学位論文要旨



No 215327
著者(漢字) 小島,久義
著者(英字)
著者(カナ) コジマ,ヒサヨシ
標題(和) 自動車部品への塑性加エネットシェープ技術の適用に関する研究
標題(洋)
報告番号 215327
報告番号 乙15327
学位授与日 2002.04.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15327号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 相澤,龍彦
 東京大学 教授 佐久間,健人
 東京大学 教授 菅野,幹宏
 東京大学 教授 柴田,浩司
 東京大学 教授 林,宏爾
 東京大学 助教授 �蝟{,潤
内容要旨 要旨を表示する

 著者は,勤務している日産自動車(株)において,物作りの基本を集大成したものとして,日産生産方式をまとめ上げてきた.塑性加工ネットシェープ技術はこの日産生産方式の本質的なアプローチと認識し,開発を進めてきた.又一方時代の要請である省資源,省エネルギーに対応するためにもネットシェープ技術が注目されている.

 まず鍛造ネットシェープ成形技術の発展には,工法そのものの開発の貢献度はもちろん大きいが,加工材料,潤滑方法,潤滑剤,金型材料,熱処理技術,プレス機械など周辺技術の発展の寄与度も無視できない.著者はそれらの周辺技術の組合せによって適用技術を育み,実際のライン適用を行ってきた.具体的な事例としては,(1)等速ジョイント部品のネットシェープ化,(2)スプラインシャフトの鍛造成形技術の開発,(3)歯形鍛造デファレンシャルギヤの開発等が挙げられる.これらの研究開発から,鍛造用シミュレーションを主体としたCAEの開発が必要であること,専用CADの開発,活用が必要であることなどの課題が抽出された.

 また焼結については,多段金型におけるハブシンクロのネットシェープ成形についての開発例について述べると共に,続いて本研究において焼結のネットシェープ化技術開発の発端となったアンダーカット形状部品の発展について記述した.

 まず鍛造ネットシェープ成形技術の開発を進めるに当たり,分流法によるヘリカルギヤ(自動車用トランスミッションメインギヤ)のネットシェープ成形を取り上げた.ここでは有限要素法による変形解析において,金型方案を最適にするための手法について提案した.最初にシミュレーションによる解析誤差と計算時間を極小にする計算パラメーター水準を実験計画法にて選定した,その後本部品の鍛造方案において,設計変数となる2変数につき25の組み合わせについて,シミュレーションを行い最適の組み合わせを求めた.このシミュレーションにおいては,格子探索法と応答曲面法を組み合わせることにより,最適化への大幅な効率改善が可能なことを提案した.図1に本部品の鍛造工程図と,設計変数となる2変数を示す.

 つぎにCADとCAEを結合した軸対称の鍛造部品を対象とした,最適工程設計システムの開発を行った.まず著者らは現場のデータを基に,シミュレーションで得られるパラメーターから摩耗量を計算するアルゴリズムを開発した.

 ここでW(t)は時刻tまでの摩耗量,kは摩耗比例係数,pは圧力、Vは接触部分の金型面滑り方向の速度成分をしめす.

 この解析が可能になったことにより,仕上形状とこれに呼応する摩耗最小化のための粗地形状の関係が数式化でき,仕上形状を入力すると,自動で最適の粗地形状やその他の工程設計条件を決定するCADシステムを開発することができた.さらに得られた条件により,仕上鍛造のシミュレーションを自動で行い,オペレータに鍛造欠陥の有無をCAD画面上で確認させることにより,最適設計を自動で行うCAD/CAE統合型システム"YOURS-PRO"を開発した.

 焼結によるネットシェープ成形技術の開発は,焼結接合とアンダーカット成形について行った.まず自動車用エンジン部品のアイドラースプロケットを対象とした焼結接合の研究においては,以下の研究成果が得られた.

 (1)特別な添加材を用いず従来から鉄系の粉末冶金で用いられているFe-Cu-C系の材料をベースに内側材,外側材のCu,Cの濃度をコントロールすることにより十分な焼結接合強度が得られること.(2)部品設計上からは,回り止めのキー形状等の新設計が有効なこと.(3)捻じり疲労試験により十分な機械的強さを保証できること.(4)超音波探傷がこのような固相拡散接合の評価にも有効なこと.(5)実生産では成形体の強さを増し,黒鉛中の灰分により熱膨張をコントロールする粉末の利用が有効なことなどである.図2.に本開発の対象となった,焼結接合スプロケットの基本形状を示す.

 次にCNC(Computerized Numerical Control)プレスの特徴を生かし,アンダーカット形状を有する自動車用焼結部品のネットシェープ成形(アンダーカット成形)の開発を行い以下の成果が得られた.

 (1)アンダーカット成形を成立させるためにクローズドループ構造を持ったCNC粉末成形プレスが有効であること.(2)アンダーカット成形の基礎として『コ』字型テストピース製造においてプレスの成形方向と直角に作動するカムダイスが有効であること.(3)アンダーカット成形の基礎として『コ』字型テストピース製造において割れの無い成形体を得るためにカムダイスの上下で通常のダイスも分割することが有効であること.(4)実際の全周にアンダーカット部を持った自動車エンジン用クランクスプロケットにおいて金型機構としてはカムダイスおよびカムダイスを境とした通常のダイスの分割が有効なこと.(5)アンダーカットスプロケットの実生産では成形割れ防止のためにパンチ,カムダイスを含めた圧力のコントロール,オーバーフィル等の粉末充填,成形時の粉末のトランスファーが重要なこと,金型の破損防止が重要なこと等である.図3.に本研究開発により得られた,自動車用エンジンのクランクスプロケット外観形状,およびその断面形状を示す.

 最後にこれらの塑性加工ネットシェープ成形技術の実適用例について示した.まず鍛造ネットシェープ成形においては,本研究で得られたような,CAEを用いた新しいアプローチにより,ネットシェープ化が促進され塑性加工工程と機械加工工程の同期化を実現できるようになった.その結果日産生産方式のねらいである同期生産のレベル向上が一層加速されることとなった.具体的な事例として,オートマティックトランスミッションの部品である,プラネタリーピニオンの生産プロセス例を示す.すなわちネットシェープ成形を採用することにより,小型鍛造プレスを機械加工ライントップに設置することが可能となり,リードタイムの短縮などの同期生産レベルの向上ができた.

 また,本論文で述べた焼結接合によるエンジンスプロケットは,当社の主力エンジンに採用され,現在では月間6万個以上の生産を行っている.又アンダーカット成形によるスプロケット部品も実生産されているが,CNCプレスが一般化されていないこともあり,拡大採用が遅れている.更なる拡大には簡易CNCプレスの導入など必要であろう.又近年温間粉末成形による成形体の強度向上による,成形体後加工も開発されつつあり,アンダーカット成形技術の重要な要素になると思われる.

 以上のように自動車製部品製造に利用される塑性加工技術の中で,著者が日産自動車(株)に入社以来行ってきた鍛造,粉末冶金のネットシェープ技術につきその一端を整理した.そして最近の鍛造ネットシェープ成形のためのシミュレーションの研究,又アンダーカット形状の焼結部品を生産するための焼結接合,或いはアンダーカット成形技術の研究につき述べた.今後ともネットシェープ成形技術は,自動車産業のみならず,日本の産業発展に欠くべからざる技術であることを実証した.

 以上

図1.メインギヤの鍛造工程図

図2.焼結接合スプロケットの基本形状

図3.アンダーカット成形スプロケットの外観および断面

図4.プラネタリーピニオンの新旧工程比較

審査要旨 要旨を表示する

 自動車産業は1970-1980年代に急速な発展を遂げ、それとともに自動車用鍛工部品・焼結機械部品の生産量も飛躍的に増大した。1990年代から2000年にかけて、両部品生産量は定常状態に入ったが、自動車生産コンセプトの変革に応じて、部品製造技術もそれまでの量の視点から質の視点への転換が行われてきた。その中で、顧客対応の迅速化を図る生産方式の実現に向けた新しい動きが始まっている。本論は、メインラインの順序遵守率向上、生産リードタイム短縮など同期生産技術の確立を目指し、研究者が自ら行ってきた自動車部品生産に係わる数多くの塑性加工技術開発事例、粉末冶金技術開発事例を踏まえ、同期生産確立に不可欠な塑性加工ネットシェープに着目し、その要素技術の開発・適用を通じて、次世代の自動車部品製造の基盤となるべきネットシェープ技術を提案している。本論は、7章からなる。

 第1章は緒言であり、これまでの自動車部品産業の推移、最近の自動車産業が目指している生産方式に関するコンセプトの概要、特に同期生産方式を例として、より高品質な自動車生産技術の必要性を述べている。

 第2章は、この質的な自動車生産技術転換の必票性を、これまでに行ってきた部品製作事例を分析する中で、研究すべき具体的な開発課題として認知している。すなわち、ネットシェープ鍛造技術に関しては、広義のCAD/CAEとしてのシミュレーション技術の開発とその展開、ネットシェープ粉体粉末冶金技術に関しては、焼結接合・アンダーカット成形技術の開発とその展開に集約できることを主張している。

 第3章は、ネットシェープ鍛造のためのシミュレーション技術開発と適用について述べている。自動車鍛工品の代表格であるメインギヤを対象として、剛塑性シミュレーション技術と品質工学手法を組み合わせることで、ギヤ歯先プロファイル実験値を再現できる解析条件を探索した。その条件下で、ヘリカルギヤネットシェープ鍛造方案を最適化する手法を開発した。これにより、欠肉量を最小化するネットシェープ鍛造に成功している。

 第4章は、ネットシェープ鍛造部品の最適化システムに関する研究であり、鍛造予備形状設計・金型設計を含む総合的CAD/CAEの検討である。対象は、ホイールハブ部品ネットシェープ鍛造における型形状設計・金型摩耗量推定・粗地最適化・材料流動評価であり、一連の操作により、型摩耗最小化と最適ネットシェープ鍛造工程設計とを同時に行うことに成功している。

 第5章は、ネットシェープ焼結接合に関する研究であり、焼結部品技術で最大の課題の1つである機械加工工程の省略による100%ネットシェープ粉末冶金技術の可能性を追求している。具体的にはこれまで焼結後の機械加工を不可欠としてきたアイドラースプロケットに注目し、使用するFe・Cu・C系合金粉末の最適組成比を、焼結時の熱膨張特性・スプロケット内外部材間の接合強さなどから最適化し、使用粉末の形状係数を3点曲げ試験の割れ限界たわみ量で決定することで、実体部品試験における静的ねじり試験・ねじり疲労試験にて実用化できる焼結接合プロセスを開発した。これにより全く機械加工工程なしにアンダーカット部品を開発できることを実証した。

 第6章は、ネットシェープ粉末成形のフレキシブル化に関する研究であり、接合を用いないで複雑なアンダーカット部品を生産する成形法を提案している。新たに油圧サーボ式CNCプレスを開発し、基礎実験においてプロセス工程の最適化をはかるとともに、ダブルチェーン・スプロケット部品を対象にして、開発した金型形状・成形工程最適化により、バリのないアンダーカット部品を生産できることを実証した。

 第7章は総括である。

 要するに、本論文は、自動車生産技術の質的転換をはかる上で不可欠な塑性加工ネットシェープ技術に着目し、それを構成する要素技術を開発、評価するとともに、新しい生産方法の提案、新規な自動車部品の製造を成功裏に行っており、材料加工学への貢献が著しい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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