No | 215320 | |
著者(漢字) | 奥江,雅之 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | オクエ,マサユキ | |
標題(和) | 顕著な生物活性を有するピロリジン系化合物の合成化学的研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 215320 | |
報告番号 | 乙15320 | |
学位授与日 | 2002.03.15 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 第15320号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 我が国では社会の高齢化が進んでおり、それに伴ってさまざまな社会問題が生じている。老人性の疾患もその一つである。特に、高い致死率や後遺症発症率を示す癌や脳虚血性疾患は、老人医療の中でも早期の解決が望まれている。 Preussin[(+)−1b]は、1988年、SchwartzらによってAspergillus ochraceus ACTT22947から単離、構造決定された、抗菌及び抗真菌活性を持つ、ピロリジンアルカロイドである。1997年、吉田、堀之内らによって、細胞周期阻害活性のスクリーニングからこのpreussinが再発見された。 Kaitocephalin(2)は1997年、新家、瀬戸らによって、Eupenicillium Sheariiより単離、構造決定されたピロリジン環を有する異常なアミノ酸の一種で、グルタミン酸受容体拮抗作用によって脳の神経細胞死を抑制する天然有機化合物である。 筆者は、細胞周期阻害活性を有し、制癌作用が期待されるpreussin及びグルタミン酸受容体拮抗作用によって脳の神経細胞死抑制活性を有し、脳虚血性疾患の治療薬のリード化合物として期待されるkaitocephalinについて、合成的及び生理活性的興味を抱き、それらの合成研究を実施した。 1.細胞周期阻害活性を有するpreussinの合成研究 筆者は、preussinの短工程で簡便な立体選択的合成法の確立と、全ての立体異性体を一度に合成可能とする非立体選択的な合成法の確立をそれぞれ検討した。 (a)(+)−Preussinの全合成 図1に示す合成戦略を考案した。すなわち、L−フェニルアラニナール誘導体Aと2−ウンデカノンBをアルドール反応と還元的ピロリジン環形成反応を行えば、短工程でpreussinを合成できると考えた。その結果、図2に示す方法で、N−メトキシカルボニルフェニルアラニンのWeinrebアミド3から、亜鉛エノラートを用いた立体選択的なアルドール反応、シラン−ルイス酸による立体選択的な還元的閉環反応等を含む、5工程、通算収率16%で(+)−preussin[(+)−1b]を合成することに成功した。[(+)−1b]の1H NMR、13C NMR及び比旋光度は、天然物のそれらと一致した。 (b)Preussinの全立体異性体の合成と細胞周期阻害活性 一方、図3に示すように、N-Cbz-L−フェニルアラニナールから非立体選択的な反応により、2工程で(+)−preussinを含めて4種類の立体異性体が一度に生成することがわかった。この4種類の異性体は、シリカゲルカラムクロマトグラフィーで分離することが可能であり、その単離収率は、(+)−1aが6%、(+)−1bが13%、(+)−1cが27%、そして(+)−1dが6%であった。N-Cbz-D−フェニルアラニナールから同様にして、(−)−1a、(−)−1b、(−)−1c及び(−)−1dが得られた。これらの8種立体異性体の分裂酵母を用いた細胞周期阻害活性の試験に供したところ、興味深いことに、いずれもほぼ同程度の活性を示した。 2.グルタミン酸受容体拮抗作用を有するkaitocephalinの合成研究 Kaitocephalinは、本研究開始当初、立体化学は決定されておらず、したがって、一つの基本合成経路で様々な立体異性体の合成が可能な、図4に示す合成戦略を考案した。すなわち、プロリンと、セリン由来のアルデヒドAとでアルドール反応を行い、右側鎖相当の置換基を導入し、官能基変換によりニトロンBとし、ニトロンBとセリン由来のヨウ化物Cとで炭素−炭素結合形成反応を行い、左側鎖相当の置換基を導入しkaitocephalin骨格Dへ導き、酸化、脱保護などを経てkaitocephalinを合成するものである。この合成戦略は、両鏡像体の入手容易なアミノ酸を原料に用いることで、多くの立体異性体の合成が合成経路を変更することなく可能である。 (a) Kaitocephalin(提唱立体構造)の合成 近年、kaitocephalinの絶対立体配置が2S, 3S, 4R, 7R, 9Sであると報告された。そこで、合成戦略に基づいて、提唱立体構造である9の合成を行った(図5)。L−プロリンをラクトン10とし、D−セリン由来のアルデヒド(R)−11とアルドール反応を行い12aと12bを3.6:1の生成比で得た。望む立体の12bは副生成物であったが、12aの水酸基を反転させ、12bにすることが可能であった。12bの官能基を変換して13を経てニトロン14とした。ニトロン14とL−セリン由来のヨウ化物15を亜鉛とヨウ化銅(I)存在下、超音波照射したところ、高収率で、単一生成物として16を与えた。このとき生じた新たな立体化学は、16の誘導体のNOESY及びROESYにより決定した。16を還元、Cbz化、脱保護、酸化、脱ベンジル化して提唱立体構造の9とした。しかし、9の1H NMR及びHPLCの保持時間は天然物のものとは一致しなかった。 (b) Kaitocephalinの全合成 9が天然物と一致しなかったので、その原因を突き止めるため、ラクトン10から9へ導く途中で異性化が起こっていないか検証した。化合物16まではNMRにて立体化学の正当性を確認し、化合物16以降では、一級水酸基をカルボキシル基へ酸化する反応のモデル実験を実施し、そこでの異性化を否定する結果を得た。このことから、天然物の立体化学の決定に疑問を抱き、提唱立体構造9の9位及び3位の立体異性体をそれぞれ合成した。しかしながら、いずれも天然物と一致しなかった。 結局、天然型kaitocephalinの立体化学は、化合物17のように2R,3S,4R,7R,9Sであり、提唱立体構造9の2位の立体異性体であることが、17を全合成したことにより判明した。天然型kaitocephalin(17)の全合成は、図5のアルデヒド(R)−11の鏡像体であるL−セリン由来のアルデヒド(S)−11を用いて、図5とほぼ同様の方法で、ラクトン10から14工程、通算収率1.2%で合成することができ、ここに天然型kaitocephalinの最初の全合成{17:[α]D25=−26.6°(c0.19,CHCl3), lit.:[α]21D=−31°(c0.7, CHCl3)}を達成するとともに、その絶対立体配置を左図のように決定することができた。 図1 Preussinの合成戦略 図2 (+)−Preussinの全合成 a)LiAlH4(41%). b)2-undecanone, LiHMDS, ZnCl2, CH2Cl2(72%, 10:1). c)TBSCI(83%). d)Ph2SiH2, BF3・OEt2(80%). e)LiAlH4(83%). 図3 Preussinの立体異性体の合成 a)2-undecanone, LDA, THF(82%,8a/8b=1:2.2). H2, Pd(OH)2/C then HCHO(52%). 図4 Kaitocephalinの合成戦略 図5 Kaitocephalin(提唱立体構造)の全合成 a)LDA(58%,12a/12b=3.6:1). b)Dess-Martin ox. c)LiBH4(42%). d)10% H2SO4; BzlBr; TBDPSCl(62%). e)80% AcOH(62%). f)TMSCl(98%). g)H2O2・urea, MeReO3(91%). h)Zn, Cul, THF/H2O, ultrasound(85%). i)Zn, NH4Cl(76%). j)CbzCl; TBAF, AcOH(50%). k)4-MeO-TEMPO, NaClO, KBr(67%). l)H2, Pd(OH)2/C, EtOH/CHCl3(60%). | |
審査要旨 | 本論文はピロリジン系天然有機化合物の合成化学的研究に関するもので、二章よりなる。細胞周期阻害活性を有するpreussinは多くの全合成例が報告されているにもかかわらず、3個所ある不斉炭素による8種の立体異性体と細胞周期阻害活性の相関は知られていない。脳神経細胞死抑制活性を有するkaitocephalinはアミノ酸3分子が炭素−炭素結合した異常なアミノ酸で希有な構造であり、優れた生理活性を有するが、絶対立体配置はまだ決定されていなかった。筆者はこれらの点に着目し、生理活性的興味、構造的興味に基づき合成研究を行った。 まず序論で研究の背景と意義を述べた後、第一章ではpreussinの立体選択的全合成、簡便な全8種立体異性体の合成、それらの細胞周期阻害活性について述べている。N−メトキシカルボニルフェニルアラニンのWeinrebアミド3から、亜鉛エノラートを用いた立体選択的なアルドール反応とシラン−ルイス酸による立体選択的な還元的閉環反応を含む5工程、通算収率16%で(+)−preussin[(+)−1b]の全合成に成功した。一方、N-Cbz-L−フェニルアラニナール(S)−6から非立体選択的な反応により、2工程で(+)−preussinを含めた4種類の立体異性体の混合物とした。各異性体は分離可能であり、純粋な(+)−1a〜dを得ることができた。同様にN-Cbz-D−フェニルアラニナール(R)−6から、残る4種[(−)−la〜d]を得た。これらの全8種立体異性体の分裂酵母を用いた細胞周期阻害活性の試験により、いずれもほぼ同程度の活性を示すという興味深い結果を得た。 第二章ではkaitocephalinの合成研究について述べている。研究開始当初、立体化学が決定されていなかったため、一つの基本経路で様々な立体異性体の合成が可能な合成戦略を考案した。まず、研究開始後まもなく報告された推定絶対立体配置を有する13の合成を行った。ラクトン7とD−セリン由来のアルデヒド(R)−8でアルドール反応を行い9aと9bを3.6:1の生成比で得た。主生成物の9aは水酸基を反転させ望む立体の9bにすることが可能であった。9bをニトロン10に誘導し、L−セリン由来のヨウ化物11とカップリングさせ、高収率で、単一生成物の12を得た。なお、本カップリング反応は筆者が新規に開発した反応である。12から5工程で提唱立体構造を有する13とした。しかし、13の1H NMR及びHPLCの保持時間は天然物のものとは一致しなかった。中間体が異性化していないかを検証し、合成した13の立体化学の正当性が確認されたことから、天然物の推定立体構造に疑問が持たれた。そこで提唱立体構造13の9位及び3位の立体異性体をそれぞれ合成したが、いずれも天然物と一致しなかった。最終的に天然型kaitocephalin(2)は提唱立体構造13の2位の立体異性体であると推測し、その合成を行った。その結果、アルデヒド(R)−8の鏡像体であるL−セリン由来のアルデヒド(S)−8を用いて、ラクトン7から14工程、通算収率1.2%で、天然物と一致するkaitocephalinの最初の全合成が達成された。これにより、天然物の絶対立体配置は2R, 3S, 4R, 7R, 9Sと決定された。また、生物検定により、合成した非天然型立体異性体の脳神経細胞死抑制活性は天然物より弱いことも判明した。 以上、本論文は興味深い生物活性を有する2種のピロリジン系化合物について、効率良い合成法の確立、全合成による絶対立体配置の決定、立体構造と活性の相関の解明を行ったもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 | |
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