学位論文要旨



No 215330
著者(漢字) 大和,裕
著者(英字)
著者(カナ) オオワ,ユタカ
標題(和) ポリマー水溶液の土中浸透により発現する不透水層形成現象に関する研究
標題(洋)
報告番号 215330
報告番号 乙15330
学位授与日 2002.04.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15330号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 西山,雅也
 東京大学 教授 米山,忠克
 東京大学 教授 宮崎,毅
 東京大学 教授 大久保,明
 東京大学 助教授 林,浩昭
内容要旨 要旨を表示する

 本研究は著者らが見いだしたポリマー水溶液が土壌を浸透する課程でポリマーが不溶化して、土壌中に厚さ5mm程度の連続した水平な不透水層が形成される現象に関するものである。

 不透水層形成現象の一例を以下に示す。ポリアクリル酸の2.0gkg-1の濃度の水溶液を土壌カラムの上端に供給して土中への浸透を継続すると、図1に示す示す外観変化を伴いポリマー水溶液の浸透速度が徐々に低下して20〜100時間後に1×10-5cms-1程度(初期の浸透速度の1/100以下)になった。

 ポリマー水溶液の浸透速度が減少した土壌カラムの中にはポリマーの不溶化物が含水ゲルの状態で膜状に集積した水平な層があり、図2に示すように他の部分にはポリマーの集積部が見られないことなどから、これがポリマー水溶液の浸透を妨げる不透水層になっていることが分かった。カルシウムがこの不透水層に特徴的に濃縮されており、不透水槽を構成するポリマーのカルボキシル基の化学当量を越えることから、不透水層形成現象は土壌中に浸透したポリマーが土壌中のカルシウムと反応して不溶化することにより発現すると考えられた。

 不透水層形成深さは図3に示すようにポリマー濃度の減少、又はポリマー中和率の増大に伴って増大した。それ故、この二つの因子を調整すれば不透水層が形成される深さを数cmから100cm程度までコントロールできることになる。

 不透水層形成深さが増大するとポリマー水溶液必要量も同時に増大して、不透水層形成深さとポリマー水溶液必要量には図4に示すほぼ直線的な比例関係が認められた。得られた結果から不透水層の形成機構は、水溶液で土壌に浸透したポリマーは土壌の交換性カルシウムと反応しながら土壌中を下方に移動する過程で不溶化してゲル粒子に変わり、そのゲル粒子が移動しながら粒子径を増大させ、0.7〜1.0kgm-2のポリマーが不透水層形成部位に到達し、その内の0.24kgm-2のポリマーが土壌孔隙に集積して不透水層を構成し、それ以外はロスになることが示唆された。また多種類の土壌を用いた検討から、不透水層形成には土壌の交換性カルシウム量が約1cmol(+)kg-1以上であることと共に、ポリマー水溶液が適度な速度で土壌に浸透する透水性が必須の条件であることが分かった。

 以上の検討結果を既往の文献で報告されたスポディック層の情報と比較したところ、両者には基本的な相違点は見いだされなかった。それ故、ポリマー水溶液の土中浸透による不透水層形成現象とスポディック層形成は現時点では類似の現象と見ることができると考えられる。

 土壌を浸透するポリマー水溶液は深く浸透するに従って白濁の程度が増大し、ポリマー不溶化ゲルの粒子径も増大して、不透水層形成深さ近くでは1ミクロン程度になっている。不透水層形成深さが58cmの場合のポリマー集積は、図5に示すように浸透開始1時間後から不透水層形成部位に集積が開始され、集積量の増大に伴いポリマー水溶液の浸透速度が減少して不透水層が形成されることが明らかになった。

 施工面積が2.5m2で深さ35cmの不透水層を施工して大麦の節水栽培試験を行い、図6に示す3mm5days-1という極度の節水栽培条件にも拘わらず274kga-1の高い収穫量が得られた。深さ25cmに不透水層を形成させた土壌カラムの中の地下塩水の水位を30cmに維持して塩害抑制試験を行い、図7に示すように不透水層が土壌面蒸発強度を1/6程度まで抑制する結果を得た。

 不透水層の施工効果を図8の概念図に纏める。ポリマー水溶液の土中浸透により形成される不透水層は1×10-5cms-1程度の浸透速度を持つので完全な遮水性は得られない。しかし大幅な節水栽培効果と共に根腐が起こり難いなど作物栽培には適する。地下塩水の毛管上昇を抑制して塩害発生を遅らせることが出来る。

図1 不透水層が形成される過程での土壌カラムの外観変化

図2 深さ37cmに不透水層を形成させた土壌のポリマー含有量分布

図3 ポリマー濃度とポリマー中和率が不透水層形成深さに与える影響

図4 不透水層形成深さとポリマー水溶液必要量の関係

図5 不透水層形成深さが58cmとなる場合の不透水層に集積するポリマー不溶化物とポリマー水溶液浸透速度の時間変化

図6 不透水層施工の節水栽培効果

図7 不透水層の土壌面蒸発抑制効果

図8不透水層の施工により得られる効果の概念図

審査要旨 要旨を表示する

 現在の人口増加とそれに伴う食料不足の予測に対して、乾燥地における潅漑農業の拡大は重要な対策の一つである。乾燥地農業の基本的課題として、潅漑水を確保することに加えて、限られた潅漑水をできるだけ有効に使うための節水栽培技術の確立、ならびに潅漑水および土壌中の塩分が地表に集積し作物の生育を阻害する塩害を防止する技術の確立が挙げられる。本論文は、節水栽培技術ならびに塩害防止技術を開発する過程で申請者が見出した、ポリマー水溶液によって土壌中に形成される不透水層に関する論文である。

 第1章は、序文に充てられている。

 第2章では、不透水層形成現象の概要と不透水層の基本的な構造について明らかにしている。ポリアクリル酸水溶液(濃度2.0kg-1)を土壌カラムの上端に供給して土中への浸透を継続すると、流束が低下し20〜100時間後には初期の流束の1/100以下である1×10-5cms-1となった。土壌カラムを調べた結果、流束低下の原因は、カラム内で含水ゲル状態となったポリマーが膜状(厚さ約2mm)の不透水層を形成したためであった。この不透水層には、ポリマーのカルボキシル基当量を越える量のカルシウムが含まれていたことから、ポリマーの不溶化は土壌中のカルシウムと反応したためと考えられた。

 第3章では、ポリマー水溶液の諸因子が不透水層形成に与える影響について検討し、ポリマーの濃度ならびに中和率を調整することにより、不透水層形成深度を数cmから100cmまでの範囲で制御できることを明らかにした。また、0.7〜1.0kgm-2のポリマーが不透水層形成部位に到達し、0.24kgm-2が土壌孔隙を埋め不透水層が形成されること、不透水層形成のためにはポリアクリル酸の分子量が約10万以上であること、ポリマー水溶液と反応する多価カチオンの種類によっても不透水層深度が変化することが示された。

 第4章では、土壌の諸因子が不透水層形成に与える影響について検討している。不透水層形成深度は、土壌水分量の影響は受けないものの、土壌充填密度の低下とともに深まることが示され、ポリマー水溶液の適度な浸透速度が不透水層形成に必要であることが示唆された。また、不透水層形成には土壌の交換性カルシウム量が1.6cmol(+)kg-1以上であること、不透水層深度は交換性カルシウム量が少ない土壌において深まること、交換性カルシウム量が少ないため不透水層が形成されない土壌にカルシウム塩を含む溶液を添加すると不透水層が形成されることが示された。下層に細粒土を充填した成層土層では不透水層は土層境界面より深くには形成されなかったことから、不透水層形成機構として、不溶性粒子となったポリマーが土壌孔隙を閉塞することが推定された。続く第5章では、浸透深度が深まるに従い土壌水中の不溶化ポリマー粒子径が増大し、不透水層形成深度近くで粒径が約1μmになりポリマーが集積し不透水層が形成されることを明らかにした。

 不透水層は有機物集積土層の一種と見なすこともできることから、第6章では、自然条件下で生成した有機物集積土層であるポトゾル層と不透水層を比較し考察を試みている。

 第7章では、実用技術としての不透水層施行方法について検討し、畦畔で囲った施工区の中にポリマー水溶液を供給する方法を提案した。

 第8章では、節水栽培効果について記している。不透水層を施工しオオムギの栽培試験を行った結果、穀実収穫量は、非施工区では潅水量3mm/5days区で138kga-1,30mm/5days区で299kga-1であったのに対して、不透水層区では3mm/5daysという極度の節水条件において274kga-1の高収量を得たことから、不透水層による節水栽培効果を認めた。

 第9章では、不透水層の塩害抑制効果を調べた。自由水の蒸発強度が>5mmday-1の条件下で不透水層施工による土壌表面からの蒸発抑制効果が認められ、蒸発強度20mmday-1条件では蒸発強度は1/6に抑制された。このことは、不透水層施工によって、地下塩水上昇による表土での塩害発生までの期間を約6倍に延ばすことが出来る可能性を示している。

 以上要するに本論文は、高分子ポリマーによる土壌中での不透水層形成現象の発見、ならびに、本現象を乾燥地農業技術として実用化する上で必要となる節水効果、塩害防止効果、および不透水層形成に及ぼす諸因子の影響について論じたものであり、応用上、学術上、貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと判断した。

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