学位論文要旨



No 215317
著者(漢字) 樋口,天光
著者(英字)
著者(カナ) ヒグチ,タカミツ
標題(和) NdBa2Cu3Oy超伝導体の作製および直流磁化特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 215317
報告番号 乙15317
学位授与日 2002.03.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15317号
研究科 工学系研究科
専攻 超伝導工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岸尾,光二
 東京大学 教授 桑原,誠
 東京大学 教授 北澤,宏一
 東京大学 助教授 為ヶ井,強
 東京大学 助教授 下山,淳一
 東京大学 助教授 大崎,博之
内容要旨 要旨を表示する

 低酸素分圧下で溶融凝固を行うOxygen-Controlled-Melt-Growth(OCMG)法で作製されたNd-Ba-Cu-Oバルク超伝導材料は、高温高磁界領域において、従来のMelt-powder-melt-growth(MPMG)法で作製された高特性のY-Ba-Cu-O材料を凌ぐ高い臨界電流密度Jcを有し、高温超伝導の電磁力応用にとって非常に有望な材料である。この材料はJcの磁界依存性において顕著なピーク効果を示すが、これは、NdBa2Cu3Oy(Nd123)母相中にNd-Ba置換によってできた臨界温度Tcの低いNd1+xBa2-xCu3Oy(Nd123ss)相が分散し、磁界の増加に伴って常伝導転移してピンニング特性が向上するためと考えられている(磁界誘起型ピンニング)。一方、Nd-Ba-Cu-Oバルク内に分散する非超伝導相Nd4Ba2Cu2O10(Nd422)は、Y-Ba-Cu-OバルクにおけるY2BaCuO5(Y211)と同様に、有効な磁束ピンニングセンターとして働くことが予想される。このような高Jcを有するNd-Ba-Cu-Oバルク材料の磁束ピンニング特性のさらなる向上に寄与する知見を得ることを目的として、本研究では、Nd123単結晶の作製と磁化特性の評価を中心として、Nd-Ba-Cu-Oバルク材料やY-Ba-Cu-Oバルク材料との磁化特性の比較も行うことにより、Nd123超伝導体の各温度、磁界領域での主要な磁束ピンニング機構を調べ、さらに磁束ピンニング特性を改善するにはどのような作製プロセスが最適かを調べた。

 第1章では、本研究の行われた背景と目的について説明を行った。1986年のLa-Ba-Cu-O系、1987年のY-Ba-Cu-O系(Tc=92K)、1988年のBi-Sr-Ca-Cu-O系(Tc=110K)など、液体窒素温度以上で超伝導になる物質が次々と発見されたため、送電ケーブル、電流リード、限流器、変圧器、フライホイール、磁気ベアリング、超伝導モーターなどの分野で産業応用が期待されている背景を踏まえ、その中でも特に電磁力応用の観点で重要な磁束ピンニング特性に優れたLRE-Ba-Cu-O系超伝導材料の開発の現状を説明した。まず溶融法で作製されたY-Ba-Cu-O超伝導バルク材料の説明を行い、次に、より高磁界中で磁束ピンニングに優れたOCMG法で作製されたLRE-Ba-Cu-O超伝導材料(LRE;軽希土類元素)の開発の現状および課題を整理した。

 第2章では、超伝導体バルク体の電磁力応用を考える上で最も重要な評価項目である、直流磁化特性の評価手法の説明を行った。まず初めに試料の直流磁化を求める汎用的な手法としてSQUID磁束計を用いた実験方法を説明した。次に、磁束の二次元分布を測定する代表的な手法、ホール素子および磁気光学効果を用いた手法について実験方法を述べ、臨界状態モデルの適用可能性やバルク超伝導体の均質性の評価を行った例を紹介した。

 第3章では、フラックス法により、Tcが93.2Kであり、4.5kOeまでの磁界中では弱結合領域の観測されない、高品質のNd123単結晶試料を作製し、磁化ヒステリシス曲線の測定を行って磁化特性を評価した。70K以上の高温領域、H//c、H//abの両方向の磁界中において磁化ヒステリシス曲線にピーク効果が観察された。77K-90Kの高温領域においては、種々の温度での△M-H曲線は単一の母曲線に重畳されることから、その温度領域において磁束ピンニングが同一の機構に支配されていると考えられる。Hirr、Hpkがともに同一の温度依存性Hα(1-t)nでスケールされ、そのべき数nが1.1-1.3になった。88KにおけるHirr、Hpkの角度依存性は、GL有効質量モデルでフィッティングすることができ、得られた異方性パラメーターは、Hirrの場合はγirr=4.7±0.2、Hpkの場合はγpk=6.8±0.3であった。Hpkの異方性パラメーターがHirrのそれよりも若干大きいことから、Hpkが低Tc相のHc2であると考えられる。これは、NdイオンがBaサイトを置換してできたTcの低い相が定比組成の母相中に微細分散し、磁界誘起型ピンニングセンターとして機能していることを意味する。

 第4章では、Nd123単結晶、OCMG法で作製したNd-Ba-Cu-Oバルク、MPMG法で作製したY-Ba-Cu-Oバルクの間の直流磁化特性の比較研究を行った。Jc、磁化緩和率S、ピンニングエネルギーの電流依存性のべき数μ、の温度依存性を調べた結果、低温領域においては、どの試料も、Jcが温度の指数関数として振舞うこと、μの符号が0から3程度の正の値を示すこと、Sがほとんど温度に依存せず0.05以下の一定値をとることから、集合的クリープモデルを用いて説明できた。高温領域においては、どの試料も、Jcが急激に低下すること、μの符号が負であり-1に近いこと、Sが温度と共に劇的に増加することから、Kim-Andersonクリープモデルを用いて説明できた。磁界依存性については、どの試料においても、低磁界領域においては、μが正の値を示し、Sが0.05以下の小さい値を示した。べき乗則JcαBγ-1またはFpαBγのべき数γの値は、Nd123単結晶とNd-Ba-Cu-Oバルクについてはその変曲点を境としてそれぞれ、0.9から1.5-1.7、0.4-0.6から0.8-1.2へと変化した。Y-Ba-Cu-Oバルクでは変曲点がなくγ値は0.3-0.6の間の値をとっていた。これらの結果より、支配的なピンニング機構に基づいて幾つかの(B,T)領域に整理することができた。低温低磁界側から高温高磁界側へ向かって、Nd123単結晶では、常伝導点ピンニング→△κ点ピンニング→Kim-Andersonクリープ領域、Nd-Ba-Cu-Oバルクでは、常伝導表面ピンニング→△κ点ピンニング→Kim-Andersonクリープ領域、Y-Ba-Cu-Oバルクでは、常伝導表面ピンニング→Kim-Andersonクリープ領域、となる。ここで、Nd123SCとOCMG-Nd-Ba-Cu-Oで高温高磁界領域に見られるピーク効果は△κ点ピンニング、即ち微細なNd-Ba置換領域による磁界誘起型ピンニングによるものと考えられる。また、OCMG-Nd-Ba-Cu-OとMPMG-Y-Ba-Cu-Oで高温低磁界領域に見られる磁界増加に伴うJcの単調な減少は、Nd422またはY211第二相による常伝導表面ピンニングによると考えられる。

 第5章では、Nd123単結晶を、20mol%Nd123と80mol%035の初期組成を有するフラックス、PO2=10-2atmの雰囲気、の条件下で1000-1020℃での成長温度Tgでの等温過程で成長させ、その磁化特性を調べた。Tgが高い試料の方が、全体の平均組成はほとんど変化しないにも関わらず、転移温度が高く、超伝導転移も急峻で、ピーク磁界Bpk、不可逆磁界B(Jc=2000A/cm2)とも高くなった。これは、Tgが高いほど、結晶中の化学組成のゆらぎが小さいためと考えられる。このように、結晶成長過程で過冷度をできるだけ小さくする方向に作製プロセスを改善するによって、Nd123の超伝導特性がさらに向上するものと期待される。

 以上より、OCMG法で作製されたNd-Ba-Cu-Oバルクが高温高磁界でY-Ba-Cu-Oよりも優れたJc特性を発揮するのは、低酸素分圧下で溶融成長させることで、Nd-Ba置換が抑制された高Tc相が得られたこと、また微細なNd-Ba置換領域による磁界誘起型ピンニングが働くこと、の2つが主要な原因であることが実験的に示された。そして結晶成長過程での過冷度をより小さくすることで、高磁界領域でのJc特性をさらに改善できることが明らかになった。本研究で得られた知見は、REBa2Cu3Oy(RE123)の磁束ピンニング機構を理解する基礎データであり、より高特性のRE-Ba-Cu-Oバルク超伝導材料のプロセス開発の指針となるものである。

図1 Nd123単結晶の磁化の温度依存性

図2 Nd123単結晶の臨界電流密度の磁界依存性

図3 Hirr、Hpkを1-tの関数で表した対数プロット

図4 Hirr、Hpkの角度依存性

図5 Jc、μ、Sの等高線によって表される磁束ピンニング機構に関するB-T相図(a)Nd123SC、(b)OCMG-Nd-Ba-Cu-O、(c)MPMG-Y-Ba-Cu-O

図6 超伝導転移温度のTg依存性

図7 Bpk、B(Jc=2000A/cm2)のTg依存性

審査要旨 要旨を表示する

 本学位論文は、「NdBa2Cu3Oy超伝導体の作製および直流磁化特性に関する研究」と題して、高温高磁界領域で高い臨界電流密度を有するNd-Ba-Cu-Oバルク超伝導材料に関し、Nd-Ba相互置換によって形成されるNd123ss相の磁束ピンニング特性に及ぼす寄与の評価、さらにNd123ss相の分布を最適化する作製プロセスの検討、を行った研究であり、全6章で構成されている。

 第1章では、最初に、第二種超伝導体における磁束の量子化や磁束ピンニングなど必要な基礎知識がまとめられている。次に、高温高磁界中で高い臨界電流密度を有するRE123系バルク材料について、Y-Ba-Cu-OバルクからNd-Ba-Cu-Oバルクに至るまでの開発の経緯を解説し、最後に、Nd-Ba-Cu-Oバルクが有している複数種のピンニングセンターのうち、磁化のピーク効果の起源と考えられているNd123ss相の磁束ピンニング特性に着目し、Nd123ss相の寄与の評価およびNd123ss相の分布を最適化する作製プロセスの検討を目的としたことを述べている。

 第2章では、超伝導バルク体の電磁力応用に関わり最重要評価項目である直流磁化特性の評価手法を解説している。まず初めにSQUID磁束計を用いた評価手法を解説し、次に、磁束の二次元分布を測定するホール素子および磁気光学効果を用いた評価手法について述べ、臨界状態モデルの適用可能性やバルク超伝導体の均質性の評価を行った例を紹介している。

 第3章では、低酸素分圧下でのNd123単結晶の作製および直流磁化特性の異方性の評価を行った結果に基づいて、Nd-Ba-Cu-O超伝導体のピーク効果の起源について議論している。c軸に平行および垂直な両方向の磁界中において磁化ヒステリシス曲線にピーク効果が観察されること、ピーク磁界、不可逆磁界ともに同一の規格化温度依存性を示すこと、ピーク磁界の異方性パラメータが不可逆磁界の異方性パラメーターより大きいこと、から、ピーク磁界が臨界温度の高いNd123母相中に局在する臨界温度の低いNd-Ba置換領域の上部臨界磁界かまたは不可逆磁界に対応することを明らかにしている。

 第4章では、Nd123単結晶、Nd-Ba-Cu-Oバルク、Y-Ba-Cu-Oバルクとの直流磁化特性の比較結果に基づいて、材料の組織構造と各温度、磁界領域での主要な磁束ピンニング機構の相関について議論している。臨界電流密度Jc、磁化緩和率S、ピンニングエネルギーの電流依存性のべき数μ、べき乗則JcαBγ-1またはFpαBγのべき数γの値によって整理することにより、温度磁界相図を常伝導点ピンニング、常伝導表面ピンニング、△κ点ピンニング、Kim-Andersonクリープ領域に分類し、Nd123単結晶とNd-Ba-Cu-Oバルクのピーク磁界近傍に共通して見られる△κ点ピンニングが、組織構造に共通なNd-Ba置換領域による磁界誘起型ピンニングであることを明らかにしている。

 第5章では、第3章および第4章で明らかになったNd-Ba-Cu-O超伝導体のピーク効果の起源であるNd-Ba置換領域、即ちNd123ss相の分布を最適化するようなNd123単結晶の作製プロセスについて検討している。Nd123単結晶を等温過程で成長させた結果、成長温度の低下に伴って、平均組成やオンセットTcはほとんど変化しないものの、転移温度幅の増大、ピーク磁界および不可逆磁界の低下が見られることから、成長温度の低下に伴ってNd-Ba組成ゆらぎが増大したことが示され、過冷度を抑えた作製プロセスが、Nd-Ba-Cu-O超伝導材料の組成ゆらぎを抑制し、磁束ピンニング特性を向上できることを明らかにしている。

 第6章では、各章で得られた知見を総括している。

 以上、本研究は、Nd123ss相の磁束ピンニング特性に及ぼす寄与の評価およびNd123ss相の分布を最適化する作製プロセスの検討を行ったものであるが、本論文に述べられている新たな知見は、Nd-Ba-Cu-Oバルクの材料研究の分野において大きな意味をもつ。特に第3章におけるピーク磁界と不可逆磁界の異方性パラメータの大小から得たピーク磁界の起源、第4章における磁束ピンニング機構の整理から得たNd-Ba-Cu-O系での△κ点ピンニングの存在、また第5章における過冷度を抑えNd-Ba組成ゆらぎを抑制するNd-Ba-Cu-Oバルクの新たな結晶成長プロセスの提案、等は、超伝導材料の更なる臨界電流密度特性の改善に向けた指針として、高く評価することができ、超伝導工学の基礎ならびに応用分野の発展に寄与するところが大きい。よって本論文は、博士(工学)学位論文として合格と認められる。

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