付着海塩量との関係についても検討している.アメダス観測年報および気象庁年報のデータの風速・風向の解析結果から,22Cr-0.8Mo鋼が発銹するような大量海塩の飛来・付着については,有効風力エネルギー比例係数(α*D:風速の2乗の1日当たりの積算)が決定因子となることを見出すとともに,この値を公表データから推定する式を提案して,本鋼が発銹した可能性が高い日を遡って特定しうることを示した.そのような日は幕張メッセ竣工以来7年間で2日間と,極めて少なかったとしている.

 第7章は総括である.

 以上要するに,本論文は,量産性および再現性に優れた大気腐食センサを開発し,これによる非露出部位における各種金属材料に対する環境腐食性評価法を確立したものであり,金属表面工学への貢献が大きい.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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