学位論文要旨



No 215322
著者(漢字) 小出,明子
著者(英字)
著者(カナ) コイデ,アキコ
標題(和) 新規抗体様たんぱく質モノボディの技術確立と、その応用
標題(洋) The Development and Application of Novel Antibody Mimics, Monobodies
報告番号 215322
報告番号 乙15322
学位授与日 2002.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15322号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 正木,春彦
 東京大学 教授 上野川,修一
 東京大学 教授 祥雲,弘文
 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 助教授 日高,真誠
内容要旨 要旨を表示する

 新しい結合能を持つ新しいたんぱく質をつくりだすことは、たんぱく質工学の主目的の一つである。そのようなたんばく質は、たんぱく質一たんぱく質相互作用の研究に役立つ他、医学、工学等さまざまな応用が可能である。

 私達は、ファイブロネクチンタイプ3ドメインの構造が抗体と類似することに着目し、10thファイブロネクチンタイプ3ドメイン(以下FNfn10と略す)の骨組みを用いて新規抗体様たんぱく質をつくることができるかどうか、研究を行った。

 FNfn10は、抗体同様、βストランドとそれらを繋ぐフレキシブルループからなる。しかし、FNfn10は抗体に比べ分子量が小さく(約1万ダルトン)、安定で、水溶性が高く、S-S結合がないので、大量生産しやすい、生産後安定に保存できる、細胞内でも活性があるといった、抗体よりもすぐれた特性を持つ。両者の構造比較から、FNfn10のBCループ、DEループ、FGループはそれぞれ抗体のCDR1、2、3に対応する。抗体の場合、CDR1、2、3のアミノ酸を変異させることにより、さまざまな抗原にたいする特異性、親和性を獲得する。私達は、FNfn10のループ領域のアミノ酸を変異させることにより、ある分子に対する新しい結合能を獲得させることができるのではないかという仮説をたてた。

 FNfn10のループ領域のアミノ酸を変異させるにあたっては、コンビナトリアルライブラリースクリーニングの手法を用いた。はじめにコンビナトリアルライブラリースクリーニングで最も多くつかわれているファージディスプレイの手法がFNfn10に応用できるかどうか検討した。M13ファージの膜たんぱく質のひとつp3とFNfn10を繋いだ遺伝子をM13ファージの他の遺伝子と共に大腸菌内で発現させ、M13ファージを生産させたところ、FNfn10がM13ファージの表面にディスプレイされていることが確認された。次にFNfn10のBCループとFGループに対応する領域にランダムミュータジェネシスをおこないFNfn10のファージライブラリーをつくった。このライブラリーをヒトたんぱく質ユビキティンに対してスクリーニングを行ったところ、ユビキティン結合能を獲得した変異体が得られた。私達は、この変異体がユビキティンに特異性を示す上、FNfn10の基本構造を維持していることを確認した。これにより、FNfn10のループ領域のアミノ酸を変異させることで新規抗体様たんぱく質をつくることができるという私達の仮説が証明された。私達は、FNfn10を用いた新規抗体様たんぱく質をモノボディと名付けた。

 さらに、イースト2ハイブリッドスクリーニングの手法を用いて、ヒトエストロジェンリセプタータイプα(以下ERαと略す)に結合するモノボディのコンビナトリアルライブラリースクリーニングをおこなった。ERαはさまざまなリガンドと結合すること、そしてERαリガンド結合領域は結合したリガンドによって三次構造をかえることが知られている。私達は、ERαリガンド複合体に特異的に結合するモノボディを得た。これらのモノボディは、細胞内でERαリガンド複合体を区別することができた。

 つぎに、私達は、モノボディのフレキシブルループの長さを変えることができるか検討した。FNfn10のループ領域にポリグリシンを挿入し、たんぱく質の安定性を調べたところ、すべてのループが、FNfn10のコア領域の構造を壊さず延長できることがわかった。中でもFGループとABループを延長したものは、野性型とほぼ同じ安定性であった。そこで、延長したFGループ、ABループのランダムミュータジェネシスをそれぞれ行い、2種類のライブラリーをつくり、イースト2ハイブリッドスクリーニングの手法を用いて、ERαに結合するモノボディのコンビナトリアルライブラリースクリーニングをおこなった。それぞれのライブラリーからERαに結合するモノボディが得られた。興味深いことに、FGループのライブラリーから得られたモノボディのFGループのアミノ酸配列は、ABループのライブラリーから得られたモノボディのABループのアミノ酸配列と共通する部分がなく、ループの種類によってペプチドがとりうる3次構造が異なることが明らかにされた。またこの結果から、抗体のCDR1、2、3に対応するループだけでなく、モノボディ分子の反対側に位置するループも新規結合能獲得に使用できることが明らかになった。

 つぎに、2種類のFGループのライブラリーを用いて、2種類のたんぱく質、YGR247wとMET22とにそれぞれ結合するモノボディのスクリーニングをおこなった。YGR247w結合モノボディは短いFGループライブラリーのみから得られ、MET22結合モノボディは延長したFGループライブラリーのみから得られた。これらの結果から、ループの長さを変えたライブラリーを複数用意することにより、より多様な結合能を持つモノボディが得られることが明らかになった。

 最後に、FNfn10が低pHで最も安定であることに注目し、どのアミノ酸残基が低pHでの安定性に寄与しているか調べた。FNfn10の中性での安定性をより上げる為、低pHでの安定性に寄与するアミノ酸残基の部位特異的変異を行い、変異体の安定性を調べたところ、これら変異体は、野性型より高い安定性を示した。これらの変異体を使うことにより、より大幅な変異をループ領域に安定に導入できる可能性がある。

 以上、本研究では、新規抗体様たんぱく質モノボディの構築、モノボディの安定性の研究、新しい結合能を獲得したモノボディのスクリーニングとそれらの特性評価について報告する。

審査要旨 要旨を表示する

 新しい結合能を持つ新しいタンパク質を創りだすことは、タンパク質工学の主目的の一つである。そのようなタンパク質は、タンパク質・タンパク質(リガンド)相互作用の研究に役立つほか、医学、工学等さまざまな応用が可能である。本研究では、細胞間マトリクスにおいて細胞間相互作用を担う巨大分子フィブロネクチンの、分子中繰り返しユニットであるタイプ3ドメインの構造が抗体と類似することに着目し、その10番目のフィブロネクチンタイプ3ドメイン(以下FNfn10と略す)を骨組みとして用い、さまざまなタンパク質に対してそれぞれ特異的な結合能をもった新規抗体様タンパク質、すなわち申請者の命名による「モノボディ」を創出することに成功した。

 第1章では、さまざまなリガンドに対して特異的結合を示すタンパク質を創出するための戦略として、共通の安定な骨組み構造(scaffold)の上に特異的結合能を付加する例を比較した上で、FNfn10が、β鎖とフレキシブルなループからなる抗体様の分子でありながら、抗体に比べて分子量が小さく、安定で、水溶性が高く、またS-S結合がないので細胞内でも活性が期待できる優れた特性を持つ点から、新しい骨組み素材としての可能性に着目した。FNfn10のBCループ、DEループ、FGループは、それぞれ抗体の可変ループCDR1、CDR2、CDR3に対応する。抗体の場合、これらのアミノ酸を変異させて多様な抗原に対する特異性、親和性を獲得しているので、申請者は、FNfn10のループ領域を変異させることにより、任意のリガンドに対する結合能を人工的に獲得させることができるという仮説をたてた。

 第2章では、まずファージディスプレイによるコンビナトリアルライブラリーの手法を用いて、FNfn10のBCループとFGループ領域にランダムなペンタベプチドを導入したFNfn10のファージライブラリーをつくった。これをヒトユビキチンに対してスクリーニングしたところ、ユビキチンに対する特異的結合能を獲得した変異体が得られ、NMR技術等によりこれがFNfn10の基本構造を安定に維持していることを確認した。これにより、FNfn10のループ領域を変異させて新規抗体様タンパク質を作ることができるという仮説を実証し、これらをモノボディと名付けた。

 第3章では、酵母ツーハイブリッド法を用いて、ヒトエストロゲン受容体タイプα(ERα)に結合するモノボディの、コンビナトリアルライブラリースクリーニングを行った。ERαはさまざまなアゴニスト、アンタゴニストと結合し、その結合領域の三次構造が、結合したリガンドによって変化することが知られている。本研究では、各種ERαリガンド複合体にそれぞれ特異的に結合するモノボディを得て、これらが細胞内でもERαリガンド複合体を区別する証拠を示した。

 第4章では、モノボディのループの長さを変えることによる効果を検討した。FGループとABループそれぞれの長さを延長した2種類のランダムライブラリーを作り、酵母ツーハイブリッド法でERαに結合するモノボディをスクリーニングし、各ライブラリーからERαに結合するモノボディを得た。FGループライブラリーから得られたモノボディのFGループと、ABループライブラリーから得られたモノボディのABループに配列の共通点がないことから、ループの位置によって最適なペプチドの構造が異なることを明らかにした。またターゲットに酵母たんぱく質を用いたモノボディ作製の結果から、ターゲットの種類によって、モノボディのループの最適長が異なることを示唆した。さらにモノボディでは、抗体のCDRに対応するループだけでなく、βシートの反対側のループも新規結合能獲得に使用できることを明らかにした。

 第5章では、FNfn10が低pHで最も安定であることに注目し、低pHでの安定性に寄与するアミノ酸残基を特定してこれを計画的に変異させ、中性での安定性を野性型のFNfn10のよりさらに向上させることに成功した。これらを骨組みに用いることにより、より大規模な変異をループ領域に安定に導入することを可能にした。

 第6章では、総合考察を行い、とくにプロテオミクスにおけるモノボディの応用的な展望を議論した。

 以上、本論文は、独創的アプローチによって任意のタンパク質分子に対する特異的な結合タンパク質をデザインする一般的手法を開発したもので、学問上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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