学位論文要旨



No 215321
著者(漢字) 池田,潔彦
著者(英字)
著者(カナ) イケダ,キヨヒコ
標題(和) 応力波伝播速度による立木材質評価と適用に関する研究
標題(洋)
報告番号 215321
報告番号 乙15321
学位授与日 2002.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15321号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 有馬,孝禮
 東京大学 教授 太田,正光
 東京大学 教授 八木,久義
 東京大学 教授 井出,雄二
 東京大学 助教授 安藤,直人
内容要旨 要旨を表示する

 我が国各地域の山林野には、戦後植裁されたスギ、ヒノキ等人工林の針葉樹資源が成熟期を迎えつつあり、住宅建築部材等への利活用が期待されている。これら森林資源の循環的利用を持続的かつ効率的に推進する手段の一つとして、育成の各段階において資源の量と質の情報を的確に把握し、それらを現在および今後の木材利用や林業施業に活かす必要があると思われる。このため、本論では、応力波伝播速度(以下、Vp)による立木材質の評価手法を検討し、育成と利用の現場に向けたその適用について検討した。

 まず、立木Vpの計測精度への関与が推定された立木樹幹中の含水率に関して、スギ林分等で立木のVpと含水率について季節変動や日変動を調査した。辺材および心材の含水率は、生長期と生長休止期あるいは季節間において明確な変動傾向が認められなかった。また、同一林分内で3月,8月,11月に伐倒した各含水率分布にも、伐倒時期の違いによる有意差は認められなかった。スギ辺材の高含水率領域(250%〜100%)において、Vpは含水率の減少に伴い直線的に速まるため、立木辺材部における含水率の変動をVpによってモニターできると考えられた。そこで、スギの同一立木でVpの日変動を1時間毎に調査した結果、顕著な変動傾向は認められ無かった。一方、同一のスギ立木でVpの季節変動を調査した結果では各月間に有意な変動が認められ、その要因は樹幹辺材部の含水率変動による影響と推定された。ただし、異なる林分等で同様に数回調査した結果を併せて比較すると、季節間(各月間)でのVp変動に共通する傾向は認められず、生長期と生長休止期の両者間でもその有意差は認められなかった。立木のVpと樹幹辺材部の含水率とは無相関であった反面、立木Vpと丸太の動的ヤング係数(以下、Efr)とには相関関係が認められた。また、立木辺材部の水分を含めた密度は個体間のばらつきが極めて小さく、立木Vpの個体間等における差異は辺材部におけるヤング係数の差異を示すと考えられた。このため、立木のVp計測精度に及ぼす含水率変動の影響は極めて少ないと考えられ、立木Vpは、密度や含水率よりもヤング係数が大きく関与する事から、ヤング係数の有効な評価指標になると思われた。更に、同一林分内での、立木Vpの変動係数に対して丸太Efrのそれは約2倍前後を示すため、立木Vpの計測によって林分内における立木ヤング係数のばらつきを効率良く推定出来ることが明らかとなった。その場合、1林分当たりの立木調査本数は50本以上が適当と考えられた。

 生育条件が異なる地域内のスギ林分で立木Vpを計測するとともに、スギ平角製材を例として建築用構造部材の製造に向けた立木Vpの適用について検討した。更に、静岡県内各地域の様々な林分から産出されたスギとヒノキの丸太材質を評価した後、それより採材,乾燥した平角等製材品の材質と強度性能を調べ、原木段階における等級区分の有効性の検証を行った。生育環境が異なる林分の立木Vpは平均値,下限値ともに有意差が認められた。一方、立木Vpと胸高直径との間には、明らかな負の相関関係は認められなかった。立木Vpと丸太Efrもしくは平角のMOEとに相関係関が認められ、一地域内の各林分から針葉樹の構造用製材の日本農林規格における機械等級区分(以下、JAS機械等級)製材基準でE70〜E110の4つの等級、同じく1林分内から3つの等級に属するスギ平角を製造できる事が推定された。林分内の立木をVpによって2つに等級区分した場合、それらから製造された各平角の曲げ強度性能には明確な差異が認められた。地域内各林分で採材されたスギ丸太(林齢20〜90年)のEfrは、43.0〜126.0tonf/cm2の広範囲に分布し、平均が78tonf/cm2,変動係数が19%であった。これを、JAS機械等級製材のヤング係数基準に当てはめると、各等級の比率はそれぞれE50が6%、E70が42%、E90が36%、E110が16%となり、林齢が30年〜80年の範囲でいずれも4つの等級にばらついた。同じく、ヒノキ丸太(林齢20〜70年)のEfrは,平均値100tonf/cm2,変動係数21%となり、スギ丸太のそれとほぼ同様のばらつきを示した。丸太Efrと平角もしくは正角のMOEおよびMORとの関係はともに高い相関関係が認められ、丸太段階でEfrによって機械等級区分した場合、製材品の曲げ強度性能に各等級間で明らかな差違が認められ、特に所定の曲げ性能が必要である梁桁部材の製造においてその有益性が確認された。これらの結果から、地域内の針葉樹林分に生育している立木の生長形質量と伝播速度による材質情報を加味した評価を行うことによって、効率の良い木材の加工や製品製造に結びつくことが判明した。

 ヒノキ林分でVpによる立木材質評価の適用を試みた。間伐試験地や林齢が異なる県内の4林分でヒノキ立木のVpと胸高直径を調査し、林齢や間伐に伴う林分密度がヒノキ材質に及ぼす影響について検討した。また、同一の生育環境の林分に生育するスギとヒノキの立木について、林分内のばらつきを伝播速度で比較し、その分布から選木した個体の試験結果から林齢推移に伴う個体内の変動や材質面における成熟期の推定を行った。ヒノキ林分内における立木Vpの変動係数は,若い19年の林分では3.2%となり,成熟期に達した45年および70年の林分での値5.0〜5.9%と比較して小さい。ヒノキの立木Vpと丸太Efrとの間には,スギと同様に有意な相関関係が認められた。間伐の有無により樹冠(林分)密度が異なった試験区の間では、胸高直径およびVpの平均値に明らかな差異が認められた。この要因としては,間伐後に形成された材部の密度や年輪幅,晩材率,ヤング係数が環境変化の影響を受けたためと考えられた。林齢19〜70年の林分内における立木のVpには,間伐に伴う林分密度の変化や林齢,地位等の生育条件の違いによる差違がみられたが,それらの胸高直径(生長)への影響と比較してVp(材質)への影響は少ないと考えられた。ヒノキの成熟材部の材質がほぼ一定値に到達する時期は,間伐や生育環境によって変動するが,丸太のEfrや立木Vpのデータから,概ね30年までの可能性が高くそれ以降の材質の向上は小さいことがわかった。

 同一林分内に生育するスギとヒノキの立木Vpのばらつきを比較した結果、両樹種間に有意な差異は認められなかった。また、それらの立木Vp分布から成熟期にある一林分から製材した場合、JAS針葉樹構造用製材の機械等級区分ではスギ、ヒノキともに3つの等級に属することが判明した。MOEおよび密度と髄からの年輪数との関係では、髄から外皮に向けMOEでは増加傾向を密度では減少傾向を示した。また、樹幹半径方向(生育過程)の材質変動はスギがヒノキより大きなことが示唆された。林齢増に伴うMOEの向上が見られるのは、ヒノキが植裁後20〜30年、スギが同50年までであった。材質(密度、MOE)が成熟する林齢は、スギでは30年以降、ヒノキでは20年以降と考えられた。

 精英樹立木の材質評価を目的として、数ヶ所の次代検定林や見本林でスギ精英樹各系統の立木Vpを計測し、伐倒した丸太Efrとの関係、さし木クローンと実生家系との比較、系統間や林分間の差違等について検討した。クローンおよび実生家系で立木Vpと丸太Efrとには有意な相関関係が認められ、特に各系統における立木Vpと丸太Efrの平均値の相関は高く、立木Vpによって系統間の材質比較が可能である事が判った。このため、サンプリングや計測作業性の点において制約の多い精英樹検定林の調査において、非破壊の材質調査手法として立木Vp計測の有効性が明らかになった。さし木クローンの系統内における変動係数は、実生家系や地スギ立木のそれと比較して3〜5%と小さく、JAS機械等級区分のヤング係数基準において1または2つの等級に相当した。一方、実生家系の系統内における変動係数は地スギ一般実生のそれとほぼ同じであった。立木Vpはさし木クローン間もしくは実生家系間で有意差が認められ、特にクローン間ではヤング係数の系統間差が大きく現れた。さし木クローン系統間における立木Vpの差違は異なる林分間でもみられた。このため、さし木クローンは、林分内の立木ヤング係数のばらつきを抑制でき、その系統特性も現れることから、材質育種への導入効果が期待できた。

審査要旨 要旨を表示する

 我が国各地域の山林野には、戦後植裁されたスギ、ヒノキ等人工林の針葉樹資源が成熟期を迎えつつあり、住宅建築部材等への利活用が期待されているが、これらの循環的利用を持続的かつ効率的に推進するには育成の各段階において資源の量と質の情報を的確に把握する必要がある。本論文は応力波伝播速度(以下、Vp)による立木段階での材質の評価手法を確立し、構造用木材としての育成と利用の現場に向けた適用効果について明らかにしたものある。

 スギ林分で立木のVpと含水率の季節変動や日変動を調査した結果、辺材および心材の含水率は、生長期と生長休止期あるいは季節間において明確な変動傾向が認められなかった。また、同一の林分内で3月,8月,11月に伐倒した各含水率分布にも、伐倒時期の違いによる有意差は認められなかった。スギ辺材の高含水率領域(250%〜100%)において、Vpは含水率の減少に伴い直線的に増し、立木辺材部における含水率の変動をVpによってモニターできると考えられた。スギの同一立木でVpの日変動を1時間毎に調査した結果、顕著な変動傾向は認められなかった。一方、同一のスギ立木でVpの季節変動を調査した結果では各月間に有意な変動が認められ、その要因は樹幹辺材部の含水率変動による影響と推定された。立木のVpと樹幹辺材部の含水率とは無相関であった反面、立木Vpと丸太の動的ヤング係数(以下、Efr)とには相関関係が認められた。また、立木辺材部の密度は個体間のばらつきが極めて小さく、立木個体間もしくは樹種間における伝播速度の差異は辺材部ヤング係数の差異を示すと考えられた。このため、立木のVp計測精度に及ぼす含水率変動の影響は極めて少ないと考えられ、立木Vpはヤング係数の有効な推定指標になることを明らかにした。立木Vpの計測によって林分内における立木ヤング係数のばらつきを効率良く推定出来ることが明らかとなった。その場合、1林分当たりの立木調査本数は50本以上が適当と考えられた。

 生育条件が異なる地域内のスギ林分で立木Vpを計測するとともに、スギ平角製材を例として建築用構造部材の製造に向けた立木Vp情報の適用について検討した。さらに、静岡県天竜地域の様々な林分のスギ丸太材質を評価し、それより採材,乾燥した梁桁用平角製材品の材質と強度性能を調べ、スギ丸太原木段階における等級区分の有効性の検証を行った。生育環境が異なる林分の立木Vpは平均値,下限値ともに有意差が認められ、林齢の高い林分の立木Vpが速い値を示した。一方、立木Vpと胸高直径との間には、明らかな負の相関関係は認められなかった。立木Vpと丸太Efrもしくは平角のMOEとに相関係関が認められ、天竜地域の林分から針葉樹の構造用製材の日本農林規格における機械等級区分(以下、JAS機械等級)製材基準でE70〜E110の4つの等級、同じく1林分から3つの等級に属するスギ平角を製造できることが推定された。林分内の立木をVpによって2つに等級区分した場合、それらから製造された各平角の曲げ強度性能には明確な差異が認められた。丸太Efrと平角もしくは正角のMOEおよびMORとの関係はともに高い相関関係が認められ、丸太段階でEfrによりJAS機械等級区分した場合、製材品の曲げ強度性能に各等級間に明らかな差異が認められ、特に所定の曲げ性能が必要である梁桁部材の製造においてその有益性が確認された。これらの結果から、地域内の針葉樹林分に生育している立木の生長形質量と伝播速度による材質情報を加味した評価によって、製品製造の歩留り向上等に結びつくことが判明した。

 間伐試験地や林齢が異なる県内の4林分でヒノキ立木のVpと胸高直径を調査し、林齢や間伐に伴う林分密度がヒノキ材質に及ぼす影響について検討した。また、同一の生育環境の林分に生育するスギとヒノキの立木について、林分内のばらつきを伝播速度で比較し、その分布から選木した個体の無欠点小試片の試験結果から林齢推移に伴う個体内の変動や材質面における成熟期の推定を行った。ヒノキ林分内における立木Vpの変動係数は,若い19年の林分の方が成熟期に達した45年および70年の林分より小さい。ヒノキ立木Vpと丸太Efrとには,スギと同様に有意な相関関係が認められた。間伐の有無により樹冠(林分)密度が異なった試験区の間では胸高直径およびVpの平均値に明らかな差異が認められた。この要因としては,間伐後に形成された材部の密度や年輪幅,晩材率,ヤング係数が環境変化の影響を受けたためと考えられた。林齢19〜70年の林分内における立木のVpには,間伐に伴う林分密度の変化や林齢,地位等の生育条件の違いによる差異がみられたが,それらの胸高直径(生長)への影響と比較してVp(材質)への影響は少ない。

 同一林分内に生育するスギとヒノキの立木Vpのばらつきを比較した結果、両樹種間に有意な差異は認められなかった。また、それらの立木Vp分布から成熟期にある一林分から製材した場合、JAS針葉樹構造用製材の機械等級区分ではスギ、ヒノキともに3つの等級に属することが判明した。MOEおよび密度と髄からの年輪数との関係では、髄から外皮に向けMOEでは増加傾向を密度では減少傾向を示した。また、樹幹半径方向(生育過程)の材質変動はスギがヒノキより大きなことが示唆された。林齢増に伴うMOEの向上が見られるのは、ヒノキが植裁後20〜30年、スギが同50年までであった。材質(密度、MOE)が成熟する林齢は、スギでは30年以降、ヒノキでは20年以降と考えられた。

 数ヶ所の次代検定林や見本林でスギ精英樹各系統の立木Vpを計測し、伐倒した丸太Efrとの関係、さし木クローンと実生家系との比較、系統間や林分間の差違等について検討した。クローンおよび実生家系で立木Vpと丸太Efrとには有意な相関関係が認められ、特に各系統における立木Vpと丸太Efrの平均値の相関は高く、立木Vpより系統間の比較が可能であった。さし木クローンの系統内における変動係数は、実生家系や地スギ立木のそれと比較して3〜5%と小さく、JAS機械等級区分のヤング係数基準において1または2つの等級に相当した。一方、実生家系の系統内における変動係数は地スギ一般実生のそれとほぼ同じであった。立木Vpはさし木クローン間もしくは実生家系間で有意差が認められ、特にクローン間ではヤング係数の系統間差が大きく現れる。さし木クローンは、林分内の立木ヤング係数のばらつきを抑制でき、その系統特性も現れることから、材質育種への導入効果が期待できた。

 以上本論文は木材利用に関わる立木材質の評価手法を確立し、育成と木材の構造的利用への適用効果を明らかにしたものであり、学術上、応用上貢献するところが大である。よって審査員一同は博士(農学)の学位を授与する価値があると認めた。

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