学位論文要旨



No 215333
著者(漢字) 平田,富士男
著者(英字)
著者(カナ) ヒラタ,フジオ
標題(和) 緑のまちづくり指導者の養成手法に関する研究
標題(洋)
報告番号 215333
報告番号 乙15333
学位授与日 2002.04.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15333号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武内,和彦
 東京大学 教授 熊谷,洋一
 東京大学 教授 渡辺,達三
 東京大学 助教授 恒川,篤史
 東京大学 教授 西村,幸夫
内容要旨 要旨を表示する

I.はじめに

 緑は、まちづくりを進める上において「環境形成の有効性」確保の面でも大きな役割を持っているだけでなく「市民参加の実質性」確保の取り組み素材として最適なものの一つである。

 緑が持つこのような様々な機能が最大限に発揮され、真に住み良いまちが形成されるためには、緑化活動と言うハード面の活動のみならず、そのような活動を起こしたり、緑を活用してコミュニティーづくりを行ったりこども達への環境教育を展開するなどのソフト面の活動も含めた総体的な活動を住民や行政が一体となって取り組む活動-「緑のまちづくり」-の推進が必要である。

 この推進には、住民のなかのリーダーの存在とその役割が大きく影響しており、近年一部地方公共団体では、地域住民のなかでリーダーとして緑のまちづくり活動を起こし、誘導していく人材-「緑のまちづくり指導者」-の養成に取り組み始めたところである。

 しかし、その養成手法にはまだ一定の確立したものがあるわけではなく、それぞれの団体が試行錯誤を行っているところである。

 本研究では、兵庫県立淡路景観園芸学校における生涯学習講座「花と緑のまちづくり指導者養成講座」の運営を通じて得られる知見を分析することにより、効率的効果的な緑のまちづくり指導者の養成手法を検討し、今後同様の講座を運営していこうとする主体の参考に供しようとするものである。

II.研究の内容

 研究は、手始めに一般住民を対象とした緑化活動に関係のある講座の現状を、兵庫県内各市町および緑化関係外郭団体を対象とした悉皆調査等から分析した。

 その結果、兵庫県内では、住民の緑への関心の高まりに応じてかなりの数の緑に関する住民向け講座が開催されているが、講座内容と受講対象者で整理していくと、実はいくつかの固定化したパターンに集約されてしまい、住民の各階層毎に多様化した学習ニーズ、特に生きがいを求めてこれまでの職場や家庭を離れても積極的に社会に関わっていこうとする高齢者のニーズとのあいだでミスマッチが起こっていることがわかった。

 次に、緑のまちづくり指導者養成講座のカリキュラムや講座運営システムを検討するに際して参考とするべく、既存の講座のカリキュラム等の内容を海外事例も含めて調査したところ、国内の講座内容からは、カリキュラムが主に(1)「花や緑を育て、飾る基本的知識・技術」、(2)「花や緑を活かしたまちづくりの実際の見学」、(3)「講座の目標の説明」、(4)「以上を踏まえての各自の地域での花や緑の活かし方の検討、実践」、(5)「受講生同士の交流」の五つの項目から構成されていることがわかり、講座が開始されて初期の段階では(1)(2)に重きがあり、講座が軌道に乗るに従って(4)(5)に力点が移ってくることがわかった。

 一方、アメリカの事例(マスターガーデナープログラム)からは、国内の事例同様の結果に加えて、講座の受講中だけでなく修了後のボランティア活動の義務づけや修了後の活発な活動者の顕彰等修了後の実際の活動促進に向けてのプログラムが充実していること、など修了後の対応も重要であることなどが示唆された。

 そこで、これまでの調査分析を踏まえて、単なる園芸教室的なものに陥らないよう、植物の育成・管理に関する知識・技術を内容とした授業・実習と、それらを実際のまちづくりにどう活かしていくのか、そのためにどういう活動が必要かを教授する授業・実習を組みあわせて指導者養成講座のカリキュラムを編成して受講生募集を行い、受講希望者の関心がどこにあったのかを分析した。

 その結果、男性では「定年」を迎えたり、意識する60歳前後、女性では「子育て」が完全に終わる50歳前後で、地域社会への関心が急速に高まり、それへの参加して行く際の有効なツールとして緑への関心が高まること、そして単に花や緑を育てる知識・技術だけでなく、それを地域でのまちづくりに活かすための知識技術の取得に旺盛な意欲があること、がわかった。

 ただ一方では、 「花と緑のまちづくり指導者養成講座」と名前を冠しても単なる園芸教室と見なして自分の趣味としての園芸知識や技術を磨こうとする人も一定割合では必ず参加してくることから、多様なニーズを持つ住民をどう交通整理して効果的効率的な講座運営を行うかも課題としてあることもわかった。

 さらに、この「指導者養成講座」を受講した受講生を対象に、受講前後でアンケートを行い、この講座受講を通じてどのような意識変化があったかを分析した。

 この結果、いろいろの動機をもって入校してくる人がいるが、受講によって、受講後地域での緑化活動へ参加していくことについて動機付けがなされた人々(つまり、受講の効果があった人々)から、受講の効果が現れにくかった人までいくつかの段階に分かれること、受講の効果が現れた人には、花や緑の栽培技術についての授業だけでなく花や緑を地域にどう活かしていくのかに関する授業を高く評価しており、このような内容を組みあわせた講座のカリキュラムが有効であることがわかった。

 一方、この「指導者養成講座」と並行して開催した「体験的講座」の受講者の受講前、受講直後、修了後一定期間後の三段階のアンケートから、受講による意識変化とそれが実際の緑化活動参加にどう反映したかを分析した。

 この結果、このような体験講座は受講生の「選別」を行っていることとなり、指導者養成講座へ進んでいく参加者を適切に選抜する効果があること、しかし、そこでの意識変化をさらに具現化し実際の活動を促進していくためには、修了後のフォローが重要であり、実際の活動の現場で活動を円滑にかつ長続きさせていく知識・技術が求められていることがわかった。

 最後に、講座修了後の取り組みとして何が重要かを分析するため、指導者養成講座修了後一定期間いろいろな取り組みを行い、その後に修了生に対してアンケートを行った。

 この結果、実際に活動参加への踏み出しを誘導するためには、修了後のフォローが重要であること、その際の取り組みはそれぞれの人の意識・知識・技術のレベルによって有効なものが異なってくること、このとき、55歳以上の高年齢層の人は実際に活動に参加していく割合が高く、地域での緑のまちづくり指導者として育成するうえで重要視すべき階層であること、このとき、受講前から活動経験のある人は活動の場の提供につながる情報よりも自分の活動の参考にすべく世の中の幅広い情報を、受講後活動を始めた人は逆に幅広い情報よりも具体の活動参加の機会提供に関する情報を重要視していることがわかった。これらの対応は一人の人が活動に向けて成長していく過程に通じるところもあり、講座主催者としては、修了後も順次適切な対応を採っていくことによって、実際に活動に踏み出す人の数を増やしていくことができると思われる。

III.提言

 以上のような各章での分析等を踏まえるならば、 「緑のまちづくり指導者養成手法」として有効なプログラムは以下のようなことに留意して運営される講座である。主催者も受講者も多額の費用と多くの時間を費やして行われる講座が、より有効に効果を発揮するようこのような点に注意をしながら運営していくことが望まれる。

(1)受講者のニーズに先入観をもたず、絶えず最新のニーズをとらえ、それを講座を含めたプログラムに反映させる行動をとること。特に、男性60歳周辺、女性50歳周辺の年代層は、社会に関係していくことへの関心も学習効果も高く、彼らのニーズに的確に応えることが効果的な講座となる要件であること。

(2)講座でのカリキュラム編成にあたっては、植物の栽培知識や技術と同様にそれを実際のまちづくりの現場にどう活かすかやまちづくり活動を活性化させていくための方策などを組みあわせて取り入れるべきであること。

(3)指導者養成講座の前に適宜体験的な講座を組みあわせるべきであること。

(4)養成手法プログラムとしては、講座の運営だけでなくその後のフォローも含めて考えるのが重要であること。

(5)受講後のフォローの重要性は、前述したとおりであるが、それらは修了者の意識、知識、技術の状況に応じてなされるべきであること。

(以上)

審査要旨 要旨を表示する

 真に住み良いまちを形成していくうえで緑が持つ様々な機能が重要視されてきており、ハード、ソフトの両面から住民や行政が一体となって取り組む活動-「緑のまちづくり」-の推進の必要性が高まっている。この推進には、住民のなかのリーダーの存在とその役割が大きく影響しており、近年一部地方公共団体では、地域住民のなかでリーダーとして緑のまちづくり活動を起こし、誘導していく人材-「緑のまちづくり指導者」-の養成に取り組み始めた。しかし、その養成手法にはまだ一定の確立したものがあるわけではなく、それぞれの団体が試行錯誤を行っているにすぎない。

 そこで本研究では、実際に住民を対象とした緑のまちづくり指導者養成のための講座の運営を行い、それを通じて得られる知見を分析することにより、効率的効果的な緑のまちづくり指導者の養成手法を検討し、今後同様の講座を運営していこうとする主体の参考に供しようとするものである。

 研究は、まず、国内外における一般住民を対象とした緑化活動に関係のある講座の現状を、詳細に分析した。

 その結果、国内の事例調査からは、住民の緑への関心の高まりに応じてかなりの数の緑に関する住民向け講座が開催されているが、講座内容と受講対象者で整理していくと、実はいくつかの固定化したパターンに集約されてしまい、住民の各階層毎に多様化した学習ニーズ、特に生きがいを求めてこれまでの職場や家庭を離れても積極的に社会に関わっていこうとする高齢者のニーズとのあいだでミスマッチが起こっていることがわかった。

 また、国内の指導者養成講座からは、カリキュラムが主に(1)「花や緑を育て、飾る基本的知識・技術」、(2)「花や緑を活かしたまちづくりの実際の見学」、(3)「講座の目標の説明」、(4)「以上を踏まえての各自の地域での花や緑の活かし方の検討、実践」、(5)「受講生同士の交流」の五つの項目から構成されていることがわかり、講座が開始されて初期の段階では(1)(2)に重きがあり、講座が軌道に乗るに従って(4)(5)に力点が移ってくること、アメリカの事例(マスターガーデナープログラム)からは、国内の事例同様の結果に加えて、講座の受講中だけでなく修了後のボランティア活動の義務づけや修了後の活発な活動者の顕彰等修了後の実際の活動促進に向けてのプログラムが充実していること、など修了後の対応も重要であることが示唆された。

 次に、これまでの調査分析を踏まえて実際に緑のまちづくり指導者養成講座のカリキュラムを編成して受講生募集を行い、受講希望者の関心がどこにあったのかを分析した。

 その結果、男性では「定年」を迎えたり、意識する60歳前後、女性では「子育て」が完全に終わる50歳前後で、地域社会への関心が急速に高まり、それへの参加して行く際の有効なツールとして緑への関心が高まること、単に花や緑を育てる知識・技術だけでなく、それを地域でのまちづくりに活かすための知識技術の取得に旺盛な意欲があること、がわかった。

 さらに、この「指導者養成講座」を受講した受講生が、この講座受講を通じてどのような意識変化があったかを分析した結果、いろいろの動機をもって入講してくる人がいるが、受講によって、受講後地域での緑化活動へ参加していくことについて動機付けがなされた人々(つまり、受講の効果があった人々)から、受講の効果が現れにくかった人までいくつかの段階に分かれること、受講の効果が現れた人では、花や緑の栽培技術についての授業だけでなく花や緑を地域にどう活かしていくのかに関する授業を高く評価しており、このような内容を組みあわせた講座のカリキュラムが有効であることがわかった。

 一方、この「指導者養成講座」と並行して開催した「体験的講座」の受講者の受講前、受講直後、修了後一定期間後の三段階のアンケート分析から、このような体験講座は受講生の「選別」を行っていることとなり、指導者養成講座へ進んでいく参加者を適切に選抜する効果があること、しかし、そこでの意識変化をさらに具現化し実際の活動を促進していくためには、修了後のフォローが重要であり、実際の活動の現場で活動を円滑にかつ長続きさせていく知識・技術が求められていることがわかった。

 最後に、講座修了後の取り組みとして何が重要かを修了生アンケートから分析したところ、実際に活動参加への踏み出しを誘導するためには、修了後のフォローが重要であること、その際の取り組みはそれぞれの人の意識・知識・技術のレベルによって有効なものが異なってくること、このとき、55歳以上の高年齢層の人は実際に活動に参加していく割合が高く、地域での緑のまちづくり指導者として育成するうえで重要視すべき階層であること、このとき受講前から活動経験のある人は活動の場の提供につながる情報よりも自分の活動の参考にすべく世の中の幅広い情報を、受講後活動を始めた人は逆に幅広い情報よりも具体の活動参加の機会提供に関する情報を重要視していることがわかった。これらの対応は一人の人が活動に向けて成長していく過程に通じるところもあり、講座主催者としては、修了後も順次適切な対応を採っていくことによって、実際に活動に踏み出す人の数を増やしていくことができることが示唆された。

 以上のように本研究は、実際に数多くの住民を対象とした講座の運営を通じ、そこから得られるデータを科学的に分析しながら、ターゲットとすべき階層、それへの効果的なカリキュラムのあり方、講座修了後も含めた講座の運営など広範に緑のまちづくり指導者の効果的な養成方法を探り出したものであり、学術上も実地上も寄与するところが大きい。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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